夜もまたデンジくんの護衛にあたっていた。護衛とは、なにも朝から夕にかけてのことではないのである。
経験則から言うと、こうした闇夜に紛れて悪魔が襲ってくる可能性は決して低くない。悪魔のモチーフとなった概念が夜行性であるならば──例えばコウモリであったりフクロウなど、そういう奴らならば──夜になって初めて動きを見せる。
それに人にも夜になってようやく動きを見せる輩はいる。海外まで情報が出回っているとは考えられにくいが、今回の特異課襲撃でピンポイントにデンジくんが狙われたことを鑑みるに可能性は捨てきれない。
つまるところ昼間も危険だが夜もまた同様に危険であるのだ。
それを考慮すると、彼から一時たりとも目を離すわけにはいかない。
「つっても限界っちゅうもんがあるゆうねん」
眠気から大きなあくびをすると、それに釣られて隣にいた天童もまた「くぁ」とあくびをした。
今の特異課が甚大な人手不足であることは言うまでもない。そのために全く別の管轄にいた私が引き抜かれ、それでもなおこうして重労働を課せられているのだから、その問題は深刻と見える。
デンジくんという存在を抱えているので外から人を入れたくないのかもしれないが、そう考えるとこの人手不足は慢性的なものなのだなとうんざりした気分になった。
「マキマのやつも過保護やなあ……アキくんとパワーちゃんがおるんやから、夜中はそこまで心配いらんやろうに」
言いながら私は望遠鏡を覗いた。
私たちはデンジくんらの住む家がよく見える場所に拠点を構え、異変がないか常に見張っているのだ。
朝昼夕は歩き回って彼の後をつけるのだが、夜になれば定位置から眺めているだけだ。そのため最低一人が起きて見張っていればいいので、緊急事態でもなければ夜は実質的な休憩時間となっていた。
とはいえ、あくまでも仮眠だ。しっかり八時間、心の底から安心して睡眠を取れるわけではない──過酷な仕事であることは言うまでもない。
終わりの見えない仕事というのもある。それに敵が勘のいいやつであれば、私たちが先に襲われる可能性もなくはない。部下の二人は多く不安も抱えていることだろう。
上司として不甲斐ないと思う気持ちが強く、またそれ以上にここまで自分についてきてくれる二人の部下へ感動にも似た感情を得ていた。
しばらく望遠鏡を覗いていると、階段を上る足音がした。天童はそばでうとうとしているし、黒瀬のやつは奥のベッドで眠っている。となると第三者が現れたのか……。
デンジくんをどうこうする前に、護衛である私たちに手出しをするというのはあり得る話だ……。望遠鏡から目は離さず、ただ神経だけを扉へ集中させた。
重々しい足跡は扉の前で止まると、その扉を鍵を使って開いた。鍵を持っているということは……。
「どうだ調子は。……夜食、買ってきてやったぞ」
「ああ岸辺さん、ありがとうございます」
カップ麺やら酒やらが入ってごちゃごちゃしたビニール袋を机に置くと、岸辺さんは大きくあくびをして近くのソファに深く腰掛けた。
どうやら飲酒しているらしい。袋を漁り、適当な酒を手に取っていた。
「ったく、人使いが荒いな。もっと歳を考えてくれ」
「岸辺さんも歳考えて酒の量減らしてください」
「良いんだよ。どうせ俺の身体はなにも残っちゃいない……」
彼は取り出した日本酒の瓶を傾け、並々とコップに注いだ。
そうしてそれを私の方に向けて、ぐいっと前に突き出した。
どうやら飲めと言っているらしい。
「任務中なもんで」
「つれないヤツ」
「仕事中なんで、また今度飲みましょ」
そんなふうに軽い言葉を交わしていると、静かに早川家の扉が開いた……。
「ああ……?」
「なにか見えたか?」
「んー、はい。なんや……扉が開いたような」
再び注意深く目を凝らして望遠鏡を覗く。
そろり、音を消すように扉の影から現れたのは、薄着のままでいる私服姿のデンジくんであった。彼は周りを数度見て、後ろを確認すると、音を立てぬよう扉を閉めそのまま外廊下の奥への走っていった。
