マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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飲み会

「生もういっこ!」

 

 ジョッキの半分ばかりを満たすビールを一息に飲み干し、そうして私は周りを見渡した。みんな酔いが回り始めているのか、酒を飲む者たちの頬は赤らんでいた。

 

 食器やらなんやらで混沌とした机上の様子からして大酒飲みの多い飲み会だが、その中でも群を抜いたペースで飲み進めているのはマキマだった。彼女は相変わらずの酒の強さをもって、どんどん空のジョッキを増やしていく。まるで水でも流すように酒を飲み続けるので(その上、顔色ひとつ変わらない)、飲み比べなんて仕掛けた日にはあっという間にペースを乱され酔い潰されてしまうだろう。

 現に、飲み比べで勝負を仕掛けたと見える若い女と男は、酔いで苦しいのか腹の膨らみで苦しいのか分からないような、今にも胃を反芻させてしまいかねない赤く青い顔をしているのだから。

 そろそろ吐きそうだな、なんて思いながら酒を煽った。私の頬もまた、遅ればせながら赤らみを持ち始めていた。

 

 しかしこうして東京の退魔課と飲むのは久しい。顔ぶれはほとんど変わってしまったが、久しぶりの再会であることに違いはないのだから、嬉しい気持ちになって酒が進んだ。普段から酒は飲むのだが、今夜は格別な味であったことなど言うまでもない。

 

 美味いものを食べながら美味い酒を飲み、若い子を横に侍らせてああだのこうだのと組織や上司に対する不満愚痴を聞く。ああ、上司冥利につきるというものだ。

 特に、私のことなんてなにも知らないのだろう新人の子たちは、見知らぬ関西の先輩に怯えながらもハキハキと受け答えをしてくれるのでなんとも可愛らしかった。

 

「ええーっと、トモカズくんやっけ」

「荒井ヒロカズてす!」

「おー……間違えそやからカズくんって呼ぶわ」

 

 飛び込みで参加したのもあり、私が座れそうな席はなかったので、適当なスペースに居座ってはみんなに声をかけていた(色々つまみを食べたいから、との理由もあるが)。

 デンジくんを除いて新人らしき子が二人。それと前に会った退魔課の後輩らしき人物が数名……手早く彼らの顔と名前を憶えると、親しみやすい笑顔で気軽に声をかけた。彼らもお酒を飲んでいるからか、曖昧ながらも良い返事をしてくれて、上下関係の堅苦しさはほとんどなかった。

 

「コベニちゃんは偉いなあ、かわええなあ。お小遣いあげよか」

「えっあっそんな……もらいます……」

 

 初めて後輩ができた、公安に入ってすぐの頃。まだ先輩らしい人たちが生きていた時代。こうして小遣いを配っているとジジババくさいとよく言われたのを思い出した。

 しかし、そんな飲みに行くような先輩はみんな死んでしまったから、今となってはそんな指摘をされることもなくなった。

 

 私にとって後輩と部下だけが常から周りにいる人たちであった。だからか、他人は庇護するもの、可愛がるものというなんとも上から目線な思想が自然と身についていた。けれどその程度の関係性が、公安という人の出入りが激しい職業では適切な気がした。

 

「デンジくぅん、君はぁお酒飲まへんのん?」

「俺十六だからよ〜」

 

 歳の話は彼にとって訊かれ慣れた質問だったらしく、唐揚げをつまみながら自然と自分の齢を告げた。

 私はその歳若さに驚く。だって十六なんてまだまだ子供だ。

 

「十六?!」

「お〜そうだぜ」

 

 いかつい容姿や肉付きの良い体から二十歳そこそこかと思っていたが……言動に幼さはあるから、それくらいの歳だと言われれば違和感はなかった。

 私も十六のときはこれくらい育ってた気がするし……とはいえ男子だから、まだまだ背も伸びるのだろうか。私はそれなりに背が高い方であると自負しているが、それでもいつか追い抜かされるかもしれないと思うと、子を思う母のような気持ちになる。

 

「そぉかあ、かわええなあ。十六かあデンジくんは」

 

 そう言うと、角の生えた魔人が「こやつがカワイイじゃと〜?」と口元を歪めているのが見えた。確か血の魔人といったか。その力は未知数だが、どうやらマキマは上手く手綱を握れているようではしゃぎ過ぎることはなかった。なにより彼女はマキマの目線を恐れているようでもあったから、おそらく力関係はマキマのほうが上なのだろうと思われた。

