マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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路地裏

 戦いの後、海に飛び込んだデンジくんらの救助をビームくんに頼んだのち、私は肩の傷の手術を受けに病院まで歩いて行った。手術が終わったのは明け方で、しばらくは安静にとのことだったので、私はすぐに病院を出てレゼとデンジくんの捜索に向かった。

 

「ちょちょっ! 絶対安静や言われとったやないですか!」

 

 後輩二人には休むようにと止められたが、いま機を逃せばきっと後悔するという気持ちが強く私を突き動かしたのだ。

 

 痛む肩に無理を押して病院を出ると、出てすぐのところに車が一つ停めてあった。そこからマキマが顔を出して、私のそばにつけた。

 

「今から例の武器人間を捕まえに行くんだけれど、着いてきてくれる?」

「もちろん」

 

 後から追いついてきた後輩二人にはこれが終わればしばらくは休むからと言って聞かせるが、それでも食い下がるので、後部座席に乗せることでなんとか折り合いをつけた。

 この頑固さは誰に似たのか。

 

 まあ、確かに、この怪我で武器人間を捕まえに行くというのは危険かもしれない。だが私はそうは感じていなかった。昨夜のような本格バトルはもう起きないだろうと、そう感じていたのだ。

 根拠は、強いていうなら信頼だろうか。あのカフェでの昼食のひとときを忘れたくないという、なんとも湿っぽい思い出が私の心を縛りつけた。

 

「今回の件だけど……手酷くやられたみたいだね」

「右手一本で人命救えるんなら安いもんや。……人的被害、ほとんどなかったんやろ?」

「うん。爆発の破片に巻き込まれた人はいたけれど、いずれも軽傷。襲われた対魔二課の訓練施設にいた人たちも、幸い無傷で済んだ。ヨツナのおかげだよ」

「そぉか……どや。なにわの底力や」

 

 私が得意げな表情をVサインしたのを見て、マキマはなにやら複雑そうな表情で「そうだね」と返した。

 それから、私の右肩を気にかけるように目線を遣って話した。

 

「……治るの? それ」

「んー……分からん。ま、飯食うて寝たら治るやろ」

「頭痛やないんやから! お医者さん言うてはったやないですか、後遺症は残るって……!」

「やそうやわ。んまあ、ひと段落ついたらしばらく休むわ」

 

 両腕を頭の後ろまでもってきて背もたれにもたれかけようとしたが、右腕はまだ上がらない。それもそうだろう、なんたって肉ごと持っていかれたのだから。動かすための筋肉がなければどうしようもないのだ。

 

「無理したんだね。あれほどダメだって言ったのに」

「後悔はしとらんよ」

 

 それは本音だった。私はあの戦いで傷を負ったことに不満はない。脆弱な生身で爆弾の悪魔に挑むのは相性が悪いといえたが、あそこまで善戦したのだから、むしろこの程度の怪我で済んだことに驚きすらある。

 ひょっとして、レゼは私に攻撃するのを躊躇っていたのではないか──そんな邪推をついしてしまうくらいだ。

 

「その傷、治さないの?」

「治さないの? って……治せるんやったら治したいわ。でもまあ、しばらくはな」

 

 三角巾で吊るされた腕を触りながら言った。

 

 そこから私は、事の顛末についてマキマに話した。あとで書類にまとめたものを報告するが、ひとまず今は情報を共有する目的を兼ねて、行きすがら、車の中で彼女に話をした。

 

 しばらくそうしてマキマは私の話に聞き入っていた。敵であるレゼとは、戦闘前から知り合っていたということ。デンジくんと三人で食事をしたり、勉強したり、短い間ながらも非常に親しい関係を築いていたということ。

 それから、昨日の夜のことも。

 

「レゼに……公安に来やんかって誘ったとき。あの子、自分にはそんな道はない言うてた。せやけど、うちはそうは思わへん」

「…………」

「今、来いって言ったら必ず来よると思う。デンジや、前に戦ったサムライソードと同じ……味方になったらええ戦力になる思うんやけど」

「ふう……そうだね。確かに、彼女は経験があって、そのうえ特殊な力もある。人手不足の公安にはぜひ欲しい」

「せやろ?」

「けど」

 

