マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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夜と女

 夜の東京は騒がしい。不夜城と呼ばれるのも良くわかる。ネオンの光がぼんやりと網膜に焼け付くこの感覚が、私はどうにも好きだった。

 

「田舎か都会か。ウチは断然都会のほうが好っきゃな」

「そうなんだ」

「……なんや素っ気ない返事やな。都会は嫌いか? 美味いもんようさんあるし、人が賑やかで、ええやんか」

 

 隣を歩くマキマは顎に手をやって考えるそぶりを見せた。なにか返事をしたようにも見えたが、喧騒にかき消されて私の耳には届かなかった。

 

 聞き返すのも面倒に思われたので、私はそのまま話し続けた。

 

「ウチは田舎はよう知らんから、都会の良さだけ目に入っとるいうだけなんかも知らんけど……マキマもそれは変わらんやろ」

「かもね。でも私は田舎がいいかな」

「ほーん」

 

 マキマの方を見やると目が合った。怪しげな光が夜のネオンを反射していた。

 マキマは前を見やると、つかつかと足早に進んでいった。私が隣まで早足で追いつくと、それを認めてこう言った。

 

「都会にはヨツナがいるから。だったら私は田舎にいるよ」

「……なんやそれ。ウチのこと嫌いなんか? えらい遠回しな言い方するなあ」

「そういうことじゃない」

 

 マキマはきっぱりとした口調で私の言葉を否定した。でも、だったらどういう意味なのか? 私はそれが気になって、再び尋ねた。

 

「ほんならどういう意味なん」

「都会はヨツナに任せるってことだよ」

「はあ?」

「悪魔はどこにでも現れるからね。別れた方が効率的でしょ」

「はあ~……」

 

 呆れた。ため息だかなんだか分からないが、大きな声が出したくなるような残念さが胸の中にあった。

 

「そういう意味やないゆうねん。どっちが好きか、の話やのに」

 

 不満げな目でマキマを見ると、また目線が合った。彼女のなんとも悪びれていない無垢っぽい目を見て、毒気が抜かれてまたため息が出た。

 

 なぜ私が夜の東京をマキマと二人で歩いているのか。そのわけを説明するのには今日の昼までさかのぼる必要があった。

 

 昼、北海道旅行の帰りに各地を観光しつつ、ついには東京観光に私たちはやってきた。東京の名を関しつつも千葉にあるテーマパークに行ったり、銀座で買い物をしたりと散財をすることで日ごろの鬱憤を晴らしていたのだ。

 

普段の堅苦しいスーツは取っ払い、おしゃれな恰好に身を包んで浮かれていると、ちょうど昼食を食べ終わったころになってマキマの方から連絡をよこしてきたのだった。

 内容を要約すると、夜に街で会えないかとのことだった。どこかで私達を見かけたのか、あるいは監視していたのか……なぜ東京にいることが分かったのかまでは私には分かりえないことだったが、しかしせっかくの誘いなのだからと、夜は自由行動ということにして一旦天童黒瀬の二人とは解散することにした(黒瀬は東京に彼女がいるらしいから、折角だし会いに行けとも言った)。

 

 そうして私は一人でマキマと夜の街で話をしているのだった。

 

 こうしてくだらない話をするのが嬉しくないと言えば嘘になる。

誘いの文句は話をするだけ、みたいな言い方だったが、どうせ飲みにも行くのだろう。東京は美味しいものがいっぱいあるし、マキマはこう見えて美味しいものを食べるのが好きだから、きっといいお店を知っているに違いない。

 

 それに、こうして飲みにいくのは久しぶりだ。研修時代はよく飲んだが、私が関西の方に行ってからは会う機会も少なくなってしまったから。

 

「しっかし、こうして歩くんも久しいなあ」

「ここら辺も随分変わったね。前はあんな店あったっけ」

「憶えてへん」

 

 マキマは仕事終わりにそのまま待ち合わせ場所までくるとのことだったので、彼女に合わせて私もスーツに着替えていた。まるで仕事帰りのサラリーマンみたいだが、私に限って言えば今の服装はすこしぎこちないものだった。

 

 そんな私のぎこちなさを察してか、あるいは偶然か。心地よい沈黙の最中、マキマはこんなことを訊いてきた。

 

「そうだ、仕事の話なんだけど」

 

