翌朝。気は進まないもののマキマに連れられ、車に乗って海辺の別荘地に向かっていた。自動車運転の免許は失効していたため車はマキマの運転であった。
朝方に公安の駐車場にて待ち合わせていたのだが、普段から仕事で用いられている車だからか斧やらナイフやらの物騒なものがトランクの中に積んであり、相手方に見られれば厄介なことになりそうだとそれらをシートの下に隠してからの出発である。
武器を隠している途中、後部座席に小さな紙袋が置いてあったのでこれがなにか訊ねたところ、「ああそれね。手土産かな」と適当にはぐらかされた。
まあ、私のものでもないのでそれ以上触れることはしなかった。
車はいつも黒瀬か天童のどちらかに運転してもらっているのだが、今回の案件は悪魔とはまた別種の危険性があるので今日ばかりは別行動を取ることにした。というわけで、免許を持たない私は論外として、残ったマキマが車を運転していた。
私はともかくマキマも部下一人乗せないのかと疑問に思ったが、襲撃事件により急な人手不足を抱えた特異課がいま現在別の場所で作戦遂行中であるのを鑑みるに、こうして一人で動かなければならない事情も察せられた。
というわけで車中は二人きり。どれだけ周りを見渡してもマキマの部下が後ろからついてきているというわけでもないようなので、今回の仕事は完全に私とマキマの二人で行われるらしい。
「…………」
「音楽でもかけようか」
慣れた手つきでCDプレイヤーを操作する。チープな電子音とともに、画面に表示された曲のトラックが移り変わっていくのが見えた。
「うーん……」
連日仕事続きであったろうから車の運転くらい変わってやりたいものだが、いかんせん免許がないので助手席に座りながら歯がゆい思いをしていた。
なにかしてやれないものたろうか。こうして黙っている私に気を遣ってくれさえする。なにも役に立てていないようで気まずい。
「水飲ませたろか? お腹減ってない? 飴ちゃんでも舐める?」
「なんだか親切だね。どうかした?」
「いや、どうもしやんけど」
来る途中でコンビニに寄って買った飴玉の袋を開け、ドリンクホルダーのところに挿し入れた。そうして、そこから一つ飴玉を取ると、包装用紙を剥がして自らの口に放り込んだ。
気紛れに飴玉を転がすとコロコロと音が鳴る。甘味を感じたからか、少し気が紛れた。そんな私の様子を見て興味が湧いたのか、「一つもらおうかな」とマキマが言ったので、また一つ飴玉を取り個包装を剥がし、口元まで運んでやった。
マキマもコロコロと口の中で飴玉を転がしているのが音で分かった。
「今日の仕事はヤクザとの話し合いやろ? 素直に教えてくれるやろか」
ちょっとだけ心配に思っていることを呟いた。
正直、むくつけき漢どもが皆揃って銃を構えていたとしても傷ひとつつかない自信がある。肉弾戦でも結果は同じだ。
ただどうも私は話し合いというのが苦手だ。戦いに使う頭はあっても、政治だの謀略だのに振り分けるステータスがゼロなのだ。
「ヨツナはこういうの苦手だっけ」
「苦手も苦手。うちは根っから拳で語り合うタイプの人間やから」
言って、確かめるように拳を開いたり閉じたりした。
「昔バディ組んどったときもそうやろ? マキマは悪魔使うてあれこれやっとったけど、うちはひたすら殴って切って蹴ってやった。上司とも折り合い悪うて、結局まともに昇進できやんかったしな」
そう考えると、マキマはとても上手くやっている。私は窓際部署のようなところで働いているのに対し、今や彼女は特異課を管理下に置いているのだから。
「きっと得意不得意があるんだよ」
とマキマは言うのだった。
「それに私は、ヨツナの思うほど器用でもない。京都のお偉いさんは怖いし、デンジ君のことだって……正直なところ上手くいってるかどうか自信ないかな」
珍しく呟かれた弱音に、私は意外さとともに親しみやすさを感じた。
「デンジくんのことは、マキマがそんなんするんやって、うち意外やったわ。慣れへんことしとるんやったら人に頼りや。うちもせやけど、岸辺さんとかおるんやから」
「……そうだね。そうする」
しばらく車を走らせていると、海岸線のあたりを走るようになった。窓を少し開けてみると湿気の含まれた風が額を擦っていく心地が大変よかった。
近頃は何度かマキマと顔を合わせていたので、話すような話題もとうに尽きてしまい、車内は物静かだった。気まずさはなく、むしろ心地よささえあったが、こうして二人でいるのはとても貴重な気がしてもったいないような気持ちが沸々と湧いてきた。
気を紛らわすために頬杖をついて、窓の外に広がる海を覗いた。ただずっとソッポを向いているのもつれないので、時たま前を向いたり、マキマの顔をチラリと見たりした。マキマは顔色一つ変えないで運転をしている。海岸沿いのS字カーブを難なくクリアし、潮風を切って目的地に進んでいる。
「黒瀬くんと天童ちゃんは、今どうしてるんだっけ」
「ん? ああ、あの二人?」
気を利かせてくれたのだろうか、私の不審な様子を見てマキマは気安く尋ねてきた。
「二人は今、岸辺さんとこ行っとるわ。指導やのうて、例の作戦に加わっとる」
「なるほどね。今こっちは人手不足だから、助かるよ」
「ええんよ。うちらの部隊は困っとるとこ手助けするんが仕事やから」
しかしここ数週間、悪魔を倒していないなと、久し仕事をしていないような感覚に陥った。もちろんデンジくんやパワーちゃんと殺し合いはしたが、それでも本当の意味で敵として相対する悪魔とは出会っていない。
ひと段落すればデンジくんの護衛につくことになるのだろうが、そうなってしまうとますます悪魔との戦闘は減るのではないのだろうか?
