「どこ狙われとるんかは、なんとなく分かるようなってきたんとちゃう」
「うげッ」
まるで蛙でも踏み潰したみたいな情けない悲鳴が墓地に響いた。デンジくんの鳩尾に刃物が刺さった音である。
「かはッ……なん、でぇ……? 手で防いで……」
「そら腕力がはなからちゃうんやから」
まるで豆鉄砲を食らった鳩のような顔が苦悶の汗を流していた。デンジくんが驚いた顔である。
何度目か分からない絶命の予兆に彼は顔を真っ青にする。たらたらと腹から流れる一筋の血は、足を伝って乾いた地面に吸い込まれていった。
「うーん……まあ、ナイフに反応して防御できるようにはなってきたみたいやな」
朝方から始まった指導は一方的なもので、デンジ・パワーの二人は私たちに傷はおろか触ることすらできないでいた。死んでは生き返り、生き返っては死ぬの繰り返しがうんざりするほど続いている。
昼を過ぎてからはこちらの動きを防御するような反応を見せ始めたが、それでもやはり彼らは死んでいった。
「こっちはナイフ持っとるんやから、手のひらで防いでも貫かれてまうで。受け止めきられへん攻撃は、無理に防がんと避けた方がええよ」
デンジくんの手のひらを貫通し、さらには腹部へと深く突き刺さったナイフを力強く抜いて言う。すると、それを隙と見てかパワーちゃんが後ろから襲いかかってきたので、私は振り向き様に首筋へと刃を滑り込ませた。
「!」
「避けられへん攻撃は、最小のダメージで受け流しや」
「言っとることが、めちゃくちゃじゃあ……!」
どさっ、とパワーちゃんが地面に倒れた。
あちゃあ死んじゃったかな? と心配になって彼女の肩を叩くが、特に目立った反応は見られなかった。
ただの切り傷と、死に至る切り傷とでは消費する血液の量が違う。傷をふさぐ工程に加え、さらに蘇生のために血を要するらしいのだ。
「輸血パックももうだいぶ消費してもうたしな……」
何度も開け閉めを繰り返したからか、クーラーボックスは既に保温の効果を失っていて、生ぬるくなってしまった輸血パックを手で数えながらあとどれくらい訓練ができるかを考えていた。
「デンジくん、あと十回くらいやるけどええかな?」
「じ、じゅうぅ……ぎゃあっ、おぎゃあおぎゃあ」
「聞こえとらんやん……」
どういう原理か分からないが、時々こうして幼児退化してしまうので、その度に頭を何度か叩いてやる必要があった。
パワーちゃんは自分で止血できるからか死ぬことはないが、デンジくんにはそういった特殊な力はないのでよく死にかける。おそらく幼児化するのは死の兆候だったりするのだろう。
走馬灯でも頭によぎっているのだろうか。
「帰ってこ〜い」
ビシバシ頭を叩くと、デンジくんはハッとしたように目を覚ました。その隙に口へ血を流してやると、不味そうに目端を歪めながら喉を鳴らして飲み込んでいた。
パワーちゃんにも同じように血を与える。なんだか哺乳瓶で栄養を与えているような感じがして(そのうえデンジくんもパワーちゃんも中身が幼いので)、親鳥のような心持ちになるが、だからとはいえ手加減しようという気にはならなかった。
「うーん……」
とはいえ、心の隅にある微かな良心がキリキリと痛む感じがする。
時間がないから急拵えしなきゃいけないという理由は分かる。そうなると基礎を鍛えている暇がないというのも。だから私たちは二人の優れた身体能力や直感を最大限活用できるようひたすら経験を積ませるやり方を選んだ。
しかし、今やっているのは一方的な蹂躙とすら評することができるだろう。指導というにはあまりに一方的な気がしてならない。
「ほんまにこれでええんですか? うち、こういうやり方やったことないんで合っとるんか分からんのですけど」
そう岸辺さんに尋ねると、彼は煙草を吸いながら少し言葉を考えているようだった。
最初は岸辺さんと二人で指導を行っていたのだがあまりに抵抗なく殺してしまい、そのため初日くらいは一体二でやったほうがいいだろうとのことで彼は煙草を吸いながら私たちの攻防戦を眺めていた。
返答を待ちつつ輸血パックを片付けていると、作業が終わった頃合いを見計らって岸辺さんはこう言った。
「こいつらは馬鹿だから、なにか教えたところで素直に学ぶとは思えない。……なら、自分で見つけさせる方がいい」
「なるほど……?」
見つけさせる……。てっきり「何度でも死ねるんだから死の恐怖をなくしたほうがいい」みたいな言葉が返ってくるかと思っていたが、彼なりに考えはあったらしい。(最初、何度殺しても壊れないおもちゃ、なんて言ってたので少し意外だった)
「殺すんはええですけど、輸血パックあとちょっとしかありませんよ」
そう言うと、懐から取り出した時計を見て彼はこう言った。
「……そろそろ晩飯時か。一ノ瀬、どれだけ殺したか覚えてるか?」
「いえ……二十超えたあたりから数えるんやめました」
「ま、初日にしては上出来だろう」
言って彼は歩き出した。どうやら帰るらしい。
自由な人だなと思うが、これくらいめちゃくちゃな人でないとデビルハンターとして長くは生きていられないのだろう。
私もすっかり帰る気分になって、クーラーボックスを担ぎ彼の背中を追った。
「晩飯どないします? 勝負は途中で辞めなってまいましたし」
「久しぶりに会うんだ。今日くらいは奢ってやる」
「いやったぁ……!」
焼肉行きましょ、焼肉!
