マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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9.12

 砂浜を歩いていると童心に帰ったような気持ちになる。まだなにも知らず、大した意志もなく、素足で歩いていた冬のことを思い出す。

 そんなおぼろげな過去を振り返って、ふと思い至り、今も似たようなものかと自分に問いかけてみた。なるほど、これがよく似ている。マキマがしたいと思っていることの詳しい事情は知らないし、決意こそ得たものの無知ゆえに未だ意志を持ちかねている。今でこそ革靴を履いているが、ただ履いているだけのように感じられた。

 

「海はいいね」

 

 とマキマがさざなみの中で言った。

 

「たまに仕事が嫌になるとこうして海を見たくなるんだ。けれどいつも行けずじまいだったから、見に来れて良かった」

「そらええこっちゃ。うちも海は好きやで、今年も泳ぎに行ったし」

「誘ってくれたら良かったのに」

 

 マキマは残念そうにつぶやいた。

 私はそれに理由を説明するような口調で返した。

 

「仕事の途中にこっそり行ってん。せやから上には内緒……言うたらあかんで?」

 

 泳ぎに行ったといっても大層なものではない。海辺での悪魔退治があったので、ついでにちょっと遊んでいっただけなのだ。だけどそのひとときがとても魅力的なものに感じたらしくマキマはこんなことを言った。

 

「そうだね……来年は私も連れていってくれるって約束するならいいよ」

「ほな来年はマキマも一緒やな。デンジくんも喜ぶわ」

 

 ははは、と私が笑うと、マキマは少し表情に翳りを見せた。

 夏の終わりを感じさせる冷たい風が私たち二人の間を吹き抜けていく。談話をするのにはあまりにも寒かった。

 

「考えてくれた?」

 

 と唐突にマキマは切り出した。

 

「おお」

 

 と私は肯定した。

 

 マキマが話しているのは、半年以上前に交わした会話のこと──半年、返事を待ってもらった勧誘のことだった。

 

 未だになにが正しいのかが分からなくって、自分の意志というのをどうすればいいのか決めかねていたけれど、けれど彼女に誘われたときから私の心は一つの答えに決していたと思う。

 彼女の勧誘に返す言葉は決め切っていた。

 

「私と一緒に遠くまで逃げよう。それからチェンソーマンを倒して、幸せな世界を作ろう」

「すっごく魅力的な提案やけど、やめとくわ」

 

 あっけらかんと、こともなさげな様子を装って答えた。この一問一答は今後の行く末を大きく別つものだろう。今まで経験してきた人生の中で、最も重要な問答に思えた。

 だからこそ、一番私らしく、一番悔いの残らない答えを述べた。

 

 そんな私の答えに、マキマは眉をかすかに動かした。どうやら気にそぐわなかったらしい。

 マキマは表情を変えることなく継いで訊ねてきた。

 

「……理由は?」

「半年の間にふと気ぃついたんやけど、うちはマキマのことがよう分からへんねん。半年間めちゃくちゃ考えたんやけど、それでもやっぱり分からへん」

 

 マキマが喋る気配がなかったので、私は続けて話した。

 

「目的、意志、夢、その他もろもろ……長い付き合いやから分かってるつもりやったけど、うちはそんなにマキマのことを知らんのやな。──ただの知り合い、みたいな関係性やから仕方ないんかもしれへんけど」

「────」

 

 マキマは目を見張ったようにして、それからそっぽを向いた。

 私の言葉に引っかかるところがあったのか、まるでとても大きな衝撃を受けたようなすごく悲しそうな顔をしたのが見えて、見間違えかとすら思った。

 

「そっか……知り合い、か」

 

 その言葉に感じるものがあったのか、私の言葉をなぞるようにつぶやいた。そして、こうも言った。

 

「それもそうだね、ヨツナが言うならきっとそうなんだと思う」

 

 立ち止まると、マキマは体ごと正面から私の方を向いた。私もそれに釣られてつい立ち止まる。

 彼女の方を見てみれば、深く深呼吸をして覚悟を決めたらしかった。双眸は伏し目がちに開かれているが、その奥に潜む明るい光からは強い執着にも似た意志が感じ取れた。

 

「それじゃあ、私たちは戦わなくっちゃ」

「……今まで通りっちゅうのは無理なんか?」

「無理だよ。私は公安として、銃の悪魔を討伐しなきゃいけない。……それにヨツナも他人事じゃないと思うよ。ヨツナが倒れたあと、私が殺すのはデンジくんなんだから」

「! デンジくんが、なんでっ?」

 

 私が疑問を飛ばすと、マキマはすらすらと言葉を並べた。まるでそれが彼女にとっての常識であるかのように、疑う余地すらないのだと思えるほどに、真剣な目で語り始めた。

 

「この世界には、なくなったほうが幸せになれるものがたくさんある。たとえば死、戦争、飢餓。どれもこれもない方がいい……ヨツナはそう思わない?」

「……確かに、人が苦しまんで済むならそれがええ。せやけど、どないするっちゅうねん」

「チェンソーマンの力を使う」

 

 チェンソーマン。その名前は、たびたびマキマの口から聞いていた。

 けれどそれについて知っていることはあまりにも少ない。おそらくチェンソーの悪魔のことを話しているのだろうと、勝手に脳内で変換していたくらいだ。

 

 デンジくん……とはまた違う存在。

 おそらくは、彼の中にいるなにか──

 

「でも私一人の力じゃチェンソーマンには勝てない。だからヨツナの力が借りたかった。ヨツナとならなんとかなると思った。ヨツナとなら、たとえ目的通りに行かなくってもそれはそれで良いと思った。けど……そうじゃないなら、仕方ない。私の力でどうにかする」

 

 そう言ってマキマはくるりと体を翻し、海の方へと歩いていった。波が打ち寄せる際のところまで歩くと、またこちらを向き直った。彼女と私との間につけられた足跡がそのまま、今の彼女と私との心の距離のようでもある。

 

「はじめよっか」

「戦うって、本気で言うとるんか?」

「うん」

 

 マキマは口元だけで笑った。今までに見たことのない表情だったので、どうやら本気らしいと身構える。

 そうしてマキマは右腕をやおら胸の高さまで掲げると、じっとこちらを見据えていたが、その構えのまま動きを見せなかった。

 

「……優しいね。私はもう、構えてるのに」

「そら、うちは戦うつもりなんて──」

 

 くいっ、と手首を回し、マキマは右手の指先を天に向けた。

 私は彼女がなにをしたのか直感的に悟って、素早く横へと跳び上がる。

 

 わずかレイコンマの差でさっきまで私がいたところに大きな口が食らいついた。あれは前に戦った“蛇の悪魔”だ……!

 

「くっ……!」

 

 マキマの手の動きに従い、蛇は複雑な挙動で私に食らいつかんとした。どれもこれも手加減のない際どい攻撃ばかり……。どうやらマキマは本気らしいと、私は認識を改める。

 

「ああもうッ、説明もなしに話ばっか進めて……! ええやろ、キツいの一発行くで……!」

 

 やたら滅多に逃げ回るからか、あまりにも不安定な姿勢だったが、私は息をするようにマキマの額に視線を集中させる。

 それから両手で拳銃の形を作り、じっと熱を集めるように指先に力を込めた。

 

「ばん!」

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