「おい、聞いてるのか?」
遠くなりつつあった私の意識を呼び覚ます声が聞こえた。こちらを心配しているような素振りがちっとも見られない。クァンシの声だ。
私は彼女の問いかけに「おう」と動揺の混じった声で返す。このようにぼうっとしてしまうことはかなり稀なのだが、原因を考えるとそれも仕方がない。
頭では分かっているつもりなのだが……それでもあの明かりから目を離すことが難しかった。道路の向こう側にあるガソリンスタンドの付近でメラメラとその身体を燃やす一人の男が、あまりにも見知った人物であったから、その奇行に思わず目を塞ぎたくなったのだ。
「はあ〜〜……あないな風に育てた覚えはないんやけど」
ともすると元からああなのだろう。永遠の悪魔と戦ったときの報告書を読んだときはまさかそのようなことがあるものかと疑ったものだ。
しかしこうして彼の奇行を……その不死性を活かした頭のネジの外れたような行動は、事前に彼の戦い方を聞き及んでいたとは言え面食らうものであった。
(マキマはああいうんが趣味なんか……? 意外やな)
やや暴走気味なデンジくんの面倒をレゼ一人に押し付けてしまったのを心の中で謝りつつ、私は例の魔人を探すためにクァンシの話に耳を傾けた。
「……話していいか?」
「ん、かまへん」
デンジくんの方には背を向ける。彼につられて変なことをしなければいいのだけれどと、なぜだか私の脳裏にはレゼの顔も浮かんだ……。そしてその直後に、爆発音やらチェンソーの駆動音などがギリギリ聞こえてくるものだから、無理に頭のスイッチを切り替えた。
ああ、頭が痛い。
「ええ〜っと特徴はどないなんや? 魔人っちゅうからには頭んところが色々ちゃうんやろ」
「ああ。とくに右側が特徴的なんだが……」
説明を聞きながら対象の特徴を頭に叩き込む。こうして情報共有をするのはだいぶ手慣れているらしく、どうやらクァンシが公安の先輩らしいという話が真実味を帯びてきた。
岸辺さんとクァンシが交わしていた会話や、過去岸辺さんと飲みにいった際に聞いていた断片的な話題からなんとなくそう推測していた。だが実際そうだとしてもあえて敬語を使うようなことはしなかった。
彼女はいま既に公安の一員ではないのだし、なにより一時的な利害の一致による協力関係にあるだけで基本は敵なのだから、そこに上下関係を作ってしまえば後々不利になると感じたからだ。
そうした考えがこちらにあるのをよくクァンシは理解しているのだろうし、なにより彼女自身あってないような上下関係などを気にするような性質でもないらしかったので、互いになにか文句を言うわけでもなく情報を共有しあった。
(なるほどな……目ん玉と脳みそが飛び出しとると。人目を気にして隠すようなことはしとらん言うとったし、どっか騒ぎ起きとる場所行ったら簡単に見つかりそうやけどなあ)
考えながら、ひとまずは戦場周りの店の中を探すことにした。はぐれたのがちょうど戦いの始まった直後だろうとのはなしだったので近場にいる可能性が高いらしい。
ひとまず、それぞれ手分けして捜索し、いなければまた集まって別の場所に移ろうという指針で合意した。
そうして幾度か場所を変えるが、なかなか見つからない。
「ここもいないか。そこまで遠くには行っていないはずなんだが……」
相変わらず無表情のままクァンシは話した。
今は戦場を離れ人の多い場所を探していたので、クァンシは武器人間の姿から通常の人の姿に戻っていた。ついさきほどまでその姿と殴り合っていたので、私としては少しどきりと思わされるものだった。
ただ今は身体のコンディションが大変よろしいので、次があったもしても決して遅れを取ることもないだろうと互いの力量を測りながら考えていた。
「次は駅に行こう。ひょっとしたら電車を使って遠くまで行ってしまったのかもしれない」
