マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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地下よりもっと暗いところ

 秘密裏に閉ざされた公安の奥底に、物でも運ぶような大きなエレベーターがある。それに乗って、私は地下へと続く長い長い道を下っていった。季節もあってか、はたまたこの先に収容されている悪魔の生き血がそうさせるのか、じめじめとした風が額を拭っていった。

 

 エレベーターを降り切ると、いくつかある厳重な扉の奥に配管だらけでろくに清掃されていない通路がある。左右には悪魔を収監した部屋があり、公安に所属する者は必ず一度この場所を訪れる。

 

(悪魔との契約……字面だけ見ると、正義の味方の公安がやったらあかんようなことやけど……)

 

 公安所属のデビルハンターはそのほとんどが悪魔と契約をしている。デンジくんなんかはここに来たことがないかもしれない。せれどアキくんや姫野はこの場所で契約を済ませているはずだ。

 

 つまるところ、ここは悪魔の収容施設なわけだが……そんな場所にどんな用があるのかというと、それはマキマにも秘密のことだった。

 

(悪魔との契約なんて、いまさら必要ないしな。さっさ行こ)

 

 通路の左右から聞こえて来る奇怪な呻き声を無視し、早足で目的地へと向かった。奥の奥、地下の地下。日の目を浴びぬ独房が最奥にある。

 

 ひとしきり歩くと一層厳重な扉があった。その奥にはまともな明かりのない急な斜面の階段がある。手すりもないので転げ落ちぬよう慎重に階段を降りると、やがて段々と小さな灯りが見えてきた。またカツンカツンと、階段を下っていく。

 

「……やっと着いた」

 

 ホッと息をついて階段を降り切ると、ちょっと広い空間に出た。そこはパノプティコンのように円形で、一箇所から全ての独房が見渡せるようになっているのだ。

 

 私は少し気になって、その一部屋一部屋の扉に書かれてある文字に目を通した。どれもこれも心当たりのない単語ばかりだが──(ナイフだの火炎放射器だの物騒なものばかりだが、戦ったことがない)──二つほど、私は興味引かれるものを見つけた。

 

 一つは刀だ。独房の扉からは部屋の中の様子が見えないが、“刀”は戦ったことがある。

 そしてもう一つは“弓矢”だ。今回の私の目的はここにあった。

 

(刀……それに弓矢。ここにおるやつ、全部同じっちゅうことか)

 

 そう考えると圧巻の光景だ。いくつか名前が書かれていない扉もあるが、それにしたって十分脅威足り得る数がここには揃えられている。

 

 恐れというよりかは、呆れ。そうした感情が私の中にはあった。いつのまにこんな蒐集癖を持ったのかと不思議にも感じた。

 

「はあ……ようやるわ」

 

 試しに独房の扉へ手をかけると、鍵はかかっていなかった。中のものは逃げ出さないという自信があるのだろう。ここへ行くようにとマキマに言われたので来てみたが、罠というか、無理矢理共謀者にさせられているのではないかという気持ちすら湧いて来る。

 とはいえ今更引き返すこともできないかと、私は一歩前に進んだ。

 

 扉を開くと、質素な部屋がそこにはあった。四畳半ほどの空間に、人一人が眠れるようなベッドが一つ。それから机と椅子が一つに、卓上照明がついてある。それからある程度の生きていくのに必要な設備。

 およそ人が住める空間とは思えないが、同時にここに人はいないのだろうとも感じられた。

 

 壁際にあった電源に手をかけると、独房の中は白く眩しく輝いた。そうして奥に人の姿があるのを見つけた。

 

「…………」

 

 奥にいる人物は──クァンシは、病院で着せられる患者衣のようなものを身に纏い、ベッドの上に座っていた。好きでそうしているわけではないらしく、手足には枷が着いているのを見てとれた。だが手足に傷がないあたり無理な抵抗はしていないようだった。

 

 私に関心を寄せてか、言葉は発しないでいたが目線だけはじっとこちらに向けている。気まずさはなく、この静寂さがかえって私の心を落ち着かせた。

 

「ん……座ってもええか?」

 

 返事はなかった。

 椅子に座ると、机の上に二つパンが置いてあることに気がついた。手をつけていないのだろう、食べた様子はない。

 だが、クァンシに栄養失調などの様子は見られない。おそらく死んでも生き返らされているからだろう、真っ白な肌は不健康そうであったが彼女の力強さは衰えていなかった。

 

 右の眼帯はそのままで、左眼が鋭い視線を飛ばす。

 私はそこから逃げることなく目を合わせ続けた。そうした時間がどれほど続いたのだろうか──地下は外の様子がわからない上に、部屋には時計もなかったので正確な時間は分からなかったが、いい加減無駄だろうと私は目を逸らし口を開いた。

 

「やめやめ。うちもアレの事後処理で忙しいねん。話だけしてサッサ帰るわ」

 

 いらんのやったらもらうで、と相手の了承を得る前に机上のパンをひとつ手に取った。

 

