マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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日々、日常

 外に出ない生活が何日か続いた。身体が上手く動かず、強い倦怠感があるというのも理由の一つではあるのだが、なによりそうして自堕落な生活を送っている大きな原因となっているのは、今の自分には目的もやりたいこともないからだろうと思った。

 

 大志だとか、夢だとか。そういったものはどれだけ探しても今の自分の中にはなく、見つけることができなかった。正確には、酷く頭が痛むので、あまり考えないようにしていた。

 とはいえそうしたものが見つからなくても、人は生きていける。少なくとも私はそうだった。

 

 目を覚ましてから一週間ほどは不規則な日々を過ごした。目を覚ます時間も、眠りにつく時間もてんでバラバラだ。

 朝になるとカーテンが開かれて光が差し込むのでそれでおおよその時間帯は分かるのだが、一度日が昇り始め窓の外がやや明るくなってきた頃に眠って、次、目を覚ましたときに外がすっかり暗くなっていたのを見たときにはいったいどれほど眠っていたのか恐ろしく感じるほどだった。

 

 そんな不規則な健康習慣も、一週間ほどでなんとか元の調子に戻った。夜に眠り朝起きるという生活サイクルの中になんとか戻ることができた。

 

 となると、必然マキマと起きるタイミングが同じになり、食事の時間も共にすることが増えてきたので、彼女にばかり作らせるのも悪いと思って手ずから料理をするようになった。

 

「うちも飯作るわ。マキマにばっか負担かけたら申し訳ないし」

「身体は大丈夫なの?」

「ん。まあ料理くらいできるやろ」

 

 料理は昔からできたので、目を覚まして飯時であれば重たい身体を引きずってキッチンに向かった。食材はどれもマキマが買ってきてくれたものだったから、なにからなにまで世話になって申し訳ないなと思いつつ、役に立てることといえばこれくらいなのだからと料理や洗い物には精を出した。

 

 食事をして、空いた時間はリビングで暮らし、本を読んだりして日を過ごした。

 

 そうした生活がいくらか続いてしばらくすると、私はマキマに連れられて夜間外を出歩くようになった。

 いつも私が苦しげに歩いているのを見かねてか、体力の回復を目的とした夜間の運動だった。今は時期的に夏らしく、昼間は直射日光でバテてしまうから涼しい夜の方がいいとマキマが言っていたので夜に出歩いた。

 

 久しぶりに外へ出ると、室内とは違った動きのある外気が私の肌を摩っていく。発展した見慣れぬ街並みに戸惑いつつも、私はマキマと肩を並べて道や公園を歩いた。

 

 一週間もすれば十分な効力があった。もう少し時間がかかるものと思っていたので少し嬉しい。おかげで私の身体からは気怠さというのがすっかり抜けた。筋肉量が衰えていたわけではなかったので、(およそ身体の使い方を忘れていたのではないかと思う)身体が自由に動くようになるまでそう苦労はしなかった。

 

「どう? 身体は」

「ばっちしや! ええもん食って、運動して。頭もなんやスッキリしたような気ぃする」

「そう。ならよかった」

 

 頭もスッキリした、というのは嘘だった。この欠落した記憶に、今でもどこか違和感を覚えてしまう。寝起きや平時にあったあの感覚──泥から意識を引き摺り出すような重たく陰鬱な気持ちは未だにあって、私にとってそれは苦痛であった。

 

 それからも、夜になれば度々外を出歩くようになった。家にいてばかりでは娯楽もないので、映画館に行くなどした。

 

 気付けば夏もいよいよ本番といった時期に、マキマは珍しく外出の支度をしながらこんなことを言った。

 

「それじゃあ私、出かけるから」

「? おう、行ってらっしゃい。……どこいくん?」

「んー、仕事?」

「仕事?」

「そう。留守番よろしくね」

 

 と言って、その日のマキマは珍しく家を空けた。

 仕事……仕事?

 

 そういえば私はなんの仕事をしていたんだっけか、とつい思ってしまった。マキマとは同期だったから、きっと彼女と同じ仕事をしていたはずなのだけれど……。そこいらの記憶がどうにも曖昧で、やはりぼうっと考える時間だけが私の生活の大半を占めていた。

 

 次第に留守番を頼まれる日が増えるようになった。頼まれはしたものの、外出が禁じられていたわけではなかったので合鍵を用いて外に出ることも多々あった。

 というのもだ。以前、私が昼間に外出をしたいと言ったとき、マキマはあまり良い顔をしなかった。外は危険であるからとかなんとか、その言い分が分からないわけではなかったが、私としては昼のうちに買い物を済ませておきたい気持ちだったので意見を強く押すと、どうにか条件付きで意見を通すことができた。

 

 条件というのが、必ず出かけるときはマキマに直接伝えるというものだ。マキマに外出すると言うと、彼女は必ず“おまじない”だといって私の顔の辺りに手をかざす。

 どういったおまじないなのか、鏡を見ても私の顔に変化はないので分からなかったが、少なくともそうすることでマキマは安心できるらしかったので素直にまじないを受けた。

 

「しっかし、寝とった間にだいぶモノ高なってしもたなあ……」

 

 野菜やら肉やらがやけに高く感じてしまうので、私は運動がてらいくつかのスーパーを巡って買い物をしていた。これでも他と比べて一番安いお店なのだけれど、これくらいの物価が普通なのかなと無理矢理自分に言い聞かせた。

 

「今日は肉とサラダでええやろ」

 

 幸い同居人に好き嫌いはない。美味しければそれで十分なのだとでも言いたげによくよく食べるので、それが嬉しかった。

 

 必要なものは買ったし、洗剤とかの生活必需品は別に切らしてはいなかったはずなので、さてこれで会計を済ませようとレジへ向かったところ、後ろから誰かに強い声で呼びかけられた。

 

「おお! ███じゃ! ███のにおいがする!」

「あァ〜?」

 

 おそらくは女の子が、私の買い物カゴを覗いては「今日の晩飯は野菜か?! 野菜は嫌いじゃ!」などと叫んでいる。やがて後ろの方から男の子がやってきて、こちらの様子を見ては申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。

 

 女の子、男の子と、曖昧に話しているのは相手の容姿がよく分からないからだ。というのも、頭がどうにもぼうっとしているからか、まるでモザイクでもかかっているみたいに相手の顔や特徴がわからない。同居人の顔はハッキリと分かるのだけれど、それ以外の人はみんな同じように見えるのだ。

 それこそそう、あまり詳しくない動物を見ていても一個体一個体の区別がつかないのと同じように。

 

「バカ言ってんじゃねえよ███。すンません、先並んでください」

「あー、かまへんよ。元気なんはええこっちゃ」

 

 笑いながら、相手の好意を無碍にすることもできないで、私は彼の言うように先に並んだ。後ろに並ぶ女の子がしきりに名前を呼ぶのだけれど、なんていう名前を呼んでいるのかもよく分からない。私は彼女たちと面識がないのできっと人違いだろう。

 

 ただなんだか、とても懐かしいにおいがした気がする。

 

 それにしても、頭が痛い。あんまりにも頭痛がひどいので、その日は寄り道もせずそのまま家に帰って眠ってしまった。

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