コスモと呼ばれる奇天烈な格好をした魔人を捕まえた後のことである。いくらクァンシといえども魔人一人を抱えて走るわけにもいかないようで、移動手段として近くに放置されていた車を少々拝借することにした。
街を破壊する規模の悪魔が現れることなどそう珍しいことではないのだが、とはいえ頻繁に起こる台風のようなものなので、車を置いて逃げ出したり地下に逃げ込むような人がいくらかいる。そうなると、たまにテンパった人が鍵を差したまま車を出ることがあるので、そうしたものをめざとく見つけると私は運転席に乗り込んだ。
「車か」
「バイクの方がええか? せやけどバイク三人乗りとかようやらんわ」
「いや、別に文句があるわけじゃない」
「ほなはよ乗りぃな」
車に乗って具合を確かめる。しっかし、今日は何かと車に乗る機会が多い。日頃運転していないせいかとても楽しくはあるのだけれど、あとで書かされる始末書の山が脳裏にチラつくようで少しだけ辟易とした気分になった。
コスモは車に乗り慣れていないのか突然車内で立ち上がり頭を打つなどしていたが、まあ大きな問題はないだろうとアクセルベタ踏みで車を走らせる。駅付近には騒ぎから逃げてきた人々が乗り捨てた車がたくさんあるので、そうした障害物の隙間を縫うように進んでいった。
「そういや聞いとらへんかったけど」
車のハンドルを鋭く切って障害物を避けた。速度を落とすわけにもいかずほとんどドリフトしながら走っており車の中は錐揉み状態だったが、クァンシは平静を保ったまま私の話を聞いていた。
「そのコスモっちゅう子、どんな力があるんや? ハロウィン、ハロウィンって……よう分からん言葉が関係しとるんは分かったけど」
それ以外はサッパリだと、左手を肩付近まで上げる“分からないポーズ”を取って見せた。すると思ってもみなかったのだが、クァンシは静かな語り口調で話してくれた。多少は仲間意識を持ってくれているのだろうかと感じたが、単に協力関係にあるのだから情報共有を目的としているのだろうとも思われた。
「……コスモは宇宙の魔人だ。宇宙に広がる膨大な知識を、無理矢理相手に叩き込む」
「? そんだけ?」
「宇宙の規模はきっとお前が想像しているよりも遥かに大きい。……サンタクロースを倒すのに物理的な手段が通用しないなら、精神攻撃で攻めるしかないだろう」
「はあ……」
少し考えてみる。
知識を与えることが精神攻撃につながるものなのだろうか? かえって敵に塩を送る結果になりやしないだろうか、と。
「安心していい」
そんな私の不安を見抜いたのか、クァンシは変わらず平坦な声色で話した。
「相手はハロウィン以外なにも考えられなくなる」
「はあ……? アホらし」
真面目な顔で言うものだから妙に真実味があって、それにクァンシの言う方法以外にあの悪魔を倒す手段というのが具体的に思いつかなかったので、私は無理やり自分を納得させるために疑問の言葉を全て飲み込んだ。
道なき道を無理やり進んでいったので車はひどくボロボロになってしまったが、おかげで一分と経たずに目的地まで着くことができた。
デンジくん、レゼの二人と別れてからも更に大きな戦いが繰り広げられていたのだろう。離れていた時間は十分もしないほどだが、それにしたって建物や道路への被害が甚大なものとなっている。
戦い自体はまだ続いているようで、遠くの方で一際大きな炎が一つ動いていた。その対面にはサンタクロースの姿もある。だが、一悶着あったようで、より炎が大きく広がったかと思うとサンタクロースの体がデンジくんに貫かれ大きく瓦解していった。
「向こうやな。準備はできとるんか?」
「ああ。コスモ、問題ないな?」
「ハロウィン!」
「ほんまに大丈夫なんか……?」
クァンシの部下(?)も不安要素ではあるが、私の部下も不安の種ではある。
デンジくんとレゼ……一体向こうでなにをしているんだ?
