「いけません……! あないなとこ突っ込んだら死んでまいますよって!」
台風の悪魔の影響は凄まじく、その暴風はまるでカーテンのように私たち人間と彼ら悪魔とを隔てていた。
山の斜面を巻き込んだからか土砂や木々が混じっており、そこに身を投じればミキサーにかけられたように肉が削がれることは折り合いだろう。中の様子が見れないこともあって、私は大変もどかしい思いを強いられていた。
「サメの魔人の……ビームくんが着いとるとはいえ、あまりにも力量の差がありすぎる……! せめて台風の悪魔だけでも削ったらな、話にならん!」
そう言って飛び出そうとする私の腰に天童と黒瀬が抱きつき抑えた。離れているとはいえ、台風の影響もあり彼らは低い姿勢をとっていた。
というのも、この問答はまだ大きく被害の出ていない対魔二課訓練施設の玄関口で行われていた。
「右腕もやられとるんですし……動かんのやったら、大人しゅうするんが一番です!」
「そうです! さすがに怪我しとる状態で行くんは、危険です!」
「せやけど、うち以外に行けるやつおらんやろ! 確かにレゼ相手に勝てはせんかったけど、台風の悪魔くらいやったら殺せる! なんなら数年前に一回倒しとる!」
「それは台風の悪魔単騎やったからでしょう! 今はあの爆弾もいよるんですよ?!」
それはもっともな意見だ。確かに私一人で──それも手負いの今、あの二体の悪魔を相手にできるはずがない。
それに彼らの私を心配する気持ちは痛いほどわかる。だってその気持ちは、いま私がデンジくんに抱いているものときっと一緒だろうから……。
「せやけど! やらなあかんことがある! うちはあのアホどもを叱ったらなアカン!」
逃げなかったデンジくんを。
そして、自分の気持ちに素直になれていないレゼを。
きっと彼女はデンジのことが好きなのだ。彼女の生い立ちや境遇は知らない、どのような使命や任務を負っているのかも未だ明らかでない。
それでも彼女の気持ちは蔑ろにされてはいけないはずなのだ。もし私の行為がお節介だとしても、それでも今この場で動かなければ必ず私は後悔する。だって、彼女の持つ気持ちは、あの昼食を食べた時間は、嘘ではない。きっと尊いものだろうから。
「……天童、あかんわ」
黒瀬は呆れたように言った。それに対して、天童が焦るように聞き返す。
「なにがや?!」
「こうなったらもう止まりよらへんのはよう分かっとるやろ?」
「……! 分かっとるわ、せやけど! 目の前で指咥えて見とるわけにもいかんやろ!」
「せやったら手伝うんが一番とちゃうんか! 俺らができるんはサポートや!」
「…………っ」
天童は苦々しい表情で俯いた。そのまま、何か言いたげに口を動かしたが、やがて私の腰に回した腕の力をスッと抜いて、顔を上げた。
「……ああもう! 分かりましたよ! やりゃいいんでしょやれば!」
言葉は吹っ切れたように見えるが、彼女の顔にはまだ迷いが見てとれた。
「……ありがとう。いっつも、迷惑かけてもうて」
「柄にもないこと言わんとってください……! その代わり、帰ってきたら、ヨツナさんの金で飲み連れてってくださいよ……!」
「! ……もちろんや。ほな、頼むで」
手伝う、ということは、つまり彼女らの悪魔を使うということだろう。
私は動かない右腕が邪魔にならないよう身体に縛り付けて彼らの準備が整うのを待った。
「今から、罰の悪魔で台風の悪魔に一瞬攻撃します。そんとき腕が伸びて来ると思うんで、それを土台にして行ってください……!」
「分かった!」
その言葉を合図に、二人は息を合わせて悪魔の力を行使した。普段滅多に使うことのない罰の悪魔──力の強さから、代償も大きく、それゆえにここ一番というところでしか使われることはない。
どこからか現れた一本の腕は、的確に台風の悪魔を狙って嵐の上部へとその指を伸ばした。
私はそれを防風壁として背を向け、吹き荒ぶ嵐の中へと身を投じる。罰の悪魔の腕を伝い、主戦場となる上空へ。
私が中に入るのを見届けたとともに罰の悪魔は消えた。いい、これでいい。
中はまるで台風の目のように穏やかであった。いや、決して風はないわけではないのだが、外と比べればないのと同じ。
罰の悪魔が消えるとともに私は掴むものがなくなり自由落下を始めたが、それでよかった。ちょうど真下のところで台風の悪魔が見えたからだ。
腰に差した刀を抜く。レゼとの戦いのときは上手く活用できなかったが、今を考えると持ってきておいてよかった──
「もいっぺん死ねぇ!」
