静寂なデパートの通路には一人の少女の困惑する声が響いていた。あんまりにも周りが静かなものだから、そうして反響する声がより事態の深刻さを物語っているようにも聞こえた。
「デ、デンジ君……死んじゃった! どどど、どうしよう! デンジ君が! えっ胸にあるんだっけ? スターター」
「ウギャッ!」
デンジの身体について詳しくは知らない上に困惑しているのもあいまって、彼女はデンジの首元を探ったりして生き返らせようと四苦八苦していたわけだが、そんな様子をよそにサメの悪魔であるビームが何者かの手によって倒れた。
彼の敬愛するチェンソーマンが死んでしまったショックからではなく、それは刺客の手によるものだった。
(! 誰?! ……柄にもなく混乱して、気付かなかった……!)
生き返らせることは一度諦め、レゼは咄嗟にデンジを担ぎ上げた。そうして一度距離を取り、ファイティングポーズで謎の闖入者との間合いを図る。
(素手……武器は持ってない……? でも、だからって油断はできない……)
レゼの脳裏には先程デンジが空中へと浮かび上がって行ったあの光景が焼き付いていた。ああして無抵抗のまま目の前で大切な人が死んでしまったのだ、嫌でも記憶に残る。
……おそらくは悪魔の力。あれほど強力ならなんらかの縛りはありそうだが、いま目の前にいる男は大した武器や道具も持たずに力を行使できたらしい。
だとしたら、代償が大きいのだろうか? そう頻発できるようなものでもないだろうが、レゼは決して警戒を怠らなかった。
そんな中、目の前にいる男もまたレゼの存在に意外性を感じていたらしい。驚いたようにレゼを観察している。
「魔人か? にしては頭が随分と異形だ」
「そういうあなたは、なんの変哲もない人みたい。……どうやって殺したの?」
「マズイな……武器がない」
「ねぇ、話聞いてます?」
その男から怪しい雰囲気を感じ取ったレゼは、なにかされる前に逃げ出すべきだと迅速に判断し、振り落とすことのないようデンジを担ぎ直した。
サメの魔人は見捨てるようで悪いが、相手の目的がデンジである以上酷いことはされないだろう。なによりいま重要なのはデンジの命を守ることなのだと彼女はよく理解できていた。
「……よく分かんないけどっ。じゃあねっ、ばいばい!」
左指を飛ばし爆発させる。戦闘でなく逃げることが目的だったので、殺傷性を落とし煙幕としての役割を持たせた。狭い通路だったので、それだけで十分視界を遮ることができた。
そうしてレゼはデパートの奥の方へ逃げようとしたのだが……。
「十分です、トーリカ」
「!」
逃げるレゼの行手を阻むように、一人の女性が通路の真ん中に立ち、こちらに向かって歩いてきた。
そのまま自らの足を爆発させて突っ切ってしまえばよかったのに、なぜかレゼは立ち止まった。……勘と言うべきか、守るべきものを抱えた今の自分では到底敵わない相手であると直感的に悟っていたのだ。
「これには私も予想外でした。まさか貴女のような存在があるとは……」
「誰!?」
「師匠……」
「トーリカ、あなたは私の課した仕事を果たしました。もう立派はデビルハンターです。……ですから下がっていなさい、ここからは師匠である私の仕事です」
物々しい雰囲気を携えて、女は距離を詰める。ジワジワと、まるで獲物を袋小路へ追い込むように……。
レゼは冷や汗をかきながら、無防備な背を見せぬよう交互に二人を見て戦闘の始まりを決心した。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎
「へえ、吉田くんの契約悪魔って“タコ”なんやなあ……ふうん、“タコ”なあ……」
「……食べる気ですか?」
「いやいや、そないなわけあらへんよ。なぁ?」
と私に同調を求められた黒瀬は、面倒臭そうに「そーですねえ」と応えた。素気ない態度に「なんやお前」とつい愚痴を漏らしそうになったが、会ったばかりの人にだる絡みをするのは辞めろと暗に言っているように聞こえて、すんとそこで口を閉じた。
そうしていま座っている蛸の触手に、つつと指を這わせた。ビクビクと何事かを恐れるようにタコが震えるので、すっかり怯えてしまったようだと、クスリと笑った。
「かわいらしいタコやわ。しゃあない、今夜はお好み焼きで勘弁したろ」
しかし、こうして外で待って少し経つが、大きな変化が見られない。度々デパートの奥の方から大きな爆発の音が聞こえるので、レゼが奮闘しているのだなと思われるのだが、それっきりで他に物音はなく、こうして外で待機しているのが随分とつまらなく感じられた。
(加勢したい気持ちはあるけど……)
私たちがデパートの中に入らないで外にいて待機している理由は二つある。
一つは、デパート内部の勢力図が混乱を極め、これ以上人が増えると同士討ちなどの危険性があることだ。特にデパートのように狭い場所だと、角を曲がったところでレゼの爆発に巻き込まれ大怪我を負う……なんてことになりかねない。そういった事態は避けたかったし、それにレゼは強い。
クァンシ相手にどこまでやれるか分からないが、再起不能の攻撃さえくらわなければ至近距離からの攻撃で多少は戦えるだろう──それに、いま彼女に課せられている任務はデンジくんを連れて逃げることで、戦うことではない。並大抵の者には彼女の爆発による移動には追いつけまい。
そしてもう一つある我々がデパートに入らない理由だが……これがあまり、私としては考えたくないことでもあった。
それは今回の任務の裏でマキマによるなんらかの思惑があるのではないかという話だ。つまるところ、マキマはデンジくんを守ることにそれほど重点は置いておらず、他のことに大きな目標を据えているのではないかという考えだった。
外国からやってくる刺客をマキマ自らの手でやっつけることにより、外国への牽制を図ろうとしているのではないのか、というのが岸辺さんや吉田くんから話を聞くに考えた私の持論だった。
(あんま考えたくないことやけどなあ……。そんな、裏でああだのこうだのするようなやつか……? マキマは)
うーん、するなあ……やりかねないなあ……。
意味もなく空を見上げながら煙草をふかした。さてはて、私はどう立ち回るべきなのか。
同期としてマキマの行動を咎めるべきか……。とはいえ、今となっては彼女と私は立場も責任も異なるのだから大きなことは言えない。
ふうむ、なにを企んでいるのか……良からぬことでなければ良いのだが。
なんて考えてながらぼうっとしばらく空を眺めていると、突然それはやってきた。
「あ……? なんやアレ」
巨大な手。そう形容するのが正しいが、それは目を疑いたくなるほどあまりにも奇怪であった。
あんまりにもおかしなものだから、ただ呆然と、それを眺めているだけで、なにかしようという気すらも起こらない圧倒的な存在感を備えていた。
「んだアレ……」
「…………!」
悪魔によるものか? ようやくその考えに至って、斬りに行くかと天童黒瀬から刀を受け取ったところで、その手はすっかり姿を消してしまった。