車に乗って七時間。朝方に出発した私たちは、ときどき休憩を挟みつつ昼過ぎには京都へ辿り着いていた。かの都は相変わらずの古めかしさで私たちを出迎えるのだが、一人レゼはその古めかしさを興味深そうに車窓から眺めていた。
数ヶ月前から東京の方で仕事詰めだったので、こうして間を空けて訪れると懐かしさを感じる。一応住まいは大阪にあるのだけれど、懐かしさを感じるほどに京都という街に入れ込んでいる節があるのだろう。
県境を越えた後、家へ帰る前に一度京都公安の方に立ち寄り、東京への部署替えのときにできていなかった挨拶をお偉いさん方に済ませた。そうすると、たったそれだけで辺りはすっかり暗くなってしまった。
「晩飯どないしよか」
「四条行きますか?」
「せやな、今から家帰ろう思たらだいぶ遅なってまうし」
なら適当な飲み屋でも、と思ったが、そこでレゼが未成年であることに気がついた。それに車を運転する人間が一人は必要なのだから、二人だけで飲むというのも味気ない。
「あー……レゼちゃんお酒飲まれへんし、飲み屋やのうて、どっかファミレスでも行こか」
「そーですね。お酒は家に帰ってから飲めばええですし」
「ほなそういうことで」
そういえば、マキマとのディナーは結局行けずじまいだったなと以前に交わした約束を思い出す。私の予定はかなり空いているのだが、マキマの方がそうはいかないようだった。
今、特異課は他の部署も巻き込んで大きな騒ぎを起こしているらしい。私自身病室のテレビでニュースを見て驚いたが、先の戦いを経てデンジくんの情報が外へ漏れ出したらしく、それによって予想される外国からの刺客に対応するべく他県の公安や民間を巻き込んで強固な護衛を作っているのだとか。
そこまでするのならデンジくんを公安の一室に閉じ込めるだとかして身の安全を守ればいいのに、どういうわけか連日外へ連れ出しているというのだから不思議だった。
このちょっとした休暇が終われば私もその護衛に加わる予定ではあるが、マキマのその意図が読めない行動は私の頭を悩ませた。そこいらもご飯を食べながら話ができれば良かったのだが、一体いつになることやら……。
「そういや、そこの角曲がったらファミリーバーガーあるわ」
「ほなそこにしましょか」
ドライブスルーでも良かったのだが、腰を落ち着かせて食事をしたかったので店内に入ることにした。夜だからか少し疲れの見えるいつもの歓待を受けると、適当なものを頼んで席についた。
「レゼちゃんはこういう店来たことある?」
訊ねると、レゼは大きく首を横に振った。
「そぉか、ほな良かったわ。カフェのサンドイッチには劣るかもしれへんけど、ジャンクフード言うて体に悪そうな美味しさやから、若いレゼちゃんは好きちゃうかな思ってな」
しばらくすると、出来上がったものが運ばれてきた。
ハンバーガーやらポテトやら、飲み物に加えてサイドメニューもいくらか頼んであったので、それが四人前ということで机の上は盛りだくさんだった。
今日は移動続きだったのでよく食べるだろうかと思いたくさん頼んだのだが、さすがに無理があるだろうか……。黒瀬や天童は驚いたような顔をしていた。
「まだまだこんなもんやないで。こっちおる間にようさん美味いもん食わしたるから、期待しとったらええわ」
レゼは少し遠慮しがちにハンバーガーに口をつけたが、よっぽどお腹が減っていたのか、一つ二つ三つと平らげ、ポテトやナゲットも余すことなく食い尽くした。
食欲の旺盛さでは年頃の彼女に軍配があがる。そうしてよく食べているのを側で見ていると、見られていることに気付いてか、すんと大人しい表情になってレゼは口を小さくして食べ出した。
家に帰るといっても、私たち三人の住まいはそれぞれバラバラの場所にある。天童黒瀬は京都だが、私に限っては大阪と県境すら跨いでいた。ここで私が車を運転できれば良かったのだが、生憎仕事の多忙さから失効していたので今夜家に帰ることは諦めた。
