マキマと友達になろう!   作:鹿手袋こはぜ

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友達

「マキマさん。アンタの作る最高に超良い世界にゃあ、糞映画はあるかい?」

「……どうしてデンジ君に戻ってるのかな」

 

 見渡す限りの墓。植物の影もない不毛の土地。焼け野原を連想させるその場所はかつて起きた災害の名残であった。

 

 十数年前に起きた銃の悪魔の襲撃。あの日、日本だけでもおよそ五万人強の被害者が出た。私もその一人だった気がする。

 気がする、というのはあくまでも記憶が曖昧だからだ──けれどふと思い出された一番古い記憶が曇天の中でなにかに願っていた場面であったから、それが今の自分に直結しているのだろうと思われた。

 とても冷たくて、とても痛くって、すごく悲しかったあの日の出来事。願うばかりで無力だった自分を思い出す。

 

「私は……面白くない映画はなくなった方がいいと思いますが」

「……しょうもない映画でも、それ観て文句言うたり笑ったりするんがええと思うんやけどな」

「……ヨツナ?」

 

 言って私は物陰から姿を表す。私の姿を見てマキマは面食らったようだったが、眉間に皺を寄せるだけで冷たい面持ちのままだった。

 今の私を見て、記憶が戻っていることを彼女は理解したのだろう。一年前に海岸で行った戦いのときと同じ雰囲気が私の頬を擦っていった。

 

 はぁ、とマキマはため息をつく。

 

「残念です」

 

 ジリジリと彼女は間合いを詰めてくる。彼女の後ろには沢山の武器人間がいて、他にもおそらく支配されたのだろう公安の職員が立ち並んでいた。

 

(武器人間は厄介やな……前に一回、ボコボコにされたし)

 

 前回、海岸線で戦った際はナイフの嵐や火炎放射の竜巻に加えて大勢の武器人間に襲われた。あのときは一人であったが、今回はチェンソーマンという味方がいるので、私は心強さを感じていた。

 部下たちと共に戦ったときのことを思い出す。先輩たちに教わりながら悪魔退治に参加した研修時代の古き記憶を思い起こす。

 この感覚は懐かしい──いつの間にか、私は全部一人で済ませてしまうようになっていた。仲間の死が怖くって、危険に晒さぬよう率先して死地に飛び込むようになっていた。

 

 私は皆を大切に思うあまり、皆を蔑ろにしていたのではないかと思う。

 それはマキマだって同じだ。

 

「!」

 

 いっせいにカラスが飛び立つ。同時に辺りの地面が隆起した。

 ボコボコと音を鳴らして現れたのは生きた死体ども──いつの間にやらゾンビの悪魔がマキマの後方に顕現している。なるほど考えたな、墓地という場所ならば死体は無尽蔵に用意できる──!

 

「チッ、場所ミスった!」

 

 後ろ髪を纏めてある髪を外して、トリガーに指をかける。最初からそうなっておけば良かったのだけれど、あまり彼女に対して敵意を向けるような真似はしたくなかった。

 最後の最後まで、ひょっとすればマキマは考えを改めているのではないかだなんてあり得ない奇跡を頭の片隅で想像していた。

 

 空気の破裂する音ともに臨戦体制を整える。両腕に備え付けられたアサルトライフル、全身を包み込むドレスのような弾倉──無駄のない機動性に優れたフォルムは私の戦闘スタイルに合致していた。

 

「! 今や!」

 

 合図を送る。するとチェンソーマンは地面に両腕を突き刺し、チェンソーのチェーンを地中から伸ばすことによって地面の一部を隆起させ、複数のゾンビごと空中へ放り投げた。

 そして私はマキマからは死角になるよう空中に撥ね上げられた土塊の後ろに飛び上がり、そこから狙いをつける。

 

「ばん!」

 

 とてつもない轟音と共に土塊ごと貫いて弾丸の雨がゾンビの悪魔に降り注いだ。銃弾を発射した腕が熱で赤く燃えた。キリキリと骨も痛むが、後ろのトリガーを引けばすぐに再生した。

 リソースの節約はなしだ。私はこの決着に命さえ賭けていた。

 

「よし……! ひとまずこれで、地中を心配する必要はなくなった!」

 

 そのまま空中から飛びかかるようにして武器人間の集団のところへ向かう。既に一部はチェンソーマンと交戦中であり、なるべく彼の方に戦力が集中せぬよう気を払いつつ戦った。

 

 前回の敗因は躊躇いがあったからだ。あのとき、私はまだ死ぬことを恐れていた。けれど今は違う──目的さえ成し遂げられるのならばこの場で死んでもいいとすら思えていた。

 

「うっさい……!」

 

 襲いかかってくる武器人間の土手っ腹に穴を開ける。ただその程度で止まるようなヤツはほとんどいない。敵は痛みを感じているのかすら疑問に思える勢いで私の肩に噛み付いた。

 

「ぐうっ」

 

 右腕の形を即座に変え、ショットガンとして運用する。相手を力強く殴りつければ、広範囲で肉を削り取ることができた。

 

 敵の拘束からなんとか脱するも、なにも敵は武器人間だけではない。支配の力によって使役されている公安の人間──彼らが契約している“悪魔の力”もまた私たちに襲い掛かる。

 

(なにがなんやら分からへん……! ともかく、全員ぶっ殺す……!)

