マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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スーパーマーケット

 その日の買い物を終わらせて家に帰ると、ちょうどいま仕事から帰ったと見えるスーツ服のマキマが珍しく仕事のときにするような顔でこう言った。

 

「明日、お客さんが来るから。それでヨツナにも会わせようと思うんだけれど」

「お客さん?」

「そ。一年くらい前に大きな仕事があってね。個人的な約束をしていたからそれを聞いてあげようと思って──あとはまあ、お礼も兼ねて」

 

 ほーん、と返事と取れるかやや怪しい言葉で返す。私の返事は大きく否定することがなければ大抵は肯定の意味なので、マキマもそれを了承して、「よろしくね」だなんてことを私に言った。

 

 まあマキマは割と人付き合いの上手な人間だし、家に呼べるような部下がいるというのも信じられない話ではない。なるほどそうなのかと、大きな疑念を持つこともなく私は彼女の話を飲み込んだ。

 

 しかしそうなってくると、私は邪魔になるのではなかろうか?

 明日の夜は外食でもして席を外そうかと思いはしたものの、それならそうとハッキリ言うだろうと思って、一度このように訊ねた。

 

「料理でも作れっちゅうんか? そらまあ人来るんやったら大人しゅうしとくけど……わざわざ念入りに言うたっちゅうことは、そうゆうことやろ?」

「んー、いいね。料理。彼、家庭的なものが好きだろうから、得意料理があれば出してあげてほしいな」

「よっしゃ任せとけ! そーなったら明日は忙しいでぇ」

 

 腕を捲る動作をして意気込む。それを見て、マキマは複雑そうな表情で笑ってみせた。

 

(しっかし……)

 

 引き受けたはいいものの、いま冷蔵庫の中に何が入っていただろうかと思い返すが、どうにも有り合わせのものしか作れなさそうで、お客様に出すような代物を作ることは難しそうだった。

 

「その〜……お客さんはいつ頃来るんや?」

「そうだね……夜、かな」

「ほな夕方には買いもん行っとかななぁ……しっかし、何作ろうか悩むわ」

 

 うんうんと私は悩む素振りをする。そうやって物事を悩んでいるのがマキマには楽しいことに思えたのか、その日は夜まで「明日はどんな夕食にしようか」と話し合った。

 

 そして迎えた翌日。いつものおまじないをしてもらって私は家を出た。

 時刻は日が落ちる少し前。夕方の頃合い。スーパーの辺りは夕飯のための買い物をしている主婦でいっぱいだった。

 なにを買うかは昨日のうちから決めてあったので、手早く買い物を済ませては早々に家に帰る支度を始めた。自転車は家になかったので、今日も今日とて歩きだ。

 

 食べ物の詰まった袋を、よいしょ、っと小さく掛け声をかけて背負い込む。育ち盛りの男の子だと聞いていたのでいっぱい食べるだろうとたくさん買ってしまった……。

 この重さじゃあちょっとしたことで落っことしてしまいそうだったから、卵が割れちゃたまらないと素早く帰路に身体を向けた。その時である。

 

 到底人のものとは思えない奇声が大気を震わした。同時に耳を塞ぎたくなるような物の壊れる大きな音がし、やたら鼻につく異臭とが不快感を誘う。

 音の発生源は、ちょうどスーパーの方からだった。振り返るまでもなく私はそこになにがいるのかを直感から理解していたように思う。

 

「悪魔だ……!」

 

 と誰かが叫んだ。その叫び声を皮切りに、名も知らぬ誰かが悲鳴をあげる。もう誰も彼も他人になんて構っちゃいられない。

 路上で立ち止まっていた私の隣を、恐怖で足が竦んだのか覚束ない足取りで多くの人が逃げ去っていった。肩がぶつかっていることも分からないくらいに恐怖に染まった感情に突き動かされ、彼らは声のする方とは反対に向かって走り出す。

 

「あんたも早く逃げろ!」

 

 そんな声が聞こえて、それも次第に遠くに流れていった。

 

 私も逃げれば良かったのに。なのになぜだか彼らと同じ方へ走り出すことができなかった。

 

 怖くて足が動かないのか?

