マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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ナス科

 銃の悪魔の肉片回収。お題目は立派だが、要は体のいい口減らしというのが職務の実情だった。多数の死者が予想される案件に扱いづらい人間を向かわせて、あわよくば悪魔に始末してもらおうという人とは思えない思惑がそこには秘められている。まったく、敵か味方か分からない。もっとも私は十数年間死に損なってきた。

 

~ 一ノ瀬ヨツナの遺書より一部抜粋 ~

 

 

 マキマと別れ、本部に肉片を届けたあと、息つく暇もなく私たち三人は東北地方に車で向かった。飛行機くらい使わせてくれてもいいのにと思う。福利厚生がしっかりしているとはいえ、私のような厄介者に与えるものはないということか。

 

 内閣府直属とはいえ、悪魔退治の総本山が公安である以上私に対する指揮権は公安にあった。だから西から東へ東から西へと、私に対してあれこれ出されている指令は公安の意志である。

 全国各地を巡り、公安の手を焼く悪魔を退治するのが私の仕事だが、それにしたって人使いが荒い。悪魔の発生は不定期なので比較的暇な時期もあるが、少なくともここ数週間は働きづめだった。

 

「今度は宮城ですか」

 

 カーナビの設定をしながら天童が言う。私は小さく頷いてからため息を吐いた。

 

「これ終わったら、どっか遊びに行こか。有給余っとるやろ」

ええ(良い)ですね」

「ほなウチが申請出しときますね」

 

 彼らとは休日も共に過ごすことが多かった。急務が多いからだ。二人の時間を拘束しているようで申し訳ないと思うが、彼ら以外に私の世話を見てくれる人間がいないのですっかり頼り切りだった。

 私に良いうわさがないから人がつかないというのはある。私の面倒を見てきた人間は、私のいないところで死んでいった。デビルハンターという職がそうさせたのだろう。

 

 私は後輩に対する庇護欲が強い。彼らが戦場に立たなくてもいいように一人で戦い、結果として彼らは実戦経験が減り、私のいないところで悪魔と戦って死んだ。デビルハンターはもとから短命な職種だが、私の後輩は悪魔を倒すこともままならず死んでいくことが多かった。

 そして、銃の悪魔の討伐を志す公安のデビルハンターは犬死を嫌う。だから誰も、私の元につこうとはしない。

 だが黒瀬と天童はそこが少し違った。彼らは復讐だとかでデビルハンターを選んだわけではないようなのだ。安全なら、それが一番だと。彼らは私に守られることを選んでくれた。だからこうして一年以上も付き合いが続いている。悪い気はしなかったが、それでもできるだけ先のことは想像しないようにしていた。

 

 揺れる車の中で少し眠った。夢は見なかった。少しして、肩を揺すられる感覚と共に私を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ヨツナさん、着きましたよ」

「お、そうかあ」

 

 あたりはすっかり夜だった。天童は車の運転が続いていたので先にホテルで休むように言った。基本的に戦うのは私だけなので、保険で黒瀬がいれば十分なのだ。

 今度は宮城公安の車に乗せられて、私は悪魔がいるという場所に向かっていた。

 

「んで、情報は?」

「建物ん中におるんが二体、屋上に一体やゆう(言っ)てはりました」

「なんや多いな」

「徒党組んではるらしいです。前々から追っとったらしいんですけど、ええとこで他の二体から邪魔くらうゆうて愚痴ってはりました」

 

 ふーん……チームを組んでいる悪魔は少ないものの存在する。大抵は思想だったり力のシナジーが合うだとかで意気投合しているのだが……しかし三体とはなおのこと珍しい。それも連携が取れているということは、個々が知性を有しているようだった。

 

「屋内におるんがピーマンの悪魔、しし唐の悪魔。屋上はトウガラシの悪魔やそうです」

「全部ナス科やないかい」

 

 呆れた声が自然と口から漏れた。聞く限り、強そうな名前は聞こえてこない……強いて言うなら苦かったりからかったりするので恐れられてるのかな……という苦し紛れの稚拙な想像が限界だった。

 