 露骨に嫌な顔をした私の意に介さずマキマは続けた。

 

「最近、デンジ君が悪魔に襲われて……忙しいのは分かってるけど、応援頼めないかな」

「……デンジくんってーと、あのデンノコ少年か」

 

 私が反応すると、「そう」とマキマは言葉を継いだ。

 彼は確か、前に山奥のパーキングエリアで出会った半裸の少年だ。あれから公安に所属することになったと聞いていたが、首尾はどうだろうか。

 

「彼の心臓がなぜだか悪魔に狙われている。それはなにかしら悪魔側に有利な事柄なんだろうと思う」

「……ふーん」

「だから彼の護衛を頼めないかな。面識もあるし」

 

 私は少し悩んだ。彼とは確かに面識があった。あのチンピラ風な少年と少しながら会話もした。完全な悪ではない、少し教養が足りないだけの至って普通の好青年という感じだ。

 だが、だからこそ疑問が残る。

 

「デンジくんは公安で上手くやれとるんか?」

「問題行動は多いけれど、それ以上に成果を上げている。だから上も簡単には手を出せない」

 

 …………。

 

「デンジくんの心臓が狙われとるんは、その心臓がチェンソーのもんやからやろ。ほな、さっさと彼を殺して、心臓回収したらええんとちゃうんか」

「それはできない」

「なんでや? しょーもない情なんかもったらあかんで。ウチがやろか」

「大丈夫。もしそのときが来たら、ちゃんと私がやるから」

 

 意外な一側面を見たような気がした。

 マキマが誰かに情を持つなんて。そう見えるだけなのかもしれないが、デンジを生かすことにメリットよりデメリットの方が大きいと感じる私は、彼女を訝しむほかなかった。

 

 だから訊こうと思った。妙に肩入れしている気がしたので、そのわけを暴こうと思った。そのために、なんて訊こうか言葉を考えあぐねていると、マキマは早足で歩きながらこう断言した。

 

「彼はチェンソーの悪魔になれる」

「……なんて?」

「今はまだ何もかも未完成だけど、けど私に任せて。ヨツナもきっと、私のしようとしていることが分かる日が来るよ」

 

 釈然としない説明だった。理解もできない。

 ただ、そう言うのならそうなのかと、諦めのような気持ちがこれ以上疑問を追求するのを妨げた。なにより、同期が珍しく熱心になっている事柄に、好奇心をもってしまったのかもしれない。

それにもともと彼は彼女の下に所属している。私がとやかく口出しすることでも、ましてや殺処分などと手を出していい事柄ではなさそうだった。

 下手なことをすれば、こちらがやけどしてしまう。そう思って、ふざけたように手のひらを頭のあたりで揺らめかしながらこう返事をした。

 

「ほなデンジくんに関しては任せるわ。……あと、応援の件やけど、私やのうて上の人に言うて。それから部下もいるから、黒瀬と天童の分も自分で申請出してな」

「……やっぱりそうだよね。やだなあ、京都。お偉いさん、怖い人ばっかりだから」

「ウチもついてったるやん。これでも顔は広いで」

 

 物憂げな表情をするマキマの背中をパシンパシンと二度叩く。

 そうしてやると、珍しくマキマは微笑んだ。

 

「中間管理職は辛いなあ。愚痴聞くで」

 

 ……しかし、さっきからそうだが、なんだかマキマの歩くスピードがいつになく速い気がする。

 

「なんや急いどるんか? 飯は逃げへんぞ」

「いや、そうじゃなくって。このあと約束があって」

「はあ?」

 

 思わず立ち止まって、マキマに訊いた。

 

「ダブルブッキングかいな。ウチの晩飯どうなるん? 飲みは?」

「? お酒飲みたいなら、来る?」

「あ?」

「着いたよ」

 

 言ってマキマは立ち止まった。彼女の前には居酒屋があり、扉を開いて中に入っていった。

 私もつられて中に入る。

 

 すると、一段と賑やかな集団が手前の席で宴会をしていて、こんな会話が聞こえてきた。

 

「今日……俺……ファーストキスしちゃうんだ……!」

「キス?」

「キスぅ?」

「え⁉」

 

 驚いた顔をして振り返ったのは件のデンジくん。なるほど、予定というのは飲み会のことだったらしい。

 

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