「祝勝会やー! 新・特異四課の勝利を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
コップを互いに力強く打ちつけ、そうして一息に飲み干した。特別大きな仕事をしたわけではないのだが、マキマの面前で大いに冷や汗をかくことになったので、気分転換も兼ねて私は酒を飲みたい気分だったのだ。
飲みっぷりの良さに釣られてか、アキくんも喉を鳴らして酒を煽るが、そのペースで飲んでいてはすぐに酔い潰れてしまうだろう。私の酒を飲むスピードの速さをよく知っている黒瀬が彼の肩を叩き、「調子合わせて飲みよったら、死んでまいますよ」と気を遣っている様子が見られた。
良い子に育ったな……誰が育てたんだろう……私か!
「クロやんは気遣いできて偉いなあ……!」
「子供やないんですから、けったいな褒め方しやんといてください!」
「いやあ、黒瀬、アンタようやっとるわ」
「やかましいわ! ……ったく」
照れ恥ずかしいのか、単に鬱陶しいのか、黒瀬はやけに大きな声で話を終わらせた。今回の仕事では完全に別行動をとっていたため嫌なことがなかったか心配だったのだが、別段そういった気配はないので言葉には出さないまでも元気そうで安堵した。
部下と別々に動くことは度々ある。だがどれも短期的なもので、こうして数週間に渡り全く別のことをしていたというのは珍しい経験だった。
襲撃が起きてから突発的に別れたので、完全に指揮系統が異なっていたのもなかなかない経験だ。ときどき連絡は取り合っていたが、今日久しぶりに会って少し泣きそうなくらいだった。
黒瀬はいじられたくないのだろう。それとも単に気になっていたのか、話題を変えるように咳払いをしてからこんなことをアキくんに訊ねた。
「話変わりますけど、アキくん、新しく契約した悪魔はどうですか? 力上手く使えてます?」
突然話題を向けられてか、アキくんは言葉を詰まらせたが、すぐに自然な口調で話し出した。
「え、ええ。はい。……こんなに凄い力、あんな少しの対価じゃ見合ってなくて、ちょっと怖いくらいです」
「ん? なんやアキくん、新しい悪魔と契約したんか?」
天童によって注がれたビールを飲みながら尋ねた。
アキくんは「はい」と首肯し、彼の代わりに黒瀬が情報を付け加えた。
「襲撃んとき、無茶な使い方してもうて狐の悪魔に愛想尽かされたんですわ。そういうわけで代わりに未来の悪魔を」
「未来の悪魔……? あの趣味の悪いやつ?」
「知っとるんですか?」
言われて、いくつかの記憶が思い起こされた。
アイツは珍しく協力的な悪魔で、奇怪なダンスを踊りながら未来がああだのこうだのと語っていたのを覚えている。未来予測ができるからか危機管理能力に長けていて、公安でも奴と契約している人が何人かいるはずだ。
私が関与したのは、奴が公安に捕らえられてから数日したある夜のことである。その時点では未来の悪魔に対する評価は定まっておらず、協力的ではあるが敵意の有無は分からないというのが全体の意見であった。
そのうえ先に述べた未来予知の影響もあり、大抵の攻撃は通用せず、反抗された際に対抗する手段がないことを上層部が恐れており、そこで私の速さでも避けられてしまうのかと試験的に殴ったことがある。
結果は言わずもがな。分かっていても避けようのない未来はあるのだ。
「契約なあ……アキくんなんも取られとらへんように見えるけど」
「取られなかったというか……他と違って、だいぶ軽かったんです。右目と両の耳だけで」
「ん?」
「ああ、今は普通に聞こえているし、見えてもいるんです」
私が不思議そうに眉根を寄せていたのに気付いて、アキくんは慌てたように言葉を付け足した。
「時々、未来の光景や音が、無理矢理見えたり聞こえたりするようになるみたいで……契約したときも、鼓膜が破れてしまいそうなくらいに大きな音がして」
「ふーん……」
未来の悪魔といえば、寿命半分や両目味覚嗅覚といった半身を削がれるほどの大きな対価を要求されると聞く。だというのに、彼がそれほど軽いもので契約を結ぶことができたのには、いったいどのような理由が……。
もう少し深く聞いてみようとビールで唇を濡らしたのを天童が察してか、嫌そうな顔をしてこう突っ込んだ。
「ヨツナさん、祝いの場なんですから、あんまし仕事の話しやんとってください」
「すまんすまん。ごめんなアキくん、元気そうでなによりやわ」
「いいんです。俺としても話しておきたいことでしたし」
アキくんは真っ直ぐな目でこちらを見つめる。
なにか吹っ切れたことでもあったのだろうか。頼もしい目だった。
「しっかし今更ですけど、俺らおって良かったんですか? 仲間内での祝勝会でしょう?」
「ヨツナさんにはこいつらが世話になったって聞いてますから。むしろこの程度のもてなししかできなくって……」
「ええんよええんよ! 机囲んで美味しいもん食うんが一番ええんやから」
というのも、今回の祝勝会はどこか店に行ってというわけではなく、早川家に集まって開かれたものだった。