ひとしきりあたりを見渡してもそれらしい姿は見られなかったため場所を切り替える。クァンシはこちらの地理に詳しくないらしいので、私が道案内をしていた。
「ほな先導するわ」
言って走り出す。車を使うことも考えたが、走った方が小回りが効くしなにより使える道が増えるので車よりも早く目的地に着くことができた。
(しっかし足速いなあ……。これでも速う走っとんのに、ちゃんと追いついてきよる。……公安一くらいには足速いつもりやったけど、自信なくすわ)
強いというのは確かだ。右腕が動かなかったとは言え、岸辺さんとの息のあった連携と互角に渡り合っていたのだから。それも武器を持たない徒手空拳でだ。
……正直なところ敵としての実力は計り知れない。万が一今この場で後ろから斬りかかられたら、私としても避け切れるとは言い切れない。
世の中には強いやつがいくらでもいるものだなと、ため息をつきながら足を動かした。
そんな私の様子を見てか(公安としては私は彼女の後輩にあたることもあったのだろうか)、クァンシは目は冷たいままにこんなことを訊ねてきた。
「今の公安はどうなんだ」
「へ? 公安?」
「ああ」
一瞬質問の意図が読み取れず、こちらの事情でも探っているのではないかと疑ったのはご愛嬌だろう。それが世間話であると気付いたのは数百メートル走ってからだった。
「昔の公安っちゅうのを知らんもんやからなんとも言われへんねんけど、せやけど強いていうなら賑やかになったなとは思うわ」
「賑やか?」
「せや。んまあ、それも最近の話やけど」
思えばそうだ。今年の上半期からさまざまなことが起こっていた。武器人間という新しいタイプの敵、さまざまなところから身内を付け狙う悪魔ども……。どれもこれもデンジくんがやってきてからのことだった。
「人死ぬんは変わらへんけど。せやけど賑やかっちゅうのは悪うない。美味いもん食って酒飲んで、後輩に慕われて。先輩にはええようにしてもろて。うちとしては居心地ええ」
「そうか」
素気ない返答だ。もとより、ちょっとした気まぐれみたいなものだったのだろう。道すがら適当にラジオでもつけるみたいな、そんな気持ちだったに違いない。
だからこそ私も、それほど気負わず気になったことを訊ねてみた。
「クァンシは……公安には戻ろうとか、そういう気ぃはないんか?」
「……ない」
彼女はキッパリした口調で告げた。どうやら日本という土地に未練なんてのはないのだと直感的に思わされるくらいには、迷いのない返事だった。
「語るような理由もない。ただ、私には私の生き方があるってだけだ。詮索しても無駄なだけだから、変に考えない方がいい」
「んー、一応先輩らしいし、その言葉は素直に受け取っとくわ」
駅に着くと、そこにはなにやらおかしな騒ぎがあった。ハロウィンハロウィンと、季節外れの奇怪な単語を呟く男がそこいらを走っていたのだ。
それを目の当たりにするとクァンシは目の色を変え、そうして「ここだ」と呟いた。
私としてはあまり望ましくない場所で魔人の痕跡を見つけてしまった……。
「厄介やな……電車乗っていかれたらほんまに面倒やわ」
そう思い、本部に連絡して捜査網を広げてもらおうかと懐から携帯電話を取り出したところ、人影の中にやたら目立つ髪色をした少女が歩いているのを見つけた。
私がなにか目にしたのをクァンシを察してか、そちらに視線を移す。
「ん、いた」
「あれか!」
確かに、なにか帽子をかぶっているなと思ったら、あれはよく見れば脳……なようにも気がする。最近変な頭をした奴らばかりみ続けていたせいで違和感がうまく働いていなかった。
「コスモ……あいつ、一人で東京観光してたな……」
どういった感情かは分からないが、皺のよった眉間に珍しさを覚えながらも私は人並みをかき分けコスモと呼ばれる魔人の確保に向かった。