 

 マキマが熱心になって取り組んでいる「魔人」やら「悪魔」やらを編成した部隊に属するのが彼女だが、こうして飲み会の場を見渡してみても人でないのがデンジくんやパワーちゃんだけと、思いのほか少ない。そのうえデンジくんが加入したのはここ最近だ。

 おそらく飲み会に来ていない悪魔・魔人が少なからずはいるのだろうが、人と仲良くやれる悪魔が少なく、それほどの知性があるもの(特に人型で、普通の人のような見た目に擬態できるタイプ)もまた少ないから、悪魔や魔人の収集に大変難儀しているのだろうと思われた。

 計画の困難さは目に見えていたから、先日チェンソーの悪魔確保の件で呼ばれたこともあり、今日はそういう悪魔を融通するよう頼まれでもするのかと思っていたのだが……そういった話は一度も出ず、結局は「デンジくんの護衛」を依頼されるだけで終わった。

 

 マキマはマキマで奮闘しているようだが、あんまりにも一人で背負いすぎな気がしてならない。そんな気が私はする。

 波打つビールのグラス越しにマキマを見ても、その赤い髪が虚に歪むばかりでなんとも言えなかった。

 

「ほんで、その十六のデンジくんとキスするんか」

 

 気まぐれにそんなことを言って、デンジの隣に座る姫野の肩に手を置いた。

 姫野はもう酒に呑まれてしまったらしく、気だるげに身体をデンジの方へ向けると、「チウしないの……?」と人をからかうような男好きのする仕草で言った。こうして人をからかうのが好きなのだろう、物欲しげな目をしているが口は笑っていた。

 それを見ていたマキマが、気になったように(あるいは関心なんてないように)「キスするの?」とデンジくんに尋ねた。昔からそうだが、マキマは直球に物事を言う癖がある。

 

「あ、う、あ……」

 

 デンジくんはそれぞれに「しまァす!」「しません!」と、二人の方を交互に見ては返事をしていた。だが二つの発言の矛盾に気づく理性と、しかしてキスしたい感情とが混ぜこぜになったのか、彼の能天気そうな顔つきは日ごろと打って変わり苦悶の表情に移り変わっていた。

 ついぞ、その視線はどちらかに定まることなく……なぜか彼は私に助けを求めるみたく視線を送ってきた。知らんがな!

 

「デンジくん、二兎追うものは一兎も得ず、やで」

「……どういう意味っすか」

「姫野とマキマ、両方とキスしよ欲張ったら、なんやかんやあってどっちともキスできひんようなるっちゅうこっちゃ!」

「ええ〜!? 俺キスできねえのォ〜!」

 

 悔しそうに大声を上げるデンジくん。若いって良いなと思いながら、けれどここは年長者として場を収めねばと義務を感じて、デンジくんの肩にもたれかかる姫野に話しかけた。

 

「まあまあ、姫野もいい加減からかうんやめたり?」

「チウしよ……したいいい……」

「え……ほんまに言うてる? 倫理観ヤバない?」

 

 すっと酔いが覚めた様な気もしたが、しかし、未成年淫行はいけない。やや危険を感じつつあったので、つまみを取るふりをしてデンジくんと姫野の間に割り込んだ。

 すまんデンジくん! 未成年淫行はどんな理由があろうと一発アウトや! 貴重な人材、失うわけにはいかへんからな。

 

「チウチウ……」

「デンジくんようさん食いやァ!」

「腹ァいっぱいっす」

 

 デンジくんの前に置かれている小皿に唐揚げやらイカの刺身やらを盛り付けていく。本当に彼は腹が一杯だったのか、少し気まずそうな顔をしたが、食べ物を出されて食べないという選択肢はないらしくガツガツと食べ始めた。

 

「腹ぁいっぱいで食えねええ……けどもったいねええ……」

「若いもんは食うとる姿が一番ええわ! 成長期やしな!」

 

 やけになったみたく言って、それから酒を一杯飲み干す。

 姫野は姫野で、もう一滴も酒が飲めなくなったのか、ジョッキが敷き詰められた机に顔を伏せていた。

 こうも酔い切ってしまえばそうそう起き上がることもないだろう。私は安心して、そのほっとした気持ちからか、不意に催したので席を立った。

 その直後、聞こえてきたのは大きな悲鳴と騒ぎ声だった。

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