「デンジ君、食べないの? 美味しいよ。ヨツナの作ったご飯」
「いやっ、食います……っ」
一心不乱に料理を口に突っ込む。熱さと旨さで口の中が溢れるが、それでもゴチャついた頭がどうにかなることはなかった。
マキマさんもヨツナさんも、あんまりにも自然な顔をして過ごしているものだから、俺ん頭がおかしくなっちまったんじゃねえかとすら思った。きっとそうだ。いつの間にか狂ってたんだ。そうだったならなにもかも楽でいられるのにと口いっぱいに含んだ鶏肉を咀嚼した。
「たくさん食べるね」
「んぐっ、うっ……」
マキマさんは水を飲みながら話した。俺は話を聞いているのかどうかも分からないくらいに、なにもかも忘れるように食べる。
「最初はね……パワーちゃんも家に呼んで私が殺そうかと思ってたんだ。けれど家にはヨツナがいるから大きな騒ぎはできないし、さっき使いを送っておいたの」
「──んっ、なに、えっ、なんの話ですか……?」
「パワーちゃんの話だよ」
言ってマキマさんは机の上に布を敷くと、傍にあった紙袋をその布の上に置いた。ペチャリと、紙袋に似合わない湿った音がした。
そこでハッと気がついた。底の方が濡れているんだ。よく見れば少し赤かった。
マキマさんはその紙袋をスッと俺の目の前まで寄せてきて、「どうぞ」とでも言わんばかりにその中身を見るよう仕草で促す。
あんまりにも不穏な考えが浮かんでくるものだから、つい食べる手と口を止めてそのままの姿勢で硬直してしまった。
ただマキマさんだけは相変わらず、さも自然なことのように振る舞う。
「これ、パワーちゃん」
「はっ……?」
「中、見てもいいよ」
言われて、視線が紙袋に注がれる。言われるがままに触れて中を見ようとしたけれど、心が強く拒絶して、手が震えて、紙袋に触ることすらできない。
ギュッと箸を持つ手が固まる。さっきまで食べてたものを全部吐き出してしまいそうなくらいに、身体の中の内臓がぐるぐる動いているのが分かった。
なにがそんなに怖いんだ。頭がおかしいのは俺なんだから、なにも怖がることはねえのに。
「あはは、は、なんの話っすか……飯食ってるときに」
「…………」
「うっ」
一向に中身を見ようとしない俺の様子を見かねてか、マキマさんは紙袋の中に手を突っ込んで、中から真っ赤な角を取り出した。
角は二本。いっつも風呂入るときに洗ってやってるからよく分かる。根元にこびりついた金髪が、なにより一番気持ち悪かった。
「うっ、ぐぷ……おえええっ……!」
口に入ってたものも、さっき突っ込んだものも、なにもかもを身体が拒絶して、胃が激しく上下した。キュウキュウと喉の閉まる感じがする。胃酸で口の中が辛い。なにより、頭ん中が腐り始めてる。
「あーあ……吐いちゃった」
「! ────?!」
「ごめん。体調が悪いみたいで、吐いちゃったんだけれど……」
遠くの方で会話が聞こえる。俺のことを心配している誰かの声と、それと会話しているマキマさんの声だ。
しばらくすると片方の声は遠ざかって、嘔吐物のツンとした臭いも消えた。多分、片付けてくれたんだろうと思った。
「はっあっ、これっ夢っ?」
「え?」
「えっ? これ、ユメ?」
朦朧とした頭で隣にいる誰かに話しかける。帰ってきたのは、いままで聞いたことのない噛み殺すようなマキマさんの小さな小さな笑い声だった。
「……ふふ、くふっ」
「え……?」
マキマさんは笑いを堪えると、目元の涙を拭いながらこう話した。
「私はね、キミとポチタが交わした契約を破棄させたいんだよ」
「契、約……?」
「そう、契約。キミが普通の生活を送る代わりに、ポチタはキミに心臓をあげる……そういう契約」
マキマさんは話す。知りたくもないことを、とめどなく話す。
「私はね、どうすればその契約が破棄できるか考えたの。どうすればデンジ君が普通の生活を送れなくなるくらいに──一生立ち直れなくなるくらい、傷つくのかって。でもそれって難しいよね。だってデンジ君はポチタと二人で貧しい生活を送っていてもそれで満足だったんだから──だからまずは、デンジ君をうんと幸せにすることにしたの」
すっかり冷たくなった掌に、マキマさんの暖かな手が重なった。けれど今はその暖かさすら俺の頭から肺まで全てを緩やかに腐らせていった。
「仕事用意して、お金をあげて、おいしいものをたくさん食べさせて。早川君は良いお兄ちゃんになってくれたし、パワーちゃんは世話の焼ける妹になってくれた。ヨツナは面倒見のいいお姉ちゃんかな?」
独り言のようにマキマさんはつぶやいた。
「計画とは少し違ったけれど仕方ないよね。でも上手くいきそう。むしろこっちの方が良かった気がする」
ともかく、と話に区切りをつけて、マキマさんは俺の顔を上げさせて、目と目を合わせて話した。
「そういう幸せをデンジ君の普通にして、それから全部壊すの」
その目はいつも通りのマキマさんだった。いつものマキマさんとなにも変わらない……だから、これが嘘でもなんでもなく、夢でもなんでもなく、“元からそうだった”んだって思わされた。
「明日は早いし、今日はもう休もうか。──ねえ、──」
声がだんだん遠のいていく。
いつの間にか部屋は暗くなっていた。
夏だっていうのに身体はうんと寒くて、だから知らず掛けられていた毛布から誰かの優しさを感じて、より一層内臓が上下して吐き気が俺を襲った。