マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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外へ

 散歩は止めて家にいるよう言われたのでしばらくの間は犬とじゃれあい過ごしていたのだが、マキマが家を出てからそう時間も経たないうちに大きな物音が家の外から聞こえ始めた。

 

「なんやこの音……」

 

 普段家の中はとても静かだ。車通りの多い場所に家が面しているとはいえ、遮音性の高い壁やカーテンなどがそうした雑音を取り払ってくれるおかげで普段は静寂が家の中に満ちている。

 

 だからこそ、こうして耳に障るような物音が聞こえるのは驚きでもあり、同時に眉を顰めるような出来事でもあった。

 

(っちゅうても、家から出るな言われたしな)

 

 物音に怯えてか、その大きな体に似合わず犬があたりを走り回ったり隅の方で縮こまったりしている。どうやら私だけに聞こえている幻聴ではないらしいとそこで気付けたが、どうするべきかはいまだはっきりとしていない。

 

 マキマが家から出るなと忠告したのは、こうした出来事があると予め知っていたからなのだろうか? だとすれば、いま外はかなり危険な状態にあるのではないのか?

 

(こうして家おる方がええんやろうけど、せやけど……)

 

 それはなんだか、むずむずする。抽象的な言葉しか出てこないけれど、こうしてなにも行動せず閉じこもっているだけというのは性に合わない気がした。ましてや同居人がいま危険な目に遭っているかも知れないというのに、なにもしないのはどうなのかと思ってしまうのだ。

 

「あかんなあ……外に出る理由ばっか探してまう」

 

 どうしたらいいんだろうね、と抱きかかえていた犬に語りかけてみるが、犬はなにも理解していなさそうな顔でこちらを見返すばかりだった。

 

 大きな物音は最初だけで、あとは特別なんの音もしなくなっていたので部屋はまた静かになっていた。ときどき照明が点滅するくらいであとは異常も何もない。

 

 ただそんな静寂を打ち破るように、甲高いチャイムの音が鼓膜を震わした。ピンポンと、よく考えれば今の今まで聞いたことのなかった家のチャイム音を聞いた。

 

(……うるさいやつ)

 

 チャイムを鳴らす人は随分乱暴なようで、扉をドンドンと叩いたりして私を急かす。

 

 あんまりそう、うるさくしないで欲しいのに。もっと静かに生きればいいのにと思いながら、私は扉の上部についている覗き穴から誰がチャイムを鳴らしているのか確認してみた。

 

 するとどうだろう。魚眼レンズのように湾曲したガラスの覗き穴の向こうには明らかにカタギではなさそうな傷だらけの男が立っていた。白髪混じりの髪からして歳は随分と重ねているようだったけれど、物々しい口元の傷や耳に付けられたいくつかのイヤリングが異質な雰囲気を纏っている。

 

 だというのにスーツ姿とやけに堅苦しい格好だったので、何事だろうかと私は身構えた。明らかに怪しいのだ。

 

 どうしたものかと考えた私は居留守を試みたが、されどもずっと扉を叩く音がするものだから痺れを切らして扉越しに応答した。

 

「すんませぇん、いま部屋主留守しとって新聞とか保険とか受信料とか分かりませぇん」

「あ……? いるのかよ。だったらさっさと開けろよ」

(お〜こわ。ヤクザやこれ。話通じやん)

 

 居留守していれば良かったと思いつつも、声を出してしまった以上今更不可能だ。

 はてどうしたものか。家の中にいるたくさんの大型犬を見れば少しはビビって帰るだろうか。

 

 そんなことを扉の前でああだのこうだの長考していると扉の向こうの相手は痺れを切らしたのか、いよいよ本格的に扉を蹴り始めた。具体的に言うと蹴破ろうとしていた。

 

 扉が軋み始めたのを見てさすがにヤバいと感じ、私は慌てて扉を開けた。もちろん扉のチェーンロックは忘れずにかけた上でだ。

 

「人ん家の扉蹴んなや!」

 

 と、少しだけ空いた扉の隙間から顔を出して、不満タラタラに文句を言う。舐められたら終わりだ。出来る限り睨みと凄みを効かせて叫ぶ。

 すると扉の向こう側にいた男は私の顔を見るや否や、随分と不服そうな表情でこんなことを言うのだった。

 

「……チッ、どいつもこいつもバケモンかよ」

「あ……?」

「あーいや、関係ねえ。むしろ安心したってことだ」

 

 男はすぐに無表情に戻って話した。

 

「お前生きてたんだな。ほら、行くぞ」

「は? 行くって、どこに?」

「どこってそら、本部だ。お前はまだ家には帰れねえな。事情聴取しなきゃならねえ。だからまずは公安本部だ」

 

 不思議なことを言う。公安って、つまりこの男は政府の人間なのか?

