しばらくは関西で休暇を過ごした。近畿圏内のみならず、四国や中国、九州の方まで足を伸ばし、様々な美食やアトラクションに興じたのだが、その最中に本部から帰還するよう命令が届いたのでゆったりした足取りでこれまで来た旅路を戻っていた。
黒瀬と天童の二人が交代で車を運転しているので、ときどき休みながらの旅路であった。
そんな旅路も、二日もすればあっという間に東京近郊へ近づいており、隣の県にある山際の道路にまで辿り着いた。
「ふう〜……しっかし、デンジくんらも大変そうやなあ」
「? なんか話聞いとるんですか?」
「なんかって、ほら、刺客を誘き寄せる餌代わりにされとるいう話あったやろ。あの子ら自由奔放やから、相当鬱憤溜まっとるんとちゃうんかな思ってな?」
昼過ぎになって、天童黒瀬に食後の眠気と旅の疲れが見えたので、一度気分を入れ替えるために山中の空き地で煙草を吸っていた。
レゼはまだ未成年で煙草が吸えないので、代わりにキャラメルを与えておいた。コロコロと、彼女は車のボンネットに腰掛けて口の中でキャラメルを転がしている。
「ようさん護衛おるいうことは、悪魔退治もやっとらんやろうし……自由縛られて、そのうえ不満晴らす先もないんやから、相当神経に来とるんちゃうやろか」
私たちが日本各地様々な場所を巡って観光していたのに対し、その期間ずっと彼は周りが人で囲まれた生活を送っていたのだ。私が以前行っていた遠巻きの監視とは違い、まさしくボディガードのように張り付いた護衛である。
「うちが前にヘマしたせいでもあるから、ちょっぴり責任感もあるし」
前に、というのはレゼのときの話だ。あのときは近くにいたのにも関わらず気付けていなかったので、護衛の形態云々の話ですらない。
「せやからまあ、賑やかしゅうしたらなあかんよってことや。向こうの人らは固い人らばっかしやろうしなあ」
前に訪れた宮城公安なども良い例だ。もちろん、ああした業務的な態度が仕事を行う上で非常に最適化されたものであることは理解している。私自身、彼らとやる仕事はとてもスムーズでやりやすいと感じていたりする。
ただ、時々そのマニュアルに沿ったやり方が適切でなくなる場合もあるだろう。今回の場合で言えば、感情を持つ生きた人と長い間連れ添って過ごすというのは、悪魔退治とはまるで領分が異なるものなのだから。
彼らの正義感溢れるあまりに正確なやり方は、デンジくんのような奔放な人間には合わないだろうと感じていた。
「うちかてリハビリせないかんやろうし、久しぶりにデンジくんらと組み手でもしてみよかな」
「私も久しぶりに手合わせ願うてええですかね」
「もちろんええよ。向こう着いたらやろか」
左の肩を回しながら言った。
右腕は相変わらずうんともすんとも言わないが、それなりに今の身体にも慣れてきた。腕がずっと胸部にあるので体の重心がやや偏っているのだが、それも気にならないくらいにはなってきた。
それに、いい加減デンジくんらも外へ連れ回されるのに飽き飽きしているだろう。まともに悪魔退治もしておらずまた彼らの身体も鈍っているだろうから、そろそろやってくるだろう刺客に対抗するべくレゼ共々に鍛えてやろうとの腹積りであった。
「ねえー、いつまでタバコ吸ってるんですかあ」
車のボンネットに座りながらそう言ったのはレゼであった。
「なんや、キャラメルは?」
「もう全部食べちゃいました」
「食いしん坊め……!」
量を考えて食べるよう言ったのに……。
煙草の火を消して、「はな行こか。休憩終わり」と天童黒瀬の二人に言った。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
山際を走っていると、デンジくんと初めて会ったときのことを思い出した。あのときも、こうして山の中を走って東京に向かっているところだったからだろうか。
しばらく走っていると、突然車が大きな揺れを起こした。
シートにもたれかけていた上体をバッと起こし前を確認すると、車は道を大きく外れて山林の方へ今まさに突っ込まんとするところであった。
