マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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串カツ

「おかえり。どうかした?」

「いや、まあ……卵割ってしもてな」

 

 家へ着く頃にはもう日が暮れていた。時計を見ると予定していた時刻をいくらか過ぎていたのであまり時間的な猶予はない。先ほど起こった出来事に動揺の色を見せつつも、スーパーで買った食材を手に私はキッチンの方に向かった。

 

 けれど、私がキッチンであれこれ準備をしている間、マキマが私の不自然な様子を見て疑問に感じたのか心配の声を重ねるのだった。

 

「今日は具合が悪そうだし、やめとこうか。明日でも構わないから」

「いや、向こうにも事情っちゅうもんがあるやろ? 部外者のうちを理由に中断させるわけにはいかへん」

 

 実際、体調はそこまで悪くないのだ。むしろ絶好調とすら言える。

 ただ気になるのは、いつもより長く続く頭痛だろう。普段から頭が痛むことはあるのだけれど、どれも一時的なもので今日のように長い間苦しむのは初めてのことだった。

 

 なにかを思い出そうとしているのか、それとも思い出しかけた記憶を押さえつけようとして生じた痛みなのか──どちらにせよ、スーパーで起こった不思議な出来事が原因で今の私はこんなにも苦しめられているらしい。

 

(ちゅうても、頭痛いなんて話、マキマにしたところで困らせてまうだけやろうし……はよやることやって、寝た方がええか)

 

 といったわけで私は手早く手を動かした。

 それを見て、マキマも観念したのか、今日開かれる夕食会に前向きな姿勢を見せるようになった。

 

「熱がないかだけ確かめさせて」

 

 言ってマキマが、作業中の私の額に手を当てる。自分の体のことだから分かるが、熱はない。マキマもそれを認めて、「大丈夫そうだね。偏頭痛かな?」なんてことを言っている。

 

「言うたやろ? 問題ないって。心配なんは時間までに料理できるかどうかやわ……暇なんやったら、そこの鶏肉切るとかしといてや」

「ん。今日はなに作るの?」

 

 言いながらマキマは近くにかけてあったエプロンを手に取った。度々こうして隣に並んで料理をするのがこの家での日常だった。

 

「年頃の男の子で、ようさん食うんやろ? せやったら揚げもんがええな思って、唐揚げとかトンカツとか、とにかくようさん揚げて串カツみたいにしよ思ってな」

 

 まな板のそばに置いてあるたくさんの串を示しながら言った。

 

「ソースもこだわりたかったけど、まあしゃあない。また今度大阪帰ったときにでも買うてくるわ」

「ふーん、串カツか……」

 

 興味深そうにマキマが頷いた。

 

「楽しみだね」

「マキマが食う気なってどないするん。あくまでお客さんもてなすための料理なんやから……まあ、もてなすっちゅうてもそんな高尚な料理やないけど、腹減っとる男子ならこれでええやろ」

「ふうん」

「前も似たようなやつ世話しとったんやから──まあ、この話はええか」

 

 ともかく、と話に区切りをつける。

 

「揚げるのに必要な衣とか、マキマはよう分からへんやろうから、ひとまず串に刺せるくらいの大きさにその肉切って……ああ、もうちょい小さく。それやと大きい──」

 

 そんな問答を繰り返しつつも、十数分ほどはそうして二人で料理を作っていた。

 

 しばらくそのやりとりをして、マキマはまるで満足したように息を吐くと、ふと時計を見上げてハッと気付いたようなそぶりでこう言った。

 

「そろそろ時間だ」

「ん、そうか。あとやっとくから行ってきいや」

「分かった。じゃあ私、迎えに行ってくるから──」

 

 エプロンを脱いで、マキマは部屋着から少し外向けの服に着替えた。そうして外に出ようと玄関口の方まで向かう途中、思い返したようにキッチンまで引き返してきた。

 

「そうだそうだ。おまじないはもう、いらないね」

「? おまじない?」

「うん」

 

 言ってマキマは私の顔に手をかざす。いつもやるおまじないやらと比べて、とても軽い感触だった。

 

「じゃ、今度こそ行ってくるから。……三十分もすれば戻ってくるかな?」

「ん、分かった。ほなそれに合うように揚げとくわ」

 

