「『中野麗奈』……ね。わかった、調べておくわ」
「ありがとうございます」
ツー。電話が切れて、ソルティアはソファに横たわる。
……雨だ。
折角の休日。五月の魔力を狙う勢力も撤退している今、ソルティアはつかの間の平和を得ていた。
それなのに、だ。こうも雨が降り始めると何もする気がおきなくなる。
「魔術の鍛錬でもするか──」
ピンポーン。
土砂降りのはずなのに、インターホンが鳴った。
「あの、テレビなら無いんで──」
「ねぇ……雨宿りさせてくれたら……嬉しい」
N●Kの集金だと思っていたソルティアは一転、驚く。
「ミク……? 久しぶりだな」
「うん。中に入れて」
「お前が大好きなフータローの家にでも行ったらどうだ?」
「今から東京に……うっ」
とにかく入れて! とうるさいので、ソルティアは渋々中に入れることに。
「ありがと」
「……」
意外と押しの強い女の子なんだな、とソルティアはミクへの認識を改めた。
「片付けてないからあまり入れたくなかったんだが……というかびしょ濡れだな。服は洗濯しておくから、今のうちにシャワー浴びてこい。あと俺の服で良ければ貸すぞ」
「やけに手慣れてない……!? もしかして女癖悪いタイプ……!?」
「違う! 兎に角、風呂は向こうの方にある! 鍵を付けて入るんだぞ!」
そうしてソルティアは三玖をシャワーの方に押し出すと、勢い良くドアを閉めた。
……ふぅ、とりあえずなんとかなった。
ちゃんと鍵を掛けたかな……? 早く洗濯したいのだが……。
まるで主婦のようなことを考えながら、ソルティアは昼飯を作り始めた。
*
「……上がった、けど」
ダボダボの黒いスウェットを着た三玖が、ソルティアの前に姿を現した。
体からはまだ湯気が立っている。
(覗いたり一切して来なかった……ちょっとは信用できる、かな)
「ミク。寄るなら他の友達の家じゃ不味かったのか?」
「歩いてたら急に大雨が降ってきたから……」
三玖の方に見向きもせずにスープの味見をするソルティア。
料理人の風格さえ漂っている。
「ねぇ、何作ってるの?」
「ハンバーグとサラダ、あと鶏ガラの出汁を使ったスープだ。普段はこんなものは作らん。客人が来たから奮発しているだけだ」
「……ありがたき幸せ」
ヘッドホンを首にかけ直しながら、三玖はソルティアの方を向く。
「ねぇ……あれから結構経つけど、五月とはどうなの?」
「ぶー!」
ソルティアはスープを吹き出すと、顔を赤くして言った。
「い、いきなりなんだ。あいつはただの友達、トモダチ」
「むー……怪しい」
三玖はソファに膝立ちしながら、ソルティアの顔をじーっと見つめる。
「一線は越えた?」
「断じて越えていない!」
全力否定するソルティア。
「まあ……その、なんだ。彼女と出会ってから楽しいことは増えた」
「ふーん……具体的には?」
「一緒に飯を食ったり、実習でペアを組んだり──些細なことだ。某家庭教師みたいに、長い月日を掛けて殴り合った訳でもない」
──だが、それでいい。
彼は言い切ってみせた。
「なるほどね……ソルティアは真面目だし……欠点が見つからないね」
「イツキに聞いてみろ。十個くらいなら数秒でひねり出してくるぞアイツ」
「五月……贅沢者……」
それは私も同じか、だなんて言って三玖は笑う。
「どうした?」
「なんでもない。……五月は多分さ、嬉しいんだよ。自分を認めてくれる人がいるってことが」
「私も、実は戦国武将が大好きで……変な趣味だと思ってたから、誰にも言い出せなかった。フータローは……そんな私を認めてくれた」
「そうか」
なんだか嬉しそうな三玖を見て、ソルティアは表情を緩めた。こんなに健気な女の子を振るとは──上杉風太郎を殺したくなった。
「俺は日本の歴史には詳しくない。が……好きなものを認めてくれるってのは、嬉しいよな」
「うんっ。ソルティアはわかってくれるんだね」
まあな、と言って彼は皿をテーブルに出す。