「一応、応援は来てくれはるらしいんですけど。どないします?」

「建物の中入るんはうち一人で十分や。クロやんは外で待っとき」

「そーですか。ほんなら外で待機してますんで、なんかあったら連絡ください」

 

 そうこうしている間に着いたらしく、ツタまみれの鉄柵の向こうに、やけに雰囲気のある工場が見えた。人の出入りは長いことなかったのだろう。草木は伸びきっていて、人工物は全て朽ちていた。

 

「ほな行ってくるわ。一時間経っても帰ってこんかったら……そん時は……うちの代わりにみっちゃんをよろしゅうな」

「はいはい、分かったんで、はよう行ってください」

「冷たいやっちゃな!」

 

 言葉を吐き捨てると、私は車の扉を強く閉めて柵の向こう側に足を踏み入れた。まあ、死ぬつもりなんて毛頭ない。一時間というのも大げさにに言ったつもりだった。だったのだが……。

 

「おらんなあ……どっか遠いとこ行ってもうたんちゃうんか」

 

 問題は始まってすぐ起こった。工場の奥に進むと開けた土地があり、そこに悪魔が三体群れをなしているのを発見した。先手必勝と考え、大振りで艶のある明るい色をしたやつに私は飛びついた。しゃくしゃくとしたみずみずしい音と共におそらくはピーマンの悪魔と思しきものを解体したところまではよかったのだが……どうにも、他の二体が逃げ出してしまったらしいと気づいてから雲行きが怪しくなった。

 

「どないしよ……一旦戻るか? クロやんのほうに悪魔が向かってる可能性もないわけやないし……」

 

 ぶつくさと物を考えながら、ピーマンの悪魔を細かく解体する。野菜だというのに血液がでるので、違和感が拭えない。臓物のようにとろけ出た種子が傷口から漏れ出るのを見て、「ここまで忠実にある必要ないのに」と、ため息をついた。

 

「……お、あった」

 

 私が肉片集めに駆り出されているのはただ強いからではない。別の理由が他にあった。

 手のひらのなかにある強い感触に、つい笑みがこぼれる。単純な握力で肉を引き抜いて、そうして目当てのものを摘出した。

 そう、銃の悪魔の肉片だ。

 

 生来私は肉片の位置をかなり正確に把握できた。具体的には、強い磁石が鉄に吸い寄せられるような、そんな反応を感じることができるのであった。

 この特異な体質と人並外れた身体能力から、私は肉片集めの任を受けた。今回はほんの小さな指先以下のかけらだったが、こんなかけらですら容易に発見できるのが私の強みなのだ。

 

「あと二体。ま、ぼちぼち探すか」

 

 屋上もまだ見に行っていないのだ。報告では、トウガラシの悪魔が屋上にいるのだという。さっきいた三体のうちの一体がそれだろうが、屋上が悪魔の根城である可能性も高いと踏み──また高いところからなら工場全体が見渡せるだろうから、取り逃した悪魔の捜索を兼ね──一度屋上に向かうことにした。

 

 雨風に晒されてすっかり錆びついた外階段を上っていく。屋内を進むのはほこり臭くってかなわないから外に出たが、一歩一歩踏み出すごとにボトルやらなんやらの跳ね飛ぶ音が聞こえてくるので、非常にスリリングな心持だった。それに外階段は外階段で錆びた鉄の匂いが鼻につくので、環境の悪さで言えば内も外も変わらなかった。

 

「はよ終わらせて寝よ。これ終わったら当分休みや」

 

 せっかく東北に来たのだから、このまま北海道まで行って海鮮料理に舌鼓でも打とうかと考えていたところで、ようやく屋上にたどり着いた。

 

「……ダウト」

 

 私の小さなつぶやきに、真っ赤なボディが振り向いた。おそらくはトウガラシの悪魔だろう。血のように真っ赤なそれは、怪しげな照りで闇夜に映えていた。

 私は階段の中頃に立ち、半身を覗かせてやつの様子をうかがう。

 するとトウガラシは憎しみで相貌を歪め、ドスの効いた声でこう尋ねてきた。

 

「……仲間をやったのはお前か」

 