 と、マキマは厳しい言葉遣いで言った。

 

「調べによると彼女はソ連の刺客みたい。悪魔にそそのかされたのならまだしも、国が上にいるのは厄介だよ」

 

 ソ連、ああ、なるほど。

 懐かしい名前に、私は不思議と納得を得た。

 それならあの高い戦闘能力も頷ける。同時に、レゼの悲惨な生い立ちにも考えが及んだ。なら一層、私は諦められない。

 

「殺すんか?」

「うん」

「尋問もせずに?」

「うん」

「…………」

 

 マキマの意志は頑ななようだった。外にデンジくんの情報が漏れる前に殺す。仲間にしたところで裏切りの可能性があるのなら、脅威となる前に殺す。それはあまりにも正しい考えで、私はちょっと言葉に困った。

 

「彼女には……経験がある。少なくとも新人よりは動けるし、この上ない即戦力っちゅうふうに言えるやろう」

「それで、ヨツナの本音は?」

「……見殺しにはできん」

「情は持っちゃダメだって、最初に言ったのはヨツナだよ」

 

 彼女の言葉が私の胸に痛く突き刺さる。そう、私はデンジくんとまだ知りあって間もない頃、なにやら厄介なことに手を出しているように思われたマキマに「なにかあれば殺せ。情は持つな」という趣旨(もう少し柔らかい表現ではあったが)の言葉をかけたのだ。

 

 うう、分かってはいる。分かってはいるのだ。

 レゼはここで殺すべきなのだ。でないと、後々反乱分子になったとき内部で大きな混乱が起きる。

 今回の一件で死傷者数が少ないのはあくまでレゼが私以外の誰とも本格的にバトルしていないからなのだ。もし私がいないときに公安で暴れられれば、戦闘員非戦闘員含めて壊滅的な被害が発生することは容易に考えられる。

 

 そんな危険因子を──まさしく爆弾を、公安に迎え入れるわけにはいかない。

 

 分かっているのだ。頭では、その論理的なところを理解しているのだ。現に、私の心の冷たいところはレゼを殺せと判断を下している。

 

「せやけど、可哀想やわ。あの子」

「可哀想?」

「きっとあの子は親を知らん。友達も知らん。学校に行ったことなんてもちろんない。デンジくんと、一緒や」

「…………」

「うちが面倒見るから、なんとかならんやろか? 衣食住管理して、行動も共にする。朝起きるときも仕事のときも、夜寝るときも一緒におる。そこでちょっとでも変な素振りしたら……有無を言わさず殺す」

「…………」

 

 長い沈黙。私はしっかりとした眼差しをマキマに向けた。

 マキマはそれに驚いたようで目を丸くし、そこから考えるように真っ直ぐ前を見て車を運転した。

 

 しばらくして、いつも通っていたカフェ近くの道路に止まると、マキマは降りる前にこう言った。

 

「……分かった。これは貸しね」

「ええんか?!」

「良いわけないけど、言っても諦めないだろうから」

「いやぁ〜ほんま神様仏様マキマ様やで!」

 

 マキマ様、という言葉に一瞬ピクンとマキマが反応したように見えたが、それよりも今は許可が降りたが喜ばしい。

 

「今度、久しぶりにディナーでも食べに行こっか。それで貸し借りなしね」

「? そんなんでええんか?」

「もちろん。だってヨツナの奢りだから」

「…………、お手柔らかにな? ……マキマ?」

 

 

 ⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎

 

 

「私は田舎のネズミが好き……」

(変な演出……管理職も大変やな。格見せつけなあかんから気張っとるわ)

 

 路地裏を進むレゼの後ろから声をかけ、群れを成して集うネズミの中からマキマが現れる。その様子はまさしくホラーそのものだが、こうして上から見ている分には──それも、気の知れた相手がやっていることならなおさらおかしく見えた。

 というか、田舎のネズミ都会のネズミって、前に飲みに行ったときに話した内容と同じではないだろうか? 案外あれが印象に残っていたらしい。

 

