デンジくんに言って、ツノが大きくなってしまったパワーちゃんをマキマの元まで送ってもらったあと。私は私で今回起きた一連の出来事について報告書を書かされていた。
なにぶん襲撃事件の後から今まで本部に立ち入ることがほとんどなかったので、溜まりに溜まった始末書も含めて苦手な書類作業を黒瀬や天童の手を借りながら一つ一つ処理していった。
事件の起こった経緯だとか、今回確認された悪魔とも魔人とも言いえぬサムライソードについて自分なりの意見を書いたりだとか。
基本的に感覚で物事を判断することが多いので、フィーリングで得たものを文章に起こすという作業はどうも苦手で上手く進まない。
「うーん……サムライソードなぁ。いうてそんな長いことやり合ったわけでもないから、えらい早い動きするなあくらいしか印象ないんやけど」
「なんか……口上言うたりしとらんかったんですか? 悪魔と契約しとる様子とか」
と黒瀬。
確かに、人からあの姿へ移り変わる直前に悪魔となにかしら取引を行なっていたのならば、それらしい言葉を口にしていてもおかしくはないはずだ。
だが、気にかかる言葉が聞こえた覚えはないし、彼がなんらかの代償を支払っている様子もなかった。
そのため、あれは都度悪魔と契約しているのではなく、既にその身に与えられた一種の権能なのではないかと推測がついた。
「直前で契約しとる様子はなかった。ま、デンジくんと同じやな……ほんまなにからなにまで、そっくりや。風体、体質……」
そうして思い出すのは彼のことである。
おそらく根本的なところは同じなのだろう。彼はチェンソーの悪魔の心臓を持っていると聞くから、あのサムライソードも似た境遇なのかもしれない。
悪魔の心臓……それを人に移植するだけで(単純な外科的技術とは限らないが)あのような力を手に入れられるとなると、それを知った上層部はどのような対応をとるのだろうか。
日本ではどうか分からないが、その知識が公に広まると他の国で人体実験が行われる可能性は高い。そうでなくても裏の社会には手を出す輩が少なからずいるだろう。血を飲むだけで回復し、死んでも生き返り、その上悪魔のような身体能力を人間の知性を保ったままで得られる……人の姿をして内部に潜入し、大暴れさせるなんて作戦もとれる。
それに気がつかない政府でもない。おそらく情報は秘匿されるだろうが、既に同じことに気がついている国があってもおかしくはないのが恐ろしい。
「人が悪魔と契約するいうんはよう聞く話やけど、人が悪魔になってまうとはな……」
となると、悪魔だけでなく人に対しても非常に強い警戒心を持って挑まなければならないのか。特に私はデンジくんの護衛を頼まれていたから、責任は重く感じられた。
「悪魔の力で姿変えられてまうみたいな話は聞きますけどね。でもデンジくんらはそこら辺、自分の意思でオンオフできとる感じですし」
「せやなあ……」
人から悪魔へ、悪魔から人へ。片手だけ片足だけ、そういった力のコントロールも自在にできる。
正直、謎だ。
「今んところ、対応できとるだけマシか……大勢で来よるわけでもなし」
それこそ軍団で来られたら、正直なところ対応できる自信がない。それぞれ特別な力を持っている奴らが、人を超えたスピードと人を超えた膂力で襲いかかってくるのだから、常識を超えた数と力の暴力にはきっと何者であれ敵わないだろう。
私としても、デビルハンターとして何年も生き残っている人でなしの自覚はあるが、人の域を出ない以上はひとりの人間なのだ。
「まあサムライソードの一件に関しては、デンジくんがようさん頑張った聞くし、そっちで詳しく報告してくれるやろ」
しばらく作業を続け、ようやく折り返し地点を迎えたといったとこで昼を過ぎていたので、そこで休憩を挟むことにした。朝からこの会議室に居て気が滅入っていたのもある。
ただ時間はないので外に出て空気を吸ったり煙草を吸ったりして気分転換をするだけだ。
「昼飯は出前とりましょか」
「ピザ食べよか、ピザ」
ということで宅配ピザを頼み(届くまでまた書類作業)、公安本部の玄関口まで黒瀬がピザを受け取りに行き、さあ食べようといったところで、
「……なんで君おるん?」
と不満そうな表情をして天童がつぶやいた。
「いい匂いがしたからよー。腹減ってたし」
「うおっ、デンジくん……」
会議室の扉を開けて現れた黒瀬は、その背後に制服姿のデンジくんと半裸の魔人を引き連れていた。
私もこれには少し驚き、目を見開いて彼に訊ねた。
「ま、魔人もおるし……知り合い?」
「パワーのやつがしばらく休みだって聞いて、マキマさんが代わりにコイツを」
デンジくんの指差す先には、サメのような特徴を持つ頭をした半裸の魔人が。彼は時々壁やら地面やらに潜るが、嬉しそうに飛び出てはデンジくんの周りを跳ねていた。
「えらい元気なやっちゃな……」
「なんか俺ん言うこと聞いてくれるらしいです」
「チェンソー様! 言う事! 絶対!」
「おおうるせえ!」
鬱陶しげに眉間に皺を寄せ、デンジくんはサメの魔人を手で払っていた。
とはいえ、彼の表情はどこか浮ついていて、なにか良いことでもあったのだろうかと傍目から見ても明らかであった。
「どうします……? 追い返しますか」
と、天童が声をひそめて私に言う。
天童の表情や声色から察するに、昨夜一緒に騒いだ影響もあって迷惑とまでは思ってないらしいが、仕事に支障が出るのではないかと心配はしているようだった。
ただでさえ時間がなく、外へ食べにいく時間も惜しむほどであったから、彼らの気遣いは妥当なものである。
とはいえ、デンジくんの世話係を任されている以上、彼との関係を蔑ろにするのもどうかと思われる。……それに、デンジくんが上機嫌に見える理由を知りたいという気持ちもあった。
甘やかすのは良くないが、これくらいならまあいいかと、黒瀬天童の二人に目配せをして話した。
「ま、ええやろ。デンジくんと……そこの君。飯食うたらさっさと仕事行きや」
「はぁい!」
元気そうにデンジくんが返事をした。それに釣られて、サメの魔人も奇怪な声をあげる。
ピザは片手でも食べられるのが利点だろう。利き手でペンを動かしながら腹を満たした。
デンジくんはサメの魔人とあれこれ話したりしながら、楽しそうにピザを食べていた。
「なんや嬉しそうやな、デンジくんは。ええことあったんか?」
とそれとなく聞いてみた。
「実は明日、マキマさんとデート行くんですよ」
「……デート?! 未成年淫行は一発アウトやぞマキマァ!」
思わず立ち上がる。
姫野に続いて、あんたまで……特異課にはまともなやつがいない……!
「え……! 映画館ってそういうことできるんですか……! 俺行ったことねえから知らなかった!」
「あー……映画?」
と、デンジくんの言葉で振りかざした拳を下ろす。
映画館、デート……うーん、心配してたことは起きそうにない。
「デンジくん、早とちりさせてもてすまんな」
「えー!? できないんすかあ……」
落ち込む彼をよそにいそいそと書類作業に戻る。
ショックを受けていたようだが、それでも楽しみであることに違いはないのかデンジくんは美味しそうにピザを食べていた。
人数が増え、買ってきた分のピザで足りるかどうか懸念していたが、私は良く食べる人間だから六枚ほど頼んでいたのが正解だった。この人数で腹一杯食べても十分な量だったので、食欲を満たしたデンジくんらが午後の巡回に行くのを「いってらっしゃい」と見送ってから、私はその日中書類作業に没頭していた。