私は後部座席から身を乗り出し、重たくなったハンドルを切ってどうにか衝突を避ける。タイヤがパンクしたのか上手いこと走らない。天童は咄嗟の出来事に、強くブレーキを踏んでいた。
「……っ! 痛っつぁ……」
急ブレーキにより強い衝撃を受けることになった私たちは、前方に放り出されるような姿勢になりつつもどうにか周りを確認した。黒瀬は頭を打ったらしく、頭部を押さえながら起き上がった。
その時である。
外を見ると、木立の中からなにやら人影が見えた。
人がいたのかと助けを求めようとしたが、彼らが携えてある拳銃が目に入ると、そんな考えも消え失せた。
「君らは車ん中におり。……いや、レゼは一緒にきぃ」
「? 分かりました」
私が車を降りるのにつれてレゼもまた車を降りた。
彼女にとっては公安としての初陣になるのだろうが、いかんせん休暇中のため私服だったので、あまり締まらないなあなんて思いながら私は笑顔を作った。
「いやあ、すんません。なんや事故ってまいまして……地元の方ですか? うちら携帯電話持っとらんので、よければ公衆電話の場所教えてもらえると嬉しいんですけど」
私がそう訊ねると、彼らは一斉にその拳銃の銃口をこちらに向けて、発砲した。
(! ……海外の連中はえらい好戦的やな)
彼らが銃を構えるのに合わせて車の影に隠れる。レゼもまた反射的に隠れ、お互いに目を見合わせた。
レゼは銃声でようやく襲われていたことに気がついたのか、首元にあるピンを抜こうと構えつつこちらを見ている。
彼女と目線を合わせながら、私は静止するように首を振った。
「身体鈍っとるから、練習がてら素手でやろう。……あいつら人殺しには慣れとるが、うちらの敵やない」
「良いですけど、なにかご褒美とかないんですか?」
「アホウ、仕事やで。なに言っとんねん」
ちらちらと車の影から敵の姿を確認する。彼らは三人は今か今かと私たちが飛び出る姿を銃を構えて待っていた。
「しゃあない。東京着いたらお菓子買うたるわ」
「やった! じゃ、せーので行きましょ」
「ん、せーのっ」
こうして連携をとって行動するのは初めてのことだったが、殺し合いをして相互理解を深めたからか、お互い息ピッタリの動きで車の影から同時に飛び出した。
相手もそれは予想していたのだろう、冷静に銃を撃ったが、彼らの狙いを逸らすように素早く動く私たちを銃弾が掠めることはなかった。
「よっ」
まず一人、一番背の高い男の顔面に目がけて飛び上がり、頭を掴んで膝蹴りを飛ばす。男は致命傷を防ごうと顔の前に急いで両腕を構えたが、それごと蹴り抜く勢いで足を振り抜き、意識を奪ったと確信できるクリーンヒットの良い音を生じさせた。
「よいしょっ」
見ると、レゼもまた類い稀なく身体能力を用いて人の姿のまま一人を仕留めていた。足を掬われ体制を崩したちょび髭の男は、首をラリアットするように掴まれ、そのまま後頭部からコンクリートの地面に倒れ伏した。
「ほあちゃっ!」
それから、全く同時のタイミングで顔に傷のある男へと立ち向かう。
私の左拳による捻りを加えたアッパーカットと、レゼの延髄斬りが同時に炸裂し、最後の男は抵抗する間もなく倒れ伏した。
こうして三人は気絶したわけだが、彼らの顔を見てみるとどこか見覚えがある。
「んー……あ! こいつらアメリカのデビルハンターとちゃうか。殺し屋まがいのことしとる聞くけど……」
人の身なりを真似る皮の悪魔と契約しているなんて話も聞く。私たちが襲われる原因もよく分からないし、ひょっとすると私たちを殺して入れ替わろうとでも企んでいたのだろうか。
「はあ〜……初っ端から大変やで」
ぐったりした刺客三人を眺めながら、私は天童と黒瀬を呼びつけた。
はてさてどうしようか。まだ東京に着いてすらないのに、さっそく巻き込まれてしまった。
二人を呼び寄せ、レゼも交えてこれからのことを話し合う予定だったが、ひとまずこの気絶した奴らを縛り上げて、車に轢かれぬよう道沿いまで引っ張らねばならない。
……はあ。車のタイヤはパンクしたし、捕まえた刺客三人をどうにか東京まで連れて行かねばならないし……。気が重くなりつつあるのをひしひしと感じた。