 答える義理はない。階段を上がる勢いそのままに、体を上へ引き上げる腕力とバネのような脚力で飛び上がり、一気に距離を詰める。無意識に取り出したナイフを構え、タイミングを計った。しかし。

 

「ぬオン」

 

 断末魔か──しかしてそれは、合図であった。

 一直線に飛んだ私の下から、コンクリートを突き破って別の悪魔が現れたのだ。

 

「──ッ、きっしょいやつ!」

 

 間の悪いことに横っ腹に向けて頭突きをするように現れたので、とっさに身をかがめて胴体へのダメージを最小限に抑えた。

 ピーマンは下で倒した。トウガラシは目の前。つまりこいつはしし唐か。

 逆手に持ち替えたナイフをしし唐の頭部に深く突き刺す。こうすることでトウガラシの悪魔に向かっていた勢いを殺した。

 

「ほんま、きっしょいわあ」

 

 四肢の感覚があるのを確認しながら落下と共にしし唐へ膝蹴りを入れる。骨格がぐしゃりとゆがむのを感じて、良い手ごたえを感じる。

 

「生やからええ音するわ! 野菜はやっぱ茹でななァ!」

 

 しし唐にはかなりの致命傷を与えたはずだ。なら残るはトウガラシのみ、手だしをされる前にサクッと──

 

 そう思い、足に力を込めるが、思いがけずぐらりとよろめいた。

 

「……あ?」

 

 思うように力が入らない。見れば、右足が膝の先からなくなっていた。

 

「ああ~~?」

 

 ハッとなって、しし唐が空けた地面の穴を見やる。

 そこにはもう一体、倒したはずのピーマンの悪魔が何かをもさぼり食っていた。

 そんな馬鹿な、ピーマンの悪魔はさっき倒したはずじゃ……。

 

「よくやったな、パプリカ」

「はああ~~~~!? パプリカァ? そんなんありぃ?」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 遅い……遅すぎる。

 一時間で帰ってくると冗談交じりに笑っていた先輩が、柵の向こうに行ってから既に二時間が経過していた。

 あの人に限って、まさか……変な笑みがこぼれるくらいには、いま自分が想像していることはありえないことだと分かっていた。けれどつい考えてしまう。

 

「……どうします、応援に行った方がよさそうですかね」

 

 運転を務めていた宮城公安の職員が冷や汗をかいて尋ねてきた。どうにもうまく喉から空気が出ない。しばらくの沈黙のあとに、ようやく口が動いた。

 

「あの人が無理なら、俺ら二人じゃ絶対に勝てないです。一旦戻って、応援を呼ぶしか……」

 

 しかし、それだと先輩の生存は絶望的だろう。今から公安に戻って応援を呼んで……どれだけ早くても二時間は必要だ。つまり合計四時間もこの工場に放置することになる。

 それだと、まず助からない。

 

「……ち、ちょっと俺、行ってきますんで、応援呼んでください。先見てきます」

「無理ですって黒瀬さん! さっき二人でも無理って言ったの、黒瀬さんじゃないですか!」

 

 それはそうだが、しかし言葉で片付けられないものがある。あの人が死んでいるとは思えないが、だが、だが……。

 

「なに辛気くさい顔しとるん。誰かの葬式でもやっとるんか」

 

 聞き馴染みのある声。振り返って、つい大きな声で叫んでしまった。

 

「ヨ、ヨツナさん……! 遅かったやないですかっ」

「ん。ちょい手間取ってな。四体おったんや」

 

 ほれ、と血みどろになった手を出してくる。手のひらには小さな肉片が一つあった。

 それにしてもひどい格好だ。シャツは白いところがないくらいに真っ赤で、ズボンも右足のところが丸々ちぎれて裸になっていた。靴すら履いてない。

 

「ケガないですか?」

「ないよ。そんな失敗(そないなへま)しやんよ」

「そーですか。それは良かったです」

 

 ほっと安堵の息が漏れた。そんな俺の様子を見て、「あほらし」と彼女は笑っていた。

 そうして、用意しておいた濡れタオルで顔の血を拭いながら、先輩は人好きのする笑顔でぶいサインをした。

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