時間が経つにつれて、戦闘は激しさを増していた。
蹴り、殴り、肘、膝。身体を酷使したありとあらゆる格闘技の他に、懐に忍ばせたナイフや刀を用いた斬撃も交え、およそ五分間に渡り戦闘が続いていた。
レゼ自身、度重なる出血や爆発により体力を失いつつあるようで、次第に動きは鈍りつつあった。だが、それでも決定打を与えられない理由が二つあった。
一つは先にも述べたように、私の目的はレゼを殺すことではなく生捕りにすることだからだ。デンジくんを護衛している理由にも繋がるのだが、刺客の狙いを把握するため彼女から情報を引き出す必要がある。だから奇襲のときもあえて心臓は狙わなかったし、今だって彼女を殺して終わりとはいかない。
そして二つ目の理由は、武器人間という特性にある。
武器人間を無力化するにはスターターとなる部分(レゼちゃんの場合首元のピン)が引けなくなるよう四肢を切り落とすか、あるいは再生できなくなるまで出血させるかのどちらかが必要なのだが……彼女の場合、例え体の大部分を失っても爆発はできるようであったから、四肢を切り落としたところで真の意味での無力化とはならない。
だから私は持久戦を強いられていた。
彼女が傷を負っても再生できなくなるくらいに、血を失わさせる必要があるから。
(せやから、レゼちゃんが人間の姿んときに腕切り落とすんが最善策やったんやけど……)
だけど、私はそれができなかった。
決して情が湧いたからではない。私は彼女と正面からぶつかりたいと思ってしまったのだ。
(あとでマキマに怒られるやろか……せやけど、後悔はしとらん)
レゼが繰り出す殴打を避けつつ、爆発の範囲から逃れるように距離を取った。彼女が指を鳴らすことで遠隔でも攻撃できることは確認済みだが、それに関しては“見てから避ける”ことにした。
目下の目的は、レゼの持つ血を消費させること。その上で、爆発というインチキじみた攻撃を至近距離で食らわぬよう攻めすぎないこと。
それが無理でも、デンジくんが安全なところに逃げるまで粘るとか、援軍が来るのを待つとかだろうか。私は公安の悪魔とは契約していないから、いい加減肉弾戦だけでは無理が生じてきたように感じる。
(そろそろ疲れた様子見せてくれてもええんやで)
思いながら、私は先ほどから考えていた不意打ちを実行した。不意打ちなので一度しかできない切り札めいた作戦なのだが、状況が状況なのでこのカードを切るしかない。
覚悟を決め、ヘマをしないように正面を見据える。そうして爆発に巻き込まれるギリギリまで距離を詰めて、至近距離からナイフを複数本投擲した。
「!?」
突然投げつけられた──それも、弾丸のように力強く素早く真っ直ぐに飛んできたナイフに、レゼは焦りを感じさせる猛烈な爆発で対処した。
投擲されたナイフは爆発によってひしゃげるが、それでは対応が不十分だ。力強く投げられたそれは爆風に負けることなく彼女の体に傷をつける。またどうしてもレゼの意識はナイフに向かうため、消えかかった爆炎に隠れた私の姿はどうしても見えないでいた。
「……!」
生じた一瞬の隙をつき、無骨な刀で切り上げる。
レゼからすれば何が起こったのかも分からなかったのではないだろうか。煙幕から刀の刃だけがにゅっと突き出し、それが右腕を断ったのだから。
(よし! もうちょっと……!)
だが、ここで欲張ったのが失敗だった。焦る気持ちが、行動を急かした。
レゼも腕を切られただけで無抵抗にはならない──彼女は反射的に、私がいた場所に目がけて複数爆発を起こしたのだ。
返す刀でもう一撃を狙っていた私は、危うさを咄嗟に感じ、致命傷を避けるように身を屈めた。
けれど、それでも直撃は避けられない。
素早く体を翻したが、途中反動に耐えきれず右肩から鈍い痛みを感じた。そこで気がつく、右腕が動かない。見れば、肩の筋肉がごっそり持っていかれていた。
(しもた……片腕持ってかれた……!)