なにか頭の痛くなるような事態に遭遇しそうな予感がしたが、既に全て終わった後のようだったので深くは追求しないことにした。
「仕事だ、コスモ」
クァンシの命令に従い、魔人が構える。それがこれまでの戦いのあっけない終わりを示していた。
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「お疲れさん、二人とも」
すっかり服が燃え尽きてしまった二人に、近くの呉服店から拝借してきた服を着させながら労いの言葉をかけた。ボロボロになりながらも時間稼ぎを果たした彼らは非常に優秀な働きをしたと言っていいだろう。私は少し誇らしい気持ちになって、いつもより寛容な気持ちで彼らの背中を叩いた。
「これでひとまず今回の件は終わり。しばらく休みもらえるやろうから、上から話くるまでゆっくりしとき」
二人は戦いでハイになっているのか、疲れ切った両腕をぶらぶらと振りながら絞り出したような声で揃って喜んでいた。こうして無邪気に喜んでいる姿を見ると、ほんとうに子供だなと微笑ましい気持ちになる。
「ほら、君らきったないからさっさ家帰るで。家まで送ったるから車乗りぃ」
言って二人を車の後部座席に乗せた。そうして二人で車に乗るのが楽しいのか、シートの上で跳ねたりしながら二人してなにか話をしていた。
(楽しそうでなによりやわ。……しっかし、なんやあの宇宙の魔人ってやつは。ほんまにサンタクロースのやつ倒してしもうた……)
サンタクロースの身体自体は残っているので正確には無力化したと言うのが正しいのだけれど、先ほどからあの化け物の残骸はハロウィンハロウィンと呟くばかりで拘束されているわけでもないのに動くことをやめていた。
壊すことしか能のない私は、そういった戦い方があるのかと驚いたくらいだった。多少溜める必要はあるようだけれど、ああいう殺しても死なない不死身系には“精神面でなにもできなくさせる”という手法が非常に有効的なのだなと思ったのだ。
(にしたって恐ろしい……これが今後敵になるのか……)
そんなことを思いながらクァンシを方をチラ見すると、視線に気がついたのかクァンシもこちらの方を見返してきた。自然目と目が合う。
(うわっ、気まず!)
とはいえ面子もあるので視線を逸らすわけにもいかず、じっと目を合わせていると、クァンシの背後から見知った顔が現れた。
「ん、あれ? 岸辺さんや。生きとったんですか」
「…………」
クァンシは身体をそちらへ向き直ると、どこからか取り出した刀を構えた。
よく見れば岸辺さんの隣には民間の吉田もいる。まあ、公安から見ればクァンシは敵なのだ。だからまだこうして人間間での戦いが始まるのだなと、私は外から静観を決め込もうと一歩後ろに下がったところでまた見知った顔が目に入った。
(……マキマ?)
またおかしなことに、岸辺さんと吉田は目隠しをつけ始めた。
ああ、あれは知っている。あれは、マキマが契約悪魔の力を行使するときに周囲の人間にさせる目隠しだ。
「降参する」
そう言ってクァンシは刀を落とした。
その背後ではコスモと見知らぬもう一人の魔人が隠れている。魔人探しには向いていないから、こちらで待機させていたのだろう。
「私が逃げると思うなら四肢を切ってもいい。だから私の女達は殺すな」
マキマは変わらぬ歩幅で、落ち着いた息遣いで、間の距離を詰めた。
そしてマキマの目にも私が映ったのだろう、一瞬こちらに目線をやると、口を開いてこんなことを問いかけてきた。
「ヨツナ……。どう思う?」
「どう思うって……」
訊かれても困る。質問の意図は、おそらくクァンシについての印象だろう。なんせ私は先ほどまで彼女と協力関係にあったのだ、終始敵であった岸辺さんやマキマとは立場が少し異なる。
そんな私に、クァンシの命が公安にとって価値あるものかそうでないかを問うのだから世話がない。
(敵なら殺すのが一番や。せやけど、そういうんを聞いとるんとちゃうんやろな……)
少しだけ考えた。その間、クァンシがこちらを振り返ることはなかった。魔人だけがちらちらと不安げにこちらを覗いてくる。
「話のできんやつやない。従えとる魔人も強力で、今回のサンタクロース退治には不可欠な存在やったと言うてかまへん。……それに、魔人は人質になる。求めるもん与えたら言うことも聞くやろう」
そこまで言って、大きく息を吸った。
「せやけどうちら公安は、今回の騒動に見合うだけの戦果を挙げなあかん。……敵が仲間になる前例はあるものの、今回もそうとは限らん」
「つまり?」
「……その前に」
結論をそう急ぐなと私は右手を振った。マキマは、ほう、と私の右腕を見つめていた。
「マキマ、今回の騒動でどれだけ死んだ? どこまでが予想の範囲やった?」
「全部予想の範囲内かな。コベニちゃんが生き残ったのは、ちょっと驚いたけど」
「こんなに戦力減って、銃の悪魔倒せるんか?」
「部隊は特異四課だけじゃないからね。それに、ヨツナがいるなら大丈夫だよ」
「……はぁ」
全部分かっていて言っているんだろうなと、私は同期に恐れにも似た感情を抱く。ただそれは、呆れにもよく似ていた。
「戦力としてはええけど、レゼちゃんのときと比べて事情が複雑や。それに戦力は事足りてる。殺すんが一番や」
「そうだね。私もそう思う」
言って、スッパリと。見事な手腕でマキマは三つの首を斬り飛ばした。
私はそれを見届けて、相変わらず腕が衰えていないなと腕を組んで壁にもたれかかった。
年末年始の12/30(金)と1/2(月)はお休みします。
良いお年を〜。