「ひとまず飯を食うか。ミク、米を盛って待っていてくれ」
「わかった……ありがとう」
調理の専門学校に進んだ三玖は、さり気なくソルティアの作った料理を観察していた。
まずハンバーグ。焼目がついていて普通に美味しそう。
そして野菜サラダ。切り方が少々雑なものの、栄養豊富な野菜たちが勢揃いだ。
続いて鶏ガラのスープ。いいにおいがする。いずれも大学生の作るにしては程々に高いクオリティだった。
「いただきます」
三玖は試しにハンバーグをひとかじりする。
「うん……美味しい」
噛んだ瞬間、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。適度にキャベツを差し込んで味を中和。たまらない。
「普段から、料理はよく作るの?」
「あぁ。食費ギリギリで生活しているが、栄養バランスを欠かせたことはない」
ふとソルティアは一ヶ月ささみ生活をした時のことを思い出した。シンプルに死にたくなった。
「ふーん……あとこの部屋、ダンボールだらけだけど……何入ってるの」
三玖は辺り一面に広がるダンボール畑を指さした。
「魔術に使う道具だ」
ソルティアはそうとだけ答えて、手元のハンバーグに視線を写した。
……そっか。ソルティアは、魔法使いだったんだっけ。
「魔法が使えて……楽しい?」
「まさか。今となっては習得したことを後悔している」
自嘲気味にそう答えた。
「そうなの……?」
「あぁ。魔術は……人を救った数よりも、殺した数の方が多いだろうよ」
ソルティアは魔術師が嫌いだ。……五月から聞きかじった話だが、三玖はそれを思い出す。
「ミクがどうしても学びたいというのなら──特別に教えてやってもいいが?」
「今の話を聞いて『やりたい』って言う人はいない!」
三玖が呆れた声で応える。すまんすまん、と謝るソルティアはどことなく腰が低い。
「とにかく、それでも俺が魔術師をやっていく理由は──命を賭けてでも守りたい人がいるから。それだけだ」
「……そっか。まるで正義のヒーローみたいだね」
三玖がからかうようにそう言う。ソルティアは頭をかくと、
「俺はイツキだけの味方になると決めたんだからな。……しかし、ヒーローなんて柄じゃない。どちらかと言えば暗闇から悪い顔をして拍手しながら登場する側の人間だ」
「それ悪役じゃん……」
そう言うと、三玖は最後の一口を食べた。
「ご馳走様。美味しかったです」
「例には及ばん。美味しそうに食べてくれて何よりだ」
まぁね、と言って三玖は笑う。
ソルティアはそれを見ると、固い表情を一瞬緩めてみせた。
「外……晴れてきたね」
光が、ふと窓から差し込む。
外を見れば、水たまりに虹がかかっていた。
「今日は用事があるから、これで。……今度、お礼させてね」
「あぁ──ちょっと待ってくれ。その格好で出掛けるつもりか?」
「あっ」
黒いダボダボのスウェットを見て、三玖はため息をついた。
「これは……さすがに」
「ちなみになんの用事なんだ?」
「休みだから、お買い物に行こうと思って──」
「洗濯物はまだ乾きそうにもないな。その服装で買い物もそれはそれで味が出るとは思うが」
からかわないで、と言って三玖は頬をふくらませる。
「とりあえず家に帰る。この服は洗濯して返すから。今度……その洗濯物と交換しよう」
「わかった。気をつけて帰るんだぞ」
玄関で荷物を持った三玖を、ソルティアが見送る。
──あ、そうだ。ドアを開ける直前、三玖は振り返ってこう言った。
「五月をよろしくね」
その笑顔は、どことなく五月に似ていて。
ソルティアはやはり五つ子は侮れんな、などと思うのであった。
*
「さて──始めようかの」
冬木市にある教会。と言っても今は誰も使っていないのだが。
その傍らで、老人が杖を付いて立ち上がった。
「二度目の宴を──ソルティア・ラングフォード」
殺意に満ちた目で、間桐臓硯はそう言った。