夜になる頃にはある程度の落ち着きを見せ、公安自体の被害状況もそのおおよそが明らかになっていた。結果判明したのは目を閉じたくなるような惨状としか形容することができず、特異課は壊滅状態でありほとんどの人員が人の手によって殺された。
人員不足を補う策として一課、二課、三課を四課と合併し即席の部隊を組み上げ指揮系統を統一することでかろうじて戦力を保とうと試みているようだが、それも悪魔や魔人だらけの異例部隊のためまともに機能するとは思われない。
そんな通夜のような(実際葬式がのちに控えている)憂いが公安のそこかしこに満ちていた。襲撃が特異課だけであったのが幸いか、他の課に被害はなかったため、彼らの助けを借りながらも後処理に追われ、ひとまずの着地点にたどり着いた頃にはすでに夜である。本部に構えられた緊急対策室で、私と岸辺さんはタバコの煙を長々と立ち上らせて長話をしていた。
話題は戦いのあった白昼の出来事である。
「それでその……サムライソードとかいうふざけたやつを取り逃したわけだ」
「ちゃうちゃう。見逃したったんですよ」
岸辺さんからの問いかけにタバコの煙をくゆらせて返すと、彼は低い声で相槌を打った。感情が表に現れづらい性質の人だから、こうして理不尽な物言いをするのは珍しいことだった。表情は読めないが、今回の件に対し彼なりに苛立ちを抱えているらしい。
「フゥー……市中の奴らを迅速に制圧したのは見事の一言だ。腕は落ちてないようだな、だが……。いや、八つ当たりか、これは」
「岸辺さんの気持ちも分からんことないですよ。うちかて助けられるんなら特異課のみんな助けたりたかったですし」
それに、と続ける。
「もしうちの部下が同じような目ぇ遭ったら、似たようなこと言ってますよって」
「…………、そう言ってもらえると助かる」
岸辺さんはタバコの先が赤くなるまで強く煙を吸って、それを吐き出してから落ち着いたように言った。
特異一課の隊長である岸辺さんは、年長者ということもありただ実戦に出るだけでなく教育係も担っている。事実私も過去、岸辺さんに指導を仰いだ経験があるのだ……だからこそ今回の事件でほとんどの人が死んでしまったことに、彼が怒りを覚えるのも無理はない。
少なからず彼の指導した人間が被害者の中にはいるのだから。彼の気持ちは痛いほどわかる。
私だって、天童や黒瀬が誰かに殺されるようなことがあれば怒るだろうから。
「弔い合戦や。奴らには落とし前つけさせましょ」
私がそう言うと、また岸辺さんは掠れた低い声で相槌を打った。
私たちにできることなんて殺しくらいなのだ。それを岸辺さんは何十年と続けてきた……造作もないこととはいえ、それでも少しばかりナイフを持つ手にも力が入る。
「サムライソード、か。変な名前だな……俺は直接見たわけじゃないが、本当にそんなやつがいるのか」
「ええはい。悪魔と人間を混ぜたような──っちゅうても魔人とはまた違う、不思議なやつらです」
そこまで言って、ちょうど良い例が特異課にいるのを思い出した。
「デンジくんとはもう会いましたか?」
「例の新人か。いや、噂に聞く程度だ」
「ほな想像も難しいか……ともかく人のまま悪魔になるんですわ、あいつら」
サムライソードは頭と腕から刀が飛び出た奇天烈な格好をしていたが、それはデンジくんも同じだ。……だが、似たようなタイプとはいえ、しかしサムライソードの持つ傑出したスピードはデンジくんにはない特徴のように思える。
「とにかく速くて、とにかく切れ味が鋭い。プロのデビルハンターでも、油断しとったら首もってかれるんちゃうかな」
「速いってのは、お前よりもか」
「あはは、変なこと言いはりますね。うちの方が速いに決まっとるやないですか」
ともかく、と話を続ける。
「サムライソードは強い。これは間違いない。……今の特異四課じゃあ、まともに太刀打ちできやんのとちゃいます?」
「ほう」
「それに向こう側には悪魔と契約しとる女がおって、そいつもなかなかの手練れですわ。連携とってくるんで、一人で相手するんは厳しいんとちゃいますか」
「なんてやつだ?」
「蛇の悪魔です。デカいやつ」
「フム……それは厄介だな。前にやったときは、妙なものを吐き出していた」
「まだうちが未熟やったとき、一緒にやったん覚えてますわ。図体デカくて、見た目によらずすばしっこく、その上搦手までつこうてくる」
蛇の悪魔に関しては過去に戦ったことがあるので要領は得ているが、使役する人間がいる以上知性を伴った攻撃が繰り出されるものとして認識せねばならず、こちらも油断はならない。……もっとも、その使役する人間を片づけてしまえばいいだけの弱点付きな悪魔なので、考えようによってはどうにでもなるのだが。
「今んとこ居場所はハッキリしとらんのでマキマが調査中らしいんですけど……」
「マキマか」
「ええはい、あいつもよう働いとりますわ。人がぎょうさん減ったんで、合併なんかの異動等々書類作業もあるなか実地調査ですよ」
呼称:サムライソードは現在逃亡中であり、所在地は不明であるため対魔課の立て直しと並行して調査中。この件に関して簡潔に述べるならば、我々はあの武器人間に対して後手に回ってしまったというわけだ。
その上人員を大きく削られる事態に陥ってしまい、なんとか巻き返しを図るためにマキマ手ずから現場に赴いているのだという。
そのうえマキマは四課の指揮権を得ている。魔人だらけの特別部隊を編成したのはマキマ当人ではあるが、それでも彼女に降りかかる心労は想像を絶するだろう。
「んで、今んとこ生き残っとるんが数えるほどしかおらんゆーんで、特異課はぜぇんぶ四課に合併」
タバコを灰皿にぐりぐりと押し付け火を消した。
「うちは元々四課と合流して仕事するようマキマから頼まれとったんで、しばらくは戦力の一つとして数えられるんでしょうね」
「お前、こっちに来るのか」
「ええはい、しばらく世話なります」
「そうか……ま、せいぜいやれるだけやれ」
そう言って岸辺さんもタバコの火を消し、立ち上がった。
「お、飯でも行きます?」
「酒はもう飲んでる」
「つれへんなあ。せっかく久しぶりに会うんですから、後輩に飯の一つ奢ってくださいよ」
私が嘆くように言うと、岸辺さんは至極冷静な面持ちでこう返してきた。
「俺はこれから用事があるから、悪いが飯はまた今度だ」
「ほーん……用事ってなんですの?」
尋ねると、岸辺さんは少し考え込んだ後、ふと閃いたように言った。
「お前も来た方がいいな」
「は? だから、なんですのん」
「ひたすら悪魔を殺すんだよ」
「…………」
一瞬言葉に詰まるが、私は即座にこう返答した。
「ええですね、それ」
デンジ、パワー、死確定──☆