「っ! ちょちょっ、デンジくんやデンジくん……! えーっと、クロやんは寝とるから……みっちゃんがウチに着いてきぃ。岸辺さんは念のため早川家の監視お願いしてもええですか? なんかのときは黒瀬のやつ叩き起こしてもろてええんで」
「ん」
岸辺さんは人差し指と中指を立てた。これは決してVサインではない。酒二本という意味である。
「ほなまた今度! 行くでみっちゃん」
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(天童視点)
最近、仕事の内容が変わった。変わったというより、一度終わってまた別の仕事についたと言ったほうがいいかもしれない。
これまでとは性質の違った仕事で慣れないことは多いが、上司が変わらなかったのは不幸中の幸いである。
例の襲撃事件があった後、ヨツナさんとはしばらく顔を合わせていなかったので、肉片回収の任を解かれたと聞き、このまま挨拶もなく別れることになるのだろうかと黒瀬と共に言い知れぬ不安に感じていた。
だがなんの気もなしに私たちの前に現れた彼女へ、私たちはある種の安堵すら抱いた。
その安堵とはなんだろう。どういう気持ちだろう。
食い扶持がなくならないで済んだ、とは違う。知人と久しぶりに会って元気そうでよかった、とも違う。
このちょっとしたニュアンスの違いが私の頭の片隅でいつも蠢いていた。
ヨツナさんの手にかかっても困難な仕事というのがある。それは一対複数の戦闘であったり、とても強大な悪魔との闘いである。
だがいつでも彼女は数時間もすれば私たちの目の前に現れ、安堵を与えてくれた。彼女の存在は、この言葉で表現するのが難しい不安をいつも溶かしていた。
だからこそ、こうして数週間も離れ離れというのは──これまでの数年ずっと一緒に行動してきたので──一層寂しく、心細く感じられた。
やはりこの気持ちはなにかに似ている──
「ヨツナさん」
突如家を飛び出した監視対象のあとを追い、ヨツナさんと私は人影の少ない夜の街を歩いていた。公安のスーツを着て夜の街を歩くのはあまりに不自然なので、事前にウォーキングウェアに着替えた上で運動しているフリをしながら彼のあとをつけていた。
「ヨツナさんは監視対象のことを──ええっと、デンジ君、のこと。どう思っとるんですか」
前方にいる彼には聞こえないような小さな声で尋ねた。
軽快な歩幅で進むヨツナさんは、私の質問に戸惑う素振りを見せたがすぐに答えた。
「デンジくんは、なんやろなあ……不思議な子やわ。せやけど、話しとって嫌な気はしやん。面倒見がいがあって、うちはすっきゃで」
と彼女は楽しそうに笑顔を見せるのだった。
その笑顔を見ると、その楽しそうな声色を聞くと、私はあまり良くない感情を抱いているのではと冷静なところが囁いた。
嫉妬。
その言葉が、なんだか今の私には適している。
適していて、しっくりきて、そうして私がヨツナさんに抱く感情の正体も、濃い靄が晴れるように明らかになっていく気がした。
父、あるいは母に抱く感情。
そんな感じ。
ヨツナさんが持つあの暖かさは、かつて感じていた母の温もりに似ている。
だから母親を取られたようで、私はあまりデンジという人間が好きではないのかもしれない。
子供のような理由だけれど、自分の中ではすごく大切な気持ちだった。
「着いたで」
着いた先は学校であった。
彼は校門の前でとある少女と待ち合わせているらしかった……あれは確か、カフェの。
「レゼちゃん……なんでこないなとこに」
レゼ。その名前も、あまり良い気分がしない。
いつも遠くから眺めているあの二人。
二人はそのまま柵を越えて中に入っていった。
「……追いかけますか」
そう耳打ちする。するとヨツナさんは一瞬思案し、「いや……うち一人で中入るわ。少数の方がバレにくい」と言うのだった。
彼女はあまり私を任務に連れていってくれない。現場まで行っても、戦闘はいつも彼女だ。
それが良いとは私自身よく分かっている。分かっていながら、私はいつまでも子供扱いされているみたいで、その優しさに甘えるのは胸が複雑だった。