「ばん!」
【一九九七年、九月十二日、午後四時九分八秒】
【秋田県にかほ市浜辺より銃の悪魔出現。以下銃の悪魔とマキマの交戦記録】
【出現直後、能力発動】
【マキマ観測上、二十九度目の死亡】
放たれた弾丸は的確にマキマの額を貫いた。直径三センチほどの大きな穴を彼女の頭に空けたが、しかしマキマという女がその程度で死ぬようなやつじゃないことを私はよく知っていた。
(頭に穴空いたっちゅうのに、動じひんのか……!)
彼女は頭に穴が空いているのにも関わらず平然とした様子で蛇の悪魔を使役する。まるで人間じゃないみたいだ──人間離れしたやつだとは思っていたけれど、ここまで来ると恐ろしさすら感じる。
けれどそれと同じくらいに私も化け物なのだということは理解していたから、ちょうどいいくらいだと独り心の中で軽口を叩いた。
(ものは試し……)
マキマの力量というのを私は知らない。最後に一緒になって仕事をしたのはどれほど前のことだろうか──あれから彼女はさまざまな経験を経て、悪魔との契約も果たし、私の知らない奥の手とやらも手に入れたのだろう。
となれば最初から手の内を全て晒すわけにはいかない。ただそれは相手も同じことだろうから、マキマが様子見をしているうちになんとかケリをつけたい……!
「セット!」
蛇の悪魔による乱撃を避けつつ、私は右腕を目線に合わせるようにして掲げた。
ピンと伸ばされた腕はそのまま銃身としての機能を果たす──指先という小さな部位での射撃よりも、こうした身体の大きな部分を使う銃撃の方がより強い威力が出るのだ。
言ってしまえば、超近距離からのライフル射撃。さっきはマキマの身体の一部分に穴を開ける程度のものだったが、今度は身体の大半を削り取るような攻撃だ──これでも、対応してくるものなのか……?
(やるっきゃない!)
指先で作った輪っかの中にマキマの姿が入り込む。その瞬間を逃さぬように、私は銃撃を放った。
「ばん!」
空気の爆ぜる音共に、さっきとは比べ物にならないような熱い爆風があたりに吹き荒んだ。
けれどマキマはすんでのところで避けたようで、蛇の悪魔を盾代わりに用いることで銃弾の軌道をずらしたらしかった。おかげでマキマは肩に大きな傷を負っただけで──その傷もすぐに埋まり──蛇の頭は吹き飛び、ピクリともしなくなった。
「とんでもない威力だね」
先ほどから場所を変えることなくこちらを見据えていたマキマが感心したように言った。
私はそれに対して呆れや苛立ちの混じった軽口で返した。
「せやろ。せやからそうやって平気そうにされとるんがなかなかにショックやわ」
「そう」
そっけなくマキマは返す。
「それじゃあ今度は私から」
言ってマキマは両腕を振るう。
瞬間、彼女の腕の動きに合わせていくつものナイフが私目がけて飛び出してきた。
おそらくはナイフの悪魔……!
「なんちゅう数!」
バースト! と叫び、かき払うように全てのナイフを散弾で撃ち落とした。一つの漏れもなく撃ち落とすのにはかなりの神経を使った。
そもそもこうして銃の悪魔としての力を行使することはなかなかないことなのだ──私としては普段使わない筋肉を使ったみたいな感じで、身体のどこかが引き攣るように痛んだ。
しかし攻撃を凌いだからといっていつまでも安堵してはいられない。二の次三の次と、多量のナイフによる波状攻撃が幾度となく押し寄せた。
(暴力的な数……!)
かつてない集中力で撃ち尽くすが、それでもやはりマキマの勢いは止まらない。
状況は停滞していたが、だが私はじきこの攻防も終わりがあるだろうと思われた。
(えげつない数やけど……だからこそ、必ず終わりはある。だってこないな力の行使、あんまりにも代償がデカすぎる……!)
おそらくすぐにこの攻撃にも終わりが来るだろう。なんであれ、悪魔との契約には代償が必要なのだ。こんなメチャクチャな能力の使い方をしていれば、すぐにでも支払える代償がなくなるはず……!
襲い掛かるナイフを払い落とし、私は隙間からマキマを狙い撃った。けれどやはり、それは手応えのないものだった。
殺しはした。心肺停止が死というのなら、確かにマキマは死んだ。けれど、それでも彼女はそこに立って生きている──正直なところ私は良からぬ予想と共に徐々に不安を感じ始めていた。
「しつこい!」
バラバラとナイフが砕けていく。私はそれに紛れるようにして前に進んだ。懐の中で、使い慣れた刃物を握りしめる。
(撃ってもどうにもならんのなら、切る……!)
ぐんと足を踏ん張り、私は前に飛び上がった。ナイフの嵐は銃弾のカーテンで跳ね除け、マキマの懐に入る。
そこで一筋ナイフを切り込んだが、やはり手応えはない……!
「はぁっ、分からん……! どういうこっちゃ」
至近距離に立ち止まったままでいるのは良くないと考えすぐに距離をとる。
良からぬ予想、不安というものが決定的になったのは次の瞬間だった。
「ハァ……なんやこれ?」
距離離したことで、今まで見えていなかったものが嫌でも目に入ってしまった。おそらく私が接近している間に用意したのだろう──文句すら出てこない光景だ。悪夢というのなら、この光景がそうなのだろう。
大海のように波打つ武器の数々──針、爪、ナイフ、弓矢、刀、火炎放射器、その他諸々──まるで鉄の嵐だと、そんな感想すら出てくるくらいだった。
「なにを代償にこないな契約……!」
「知りたい?」
私の声に反応し、マキマは変わらず静かな声色で話した。
「私はね、内閣総理大臣と契約をした──私に対する攻撃は適当な日本国民の病気や事故に変換されるの」
「……! ちゅうことは……」
「そう。契約の代償もそこから」
「! やってええことと、あかんことがあるやろ……!」
なるほど、合点がいった。無尽蔵にも思われる契約の代償は、まさしくマキマにとってはなんのデメリットもない限りないものだったのだ。
ただ私としては、他人の命を軽く扱う彼女の行為が許せなかった。そんなやつだったのかと、失望と共に怒りの感情が沸々と湧き上がってくるのだ。
「これが私の力。……“支配”は、こういうこと」
「支配……」
おそらくは、それがマキマの力の原動力。全ての根幹を担っているところ。
単純なようで、だからこそ強力。なるほど、まだマキマを殺すことに躊躇いのある今の私じゃ太刀打ちできない。
人の身体じゃあ、どうしようもない。
「迷っている暇はないよ」
「……! 言われんでもッ、分かっとるわッ!」
マキマはそれらの武器を私に目がけて飛ばした。刃物の突風が体を刻んでいく。めちゃくちゃな攻撃で、いくつかは私の肩や脚に突き刺さるが、痛みが気にならないくらいに私は自分の中の覚悟というものを固めるのに必死だった。
これでなんとかなるという自信はない。
ただなにもしないで死ぬのは、残してきた部下たちに申し訳がないと思った。
覚悟は決めた。だから私は、後ろで結んである髪を解いて、その奥にある“トリガー”に指をかけた──
──弾丸のように内側から飛び出す黒鉄。
はじけ出た弾倉が体に巻きつく。
そうして、撃鉄の落ちる音がした。