翌日も同じくデンジくんの護衛に勤めていた。彼の周囲を固めるために組まれていた陣形の他に、私たち一班はいわゆる斥候の役割を担うことになった。
斥候というのが具体的にどのような仕事なのかといえば、それはデンジくんの向かう先に危険があるかないかをチェックする役割である。
もっとも、現状における敵というのがどいつもこいつもわかりやすい図体をしているわけでないのはレゼ然りアメリカからの刺客然りそうである。
やつらは人の形をしてやってくるだろうから、ひと目見てそれが悪魔であると判断できる要素は限りなくゼロに近い。
ならばなぜ私たちが斥候を務めているのか──実際、この任務をそこまで意味のあるものとして捉え、行なっているわけではなかった。
ただ考慮すべき問題として、日下部の契約悪魔である石の悪魔しかり、台風の悪魔しかり、なにかしら強い力を持つ悪魔や場を引っ掻き回す純粋な暴力というのは、魔法陣を書くなどして舞台を整えるような手間が必要であったり、力に比例して図体がデカかったりする。
そういった特徴から、“まだ対応できる人型の悪魔”あるいは刺客はさておき、“対応が難しい大柄な悪魔、あるいは前準備が必要なほど強力な悪魔”にデンジくんを引き連れて対峙するのを恐れていた。
単純な一個体の敵──レゼなどがそうだが──であればまだ対応可能なのだが、ゾンビの悪魔などの力によって周囲が雑兵で囲まれてしまえばさすがに数の不利というのが生まれてくる。そうした場面に遭遇したとき、必ずデンジくんを守り切れるとは断言できないのだ。
そのため、相手の罠に陥ることのないよう辺りを探る斥候が必要となってくるのだった。
『こっちは異常なし。どーぞ』
「うちんとこもなんもないわ。どーぞ」
『ではそちらに向かいます』
部下からの連絡を受け、日下部に伝えると、こちらに向かうとの連絡をトランシーバーで受けとった。
そのタイミングで私は班のみんなに集合するよう号令をかけた。一度集まって次の現場に向かうためだ。
集合場所は道端にある公衆電話のそば。信号機を渡ると、ラフな恰好をした三人が集っていた。
必然、斥候というわけだから相手を警戒させるような格好・立ち振る舞いはするわけにもいかず、私、天童、黒瀬、レゼともに私服を着た上での業務となっていた。
そのため仕事の場では滅多に見られない私服で揃っており、今朝デンジくんらの今日の予定を共有した際、その物珍しい格好に驚きの声をいくつかいただくなどした。
それはともかくだ。現状について細かな話し合いを行うため場を設けたのだが……。
「現状は異常なし、か」
「まぁ、ここ一週間護衛しとって怪しいことは起きとらへん言うてはりましたし、こんなもんとちゃいますか」
「せやなあ……そら分かっとるんやけど、ちゅうても、なんの前触れもない言うんも怖ないか? ちょっかい出す機会待っとる言うたらそうなんかもしらへんけど」
煙草を吸うほど長い時間話し合う予定はなかったので、手持ち無沙汰にポッケへ手を突っ込む。
動きやすい恰好をとのことなので、チェック柄のショートパンツにゴツいベルトを巻き、よく分からない英字の入ったブラウンのシャツをインして着ていた。普段はスーツで過ごすので、こうしてラフな恰好でいるのはなかなかに珍しい。前に大阪へ帰ったときも似たような恰好をしていたのだが、デンジくんやらアキくんに見られることはほとんどない格好でもなかったので、少々驚かれているようであった。なにも仕事人間は私生活もスーツだけ着て生きているわけではないのだ。
「気長に待とか。昼飯なったら一旦向こうの連中と合流やから、それまで気張ってやろな」
既に刺客が国内へやってきていることを鑑みて、今日はコベニちゃんや暴力の魔人も護衛に加わっているので戦力としては申し分ないだろう。
ただこうして準備を重ねるにつれ、それを上回る脅威がやってくるのではないかという恐怖が密かに私の胸の中に生まれつつあった。
とはいえその後も大きな変化はなく、一度昼食を挟もうかという話になり私たち四人は再度集まった。そこで事は起こった。
昼食時もデンジくんらとは離れた場所にいるようにしてあるのだが、さてこれから近くの店に入ろうかといったところで強く何者かに肩をつかまれた。
知り合いにしては掴む力が強かったので、一体何事かと振り返ると、そこにはホラー映画さながらまるで無表情で奇怪な顔つきの男が一人立っていた。
反射的に危険を感じた私は手を払い除け、そこでようやく気がついた。
「! こんのっ」
振り向き様に回し蹴りの要領で相手の頭目がけ踵を叩き込む。そのあまりに乱暴な対応に天童や黒瀬は驚いていたようだが、次第に周囲の様子がおかしくなるのに気が付いてか驚きは神妙な雰囲気へと変わっていった。
周囲で鳴る不規則な足音が、段々と不気味なほどに揃ってゆく。明らかに生気が失われた顔。その特徴に覚えがあった。
「人形の悪魔や……」
「人形の、悪魔?」
「厄介やな……うちらのことバレとったみたいや。異常ないか見て回って去ったあと、そのあとにやってきたデンジくんらに合わせて人形を展開しよった……!」
悔しさから独り言を呟く。
私たちが見て回ったとき、そのときは確かに“異常なし”であったのだ。だがしかし、見回りを終えて次の現場に向かうその瞬間を狙って悪魔の力を行使されたのだ。
つまるところ、してやられたというわけだ。私たちは敵の気配に気がつくことができなかった。
「しっかし、この量はなんや……契約なら限度っちゅうもんがあるやろ」
悪魔との契約には代償が必要だ。そのため、ある程度の規模というのは想像がつく……だがこの規模の大きさは一体なんだ。ほぼ全域にわたって展開しているといっても過言ではない。
そのため傀儡によって妨げられデンジくんらのところに向かう事は非常に難しく、私一人やレゼならまだしも、触られたらアウトという状況に四方を囲まれて黒瀬や天童が無事でいられる自信はない。
なにか案はないのか……。続々と周囲では足音が揃い、規則的なものに成りつつあった。どれも表情は虚で、身体の動きはマリオネットのように意志を感じられない。
一刻を争う中、ふと視線を向けた道路に一筋の光があった。
あれは、コベニちゃんの車……!
「あれ乗ろか! 早よ来ぃっ」
車までの人形を片付け道を作り、三人を車に押し込んだ。
ドアの鍵は空いていた。車内に鍵が置いてあったのでそれでエンジンをかける。
「安全意識ひっく……ままええわ!」
運転席に乗り込み不具合がないかを確かめる。
傀儡に囲まれる前に走り出さなければと思った矢先、後部座席からこんな声が飛んできた。
「ヨツナさん! 運転免許ないんじゃ──」
「天気良好! 行くで!」
思いっきりアクセルを踏む。道路にわらわらと漏れ出した人形どもを轢き飛ばし、デンジくんらがいるだろう建物に向かって車を走らせた。
【補足】
原作でも勝手にパワーが車に乗って勝手に運転できてたので、多分鍵開けっぱ車内に鍵置きっぱの安全意識やべー女だと思うんですよね。コベニちゃんは。