「私この先の二道ってカフェでバイトしてるの。来てくれたらお礼しますよ」
電話ボックスの中で三人押し詰めになりながら雨をやり過ごす。次第に晴れ間が見え雨が止んだタイミングで彼女はスッとこの密閉空間の中から抜け出した。
「絶対来てね!」
愛嬌のある笑顔で言うと、彼女は指差していた方向へと軽快なステップで走り出した。電話ボックスの中でなにやら考え事をしているらしいデンジくんを放って私も外に出た。
しかし彼女の身体。長袖長ズボンで隠れてはいるが、しなやかな肢体はとても鍛えられているように見える。体育会系か? いやでも、あの髪型で運動部は無理そうな気も……。
と走り去っていく彼女の後ろ姿が角を曲がっていくまで考えていた。
そう深く考えても仕方のない話だとデンジくんに視線を戻すが、彼は妙に真面目な表情でどこかを見ていた。心ここにあらず、といった感じだ。
「……デンジくん? おーい?」
「っおあっ! ……俺ぁ、さっきまで息してました?」
「脈は不安定やったけど……」
言って彼の身体を確かめる。気をやったのではないかというほど挙動不審だったので、さっきの少女がなにかしたのではないかと咄嗟に思い至ったが、脈やら心臓やら、触診で彼の身体を調べても特別変に思われる点は見当たらなかった。
強いていうなら脈の勢いが静まることなく打ち鳴らされているくらいだろうか。まだ許容範囲というか、生きていて普通に起こりうる範囲であるから報告書に書き留めることはしないでおく。
「……ヨツナさん」
「うおっ……なんや」
「なんかぁ、よく分かんないんすけど……」
言いながらデンジくんも電話ボックスから出てきた。言っていることは不可解だが、見慣れぬ表情をしている。困惑、とも違う。……無表情? 外見を取り繕うように彼の表情筋は固まっていた。
「俺、行ってきます」
「っちょ、デンジくーん!」
彼は一言告げると、さきほど走っていった彼女を追い抜きかねないスピードで向こうのほうへと走って行った。突然のことにサメの魔人も追いつけていないくらいだ。
「なんやなんやっ」
いつもは表情や態度で分かりやすいデンジくんだからこそ、こう分かりにくい行動を取られると追いつけなくなる。元気や行動力があるのは大変結構だが、こうして近くで付き合ってみるとその突飛のなさに驚かされる。
前までバディをしていたのはパワーちゃんだったか。彼女も負けず劣らず自由な子だから、案外馬が合ったのかもしれない。
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「……デンジくん、きみ思ったより足速いな」
店に着いて席へ案内されてからすぐ、例の彼女は店にやってきた。どうやら途中で追い越していたらしい。……なにせ全力疾走に近かった。なにがそう彼を駆り立てるのだろうかと途中考えてしまったほどだ。
とはいえカフェ自体はなんの変哲もない様子で、店内を見回してみても至って普遍的である。間違っても悪魔の気配だなんて感じられない。彼の突然の行動に不可思議を感じながらも隣の彼へ向き直る。彼は太々しくソファに深く腰掛けつつ、興味深そうに店内へあちこち視線を巡らせていた。
きっとこういうところには始めて来たのだろう。メニュー表があれば良いのだが、どうやらウェイトレスが水と一緒に持ってくる仕組みらしい。
「ま、昼は一緒に食おう思っとったし。デンジくん好きなん頼みや。今日は奢ったる」
と言いつつ彼の目の前で手を振ったりして意識がしっかりしているか確認していると、「早〜!?」とこちらに気付いた彼女が驚きで目を見開いていた。
働いているというのは本当らしく、ウェイトレスらしくエプロンを身につけお盆を手に水とメニューを持ってきた。
「お礼をもらいに来ただけだぜ」
とデンジくんが言った。と同時に一つの考えが私の中で思い浮かぶ。
……うーん、あり得る。デンジくんなら、お礼のために全力疾走をするくらいはあるかもしれない。それも同い年くらいの女の子に言われた言葉なら。
「じゃあ一緒にコーヒー飲みますか〜! マスター! 私と彼らにコーヒーを!」
「ふ〜ん、コーヒー?」
あくまで平静を取り繕っているのは、格好をつけようとしているからなのだろうか……?
これは思春期……ううっ、私着いてこなかった方がいいんじゃ……!
さっきから彼の脈が早いのは、興奮していることもそうだが、私という大人の面前で欲を露にすることへ恥を感じているからではないのか……?