 

 飛んできた弓矢に弾丸を飛ばし、空中で対消滅させる。

 今日はいつも以上に頭が冴えていて、目もよく見えた。

 

 身体がいつもより何倍も上手く動かせる。昔の記憶が戻った分、より昔の自分に近付いているのかも知れなかった。

 

「よし! 次ぃ!」

 

 自分がやったのか、はたまた敵の攻撃か。平原のようだった墓場はいつのまにか穴ぼこだらけの荒地と化しており、そこらで火が立ち上がる始末だ。

 土埃と硝煙と血とが混ざり合って地獄のような臭いがする。身体はもう血を浴びていないところがないくらいに血塗れだ。

 

「はぁ、はあっ!」

 

 襲い掛かる人の群れ。ゾンビはもう死んだ。おそらく生きた人が操られているのだろう。

 心が苦しむ暇なんてない。私はよく分からない激情に駆り動かされて彼らの頭に照準を合わせる。

 

 パララッ、と軽い音と共に彼らは倒れ伏した。まるで戦争だ。本当にここは地獄なのだろう。

 

「! 命を代償に、悪魔と……!」

 

 強烈な重力の負荷が身体にかかる。されども目の前に映る敵を撃ち倒し、撃ち殺し、撃ち尽くした。

 

「マキマぁ……!」

 

 有象無象を跳ね除けマキマに飛びかかる。眉間を銃で撃ち抜くものの、ものともせずにマキマは反撃する。現れたナイフは直線を描いて私の方へと向かって来た。

 

「こんなんッ」

 

 拳でナイフを撃ち落とす。それでも何本かは身体に突き刺さったが、痛みなんてとうの昔に感じなくなっていた。

 

 勢いを緩めることなく突っ込んで行ったからか、マキマは驚いたように少し目を見開いた。

 私はその隙を突くように土手っ腹を貫く。

 

「……いいよ。ヨツナは私の手で殺してあげるから」

 

 だから一緒に殴り合おうと、マキマはファイティングポーズをとった。

 

「っ……! 後悔すんなやっ」

 

 私も同じ構えをとる。共に研修時代を過ごした仲だ──互いの基礎的な部分における手の内は知り尽くしていた。こういう近接格闘は言うまでもない。

 

 マキマの右ストレートが私の顔に直撃する。連戦に次ぐ連戦によってもはや意識が朦朧としており、避ける意思がほとんど残っていなかった。

 

 返しに右足で上段蹴りを食らわした。マキマも避けなかった。頭にクリーンヒットしたが、その傷はすぐになくなった。

 

「うちの方が成績良かったん、おぼえとらんのかッ!」

 

 威勢よく放った言葉と共に繰り出した裏拳が空を切った。同時にマキマの姿が消える。

 気付けば私は上を向いていた──潜られて、顎を下から殴られたんだ。グラグラと揺れるスローモーションの視界の中でようやく気が付いた。

 

「成績良かったのは全体での話でしょ。単純な私とヨツナとでの試合は、私の方が強かった」

「せやっけ……」

 

 曲がった背骨を無理やり治す。鼻の奥に詰まった血を勢いよく噴出させた。

 

「っちゅうても死ぬまでやったことはないやろ。……ラウンドツーと行こや」

「……良いよ。とことんやろう」

 

 懐かしい合図で殴り合いを再開する。

 もはやお互い、なにがどうなれば勝ちなのかすら、考えないようになっていた。

 

 ただ殴り合って、蹴り合って、血を出し合って。相手の肌へ触れるたびに混じり合う血の熱さから互いを深く理解していくのだ。

 

(ああ……こんなにも、マキマの血は熱いのに。私はそれを意識したこともなかった)

 

 殴れば殴るほど互いを理解できた気がした。そんな気のせいが、私たちを突き動かした。

 

 けれど必ず終わりは来る。

 先に地に膝をつけたのは私だっと。マキマと殴り合う以前から既に血を大きく消耗し続けていた私は既に意識が朦朧としていた。

 

「……これで私の勝ち越しだね」

 