昂っているからか、柄にもない大声をあげて台風の悪魔の脳天に刀を突き刺す。そのまま左、右、上、下、さまざまな方向に刀を滑らせ、その血を浴びた。
「……よし! やっぱ爆発しやんのは楽やわ……!」
だが台風の悪魔もただではやられない。
最後の力を振り絞り、デタラメな風力をその場に生み出した。横殴りの風、上から押さえつけるような風、なにもかもを吸い上げる竜巻のような風。それは私たちを吹き飛ばすという意味もそうだが、レゼを逃す目的もあるのだろう。だが、
「逃すかよぉ〜!」
乱暴にチェーンを飛ばしたデンジくんは、それをレゼの足に巻きつけた。レゼは一瞬足を切り落とすことを考えたようなそぶりを見せたが、もう回復する余裕もないのか後の対決を決意したように見えた。
「……! デンジくん、うちも!」
風によって、その叫び声が彼に届くことはなかっただろう。だが私はなんとか残った方の腕でビームくんの尾鰭にしがみつき、そのまま風に乗ってどこか遠くの方まで飛ばされていくのだった。
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(レゼ視点)
風に飛ばされ着地したのは山の麓にある海際の建物の屋上だった。上や横に飛ばされたせいで、デタラメな場所に飛ばされちゃったけど、それでもデンジ君は私の足にしがみついて離そうとはしなかった。
おかげでこんなところにまで来て戦う羽目になっちゃった。
「……デンジ君。いい加減しつこいよ」
戦闘が長引く焦りよりも、もっと強く、他の感情が“早く終わらせたい”と訴えていた。その感情はこの任務には邪魔なものに違いない。だから早く、自分が自分の気持ちに気づく前に、終わらせてしまいたかった。
「あ〜しつこいぜ、俺は」
空中でしがみつく彼に何度か爆撃を与えたのだが、それでも彼は諦めなかった。おかげで彼に同伴していたサメの魔人はすっかりボロボロだ。デンジ君もすっかり血を消費して、もう再生はままならないのではないだろうか。
だが、ピンチなのは私も変わらない。台風はいなくなるし、私も私でかなり貧血なので、次で決めなければ後はない。
「じゃあ、これでさよならだね」
「俺が勝つ!」
噛み合っているようで噛み合わない会話。けれど、それでいい。
そのメチャクチャさが、今の私たちにはピッタリなように思えたから。
爆発とチェンソーが混じり合う。私が出す派手な音と、彼が出す派手な音が、広い海に響いた。
危うい場面は何度もあった。身体は徐々に力が入らなくなって来る。私はぼうっとした頭でつまらないことを考え始めた。
(ああ……お腹減ったなあ……)
ほとんど無意識で殴り合う。
デンジ君もすっかり疲れてしまったのか、動きが鈍い。だからあとは意地の張り合いだ。どれだけ意識を保てるか、意地を張って動けるかなのだ。
その中で決定打を与えたのは私だった。無意識に繰り出した爆裂が彼の腕を吹き飛ばしたのだ。
(これが終わったら……カフェに行って、デンジ君と、ヨツナさんと、三人で……)
そこまで言って、気付く。
ああ、もうあの時間には、帰れないのだと。
その瞬間、鋭い痛みが生じた。ズキンとして、それから両の腕の感覚がなくなった。
「不意打ちばっかでゴメンな」
夜の闇に紛れて、潮風に揺られる髪を血に染めながら、ヨツナさんは私に言った。いつのまにかやってきたらしい。それすら上手く私は認識できないほどに疲労していた。
ああ、なんだろう。よく分からない。
血を失いすぎた。頭が回らない。切り落とされた両腕はもう再生できない。
そのまま、なにか窮屈なもので身体を縛られて、突き動かされるように建物から落下した。冷たい水の感触が、私の意識を奪った。
☆罰の悪魔の能力について。
よく考察で上がっているのは、公安襲撃のときにマキマさんが使った例の圧死です。しかしあのように人の命を代償とする高コストな悪魔を一端のデビルハンターが扱えるのかという疑問があります(狐や釘と比べてあまりに高コスト)。
それに仮にあれが罰の悪魔の能力なら、天童黒瀬の二人が察していてもおかしくはないはず。
なので、あのシーンの能力と罰の悪魔は関係がないのでは?といった考えの上で、対銃の悪魔でマキマさんが使用していた罰の悪魔が実態を伴っていることから、そういった物理攻撃メインなのかな……? と考えを広げました。
あとは妄想なのですが、悪魔が起こした被害に比例した規模の“罰”を与える(目には目を、歯には歯を)のハンムラビ法典システムなのかな……?とか思ったり。ただそれだと強すぎるので、多分それなりの代償も必要なのでしょう。