うーむ。今までどれだけ若くっても成人済みの人たちとしか触れ合ったことがなかったから、分からない……! 思春期の子の気持ちが……!
あくまで私も平静を取り繕いつつ、「きみ店員とちゃうん? ええのん?」と尋ねた。
すると女の子が答えるのではなく、この店のマスターが困ったような表情で「良くないですよ」と答えた。
「いいじゃないですか〜、モーニングにしかお客さんなんてこないんだし」
「もお〜……」
と言いつつ、マスターは慣れた手つきでコーヒーを注ぎ始める。うーむ、デンジくんもそうだが、私も少し落ち着きがない気がする。コーヒーを飲んでゆっくりするべきか。
「デンジくん、なんか好きなんあったら頼みや」
と言いメニュー表を開いて渡した。食べ物だけでもケーキやサンドイッチ、日替わりランチなんてのもある。彼の苦手そうな食べ物はなかったので、ひとまず安心しつつ私もなにか食べようとメニューに目を通した。
するとウェイトレスの彼女は私の会話を聞いていたのか、出来上がったコーヒーをこちらまで持ってくると、デンジくんの隣に座ってこう言った。
「デンジ君っていうんだ」
どこか熱のある目。可愛らしい口で明るく笑顔を作って言った。
「私の名前はレゼ。あなたたちは?」
「うちはヨツナ」
「俺はデンジ」
「ヨツナさんに、デンジくん……」
確かめるように言うのを聞きながらコーヒーを口に含む。デンジくんも私の動きにつられてマグカップに口をつけた。
歳のわりにコーヒー飲めるんだな、だなんて思っていると、「うげぇ」なんて擬音が出て来そうなくらいに表情を歪め、次いで舌を洗うように水をごくごくと飲み干した。
「う、ぐぅ」
「あっはは! なにその顔〜! 絶対強がってる!」
「これぁドブ味だよ! ドブ味! マズイ!」
「あはは! 子供だ子供! 子供舌!」
彼女はともかく、デンジくんが失礼なことを言っているなと思いながらも叱るに叱れない自分がいて、申し訳ないようにマスターへ会釈した。マスターはレゼの賑やかしい言動に慣れてるのか、困ったような表情ではあるが微笑みをたたえて会釈を返してくれた。
「あはははは! あははっ、はは!」
ひとしきり笑ったあと、レゼは涙さえ浮かんだ目でデンジくんと目線を合わせた。そのまま上目遣いで「デンジ君みたいな面白い人、はじめて」と言うのだった。
「ふう〜ん」
と、デンジくんが不思議な唸り声。
うっおお……。
うちがおってええ気が一つもしやん……。
いくらコーヒー飲んでも甘味しか感じひん。ラブコメの匂いしかしやん。
(しっかしなんやこのレゼっちゅう子……やたらデンジくんに触っとるな……。最近の子はこうなんやろか……?)
コーヒーを飲みながら考える。頭がまったくまともに動いていないが、なんとか機能を働かせる。
今の時期、敵が接触してくる可能性は高い。そんな中でのこの出会いだ。……通り雨による偶然のものではあるが、だからとはいえ全ての可能性を消し切ることはできない。
仮にレゼが敵であれば近づく前に排除すべきだし、敵でなくても今のこの危険な時期に近づけさせるわけにはいかない。
デンジくんは戦争の火種と言ってもいい。そんな彼に近づけば間違いなく火傷する。その火傷が単なる傷でなく、一生残るもの、あるいは死であればなおさら危険だ。
一般人を巻き込んではいけない。
と、私が気難しいことを考えている間も、デンジくんはなにやら平気そうな顔をしてレゼちゃんと接していた。だがいつも以上に強く拍動を打っているため、彼がどのようなことを考え感じているのかは大体分かった。
なるほど、デンジくんにも春が来たということか……。
なるべく早く立ち去りたかった私は適当にサンドイッチでもつまんで仕事を理由に途中で抜けようかと思い、サンドイッチとそれからデンジくんが好きそうな食べ物をいくらかマスターに注文した。すると、レゼが、
「ヨツナさんは、デンジ君の……お姉さん?」
「! ちゃうよ、ちゃうちゃう。上司みたいなもんや」
突然会話のパスが回って来たので戸惑いつつもそう返すと、レゼは私にしっかり目を合わせて、まるで夢を見る子供のようにこんなことを言った。
「へえ。でも、デンジ君が羨ましいなあ。私お姉さんとかいないから」
「ふう〜ん」
マスター、追加で日替わりランチを!
うーん、もうちょっとだけ話をしていていいかもしれない。