 

 いや違う。そうじゃないのだ。

 

 私の心はなにごとにも怯えることなく確かな足で地に立っている。震えすらない。ただただ冷静に、悪魔の姿を見据えて、どう立ち回れば被害を最小に抑えられるだろうかだなんていう“倒せることを前提とした”考えばかりが頭の中に巡っていた。

 

 不意に胸元のポケットをまさぐった。そこに獲物はない。

 

 遅れて驚く。……一体私はなにを探しているんだと、自問する。私は硬く、冷たく、鋭利な感触を求めていて──いったいそれはなんだ?

 

「……ああッ、もう! バカや! 頭がどないかしてもた! うちのアホウ、アホ!」

 

 考えの整理がつかないうちに、激情に駆られるようにしてスタートダッシュを決める。食べ物が入った袋は背負ったまま、スーパーの方まで一直線に走っていった。

 

 スーパーではタコだかイカだかよく分からない沢山の触手を携えた異形が人を食い散らかしながら周りを破壊し暴力のかぎりを尽くしている。建物を破壊するほどの大きさに、力。到底人の身で叶うはずもなく、逃げ遅れた店員や客はその餌食となっていた。

 

「バカバカ……! 早よさっさ終わらせてっ、家っ、帰るッ!」

 

 悪魔はまだこちらに気付いていない。だがそれがアドバンテージになるほどの勝機なんて、今の私にはない。

 なにかないのか……。必死に頭を働かせると、一つ閃きがあった。

 

「せや!」

 

 思い至り、地面に落ちていたガラスの破片を拾いながら走った。無論このようなものであの悪魔を倒せるとは思っていない。あくまで繋ぎとして必要としただけだ。

 

(来た!)

 

 走り寄る私に気がついたのか、悪魔はその長く太い触手を大きく振るった。鞭のように素早く繰り出されたそれは的確に私の足元を攫おうとしていたが、咄嗟の跳躍でそれを避ける。

 ただ悪魔の触手は一つだけではない。跳躍で宙に浮き身動きが取れなくなった私に、いくつもの鞭が飛ばされた。

 

「遅いッ」

 

 はじめにやってきた触手を掴み、それを乗り越えるようなかたちでより前に出る。手が触れる表面はぬるぬるとするので、ガラスの破片を刺すことでより確かに掴めるようにした。

 

 その調子で悪魔の連撃をやり過ごしたあと、私はスーパーの精肉店の奥にある作業場に身を投げ込んだ。

 

「刃物、刃物……あった!」

 

 見つけたのは、肉を切るような長く鋭利な包丁。これであれば十分な戦いができる……!

 

「……よし!」

 

 と、私が包丁を手に取ったタイミングで悪魔が壁を破って作業室にまでやってきた。完全に舐めきった、隙だらけの動きだ。

 

 触手を切る。こちらに向けられた攻撃に合わせて、それを弾くように切る。相手の動きに合わせて切る。刃こぼれしないように、暴力的な力の流れに添わせて切る。ただひたすらに無駄なく切る。相手の弱点にのみ焦点を合わせ、無駄な動きはせず、ただ一点のみを見つめて殺す。

 

 完成された殺しは、あっという間に一つの命を終わらせる。一寸の狂いもなく迷いもない動きとその結果から、心臓を抉り出された悪魔は一切の生命活動を停止した。

 

「……ああっ、もう……」

 

 息すら乱れない。自分でもびっくりするくらいに、落ち着いている。

 

 重たい肉が地面で歪んだ。まるでタコみたいに死んでもなお触手が動くので、私はすぐにそばを離れた。なにより、いま自分のしたことが信じられなくって、恐ろしくなって逃げるように店を出た。

 

 店を出て道を歩いていると、向かい側からサイレンを鳴らす車がスーパーの方に向かって走っていた。本来、この悪魔を倒すべきであった者たちがやってきたらしい。

 

 いま体験したことを誰かに話せるわけもなく、家に帰って殻の割れてしまった卵を見ながら、その蕩けた黄身に今の自分の心を重ねた。

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