 扉の閉まる音がする。時間帯的にそろそろどの家も夕飯を食べる時間帯だ。……こうして我が子のためを思うような気持ちで料理を作るのは久しぶりな気がした。

 

──────

 

(デンジくん視点)

 

「二階と三階が私の家なの」

「はあ……」

 

 春頃にアキが寿命で死んで、そっからはレゼやら黒瀬やら天童って人に手伝ってもらいながらパワーと二人で暮らしていた。

 葬式ってやつは二度目だった。あんな嫌な気持ちは二度とごめんだって思ってたのに、また同じような気持ちになったからますます葬式が嫌いになった。

 

 しばらくして夏になってからも、ヨツナさんの部下だっていう人らに教わりながら勉強をして、そんで同じような日々を暮らしてきたけど、ずっと頭の中がゴチャゴチャしてる。

 

 きっと脳ミソがクソになったんだ。なに考えても同じような気持ちになる。

 

「あっそうだ。キミ、犬大丈夫?」

 

 マキマさんからの質問に、俺は小さく首を縦に振った。

 

 そうして扉をくぐる。一瞬、油物の美味そうな匂いがしたけれど、すぐにやってきた沢山の犬の群れに襲われてすぐに犬の匂いでいっぱいになった。

 

「知らない人きたね〜よかったね〜」

 

 マキマさんは慣れた手つきで犬を落ち着かせている。きっといつものことなんだろうなって思いながら、俺もマキマさんが言ってるような挨拶をしてみた。

 

 犬に囲まれながら動くのは一苦労で、居間の方まで向かうのにも時間がかかった。けれどこうして暖かい生き物に囲まれているのは、不思議と安心感のあるものでもあった。

 

「今日はご飯用意してあるから、楽しみにしててね」

「ご飯……?」

「そう。揚げ物だよ」

「へえ……」

 

 さっきから良い匂いがしてるのはそういうわけなのか。マキマさんの手料理かあ。

 

 人懐っこいのか、犬はよく俺に顔を擦り付ける。それが嬉しいのか、それとも隣にマキマさんがいるのが嬉しいのか、よく分からないけれど久しぶりに心が温まるような心地がした。

 

「ねえデンジ君……約束、覚えてる?」

「約束?」

「私はキミにたくさん助けられたから、そのお礼をしたいんだ」

 

 犬の山から顔を出すと、じっとこちらを見つめるマキマさんの目と視線がかち合った。

 

「私に叶えてほしいことがあったら、言ってみて」

「────」

 

 心休まるところがあるとするなら、それはこの家な気がした。なにも考えないで、こうしてマキマさんといられるならどれほどいいのか。

 

「犬に、なりたい。マキマさんの……」

「……犬? それってどういう──」

「でけたで!」

 

 ふと懐かしい声が聞こえてきた。独特の方言に、聞き慣れた声色。頭を後ろからガンと殴りつけられたような気持ちになって、見なきゃいいのに声がした後ろの方を振り返った。

 

「君がお客さんか! 最近の若い子、そない食わへん聞くから怖かったんやけど、君はようさん食いそうやから安心したわ!」

 

 まだまだあるからようさん食べや、と、見たことのある顔が見たことのある満面の笑顔で俺の前の机に料理を置いた。

 この料理も、一度食べたことがある。どれも記憶に残っている。

 

「え、あ、はあ……? どう、どういうこと……」

「……話の途中だけれど、紹介するね。彼女は一ノ瀬ヨツナ。私の同居人で、古くからの“友達”」

 

 よろしゅう、とヨツナさんは言う。

 

「で、こっちがデンジ君。私の部下で、前に役に立ってくれたから今日はそのお礼にね」

「ふうん、デンジくん言うんか。ええ名前やな」

 

 と言われ、ますます俺は混乱する。

 死んだはずの人が、まるで他人みたいに接してくる。

 いや、そりゃ死んだんだから、いま目の前にいるのは別人なわけで──でも、こんなことってあるのか?

 名前もおんなじ、顔もおんなじ。話し方も、声も、なんなら笑顔だって同じ。

 

「ほなうち、追加で揚げてこなあかんから──あっ、二度漬け禁止やで!」

 

 と元気なそぶりで言って、ヨツナさんはキッチンがある奥に行く。

 俺はなにがなんだか分からなくって、マキマさんの方を見るけれど、マキマさんはなにを考えているのかよく分からない笑みを返した。

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