マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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うどん

 一番古い記憶は、十数年ほど前に見た暗い空だった。銃の悪魔が人を虐殺したあの日以前の記憶が私にはない。ただ胸の中に空いた空洞と虚無とが急速に私の心から熱を奪っていったのを覚えている。それからの記憶も、あまり確かじゃない。

 ただ悪夢のようだった。夢の中では声が聞こえた。私は生きることを強く望んで、そのなにかに縋った気がする。次に目覚めたのは病院だった。

 

 ~ 一ノ瀬ヨツナの遺書より一部抜粋 ~

 

 

「ほな前のあれはカルパッチョの悪魔か。けったいなもん*1やな」

「そーですね」

 

 前にマキマから連絡があって一週間が経っていた。チェンソーの悪魔とやらを確保するためにゾンビの悪魔をけしかけることにしたらしいが、首尾はまだ聞いていない。失敗こそないだろうが、チェンソーの悪魔という単語にどこか耳障りを感じる私はそれをただの些事と切って捨てるのが難しかった。

 

「次は東京ですか」

「せやな。まあ今度は悪魔退治とちご()うて、肉片の移送やけど」

 

 肉片は肉片同士くっつく性質があり、大きければ大きいほどその性質は高まる。それは銃の悪魔の再生能力が働いているからなのだという。だからとにかくたくさんの肉片を集めて、大きくして、本体に引き寄せられるのを待とうというのが、今のところ銃の悪魔に対して講じられている作戦であった。

 そのため、月に一度、私が集めた銃の悪魔の肉片は東京の本部に送られる。どれくらいの肉片があれば銃本体に反応するのかが分かっていないため、できるだけ一箇所に集めて大きくする必要があるのだ。

 

「今月はぼちぼちやったなあ」

「まあ死人が出やんかったんで良かったです」

 

 四人乗りの軽自動車。運転席には京都公安の天童が。助手席には同じく京都公安の黒瀬が。そして後部座席にはジュラルミンケースに入れられた銃の悪魔の肉片いくらと、私。

 ひと月の仕事を終えた私達は、京都公安で保管していた肉片を抱えて山の中を走っていた。全く取れない月というのはほとんどないので(一欠片だけ、みたいなのはよくあるが)、実務報告も兼ねて毎月本部に出向いている。

 郵送でもいいのに、と思わなくはないが、お上の言うにはそれじゃダメらしい。

 

「しっかし、うちらが行く必要あるんかいな」

「こういうんは形式が大事なんです」

「はあ~お役人さんは大変やね」

 

 気まぐれに窓の外を眺める。少し前からずっと山が続いていた。ここを越えるとすぐ都心に出るのだが、それまでが少し退屈だ。

 京都公安の二人は私の直属の部下ということになっていた。形式上は異なるが、車が使えてある程度実戦ができて、それで面識があったので研修という名目で共に仕事をしている。前任は一年ほど前に私とは関係のない案件で死んでしまったので、実はここ最近新しくできたチームである。

 銃の悪魔の肉片を集めるために、日本各地を回る。車でのこうした会話も、既に何度も繰り返したやり取りだった。

 

「この先にパーキングエリアがあるので、そこ寄ってお昼食べましょか」

「ええな。タバコも吸いたいし、グッドアイデアや」

 

 しばらく走らせると見慣れた人工物が見えた。月に一度、東京へ向かう際は必ず寄っていたパーキングエリアだ。

 

「うどん食いたいな、うどん」

「うちもそれで」

「じゃあ、俺は……」

 

 経費でアイスも食べちゃおうかな。そんなことを考えながら奥の駐車場に進むと、なにやら騒ぎが聞こえた。見慣れた格好の人影も見える。あれは……。

 

「デビルハンター? なんでこんな山奥に。……回線来とったか?」

「いえ、連絡はなんも」

 

 直接話を聞いた方が良さそうだと、駐車場の手前で車を降りて彼らの方に急ぎ足で向かった。すると、思いがけず見知った顔に出会った。

 

「おお、マキマやん。なにしてるん?」

「……奇遇だね」

 

 こちらを振り返った彼女は、少し驚いたように眉を上げたが、それ以上の反応は見せずに落ち着いた雰囲気で受け答えをした。だが、少し表情に陰りがあるように見えた。

 私は気になって、マキマに尋ねた。

 

「どないしたんや」

「うーん……チェンソーの悪魔って言えば分かるかな」

 

 あまりものを語りたくなさそうに首を傾げて言った。

 

「前()うとったやつか。どうなったん」

「それがね……」

 

 マキマは思案顔で答える。

 

「見たほうが早いかも。最悪ってわけじゃない」

「ほーん」

 

 彼女の視線の先を追うと、派手に破れたフェンスが見えた。一見取り逃がしたようにも見えるが、そういうわけでもないだろう。なぜなら誰かを追走に出したような様子も見えないからだ。