黒瀬を一度家まで送ったあと、そこから運転手を交代して天童の家まで向かった。そこで部下の家に泊まるほど親切に甘えることもできなかったので、その日はレゼと二人で近くのビジネスホテルに泊まることにした。
翌日は京都の名所を回った。一日ではとても巡れないので、二日に分けて伏見稲荷やら清水寺を歩いて回った。ときどき見られる修学旅行中の学生にレゼは目を向けていて、それが羨ましさからくるものなのだろうかと思ったりした。
またその次の日は大阪に行ってご飯を食べつつ買い物などして過ごした。
大阪では屋台のたこ焼きを食べたり、新喜劇でお笑いを楽しんだりした。あんまりこうした劇は見たことがないのか、初めは戸惑い気味だったが、レゼは次第に大きな声で笑うようになっていた。
「あっはっは! あははっ! 変なの……!」
先の戦いで、レゼと私は大いに戦った。デンジくんとも、命の奪い合いをしていた。そのことを気にしているのか、退院後に再会したレゼの表情には陰りがあるように見えた。
けれど、こうしてテーマパークや観光地を巡り、美味しいものを食べているうちに、年頃の女の子がするような笑みを見せるようになっていった。
「あっははは! ねえヨツナさん! おっかしいね……!」
「せやなぁ、はっはは!」
昼には串カツを食べ、その日は帰路に着いた。
あれほどバチバチにやり合った仲ではあるが、ああして互いにぶつかり合った分、相手に対する理解度というのが高まった気がする。
家路に着く頃にはすっかり日も暮れて、夜になっていた。夏も終わりを告げていて、この時間帯になると嫌でも寒さが感じられる。
「私、変だって思うんです」
帰りの車の中でレゼが呟いた。
その後に続く言葉を、私だけでなく天童や黒瀬も静かに待っていた。
「こうして、天童さんや黒瀬さん、ヨツナさんと一緒に、遊びに行ったり、ご飯を食べたりできるのは変だって思うんです。間違ってるって思うんです」
レゼは一呼吸すら憚るように、勢いのまま続けた。
苦しさの中で、言葉を出した。
「けど、すごく楽しくって、みなさんといるのが嬉しくって……私、このままでいいのかなって」
胸の内から吐き出されたような、そんな声。深刻に思い詰めていたようだが、なんだ、そんなことを悩んでいたのかと、今更ながら聞こえた彼女の本音に意外性を抱いた。
なら、と私が言葉を返そうとしたところ別の声が入ったので、私はすっと口を閉じた。
「ええんですよ」
と言ったのは黒瀬だった。
「幸い、君が背負わなあかん罪はない。そら物壊したりしはったけど、取り返しつかんようなことしたわけとちゃう」
そう、例の一件で人は死んでいないのだ。
軽傷を負った者はいたが、あれだって大半は台風の悪魔によるものだし、レゼの爆風で怪我をした人物なんて私を除いてもごく少数だ。
「せやから誰も君のこと恨んどらへん。……俺らやって、君のことは心強い味方や思っとる」
「黒瀬の言う通りや。私らは君のこと悪う思っとらへんよ」
と付け加えたのは天童だ。
彼らの発言に、私は一種の安堵を覚えた。レゼを私の管理下に置くというのは完全に独断で、彼らに不満があるのではないかと危惧していたからだ。
いや、もちろん多少の不満はあるのだろう。けれどそれを表に出すことはなく、快くレゼを歓迎してくれたことに、彼らの人の良さを感じていた。
「……ありがとう、ございます。ほんとうに」
「ね、レゼって呼んでもええかな」
「もちろん、ええはい」
レゼの啜り泣くような返事が静寂に響いた。
それもやがて車のエンジン音にかき消されて、沈黙ばかりが車内に満ちた。
「なんや湿っぽいな……、あ! そこのスーパー寄ろ。今晩はたこ焼き作るんやから」
「……ええ雰囲気なんですから、もうちょい我慢できませんか? はあ……スーパーですね、はいはい」
呆れる天童。
苦笑いをしながら横を見ると、そのやりとりを聞いていたレゼがほのかに笑っていた。
来週から世界の刺客編です!