山の斜面を駆け降りたところで民間のデビルハンターがレゼと相対している様子を確認できた。本来民間が発見した悪魔に公安が横槍を入れるのはご法度なのだが、事態が事態のためそうも言ってられない。
崖によって生まれたおよそ十メートルの高低差を利用し飛び上がると、私は自由落下に身を任せ上空から奇襲を仕掛けた。
手に持つ獲物は一振りの日本刀。
天童黒瀬にそれぞれ一振りずつ持たせてあるそれは、皮を裂き肉を断ち、骨を砕くことに最適化された特注の代物であった。見た目からは想像できないほどの重量ゆえに使用できる者は少ないが、非常に丈夫で刃こぼれをおこさない。
大型の悪魔を討伐するのに用いる武器で、分厚い肉を切り裂き硬い外骨格を砕くのに便利だ。もっともそのオーバースペックゆえに持ち運びは面倒で、こういう特別なときにしか使わないのだが……。
なにぶん、仮に今日敵が現れるとすれば大型の悪魔ではないかと推測を立てていたので、こうして持ってきていたのだ。
だが予想は外れ、人型の彼女が現れた。
ハッキリ言って対人戦では無用の長物である。使いこなせているとはいえ、コンマ一秒の隙が命取りとなる肉弾戦において、振りが大きい上に掴まれやすい長物は不適切であった。
(まあ……奇襲には向いとるか)
独りごちて柄を握る。
左手にある鉄鞘で上手くバランスを取り、空中を滑るようにして構えた。
そのまま音を立てず背後から右肩に刀を滑らせる。あまりにもこの刀は重いから、力なんて込める必要はない──けれど、親愛なる殺意をもってして、刀が唸りを上げるほど力を入れた。
刃はまず空気を裂いた。そうして肌を破り、鎖骨を折り、背骨を断ち、肋骨を砕いた。そのまま血一つ纏うことなく銀色の刀身は振り下ろされ静止する──あまりに乱暴な袈裟斬りだが、荒々しくも人体は真二つに分たれたのだった。
「!」
心臓の薄皮一枚を削ってまさしく致命傷となりうる一閃であったが、私は彼女を殺そうという意志を持たなかった。
無論、甘えはもう捨てた。今だって右肩から下半身にかけてを削ぎ落とすような暇があれば、直接命を狙えた。心臓をくり抜き、頭を確保し、再生ができぬようにしてしまえた。
けれどそうしなかった理由がある。
彼女はなんらかの情報を握っている可能性が高い──再び現れた武器人間を、みすみす殺してしまうのは良くないことだ。
もとより、デンジくん監視の目的はそこにある──刺客が現れたのなら、生かして捉えなければならなかった。
「なっ──!」
声にならない悲鳴がレゼの口から漏れる。状況が上手く把握できていないのか、いまだに残った左腕は目的なく垂れ下がっているだけだった。
(次は──左腕!)
地面に着地すると同時に一歩踏み込み、刀を切り返した。
いや、切り返そうとしたのだ。
しかし誤算があった。武器人間ならばなにかしらの特殊能力があり、それを危惧してはいたが、“なにかされる前になにもできないようにしてやればいい”と考えていたのが彼女相手には甘さだったのだ。
「────ッ!」
面前で起こった爆発。そう、切り落とした下半身が煌々とした光をたたえて炸裂したのだ。
「マズイっ!」
咄嗟に方向を切り替えようとしたが、二度目の切り込みを行おうと一歩踏み込んだのが災いした。慣性の法則に従い、意に反して身体は前に吸い込まれる。
一瞬の判断がまさに生死を分ける。
コマ送りのようにスロウな動きで光を放つレゼの下半身を面前に、私は“あえて前進”した。刀の峰で爆発するそれを後ろへ弾き飛ばし、なるべく被害を抑えるために鉄鞘を盾のように構え、ほとんどコントロールの効かない直線の身投げである。
「ヨツナさんッ!」
派手な爆発のあと、さっき私が飛び降りた崖の上から声が聞こえた。黒瀬の声だ。
身体に痛みはない。爆発とはいえ金属が炸裂したわけでもなかったから、致命傷は避けられたらしい。
緊急回避の勢いが止まらず数メートル先にある車にぶつかった。追撃を恐れ飛び上がるが、あたりを見渡したもののレゼの姿は見えない。
あの一瞬の爆風に乗って逃げた……のか?
「だいじょーぶ! 屁でもないわ! それより、あいつは?」
「下行きました! ガードレールんとこから……!」
「下……?」
見れば血痕がある。それも二つだ。
おそらくはデンジくんを逃した魔人のものと、レゼのものだろう。
「ここの下ずうっと行ったところに、対魔二課の訓練施設があります! ひょっとしたらあのサメの魔人、そこ逃げよったんかもしれません!」
聞きながら手元の武装の様子を確認した。刀は刃こぼれひとつないが、鞘の方はややひしゃげている。
「分かったぁ……! 行ってくるわ! 刀もう一本ちょうだい!」
崖の上から放り投げられた刀を受け取ると、私は改めてレゼの戦闘力を認識し直すことにつとめ、坂道を下って行った。
レゼはデンジくんと違って、力を十分に使いこなせている様子だ──まだ本格的に殴り合ったわけではないが、あの一瞬で切り捨てられた半身を爆発させ逃げるだなんて芸当はよほど死地に慣れていないとできない。
となると、彼女はおそらく訓練された兵士なのだろう。
ただの少女ではない。裏のある、敵なのだ。
「騙されとったんやろか……」
山を降りながらくだらないことを考えた。
考えるだけつまらないことだと分かっていながらも、あの昼食のひと時を忘れずにはいられなかった。
彼女に対して情はあるのだろう。今だって信じられないし、彼女があんな風に咄嗟の判断ができたことに驚いてすらいる。
けれど、それとはまた別のところが──暗くて冷たい心の底が、どうすれば上手く彼女の四肢を削ぎ落として無抵抗のまま生捕りにできるのかを考えていた。
「ほんま……嫌なるわ、自分が」
自由落下に近いスピードで山を降った。
だからか、呟きは遠く後ろに流れていくだけで、誰にも聞かれやしなかった。
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対魔二課の訓練施設。その正面玄関にて、公安とレゼとが対峙していた。レゼはまだ中に侵入していないようで、駐車場の方から余裕を持った足取りで玄関口まで向かっている。
「助けてくださ〜い! 悪魔に襲われてま〜す!」
「誰が悪魔や!」
駐車場のように平面で広々とした場所では奇襲は難しいので(それに二度目が通用するとは思えない)、私は堂々とメンチを切って彼女の前に現れた。
静かに一歩一歩踏み出しながら、彼女との距離を詰めている。
半身丸ごと切り落としてやったのだから、再生するのにそれなりの血を消費しているはずだ……と思いたかったのだが、思いの外彼女の表情は余裕そうだった。
「……ヨツナ、さん」
とはいえ、大きな痛手であったのに違いはないようで、私の声に反応して一瞬身構える様子があった。
それを認めて、私は肩を使った深呼吸をした後、改めて彼女を見つめる。
「レゼちゃん、夜遊びはあかんで」
言うと、レゼは完全に視線をこちらに向けて拳を構えた。
彼女は対魔二課の彼らには荷が重い。私は彼らを無言のまま制止すると、レゼに倣って拳でファイティンポーズをとった。
ようやく身体が暖まってきたところなのだ。
そうでないと困る。
「ラウンドトゥーと行こか」
レゼって接近したら爆発するし距離取っても指パッチンで爆発するので、インチキみたいに強いですね……そりゃみんな死にますよ……。