 とあれこれ思索していると、レゼが首にあるピンに手をかけようとしているのが見えた。てっきり穏便に話を進めてくれるのではないかと考え気を抜いていたので、急な事態に動転するが、なんとか場を収めようと上から声をかけた。

 

「レゼちゃん! ちょい待ち!」

「…………!」

 

 建物の上から飛び降りると、見事二人の間に着地した。

 まあまあとレゼを嗜めつつ、レゼの側に立って話した。

 ちなみに黒瀬と天童はなにかあったときのために路地裏を出たところで待機している。

 

「いやな、別に敵対するわけやないんや。レゼちゃんが良ければ、公安入らんかなって勧誘しに来ただけで……」

「でもヨツナはあなたのこと殺すって言ってたよ」

「物騒なこと言うなや! 誤解生まれるやろが誤解が! ……なんか変なことしたら殺すゆうだけや」

 

 口をとんがらせて言う。さっきまでの雰囲気との温度差に、レゼは目を白黒とさせていた。気は確かだろうかと目の前で手を振ったりしながら話す。

 

「なあレゼちゃん。うちがマキマのこと説得して、レゼちゃんが変なことしやん限りはうちの下で保護できるよう取り付けてあるから……せやからもし良かったら、一緒に働かんか」

 

 回りくどい言い方は嫌いだったので、率直な言葉遣いで誘った。これで彼女を公安に誘うのは二度目だ。一度目は、あえなく断られてしまった。

 だから私は、きっと来るだろうと思いながらも、僅かばかり不安を残していた。

 

「……迷惑は、かけられません」

「迷惑やなんて、そないなことない。うちが一緒にいたい思ったから誘ったんや

「私、裏切るかもしれません」

「そんときはそんときや。きっちり落とし前つけるさかい……まさか昨日のあれがうちの本気や思っとる? あれはレゼちゃん殺さんように手加減しとったんやから」

「でも、私は……」

 

 そうして見上げるレゼの目には、私を試すような悲しみがあった。自分の存在意義や、価値が、与えられるものに見合わない──本当に私で良いのかと、まるで自問するように私に確かめてくる。

 

 そのまるで幼い子供のような仕草がなんとも愛くるしく、私は左腕でレゼを抱きしめた。

 

「なんだってええんや。うちは一緒に昼飯食うたこと忘れてへん。戦うたことも忘れてへん。その上で、レゼちゃんと一緒に働きたい」

 

 ご飯を食べて、喧嘩をして。まるで親子のような彼女との関係に、私は既に強い絆を感じていた。

 それは、レゼも同じらしかった。

 

 彼女はなにも言わず、私が抱擁するのと同じくらいの強さで抱き返してくれたのだから。

 人の暖かさがした。幼い子供の、熱っぽい体温だった。

 

「……水をさすようで悪いんだけれど」

 

 とマキマが私の肩をたたいた。

 おお、と思いレゼを離す。

 彼女は目端に溢れた涙を拭いながら「はい」と力強く返事をした。

 

「あなたは敵国の刺客であったことに違いありません。許可を出したとはいえ、その最低条件として洗いざらい情報は吐いてもらいます。……抵抗する意思がなければ付いてきて。もし敵対したいというなら、私が今ここで相手をします」

 

 マキマは強い言葉を使ってそう説明した。変に優しくされるよりも、それはレゼにとって良かったらしい。気持ちを切り替えるようにまた「分かりました」と返した。

 

「ふう〜」

 

 そこでようやく緊張の糸が途切れた。緊張が抜けると、途端にお腹も空いてくる。

 

「その前に、朝飯でも食わんか? 昨日の夜から何も食っとらへんから、腹減ってもうてな」

 

 ちょうど今ならあそこのカフェでモーニングをやっている頃合いだろう。さあ行こうと、陰で潜んでいた天童黒瀬も呼び寄せて、暗い路地裏から出た。




来週少し閑話を挟んでからクリスマス編に突入しようかなと思います。
とはいえ、何を書くかまだ未定……。
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