上機嫌でクーラーボックスを振り回していると、墓地の方からリビングデッドが如く呻き声を上げて立ち上がる二人の影。
「ヨ、ヨツナさん……俺らン飯は……」
「冷蔵庫に豚汁ようさん作って入れといたから、あっためて食い! ほなまた朝な」
「豚汁! 肉か?!」
「俺も焼肉食いてぇよ……!」
「悪いがお前らに食わせてやれるほど金は持ってきてない」
すまんなデンジくん、また今度ようさん食わしたるから……。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
「行っちまった……」
夜が近いのか、段々と辺りは暗くなっていた。時間感覚が無くなっちまうくれえに殺されたんだと思うと、力の差ってのが嫌ほど理解できてしまう。
「ぐうぅ……あのジジイ強すぎじゃ……」
「ヨツナさんもマジ強えぇ……なんで死んだのか覚えてねえよ」
とにかく速え。ナイフも動きも普通なのに、とにかく速くて攻撃が見えねえ。避けようにもタイミングが分からねえし、運良く避けてもどこかに傷がつく。
手で掴もうとしたこともあるが、それだって手ごとナイフで貫かれた。
「分かんねえ……勝てる気がしねえ……」
俺はチェンソーになれるけど、そうなったってなにも出来ず殺されるに違いない。勝ち負け以前に、俺は勝負の土俵にすら上がれてないんだろう。
なにかが足りない。けど、その何かがこの足りない頭じゃ分からない。
「ちくしょう……教育テレビじゃこんなこと教えてくれなかったよ〜!」
俺がそんなことを叫ぶと、それよりも大きな声でパワーが「分かった!」と叫んだ。
「分かった! アヤツラを倒す方法!」
「あ……?」
「あのジジイは超強い! じゃが酒で頭がダメになっておる! ワシらは頭を使えばいいんじゃ……!」
頭、頭……頭?!
「なっるほどな〜! 頭を使う……! 漫画のキャラみてぇに闘えたらいいなって最近思ってたんだぜ……!」
「頭脳でアイツぶっ殺すか!」
「おう! そういや今日は頭全然使ってなかったぜぇ〜! 頭使えば強えに決まってるよなあ!」
良い案じゃねえか! なんだか勝てる気がしてきたし、頭もぐんぐん良くなってきた気がする!
「……でもよぉ、ヨツナさんにゃどう勝つんだ? あの人は頭良いぞ?」
「あ……」
そこで俺たちは黙っちまった。過去一番に冴え渡る頭でも、それ以上に頭の良さそうな相手に勝てる案が思いつかねえ。
「うぐうう、こ、か、勝てん!」
「……とりあえず帰って飯食おうぜ。腹減った頭で考えてもなにも思い浮かばねーよ」
この時間帯は肌寒い。痛みもすっかり抜けて寒くなってきた。最近コンロの使い方を覚えたし、だから早く帰って豚汁温めて食いたい気分だった。
しっかし、頭使えばジジイの方は倒せるだろうから、良い線いってると思うんだがなあ。
今週はチェンソーマンあります!明日の夜24:00!