元々はデンジくんらが行きたがっていた焼肉屋に私のポケットマネーで連れて行ってあげようかと考えていたのだが、仕事で疲れているのとわざわざそこまでしなくてもというアキくんの強い謙遜から、家でワイワイ騒ぐことになった。
とはいえ肉は食べる。ホットプレートはあると聞いていたので、精肉店で多種多様の肉を買い、酒も用意して私たちは彼らの家へお邪魔したのだった。
デンジくんとパワーちゃんは美味しそうに肉を食べ、その傍ら残りの者たちは酒を飲みながら話をしていた。肉は食べたいのだが、二人がすぐに食べてしまうのでアキくんが時々大きな声を出して怒っているのが賑やかで良かった。
二時間もすればデンジくんもお腹がいっぱいになったらしく眠ってしまい、そこに重なるようにしてパワーちゃんも仰向けにいびきをかいていた。
とはいえ、肉はまだまだ残ってる。
ようやくそこから私たちは自分らで食べる肉を焼き、それを食べながら仕事の話やプライベートの話を交わし合うのだった。
「そういえばアキくん、姫野ちゃんの容体聞いとるんか?」
「姫野先輩ですか……? 昏睡状態としか」
彼はピタリと箸を止めて私の言葉を待った。
あんまり焦らすのも良くないので、私は簡潔に話した。
「山場は越えたらしいで。内臓の損傷は激しいけど、パワーちゃんがしっかり止血してくれたおかげで大事には至っとらんらしい」
言うと、アキくんは赤らんだ頬を緩めた。今の今まで張り詰めていた緊張の糸が、そこでぷつりと切れた感じだった。
「そうですか。姫野先輩、助かったんですね……」
パワーちゃんのおかげ、という言葉が印象として残っているのだろう。眠っているだらしない彼女の顔を見て少し目を見開いたが、すぐにそれは安堵した安らかさを取り戻した。
「襲撃のとき、ヨツナさんが助けに来てくれたって聞きました。改めて礼をさせてください」
「そんな、礼なんてええねん」
照れ臭そうに答える。酒が入っていたので、ちょっとだけテンションが高かった。
「みんな元気なんがええんよ。人助けるんがデビルハンターやからな」
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
すっかりみんな眠ってしまって、私は一人瓶ビールを傾けて、頭がダメになるまで酒を飲んでいた。どれだけ頭がぼうっとしていても、それでも考えてしまうことがあった。
酒を飲みながら、マキマへ連れ立って出向いた上層部への報告の内容を思い出す。
元民間のデビルハンターであったという沢渡アカネ。ヤクザからの情報をもとに推理すると、彼女が銃の悪魔と契約し銃を流通させたという筋書きが確からしいと思われた。
はっきり言って、信じ難い事柄ではある。あの銃の悪魔が一般人相手に契約するなど、よっぽど弱っているとしか思えない。それに悪魔が金を求めて契約などするものだろうか?
私自身、さまざまな証言があるとはいえ、最終的に出された結論に対して懐疑的であった。
だが沢渡が契約を行う対価として示されたものは金だけではない。そう、“チェンソーの悪魔の心臓”。そのフレーズに驚きは隠せない。最近デンジくんがよく悪魔に狙われている事例から鑑みてみるに、そこに関連性を見出してしまうのは自然なことだろう。
となれば、銃の悪魔は心臓欲しさに悪魔や人を問わず無差別な契約を起こしていると考えることができる。実際、そう考える方が状況証拠からしてみれば正しいだろうとマキマは言っていた。
武器人間はそれぞれ悪魔の心臓を身に宿す。彼が持つ奇妙な縁は、どういうわけか銃の悪魔の関心を引くものらしい。
その憶測や推理にどのような意味があるのか、私には依然として分からない。
それから、公安で集めていた銃の悪魔の肉片は規定量に達したらしく、ついに動きを見せ始めたのだという。
それが一体どの方角を向いて進み始めたのか私には預かり知れぬ事柄だが……その時点をもって、私は長年続いた肉片集めの任を解かれ、正式にデンジくんの警護を務めることになるのだった。
だから今回の祝勝会は私たち三人組の歓迎会でもある。
アキくんはそこら辺を気にして、あえて家を選んだのだろう。
しばらく飲んでいると、デンジくんが不意に目を覚ました。
つられてパワーちゃんも目を覚ます。
二人は何度かやり取りした後、寝ぼけた眼を擦りながらこんなことを言った。
「……ああ? パワー、お前そんなツノデカかったっけ」
「ん?」
言われて気付く。確かに……デカい。
初対面である黒瀬や天童ならともかく、何度も顔を見合わせていたアキくんや私が今の今までどうして気付かなかったのかというくらいに形に変化が起こっている。
「あー……ホンマやな、気いつかへんかった」
これは、ええっと、なんだっけか……。
デンジくんの護衛をするにあたり、マキマからあれこれ教えられたのだが……酒でダメになった頭じゃなにも思い出せない。
「うーん……明日、マキマに聞くかあ」
時計を見れば、零時を回っていた。みんな眠っていることだし、私も眠ってしまおう。じゃないともっと酒が進んで、明日はまともに動けなくなってしまう。後輩がしているように、布団も何も敷かれていない床に寝ころび、眠気のままにまぶたを閉じた。
特異課襲撃編はひとまずこれにて終了!