 

「応援いりますか」

 

 と、あとからやってきた黒瀬がマキマに訊いた。

 

「いや、大丈夫だよ黒瀬くん。怪我人がいるけど救急車はもう呼んだし。……あ、どうも」

 

 屋台の店員からフランクフルトを受け取ると、マキマはそれを物寂し気な表情で見つめている。訳アリといった様子だ。

 

「……ま、ひと段落するまでうちらもここおるから。おっちゃん! うどん三つ!」

 

 あいよ、と元気な声が聞こえた。緊急事態というわけでもないらしいし、仮になにかが起こった場合でも万全の対応がとれるよう、腰を落ち着けて休んだ方がよさそうだった。

 不安げな顔をして後輩二人が私の顔を覗いてくる。「ええよええよ」とつぶやくように言いながら、近くの席に座った。そんな折である。

 フェンスの向こう側に人影が見えた。胸元からは奇妙にもコードのようなものが垂れ下がっていて、チンピラみたいな金髪をしている上裸の青年。背中には幼い少女を背負っていて、彼は今にも倒れそうなくらいおぼつかない足取りで歩いていた。マキマは彼と数度会話を交わしたあと、タイミング良くやってきた救急車に女の子とそのお父さんを乗せ、彼を連れてこちらにやってきた。

 

「紹介するよ。こちら一ノ瀬ヨツナさん。彼女もデビルハンターやってる」

「どーも」

「ん」

 

 うどんをすすっているところだったので、勢いよくすすり切って彼の顔を見た。不安と嬉しさが交った、おかしな顔だった。

 

「マキマとは同期や。よろしゅう」

「こっちはデンジ君。わけあって公安で働くことになった」

「うっす、デンジっす」

「デンジくんか。腹減ったら言いや、ようさん食わしたるさかい」

 

 そう言って、再びうどんをすすり上げる。ずるずるという音が魅力的だったのか、彼は顔を明るくしてこう言った。

 

「うどん! うどん食います……!」

「元気やなあ」

 

 見ると、机の上に一杯のうどんが置いてあった。私たちが食事を始めるよりも前から置いてあったうどんだ。すっかり伸びきっているのではないかと思われた。

 

「マキマ、それやるん?」

「伸びちゃってるけど、どうする? デンジ君」

「食べまアす!」

「健気なやっちゃ」

 

 その後いくらかやり取りをして、デンジくんはマキマにうどんを食べさせてもらっていた。あまりにも嬉しそうに彼が食事をするので、幼い顔つきの彼がさらに幼く見えた。

 

「で、話の続きやけど」

 

 デンジくんを一瞥してから、言葉を継いだ。

 

「魔人にしちゃあ頭は普通やな。ほな悪魔か? それにしては知能が高いようには見えんけど」

「彼はチェンソーの悪魔になれるんだよ」

「はあ?」

 

 彼女の発言に、つい怒気をはらんだようなうなり声が出た。怒っているわけではない。ただ「どういう意味?」と訊いているだけなのだ。

 長い付き合いだからか、彼女もそれは理解しているらしく、デンジくんにうどんを与えながら丁寧な言葉づかいで説明してくれた。

 

「デンジ君はチェンソーの悪魔と混じってる……。たぶん契約したんじゃないかな。彼からは匂いがするから」

「ふーん……」

 

 訝し気に彼を見つめる。何度か目が合って、そのたび彼は気まずそうに汗をかきながら視線を反らした。

 

「処分は?」

「うちで働くことになったよ。彼のような例は珍しいからね。特別措置」

「安全面は大丈夫なんか?」

「なにかあったら、しかるべき措置をとるよ」

「ほーん……」

 

 空を見上げる。彼のような状態は、前例がないわけじゃないが、珍しい。危険因子として切って捨てることもできなくはないが、マキマが面倒をみるというのなら余計な手出しは無用と言える。

 一つ離れた席でそば耳立てていた後輩二人が緊張した顔つきでいたので、私が余裕な態度をとりつくろうためにタバコに火をつけた。

 

「これからどうするん? 本部行くん?」

 

 マキマは私の言葉に頷いた。

 

「うちらもや。ま、キミみたいな例はないわけやない。せいぜい気張りや」

 

 私は席を立つと、デンジくんの背中を叩きに行った。肌が見えていたのでポンポンと叩く程度だったか、彼はうどんでむせていた。

 

「ほな先行くわ」

「ヨツナは、しばらく東京にいるの?」

 

 後ろでマキマが訊いた。

 私は首を横に振ってから彼女のほうを向いた。

 

「や。東北のほうで仕事や」

「そう。残念」

 

 おそらく飲みにでも行きたかったのだろう。酒好きは相変わらずかと、近くまで寄せてきた車に乗り込んだ。

*1
「変なやつ、おかしなやつ」という意味

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