「フータロー……東京では上手くやれているのか?」
ロンドンにあるカフェ専門店。
とりわけソルティアの実家の近くにあるそこで、風太郎はカフェオレを飲んでいた。
「お前は俺のお父さんか! ……つーか、どうしてお前とこんなところで飯を食わなきゃいけないんだ」
「出くわしてしまったのだから仕方ないだろう。まさか貴様がスタンフォード大学からご招待を受けていたとはな。頭がいいやつは死ねばいいと思う」
「後半になるに連れて辛辣さが増していくのは何なんだよ! ……あー、話を戻そう。そもそも、俺はお前がイギリスにいるなんて知らなかったが──魔法関連の案件か?」
そうだ、と言ってソルティアは紅茶を優雅にたしなむ。
「本当は乗り気では無かったんだがな。気の狂った提案をされて、頭が混乱しているところだ」
「その割には随分とくつろいでるな……まぁ、お前の故郷みたいだし仕方ないか」
この街はソルティアが10歳まで滞在していた。幼少期の人格を作り上げるのには十分な年月である。
「ソルティアは日本に帰るのか? 俺はもうしばらくやることがあるんだけど」
「そうだな。父の墓参りをして終わりだ」
まるで五月と同じだな、と風太郎は呟く。
「……父はどうしようもない奴だったからな。俺ぐらいしか献花してくれる人なんていないのさ」
どこか自嘲気味に話すと、ソルティアは親の出生を語り始めた。
「父は魔術師としては一流だったが、人としては三流もいいとこだった。ギャンブルの借金で実家の土地まで売り払ってしまうような男だ──おっと自分語り失礼。つい、貴様に会えたことが嬉しくてな」
「……別に構わんが。親がクズだっていうなら、お前はどうなんだ。ソルティア」
「母譲りの優しい性格だと信じているよ。家族を不幸にする男なんて、この世に存在してはならないんだからな」
ソルティアは、風太郎を試すような声で言った。
「……わ、わかってるよ。四葉のことだろ」
「それにしても五つ子全員に好かれる勉強馬鹿とはなぁ。つくづく人生はわからんな」
「ブリティッシュジョークか? 初対面で異性の口元を拭き始める奴が五月を幸せに出来るのかよ」
「初対面で異性の体型を小馬鹿にするような奴がヨツバを幸せに出来るのか?」
「お、お前! 五月から聞いたのか!」
「それはこちらのセリフでもある。どうやら俺たちは似た者同士であるようだ」
認めたくはないがな、とソルティアは呟く。
「気に食わねえ奴だ……俺のことはいくら馬鹿にしたっていいが、五月を困らせることだけはするんじゃないぞ。イギリスに行くに当たって連絡とかはしたよな?」
「あぁ、もちろん──」
ソルティアは途中で言葉を切ると、途端に青ざめた。
「な、なんだよ。どうしたんだ」
「しまった──時計塔のロードに携帯電話をねだって、そのまま機種変更したことを忘れていた」
らしくもなく頭を抱えるソルティア。すぐさま電話を取り出すと、五月の電話番号を入力し始める。
「番号を変えたというのに……もしイツキから連絡が来ていたら謝る他ない」
「五月関連のことになると途端にIQ下がるよな。お前」
風太郎の声にフフッと笑うと、荷物を持ってソルティアは立ち上がった。
「言ってなかったが、俺は頭が悪い。これからも宜しく頼むぞ──フータロー」
颯爽と去っていく。あまりにその後ろ姿は堂々としており、風太郎は思わず目を奪われる。
……変なやつだ。
しかし、男前でもある。
「や──やるじゃねぇか」
結局、風太郎がソルティアに会計を押し付けられたと気づくのは少し後の話であった。
*
遠い昔、少年は冬木市に降り立った。
魔術師としての才能が飛び抜けていた訳ではなかったが、厳しい父の教えにも黙々と従い実践した。
魔術を愛していた──そう。聖杯戦争が始まるまでは。
「我は魔王サタンである」
「少年よ、疑え。目の前で起きているこの惨状、本当に正義の下に執行されていると思うか?」
「君の父は死んだ。残るは奥さんと君のみ」
「自分の正しさを信じろ。君にはそれが出来る」
「せめて最期は好きなようにやらせてくれ──マスター」
時々フラッシュバックする。
10年前。冬木市に突如現れた万能の杯。
しかしそれは不健全で、聖杯戦争の参加者は八人。おまけに半数以上がいわゆる「神」と呼ばれる英霊。
ソルティア・ラングフォードは父に代わって、最後まで聖杯戦争を戦い抜いた。
彼は英霊から呪われていた。死ぬまで解けることのない呪い。
「地獄にも勝る苦行──それを乗り越えた先、君は我よりも強く疾く成れるであろう」
「あの聖杯は汚れている。せめて君だけは清らかであれ」
「宝具を授ける。──他の誰でもなく、君に預かって欲しいだけだ」
その英霊は、魔王と称しているにも関わらずやけに腰が低くて。
宝具と何にも代えがたい経験を糧に、自分を凡人から異なるステージへ引き上げてくれた。
しかし──それは呪いだった。
普通の人間としてはもう生きていけないほどの、特異すぎる能力。
