マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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寒空の方へ

 冬が終わり、春が過ぎ、夏もまた過ぎ去っていった九月の中旬。

 アキくんがいよいよ仕事を再開すると聞いたので復職祝いのパーティを催した数日後、私は単独秋田県まで向かっていた。

 

 目的はただ一つ、マキマに会うためである。

 マキマには大事な仕事が差し控えているこの時期に、なんの理由があって東京からうんと離れた東北にまで足を運んだのか私には分かりかねたが、ともあれ会わねばならぬのだから仕方がない。

 急を要するような状況ではなく、先延ばしにしていた課題にやっと取り組むような心持ちであったので、駅弁を食べつつゆったり外の景色を眺めながらいつもの何倍も遅いスピードで考え事をしていた。

 

 しかしこうして車以外の交通手段を使うのは久しぶりだなと感じる。部下たちには用があって外に出ると言い残し、東京へ置いてきてしまったけれど、今になって、もう少しかけてやる言葉があったのではないかなどと後ろ髪引かれる思いをした。

 大した用ではないと言ってあったので、駅まで送ってもらったきりだ。

 

 というわけで新幹線に乗ること一、二時間。秋田県中央部の大きな駅に着いてそこから乗り換え、違う電車に乗って目的地まで向かおうとしたところで、駅のホームに見慣れた影を二つ見つけた。

 

 人影の少ないホームで公安のスーツ姿を身に纏っているというだけで目立つのだが、ちょんまげ頭の男と一人の悪魔というツーマンセルは特に目立った。特に悪魔の方は頭の上に浮かんでいる光輪や背中から生えた豊かな翼が目立っている。去年の騒ぎで失われた腕が私の記憶の中にある彼らのイメージ像と合致した。

 

「なんや君ら、どないしたん? 復職はもうちょい先とちゃうんか」

 

 どうやら同じ電車に乗る予定らしかったので、私はそうして彼らに声をかけた。田舎はなかなか電車が来ない。電車が来るまでの間、少しくらいは話をしても悪くは思われないだろう。

 声に反応して振り向いたアキくんはこちらを見て驚いた様子だったが、いつもの冷静な顔つきで「おはようございます」と話した。

 

「ん、おはよう。もう仕事始まっとったん?」

「いえ、まだ実践的なことはなにも……。ただマキマさんに話がありまして」

「マキマ?」

「話がしたいと言ったら、秋田の方にいると連絡をもらったので。……ヨツナさんこそどうしてここに?」

「うちも似たような理由やわ」

 

 言って腕時計で時間を確認した。この腕時計は半年以上前にレゼが初任給で買ってくれたものだった。

 時間を見るとまだ昼前。電車の時刻表と見比べてみると、一度食事をするくらいの余裕は十分ありそうだった。

 

「君ら昼はもう食うた?」

「いえ、まだ」

「そかそか……よし! 電車来るまで時間あるし、どっか飯食い行こや」

「いいですね。……お前も行くだろ?」

 

 アキくんは天使の悪魔の方を見て言った。

 

「君も遠慮せんと来い。いっつも部下三人に奢らされとるからそんな変わらへんわ」

 

 ほな行こか、と無理矢理彼らの背中に腕を回して強引に駅のホームを出た。

 

 大きな駅がある場所だからか、地方とはいえ飲食店が立ち並んでいた。秋田には何度か来たことがあるし、ここで食事をするのも初めてではなかったので、前に食べた美味しい料理屋に二人を連れて行くことにした。

 

 道すがら近況などを訊ねた。デンジくんらとは仕事でよく会うのでそれほど心配なことはないのだが、あの二人の世話をしていると気苦労も多いだろうと思えて、ついつい話をしてしまう。

 

「──前に北海道に行ったときも、めちゃくちゃでした」

 

 そう語るアキくんの横顔はとても楽しそうなものだった。彼とは久しぶりに会って話をするが、こんなにも気持ちのいい笑顔をしただろうかとふと不思議に思った。

 

(人は変わるな……。いや、デンジくんらが変えたんやろか)

 

 繁華街の方に入っていくと、地方特有の色濃い土産物店や飲食店が目に入った。アキくんらはそれらを興味深そうに見ていたが、迷いなく進んでいく私を見てこう尋ねてきた。

 

「詳しいんですか?」

「いーや。来たことあるから知っとるだけ」

 

 時々そうやってアキくんとは話をしていたが、天使の悪魔はずっと黙ったままだった。そもそも交流がほとんどないので、それも仕方がないのかもしれない。天使の悪魔は気難しいやつだと昔誰かが言っていた気がする。

 

「秋田寒いからなあ。あったかいもん食わな」

 

 そう言って、昔ながらの食堂といった出立ちの店に入って行った。適当な席に座り、注文する。せっかくなので、私はきりたんぽやらかまぼこやら、他にも魚の切り身などが入ったうどんを頼んだ。

 アキくんらも順当に注文をし、やや肌寒い店内で私たちは机を境に向かい合う。

 

 行きすがら話してもよかったのだが、こうして腰を落ち着けた状態で話したいことがあった。

 冷えた水で喉を潤してから訊ねた。

 

「で、アキくんはマキマに何の用なん?」

「! それは……」

 