 もはや息をしているのか血を吐いているのか分からないくらいにぐちゃぐちゃになった私は、肺を懸命に動かしながらマキマの言葉を聞いた。

 

「ねえヨツナ。私は本当は、誰かに理解して欲しかったのかもしれない。そうして褒めて欲しかったのかもしれない」

 

 マキマは血塗れになった私を抱きかかえ、視線を合わせて話した。

 

「……どこで間違えちゃったんだろうね」

 

 彼女の細い指が私の首に伝う。最後は首を絞めて終わらせるつもりなのだろう。

 ギリギリと首が絞まっていくのを感じる。ドクドクと脈の音が頭に響く。

 

 そんな死の間際に、ふと音が聞こえた。

 エンジンを蒸すヴヴヴンという音がだ。

 

「え……?」

 

 熱い血潮が顔にかかる。作戦通り、デンジくんがやってくれたんだ……!

 

「っ……!」

「ぐうっ……! デンジぐん! よおやっだ……! あとは任せときぃっ!」

 

 なけなしの力を振り絞って立ち上がる。驚きから身体が動かせないマキマを強く抱きしめて、遠く遠くへと飛び上がった。飛ぶといっても私にもマキマにも飛行能力はない──弾丸のようにまっすぐ何処かへと跳ねていくだけだ。

 

 咄嗟の出来事でマキマは抵抗できていなかったが、やがて状況が把握できたのか、腕やら脚やらをめちゃくちゃに動かしてもがき始めた。

 ただ空中だと動きづらいのか、彼女もほとんど力が残っていなかったのか、やがて大人しくなった。しばらくすると海が見えて来て、その海岸線へと墜落した。砂浜に接地すると同時に互いにバラバラに転げてしまった。

 

 私はもう血がほとんど残っていなかったからか、銃の姿を保つことができずただの人となっていた。

 

 マキマは着地の衝撃で足が折れたのか、立ち上がることすら困難なようだった。だから私が彼女のそばまでふらふらと歩いて行って、そばに寄った。

 

「一体、はぁ、何が目的で……わざわざこんなところまで」

「マキマとちょっと、話したい思ってな」

 

 互いに息が荒い。血が流れているからか足元もおぼつかなかった。

 マキマは契約により再生能力があるもののパワーちゃんの血が中で暴れているので再生しにくいとデンジくんが話していた。

 私は私で、一年近くサボっていたブランクと血が足りないのとで再生力が衰えていた。

 

 だから互いに意志の強さだけで生きている。

 

「なあマキマ。他に道はないんか? 目的っちゅうのが何なんかよう知らんけど──こんなやり方でしか叶わん夢なんか」

「……私はより良い世界を目指すから」

「より良い世界って、今のままで十分ええ世界やと思うけど」

「ヨツナは、分かってない。この世にはなくなった方が幸せになれるものがたくさんあるのに──ヨツナにも理解してほしかった」

「…………理解、か」

 

 その言葉が痛く心に染み渡る。

 結局私は最後までマキマのことをなに一つ知らなかったから。

 

 彼女は確かな意志のこもった瞳で私を見つめた。

 私も同じくらい強く彼女を見つめ返した。

 

「マキマ──あんたのやったことは許されへんことや。人ようさん巻き込んで殺して──償いきられへんことしてもうた。ごめんで謝って許してもらえるほど、簡単な話やない。せやから──」

 

 私の行動に、マキマは面食らったのか目を見張った。

 私はそっと添えた手で、彼女の額にパチンとデコピンをしたのだ。

 

「うちがこうやって叱ったらなあかんな。なんせ()()なんやから」

「──とも、だち」

「……美味いもん一緒に食うて、映画見て感想言い合って、お互いのこと話し合って──今まで気付かへんかってんけど、うちはマキマとそういうことたくさんしたかったんやな」

 

 もう遅いかな、と呟いた。

 マキマは一瞬、目を逸らした。

 

 私たちはもう、どうしようもなく行き違ってしまった。

 取り戻しようがないくらいに、互いを理解せぬまま時を過ごしてしまった。

 

 ああ、もっと早く、この気持ちに気づいていれば良かったのに。

 もう少し素直であれたら良かったのに。

 

 ギュッと彼女の肩を抱く。

 マキマは溢れ出る血を抑えていた手を離して、そっと私の頬に手を重ねた。そうして、こくりと頷いた。

 

 相変わらず硬い表情だ。けれど、フッと一瞬、頬が緩んだ。私もきっと同じような顔をしていたと思う。

 

「マキマ。もう終いや」

 

 もはや彼女に抵抗の意志はなかった。私は優しく彼女の額に指を添わせて、そうしてこの広い海原に一つの銃声が鳴り響いた。

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