無意識に一般人から避けられてしまうほどの威圧感。
「……」
ソルティア・ラングフォードは父母の墓に花を添えると、ゆっくりと立ち上がった。
第六次聖杯戦争、唯一の生き残り──それが彼である。
「お父さん。こんにちは」
墓の外で電話を取り出して、ソルティアはそんなことを言う。当然、その声は死人に対して発せられた声ではない。
「……君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ」
電話の向こう側の声は、五つ子の父、中野マルオのもの。
「貴方には聞きたいことがありまして」
「ラングフォード君かい? 僕よりも、相手は五月君の方が良いと思うけどね」
「いえ。貴方で無くてはわからないことがある」
ソルティアは単刀直入に訊いた。
「『中野麗奈』は────」
*
「ソルティアは勝手に入って良いって言ってたけど……本当にいいのか?」
「彼が言うなら良いのよ。さ、上がって上がって」
ここはお前の部屋じゃないだろ、と言って士郎は笑う。
衛宮ご夫妻。第五次聖杯戦争の生き残り。
ソルティアとは長い付き合いである。最強の魔術師も、彼らにはまるで頭が上がらない。
「うわ──魔力の残滓が凄いな」
「ええ。それも恐ろしい量ね──つくづく思うわ。これと平常心で関われる五月ちゃんはどうかしてるって」
「彼女、五つ子なんだって? 他の姉妹もある程度は耐性付いてんのかもな」
ソルティアが散らかしたダンボールを片付けながら、士郎はそんなことを言う。
「かもね」
「……それにしても、アイツが時計塔に顔を出すなんて。何か心境に変化でもあったのか?」
「それはもう、五月ちゃん関連でしょうね。全く……アンタもいい年なんだから、その鈍ちんをどうにかしなさいよ」
こりゃ参ったな、なんて言いながら士郎は笑う。
「圧倒的な力ってのは──すげぇもんだな」
ピンポーン。
ソルティアが帰ってきたと思い、凛と士郎は玄関に向かう。
──しかし、何故わざわざインターホンを鳴らした?
自分の部屋なのに。
「ソルティアくん、失礼しま──え、えっ!?」
「あら、これは──」
凛は察した。
「初めまして。うちのソルティアがお世話になってます」
「母親ヅラは止せよ、凛──とりあえず話は後だ。上がってけ、中野さん」
士郎と凛に言われるがまま、五月はソルティアの部屋に上がった。
(今日は彼がイギリスから帰ってくる日だと言うので、重い腰を上げてやって来たというのに……! 誰なんですかこの人たちは!)
「あの、私邪魔だったら帰りますよ……?」
「だーめ。むしろ居てもらわなくちゃ困るのよ」
「あぁ……とりあえずなんか食うか? 中野さん」
「だ、大丈夫です。お腹は一杯ですので──」
ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
「……五月ちゃん? 身体は正直ね」
「〜!!」
恥ずかしさで沸騰してしまいそうな五月。しかし、士郎の作る料理がソルティアのそれを遥かに上回る腕前であるということを知るのは、少し後の話である。
*
「美味しいです……!! さすがソルティアくんの御師匠ともあって絶妙な味付けです……!」
(この子……セイバーに似てるわね)
(あぁ……そっくりだ)
二人は子どもを見守る夫婦のように、顔を見合わせて笑う。それを見て、五月は首を傾げた。
「お二人は、ソルティアくんの親御さんという認識で宜しいでしょうか?」
「うーん……一応育ての親ではあるんだけどね」
「血は繋がっていませんでしたか──お二人とも大変若いですもんね」
お世辞はよしてくれ、と言って士郎は笑う。
「アイツの両親が亡くなって、代わりに俺たちが面倒を見ることになったんだ。出会った頃は本当に手のかかるやつだった」
「そうなんですか?」
「あぁ。魔術師としての能力だけはズバ抜けていたんだが……そもそも『魔術なんか要らない』と言って聞かなかったんだ」
少しだけ老けた様子の士郎はそんなことを言った。
「かと言って勉学に励んでいたわけでもないのよねー。本当に手のかかる息子だったわ」
「ただ、ソルティアは優しい奴だ。これは昔から変わらない」
「士郎に憧れたって話じゃなかったかしら?」
「ば、馬鹿言うな。……俺も、切嗣に憧れて魔術師を志した。珍しいことじゃない」
話が一区切りしたところで、凛がテーブルに身を乗り出した。
「それで、どう?」
「どう、とは……?」
「ウチのお嫁さんに来てもらう、って言うのは」
「!?」
五月よりも先に、士郎が反応した。
「お前! 何言って──」
「お、お、お嫁……そういうのはちょっと存じかねますー!」
五月が大声で反射的に反応する。
「それにほら、ラングくんの考えもあるでしょうし……!」
「あ、名字呼びになっちゃった」
「健気で可愛いじゃないか。な、遠坂」
「その呼び方はいい加減に止めなさいよ!」
(いつの間に、惚気……?)