 アキくんは一瞬言い淀んだが、覚悟はもう決めてあるのか、すぐに前を向いてまっすぐな瞳でこう話した。

 

「……未来の悪魔と話して、俺の死期が近いことが分かりました」

 

 アキくんが契約していた悪魔はなんだったか。確か呪いの悪魔だ。あれは寿命を削るものだった──彼の様子から見るに、あと一年程度の命なのではないかと思われた。

 

「どうか……デンジとパワーだけは、生きて幸せになってほしいんです。だからマキマさんになにか手がないか、相談しようと思って」

「ほーん……」

 

 目を細めて彼らを見る。そういう事情なら、ますます天使の悪魔が連れ添っている理由というのが分からない。きっと彼らの間で交わされた話というのがあるのだろうが、およそ彼もアキくんの意見に──つまりはマキマに相談しようという考えには賛成なのだろう。

 あるいは天使の側からアキくんにそう提言したのかもしれない。

 

 私はうんと考え込んだ。最近はよく考えることが多い。酒でも飲んでなにも考えないようにしたかったが、考えなければならないのでそうはいかなかった。

 

 しばらくそうやって腕組みをしているとうどんがやってきた。その間、誰も一言も喋らなかった。

 

 いただきます、その一言をぼそっと呟いた後に、うどんをひと啜りして、私も彼らの覚悟に見合うように覚悟が含まれた言葉を告げた。

 

「悪いこと言わんから今日は帰り。マキマにはうちからなんとか言うとくわ」

「っ、いえ、それには及びま──」

「ええから。年長者の言うことは聞いとくもんやで。……特にデビルハンターなんちゅう、ようけ人死ぬ職業やったらな」

 

 ずるずるとうどんをすする。

 私の言葉に思うところがあったのか、アキくんはなかなか食べようとはしなかったが、それでも小さく頷いてうどんを食らい始めた。

 

「そんな顔せんといてや。ちゃあんとデンジくんらのことはうちからマキマに頼んどく。デンジくんらおらんでも、うちおったら十分やろし……」

「……それは、確かに俺なんかが言うよりヨツナさんが言った方がマキマさんも聞いてくれるとは思うので、ありがたいですけど……」

「……なんや? ハッキリ物言いや」

「これから先、公安は他国と戦争のようなものをするんです。ヨツナさんは、命が惜しくないんですか」

「そら……難しいこと訊くなぁ、君」

 

 天ぷらを食べながら話した。

 

「命は惜しい。せやけど、君らの命も同じくらい惜しい」

 

 そこから先は言うのが恥ずかしくなって、少し迷ったが、目線をずっと天ぷらに寄せて話した。

 

「アキくんがデンジくんらのこと想っとるように、うちも君らンこと想っとるんやから。せやからおとなしゅう想われとったらええねん」

 

 その言葉が出てからは、またしんと静かになってしまった。

 ずるずると麺を啜る音。具を熱がる息遣い。どれもこれもが生きている者の証なように思えた。

 

 すっかり食べ終えて、勘定を済ませる。そうしてアキくんら二人を東京へ帰らせるために駅まで送ったところで、ちょうど駅のホームに立ったとき私は思い出したように懐から一通の封筒を取り出した。

 

「それとあと、これ」

 

 それは思いつきから新幹線の中で書きしたためた手紙だった。

 

「みっちゃんらに渡しといて。……あー、分かる? 黒瀬と天童」

「ええ、はい……でもなんですか? この手紙」

「んー、電車乗って窓眺めとったらセンチな気分になったから、ちょっと書いてみただけや」

 

 そうですか、と言って、アキくんは新幹線に乗り込んだ。私はそれを見送って、一人海を目指した。

 

 

 

────────

 

 

『時が来てしまったようだ。

 今……マキマを殺さなければ、人類に最悪の平和が訪れてしまう。

 自由を背負う国の者として、ただで屈するわけにはいかないのだ……。

 ()()()()()

 アメリカ国民の寿命を一年与える。代わりにどうかマキマを……いや、支配の悪魔を殺してほしい──』

「英語分からんっちゅうねん」

 

 長くなにかを喋っているようだったが、あいにく英語は話せない。ひとまず最後まで聞き届けはしたものの要領は掴めないのでプツリと通話を切った。 

 

 そうして私は堤防の階段を駆け降りた。

 後ろでまとめてある髪を冷たい潮風で靡かせながら、海のさざなみが響く砂浜に足跡をつけた。サクサクと、一歩一歩相手に近づいていく。

 

「すまんすまん、遅れてもた」

 

 飾り気の黒のワンピースを着たマキマは、海の向こうをぼんやり眺めていた。けれど私の声に応じてこちらを振り返ると、風で流れる長髪を触りながら少し笑って「なんの電話だった?」と訊いてくるのだ。

 

「分からん。英語で話しとった」

「英語?」

「英語かどうかも怪しいわ。とにかく日本語やない」

 

 おかしいね。とマキマは笑った。

 

 私も、同感だと、同じように笑いながら、海を見つつ、彼女の隣に並ぶ。

 

「それじゃ、歩こっか」

「ん」

 

 言って私たちは、海沿いに砂浜を歩き出した。

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