 

「うちがなにしたっちゅうねん……ただ家おっただけやし。ちゅうか、うちの家はここやから。他にどこに家があるいうん? おっさん」

「オッサン?」

「ほなうち今から冬に向けてマフラー編まなあかんから、さいなら」

 

 と言い残し扉を閉めようとしたところで、がつんとなにか物に当たる。見れば扉の隙間にオッサンが足を挟んでいて閉められない。

 

「んっ……なにしとんねんオッサン!」

「あー待て、話しかけるな。……じゃあなんだ、お前自分の名前は言えるのか?」

「……一ノ瀬ヨツナやけど」

「じゃあ、出身は?」

「大阪?」

「歳はいくつ?」

「……なんでそんな言わなあかんねん! 警察呼ぶで」

 

 ますます怪しい。今のところ、この男に良い印象というのが一つもない。ただただ怪しく、ただただ不気味なだけだ。

 

 いっそ男の足が潰れてしまっても構わないから扉を閉めてしまおうと思って、扉を強く引く。けれど男は今度は腕を間に差し込んで、よりいっそう力強く扉の間を空けようとしていた。

 

「お前、自分の職業は憶えているのか?」

「職業? ……強いていうなら家政婦? 金もらってへんけど」

「じゃあ、部下のことは?」

「部下? ……なんのこと言っとるんや? さっきからオッサン変やで」

「…………」

 

 男はそれきりしばらく黙って考え事を始めた。いい加減帰って欲しかったが、扉を蹴破られては困るのでしぶしぶ彼の長考に付き合った。

 

 こうして静かになると、遠くの方で空が爆ぜる音が聞こえてきた。やけに騒がしい。こんな昼間なのに花火でもしているのだろうか。

 

「ああそういうことか。忘却の悪魔か……いたな、そんなやつ」

「はあ?」

「確か対処法は……」

 

 言って男は懐から取り出した一つの封筒を扉の間から差し込んできた。不審極まりなかったが、中を見ろというので私はその封を開けて中身を見た。

 

 中に書かれてあるのは誰かの遺書のようだった。遺書なんて読んだことがないからこう言うのも変だが、とても違和感のある遺書だ。

 文字の感じも、文章の作り方も、どこか見覚えがある。けれどここに書かれてあることはなにもかも知らない出来事だ。そう、まるで他人の人生を覗いているようでいて、けれど私にとってそれはとても違和感のあることだった。

 

「う……ッ!」

 

 途端にひどい頭痛が襲い掛かる。頭がキリキリと痛んで、なにかが暴れているような感じさえした。

 

「その痛みを拒絶するな。お前は今、記憶を取り戻そうとしている」

「記憶ゥ……?」

「そうだ。俺について来れば記憶を取り戻す手助けをしてやる。……良いから来い」

「ッ……」

 

 マキマに言われたことを思い出す。家から出てはいけない、と。

 けれど今となってはその言葉に疑惑の気持ちさえあった。あの遺書を読んでから頭がとても痛むのだけれど、それ以上に私は様々な感情で心が乱されているのだった。

 

(マキマは、うちにとってなんなんや……。なんでそないなことをいまさら疑問に感じとるんや……)

 

 失った記憶とやらを取り戻せば、それも解決できるのだろうか。私は扉のチェーンロックを外して外に出た。

 男はそれを認めると、こう名乗った。

 

「俺の名前は岸辺だ。さん付けで呼べ」

「ふうん……ほな岸辺さん。よろしゅう」

「……さっさと行くぞ」

 

 言って歩き出したので、私も彼の後を追って歩き始めた。外気に触れると少しは頭の痛みも治ったような気がした。

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