イチャイチャしている二人を見て、五月は小さく笑っていた。
なんだか、少しだけ羨ましい気も──
(って、何を考えてるんですか! やはり最近の私はおかしいです……!)
一瞬だけ表情を緩めた五月だが、首を大きく横に振って事なきを得た。
「お、アイツが帰ってきたみたいだな」
ソルティアの帰宅を感じ取り、そう言い放つ士郎。
親ならではのセンサーがあるのだろうか。
「ただいま──って、イツキ?」
凛と士郎がいることは知っていたが、五月がいるとは露も知らずに帰宅してきたためソルティアは大変驚いている。
「は、はい! お邪魔しております」
「久しぶりだな」
ソルティアはスーツケースを置いて、五月の隣に座った。
「ちょうどいい。時計塔の講師から持ち掛けられた計画をそっくりそのまま話そう。九月に俺は冬木へと旅立つ。それで────」
*
凛と士郎も帰路に就き、部屋に残った五月は何をするでもなくのんびりしていた。
「イツキ──」
「は、はい!? 何でしょう!」
五月はアホ毛と背筋をピンと伸ばす。
「いや、そんなに驚かなくても……すまんな。大したもてなしが出来なくて。今日は大人しく寝ようと思う」
半開きの目でそう話したソルティア。イギリスからの長旅はさすがに堪えたようだ。
その前に五月を家に帰さなければならないはずだったが……彼はそこまで頭が回っていなかった。
「わ、わかりました。それでは、私は失礼しま──」
ん?
「……寝てるんですか?」
床で横になった瞬間、ソルティアは寝息を立て始めた。
「もう、こんなところで寝たら首をおかしくしますよ?」
五月は近くにあった座布団を手に取ると、ソルティアの頭の下に挟んだ。
「……」
普段は見ることのない、彼の寝顔。
驚くほど穏やかで、永遠のように感じられた。
(こ、こんな所にほくろが──知りませんでした)
正座をして、ワイシャツ姿のソルティアを上から見下ろす。首にある小さなほくろを見つけて、なんだか嬉しくなった。
「私は、貴方のことを知らなすぎる」
どこかで聞いたことのある台詞で、五月はそう語りかける。
「それでも──貴方が私のことを思ってくれているのは知っています」
それは友情かもしれない。
はなまた恋情かもしれない。
しかし五月は知っている。ソルティアは自分のためにイギリスまで向かったり、時には身を挺して悪に立ち向かってくれる……。
そんな彼のカッコ良さだけは、誰よりもわかっている。
「貴方がそこまでしてくれるのは、私が特殊な能力を持っているからではなく──友人だから、なんですね」
以前、三玖と橋の上で喋った時にソルティアが言っていたことだ。
「けれど……別に、友人じゃなくても良いですよね」
五月は呟いた。まるで囁くように。ほんの少しずつ、少しずつその手を彼の頬に近づけた。
自分は今行けないことをしている。ごめんなさい。
それでも、許してほしい。
今なら、貴方に言える気がする──
「いつもありがとう。……ソルティア」
指で優しく頬に触れる。
意外と温かくて、気持ちがいい。
その温もりが何よりも嬉しくて。
「私に恋愛はわからない。だけど……これだけは言わせてね」
「─────好きだよ」
優しい声で、五月はそう呟いて。
彼の身体に覆いかぶさるように。眠れる彼の唇に、そっとキスをした。
(わ、わ……私はやってしまいました!!)
咄嗟に彼から離れて、五月は顔を真っ赤にする。
気づけば日付が変わっていて、部屋も暗い。
携帯を取り出す。光が眩しい。
『ちょっと五月! どこ行ってるのよ!』
二乃からのメール、そして着信。
──心配してくれてありがとう。
だけど、今日は戻りません。
『すみません。今日はお泊りさせて頂きます』
一日くらい、悪いことをしてもいいですよね。
そして、五月は携帯をテーブルの上に置いて。
彼の隣に寝転がって、そのまま目を閉じた。