レゼも腕を切り落とされた驚きからか、私と同じように距離を離した。そのまま二人して合図のように構えをとった。あまりにも開きすぎた間合いから滑稽とも見て取れるものであったが、レゼの表情にいわゆる余裕と呼ばれるものはなかった。
にわかに湧き出た冷や汗が頬を伝う。それを拭う暇もないほどに、神経を張り詰めさせている。
レゼが緊張した面持ちで一歩後ずさるのにに合わせて、私も一歩前に出た。ここで引けば、弱気に出ていると思われる。あまり相手に調子付かせるのは、深傷を負った身としては不都合だからだ。
互いに距離を変えぬまま、大きな変化は訪れない。ただ時間だけが過ぎていくように思われた。
「……時間稼ぎ、だけじゃないですよね」
と不意にレゼが訊ねてきた。
切り落とされた右腕を再生するには左腕で首元のピンを抜かねばならず、そのために生じる隙をレゼは恐れているようで、所在なさげに腕を構えるだけであった。
「まだやりますか。片腕が動かないのに」
「うちかて悪魔退治だけが能やない。それに、まだ終わっとらんからな」
言葉の裏には彼女の生捕りが含まれているのだが、それが伝わっているだろうか……。素直に投降するよう伝えるのも手かと思われた。
かなり辛い状況ではあるものの、彼女との戦闘はどこか心が満たされる──だが、手遅れになってしまうといけない。なにかの拍子で、どうしようもない結末を迎えるのだけは避けたかった。
だから私は、戦いたいという気持ちをグッと抑えて、こんなことを問いかけた。
「レゼちゃん、公安に来やんか」
「……え?」
レゼは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。そんな勧誘が今ここで出るのかと驚いているような、虚を突かれた声だった。
だが、
「……私は。私に。そんな道はない」
そう言って、彼女は決心したように左手を首に遣った。けれどその指先は震えているようにも見えた。
「あなたを倒して、デンジ君の心臓を奪う」
「……悲しいわ。レゼちゃんとは、仲良くなれた思ったんやけど」
「うるさい!」
放たれた慟哭と共に、彼女は勢いよくピンを抜いた。
あまりにも非日常な爆発と共に、その煙幕の中から禍々しい悪魔の姿が現れる。爆弾の悪魔そのものの力を宿す武器人間。レゼの感情の昂りを表すほどに高温な、肌を焼く熱波に堪えながら、私は彼女に向かって突き進んだ。
レゼは足を爆発させることで加速し、瞬間的に間合いを詰めてきた。なるほどこれだけ早ければ、あの一瞬で逃げ切れたのも頷ける。
なにより、爆発という不安定な力を己の推進力に変換できる素晴らしい体重移動が目を見張った。
「──ッ!?」
彼女が突き出す拳に合わせ、カウンターを決める形で足蹴りを繰り出したのだが、彼女は上手く体の一部を爆発させることで体勢を変え、私の蹴りを同じく蹴りで受け止めた。
それがまるで鉄でも相手にしているかのような心地であった。様子を見るため多少力を抑えていたとはいえ、それでも手加減しているつもりはなかった。並の悪魔なら殺せるような、そんな蹴りであったのに……こう動揺もなく受け止められると、ちょっと困る。
さっきの二の舞にはならぬよう、深追いはせずに離れた。
するとレゼは無理に楽しそうな声で話した。
「あ〜あ。もっと早く起爆させればよかった」
「えらい余裕やな」
彼女の体は人であったときと比べて大変頑丈だ。その上、格闘能力や身体操作の力にも長けているようだと思われた。
(やっぱ、近づかなあかんのがネックやなあ……。腕はまあええとして)
懐に潜りこんで、致命傷を与え、去る。例え一連の洞察を手早く終えたとしても、その間に必ず爆発がやってくる。
いくら素早く動けるとはいえ、私は生身の人間なのだ。爆発に巻き込まれれば間違いなく死ぬ。先ほど奇襲したときだって、不意をついたというのにかなり危なかった……。
それに、さっきの爆発で肩の筋肉が持っていかれた。お陰で右腕は上手く動かない……。追い詰められているのは私の方だと改めて認識する。
「ま、やってみな分からんわな」
一度引くのが正解かもしれないが、いま逃げるとデンジくんにすぐ追い付かれてしまうのではないかという恐れがあった。
覚悟を決めたように背筋を伸ばす。そうして私は腰に差した刀を二振り抜いて、二刀流の構えを取ろうとしたのだが──
その時だ。轟音が山から響いたのは。
見上げるわけにはいかなかった。レゼを前にして隙を見せるのはあまりに危険だった。
けれど、山からそれ以上の異変が近づいているのは間違いなかった。腹の奥まで揺らす地響きは尋常ではない。
私は一瞬、横目で山を見上げる。
そこではあまりにも大きな──それこそ、災害と呼称しても構わない、何もかもを薙ぎ倒すような“悪魔”が、こちらに向かってやってきていた。
「──あれは、台風の悪魔か……!」
突然の登場に、レゼは驚いたそぶりを見せない。
ひょっとしてあれが味方だというのか。
台風の悪魔単体なら対処できただろう。だが、今は目前にレゼがいる。彼女を差し置いて悪魔退治は無理に等しい。今のコンディションで両方を相手にするのは、正直不可能だ。
私は諦めたように刀を鞘に収め、それでもなるべく会話だけで時間稼ぎを試みた。
「……今は一旦引く。せやけど、デンジくんに手出しは──」
と、その場を去ろうとしたとき、なにやらまた豪快な音が遠くから聞こえてきたのだった。
なんだ、この音は……前によく聞いたような……。
「俺が知り合う女がさあ!! 全員オレん事、殺そうとしてんだけど!!」
「デンジくん?! アホンダラ!」
「みんなチェンソーの心臓ばっか欲しがっちゃって! デンジーの心臓は欲しくねえのかぁ〜?!」
サメの悪魔に乗った奇怪な様相で、デンジくんは台風の悪魔とは相対するようにチェンソーの轟音を響かせて現れた。彼の元気な様子に、私は今まで誰のために何をしていたのかと腹立たしさすら覚える。
「私がデンジ君を好きなのは本当だよ」
「えっマジ……?」
「アホンダラ!!」
ドアホ……!
右肩の痛みなど忘れ、戦闘の続行を決意した。