「まさかクァンシがおるとは思わんかったわ。いやな、うちもマキマにここ来い言われただけで何がおるんかは──誰がおるんかは知らんかったもんやから」

「…………」

「まさか生きとるとはな……武器人間は死んでも生き返るいうんは知っとったけど、書類やとキチンと殺したいうことなっとったから、そこらへんなんとかしたんかな思っとって」

 

 ……正直、「どのツラ下げてきた」程度のことは言われても仕方がないかなと思っていたので、こうも反応がないと調子が狂う。

 私は煙草を吸って気を紛らわせたい気持ちを抑えながら、手に取ったパンを齧った。そんなに時間は経っていないのだろう、柔らかく味がした。

 

「今回、こうやってうちが会いにきたんはマキマがセッティングしたからや。せやからなんか目的があると思うんやけど、なんか聞いとらへんか?」

「…………」

「せやったら質問変えるわ」

 

 パンをもうひと齧りする。

 

「自分がどうやって武器人間なったかとか、覚えとるか?」

 

 弓矢の悪魔。それ自体は今まで会敵してきたこともない──だが、あのとき見た立ち姿はどこか見覚えのあるものでもあった。

 

 デンジくんは悪魔と契約したのだと誰かとの会話で聞いたことがある。レゼにはまだ訊けていない

 となると、今生きていて似たような境遇にあるクァンシに訊いてみたくなった。それくらいしか、私には話題がなかった。

 

 これにも反応はないかとまたパンを齧ろうとしたところで、クァンシは首を少し動かした。サラリと肩から髪がこぼれ落ちる。

 初めての動きに私は目を留める。開いた口を一度閉じてクァンシの言葉に耳を傾けた。

 

「……その、右腕」

「腕?」

「また怪我したのか?」

「? ああ」

 

 言って三角巾が巻かれた右腕を掲げた。レゼとの戦いのときに肩の肉をごっそり持っていかれたので、皆んなの前では動かないということにしている。事実、サンタクロースとの戦いがあった時まで一切動かなかった。

 

「怪我は前からや」

「だろうな」

 

 と分かりきっていたことを話すようにクァンシは言った。

 

「最初、デパートでやり合ったとき、その右腕は確かに動かなかった」

「デパート……? ああ、岸部さんもおったときか」

「あのときは本当に動いていなかった。体重移動もままならないようだったからな」

 

 だからこそ、とクァンシは強調して言った。

 

「今そうして動いているのが不思議だ。あれから何日経った?」

「まだ一週間ちょいや」

「その程度で治る傷でもないはずだ。……そもそも、サンタクロースとの戦いの最中でお前は右腕を動かしていた。あれを私に見せていた時点で、私たちを生かす気はなかったんだろう?」

「……ノーコメント」

 

 私の言葉を受けて、クァンシは壁に背をもたれさせた。呆れているようだった。

 

「──魔人たちの件に関してはすまんかった思うわ。せやけどデビルハンターに連れ添っとる魔人や──宇宙の魔人の力然り、あんな強力な奴らを公安の中に入れて、ほんで暴れられたら大変や。はっきり言うて今の公安やとそこまで対応しきられへん。倒せるときに倒したかった」

「……怒りは今でもある」

「その方が助かるわ」

 

 私も息を吐くように椅子の背もたれにもたれかかった。そうしてパンをひとつ、丸々食べきった。

 

「この先、公安に協力する気は?」

「ない」

「ほな敵同士か」

 

 言って、私は立ち上がった。

 殺したはずのクァンシをこうして生かしているマキマの目的、この場所へ私を送ったマキマの狙い──それは不明であったが、私としてはクァンシと話しておきたいことはこれきりであった。

 

 ここにもう用はない。はやく外に出ないと、私までこの場所に閉じ込められてしまいそうだ。

 

 そんな私の後ろ髪を引くようにクァンシが訊ねてきた。

 

「……マキマはなにを考えているんだ?」

「? なんて?」

「マキマの目的は? 私にはそれが恐ろしいことなのだという以外分からない」

 

 クァンシはきっぱりそう言い切った。

 私は少し迷って、おそらくこうではないかという答えを言ってみた。けれどそれにクァンシが納得することはなかった。

 

「銃の悪魔の討伐やないん?」

「だとしても、この場所に彼らをこうも集める必要があるのか。どう利用するのか。……ここにいるのはみんな武器人間だ。私含めて」

「さあ……マキマの考えとることは昔からよう分からんもんでな。そんな密接な関係でもないし」

「? お前は友達なんだろう。マキマと」

「ちゃうよ。知り合いや知り合い。ただの同期」

「……ハハ」

 

 珍しく、クァンシは枯れたような笑い声を漏らした。なにがおかしいのか私には分からなかったが、すぐにいつもの表情に戻ったので訊くこともなかった。

 

 ようやくそれで全ての問答は終わった。お互い疑問や不満はあったが、やりたいことは全てやりきったという感じだった。

 

 私は外に出るために扉へ手をかけた。あと一つ残ったパンをクァンシの方に放り投げて。

 クァンシはじっと黙って、それに齧り付いた。

 

「ほなまた」

 

 言って私は外に出た。それから前を見て、あの長い長い階段を登って、そのあとまたエスカレーターで上まで行かなければならないことを考えると、少し憂鬱な気分になった。

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