ここ十数年はずっと悪魔との殺し合いだったから、こういうちょっとした平和がどうにもむず痒いのだ。
「ヨツナは行かなくてよかったの?」
「お前がそれ聞くか? 一緒に来てほしい言うから着いてきたったのに」
「あー……そうだったね」
マキマは誤魔化すように笑った。
それから取り繕うように、仕事の話を続けるのだった。
「今回の件、ヨツナはどう思ってるの?」
「どうって、銃のことか?」
冷たい鉄の感触が思い起こされた。銃、今となっては誰もが恐る悪魔の名前。
「きな臭い話や思うけどな。銃っちゅうことは、どっかで秘密裏に作っとるやつが流したんか、あるいは……」
「銃の悪魔との契約か、だよね」
「……そう。ま、銃の悪魔と接触したことあるやつが確認できとらん以上、そんな契約できるんかどうかすら不明やけど」
居場所すら掴めていないのだ。チンピラが関与できたというのなら、是が非にでもそこから手がかりを掴みたい。
それほどに銃の悪魔との接触は困難で、公安ですら手がかりを集めるので手一杯なのだ。
「契約って線は私も薄いと思う。一介の人間が、現在消息不明の悪魔と契約できるとは思えない……」
それに、とマキマ。
「もし仮に契約できていたとして、ヨツナはそれに気づくことってできたりする?」
「は? なんでうち?」
「だって、肉片の場所がなんとなく分かるんでしょ」
「……気い張っとったら分かったかもしれへん。それもまあ、近くおったらの話やけど」
とはいえ、肉片の反応がなんとなく分かるのと、契約したかどうかが分かるというのはかなり違う気もする。そもそも経験したことのないことだったから、なんとも言いづらかった。
「聞いたよ。例の襲撃があった日、ヨツナは銃を回収しながら勢力を鎮圧していったんだって……あれもその特別な力?」
「せや。あんときは銃声したんもあるけど、ようさん人が怖がっとったから、なんとなく分かった」
私自身、私の持つ不思議な力について詳しくは知らない。なにができるのかも、その出自も。全てが曖昧で、過去のことだったから。
「なんか関係あるんやろか。うちが子供んころの記憶がないんと」
「さあ……けど、ヨツナはヨツナだよ」
ガリっ、と口の中で音がした。飴玉を噛み砕いた音だった。
マキマは気付いているのだろうか。私の秘密について。
気付いていたとしたら、こうして黙ってくれているのは、優しさだろうか。それとも、他意があるのか……。
袋から飴玉を取り出し、口に放った。甘みを感じると、気持ちは少し落ち着いた。
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「公安のお客さんだ。高い茶、用意しろ」
とのことで用意された茶は、雰囲気が良くないのと単純に淹れ方が悪いのとで美味しいものではなかった。こちとら京都で鍛えられてる、この程度のもてなしでは傷一つつかない。
「えらい美味い茶ぁで。組長さん直々に入れはったんですか?」
「ご協力ありがとうございます」
二人掛けのソファに並んで座り、相対する。
話し合いというのがどうにも苦手なので、京都で教わった通り笑顔の奥に睨みを効かせた。
話の内容としては、概ね以下の通りである。
沢渡という女(写真を見るに、ヘビの悪魔と契約していた女だ)が黒幕らしく、彼女を通して銃の悪魔との契約が行われたのだという。
契約の内容は「二万円を払って銃と弾」がもらえるというものらしい。
そこまで話を聞いて、マキマが銃の悪魔との契約した組員の名前を──現在、話し合っている相手の組員のみならず、他の組に至るまで──訊ねたところで、空気は一変した。
相手方としても守るべき一線があるのだろう、こちらを小馬鹿にしつつ「教えられない」と言うのだった。
そこで、マキマが一つ紙袋を取り出した。
ああ、今朝見た後部座席に置いていたやつ。
すごく雰囲気が悪いのに、今更手土産を出したところで意味はあるのだろうか……?
逆上させるだけだろうからやめた方が良いと言おうとしたが、マキマが不敵に笑みを浮かべていたので手が止まる。
相手方も不審に感じてか、おそるおそる紙袋を開くと、とんでもなく恐ろしいものを見たような表情で悲鳴を上げた。
「ここにいる皆さんの……ご親族や、大切な方の、目です」
「目ぇ?!」
見ると確かに紙袋の中には眼球が入ってる。パーティグッズかなにかかと思ったが……え、ホンモノやん、これ。
「ヨツナ、立って」
「うぇ?!」
「これは彼女がやりました」
「ウワーッ!」
「私がやった、と言いなさい」
「ぃやっとらんわ!」
組員らの私たちを見る目は、恐ろしさ半分別の意味の恐ろしさ半分で、ダラダラと嫌な汗が頬を伝った。
これをどうにかできる人がいるって言ってたけど、いたっけ……?
安定してきたので、毎週月・水・金の昼から夕方の間に投稿しますね。週三です。