翌日からデンジくんの身辺警護が始まった。朝の始業から夕方定時までの間、彼が業務の一環として街の巡回を行っているところをこっそり尾けて怪しい人影がないか監視するのが私の役目であった。
身辺警護とはいえ、そこまでガチガチに周りを固めて何者も近づけさせないとまではいかない。そこまで外敵を恐れるのなら、そもそも外に出させなければいい話なのだから。ただそうでないということは、つまりこの身辺警護という仕事にはただデンジくんの身を守る他にある重要な目的が存在する。
「うーん……今んところ不審な影はなし、っと」
昼前になったので報告書につらつらと現状を書き連ねる。なにもかも事細かに書き記すわけではないが、例えばデンジくんに対して道を訪ねた人がいたり誰かが肩をぶつけたり、そういう会話などの接触、物理的な接触を行った人物がいれば事細かに記載していった。
「っちゅうても、デンジくん歳のわりに派手な格好してるし。今んところそういう人はおらんか……」
強いて言うなら募金していたときくらいか、とペンを走らせる。もっとも募金の彼らはいつもああしてあそこにいるし、なにより話しかけたのはデンジくんの方からなので、そこまで大きな危険はないように思える。
まあ、なにがどう関係してくるか分からない。なんせ未来の悪魔だなんていうやつもいるくらいだ。こちらの予想を覆す手で関与してくることは間違いない。
「しっかしあのサメの魔人はどこいったんや。バディはどこやバディは……一人でほっつき歩いて……あとでちゃんと言っとかなあかんな……」
パワーちゃんの代わりにサメの魔人が彼には付いていたはずだが……。
昼前とはいえ気を抜かぬよう深呼吸をして、先ほどまでペンを走らせていた書類から意識を離してデンジくんの方へと目線を戻した。監視もいいが、それはデンジくんの保護ばかりが目的ではないのだから、他の目的も忘れぬよう気をつけねばと気を張る。
というのも現状、我々が敵に対して得ている情報は少ない。
デンジくんがなぜ狙われているのか、誰によって狙われているのか。この二つの事柄について把握している情報は少なく、なにも分かっていないと言っても過言ではない。
そこで我々は具体的な敵やその目標を知るために、あえてデンジくんを外出させることで敵を誘い出そうという作戦を行うことにした。
そのために私は彼を監視しているのだった。デンジくんにはもちろんのこと敵に対しても私の存在によって警戒心を抱かせるわけにはいかない。だから私は部下一人とチームを組み、基本は巡回中のデビルハンターという体をとる予定だったのだが……。
『え〜!! 明日おらんのん?!』
『すんません、今から京都に戻って書類提出せないかんので』
『東京はようさんタクシーあるんで、それ使うてください』
『ヨヨヨ〜……』
銃の悪魔の肉片が十分集まったことで私は肉片集めの任務を解かれ、新たにデンジくん警護の職務に就くことになった。私の場合は内閣府直属のためややこしい手続きはほとんどないのだが、 部下である黒瀬と天童は京都公安所属のデビルハンターであるため属する場所やらなんやらややこしい部分に変更があるらしく、手続きが必要で、そのために書類の提出が必須とのことなのだが、そのためにわざわざ京都まで行って書類を提出せねばならないらしいのだ。
新幹線で行き来するので今夜中には帰って来れるとのことだが、それでも今日一日は私一人での仕事である。昨日はずっと一緒にいたからか、こうしてまた一人になるとなんだか寂しい。
「いうて今の公安は人手不足やし、うち一人でどうにかなる仕事ではあるし。しゃあないっちゃ、しゃあないか」
と独りごちていると、不意にぽつりぽつりと肩へ雨粒が落ちてきた。大粒の雨はやがて勢いを増し、どこかで雨宿りをしようと考えに至った頃にはザザ降りの大雨になっていた。
「天気予報見とったら良かった!」
急いで近くにあった公衆電話に駆け込む。携帯電話を支給されてからは使う機会も減ったが、こうして狭いボックスの中にいると黒瀬や天童に電話をかけてみたくなる。
通り雨だろうと適当にボタンを押したりしていると、見知った顔が急いだ様子で電話ボックスの中に入ってきた。
「うおおデンジくん、奇遇やな」
「おあーっ、ヨツナさん! 急に雨ぇ降っちゃって」
濡れて肌に張り付いたシャツを気持ち悪そうに触りながらデンジくんは言った。
外ではサメの魔人が水を得た魚のようにはしゃいでいる。バディを連れてきていないというわけではなかったらしいと安堵する。
しかし失敗したな。もっとコソコソ監視してなきゃいけないのに、ついうっかり顔を合わせてしまった。
初日から思いやられるが、まあ緊急事態といえば緊急事態なのだしと(折り畳み傘くらい持って歩こうと決意しつつ)自分の中で許容することにした。
「通り雨やろうし、もうじき止むやろ。本部帰ってシャワーでも浴びるか? ついでに昼飯でも──」
そのとき、遠くの方から雨音に混じって足音が聞こえてきた。タッタッタッと柔軟ながらも迷いのある足取りで、その人もまた傘を忘れどこか雨宿りする場所を探しているようだった。
足音が聞こえているのは私だけのようらしい。デンジくんはたまたま私と会ったからかテンションが上がっていて、辺りを警戒できていないようだ。
その足音は私たちのいる電話ボックスの前までくると、申し訳なさそうな顔をして中へ入ってきた。
「ひー!」
慌てた様子で中に入ると、彼女は後ろ手で扉を閉めた。
「わあどうもどうも。いやいや、スゴイ雨ですね。天気予報は確か……あはははは!」
少女はずぶ濡れになった前髪の合間から私とデンジくんの顔を比べるように見上げた。そうして、どうしてだか笑いだしたのだった。
「あははは! いやっ、ごめんなさいっ! 笑っちゃって!」
アナタの顔、死んだウチの犬に似てるから。
少女はそんなことを言って、また大きな声で笑い出した。けれどどうしてだろう、雨だか涙だか分からないが、少女は一度拭った目元を何度も拭っていた。
「いやいやすいません……すいません……」
「ああ〜! オレァ犬かよぉ!」
「まあ合っとるな」
不服そうにデンジくんは目を細めたが、それでも泣いている少女が気掛かりであるらしい。
なにやら腹案があるのか、少し口角を上げて何やら演技を始めた。
「うぅ、うぇっ……うぇえええっ!」
「え?! ああ! ハンカチハンカチ、待って待って!」
「うえぇ……っ、タララ〜ン」
吐くような真似をしながら、デンジくんは口の奥から一輪の花を取り出した。あれは確か……募金のときに貰っていた花?
「タネも仕掛けもないんだな、これが」
ニヤリと笑って、デンジくんは花を少女に与えた。
少女はそれを受け取ると、真っ直ぐな瞳でデンジくんを見上げて、頬を赤らめ「ありがとう……」と非常に嬉しそうな声色で呟くのだった。
デンジくんは彼女の目を見たまま動かない。それどころか、まるで雷にでも打たれたみたいに熱く彼女の瞳を見つめていた。
青春やん……。
……ん?
なんやこれ。うちここおってええんやろか。なんや気まずいな……。はよ帰りたいんやけど……ほんま。
気まずさから私はずるずると壁伝いにしゃがんだ。彼らの視界から外れるので精一杯だった。外はまだ雨が降っていたし、なにより扉から出ていこうにも最初にここにいた私は電話ボックスの一番奥にいたので、それは難しいことだった。
電話ボックス・若い男女二人・何もないわけがなく──気まずい!!