(姫野視点)
銃声と共に始まった戦闘は、打開策も見つからぬまま一方的なものになりつつあった。不意を突かれてしまったのもそうだが、なにより万全の戦闘体制を整えたところで今の実力じゃどうしようもないと痛く理解してしまっていた。
アキくんの狐でも死なず、カースも効かず、何度死んでも生き返るあの悪魔のような様は私たちの心に絶望を与えるのには十分すぎるほどだった。そのうえ、あの居合切りの速度。まともに斬り合うことすら許されず、アキくんの胸は一文字に刻まれてしまった。
血飛沫が舞う中で、己の無力さを憎む。胸は痛み、血が流れるにつれ体が青ざめていった。
だが、失血により冷ややかな体と相反して、思考は苛烈に熱せられた。
銃の存在。異様な出立ちの悪魔でも魔人でもないなにか。それらいくつもの予想外な出来事に、何もできないでいた自分に腹が立つ。朦朧とした意識の中で戦況を見守ることしかできないでいた私は、悔しさで拳を強く握りしめることすらできないほど既に死に体であった。けれどそれ以上に重症なはずなのに懸命に戦おうとするアキくんの姿を見て、熱い感情が心の底から染み出してきた。
負けられない。けれど、どうしよう。
だったら覚悟を決めなきゃ。じゃないと私のような弱者は守りたいものも守れない。
そう思って、私は血まみれの手のひらをゆっくり前に伸ばす。
言葉にすらしていないのに、幽霊の悪魔の気配がぞわりと背筋を撫でた。
……契約だ。代償に、私の全てを──
そんな言葉を吐き出そうとしたその瞬間、視界外から謎の黒い影が敵を襲った。コンクリートをも破壊する勢いで飛来したそれは、大きな土煙の中で大仰に咳き込んだ。
飾り気のないポニーテール。丸い眼鏡。その奥に潜む、鋭くなにかを突き刺す眼光。
角張ったリュックサックを肩に下げ、彼女は悪魔を踏みつけながら、こちらを気遣うように何かを言った。
ああ、良かった。助けが来た。
そこで私はホッとして、そのまま気を失ってしまった。
〜〜〜
「──ッ、かったァ……」
殺すつもりで蹴り抜いたのだが、それでもこの武器人間は生き長らえた。抵抗のつもりか、足元でもがくので、動く右手を踏みつけると、あっけなくその刃は砕けて折れた。
様子を見てようやく異変であるのに気付いたのか、そばにいた金髪の女がなにやらこちらに手をかざす。
「ヘビ、丸飲み……!」
おそらくは悪魔の類だろうと身構える。直後現れた大型の悪魔の攻撃は目で捉えられる程度にはゆっくりだったので、素早く跳躍し避けた。
味方である武器人間が私の近くにいたので、巻き込むことを恐れてゆっくりとした攻撃になったのだろう。しかし距離を取ったため、次もそう緩慢な動きであるとは限らないなと、私は彼らの様子を伺いながら対策を練っていた。
武器人間は血が足りなければ回復できないのだとよく知っていたので、ヘビの悪魔の攻撃から逃れる際、時間稼ぎのためにヤツの首や脇下、内腿といった太い血管の走る部分にナイフで深手の傷をつけておいた。
その影響もあるのか、なかなか蘇生には難儀しているらしい。
拾った銃で牽制しながら後輩たちの元に駆け寄った。
「君ぃ、血の魔人か。……二人の状態はどうや」
そう言って私は姫野ちゃんとアキくんの方を見遣った。
血の魔人は自分の役割をよく理解しているのか、その力を用いて止血だけは済ませてあるようだった。
致命傷に近い傷だが、それでもまだ息があるのはこの魔人の功績だろう。
「……ぅ、ぐぅ、医者に見せんと死ぬ」
「ほな……せやな。デンジくん起こしてくるから、この携帯電話つこうて救急車二台呼んだって」
そう告げると、血の魔人は焦るように何度も頷いた。逃げたい意志はあるようだったが、それ以上に与えられた責務を守る気概はあるらしい。
不安がる魔人の背中を笑いかけるようにして強く叩いてやると、私は再び武器人間の方に向き直った。そちらにデンジくんの体があるからだ。
察するに、彼らはデンジくんの心臓を狙っているらしい。マキマが私を彼の護衛として付けたがる理由が分からなくもない。……こうもひっきりなしに襲われているのならば、心が落ち着かないだろうから。
(うちがやることは三つ……)
一つは、後輩たちの命を守ること。すなわち、いま背中を向けている姫野ちゃんアキくんの方に、敵の攻撃を向けさせないこと。
(それからもう一つは、デンジくんをあいつらに渡さんこと)
あいつらの目的はデンジくんの心臓だ。どんな理由があるのかはさておき、彼らが銃を用いてまで叶えたいなにかがそこにはある。それは必ず、阻止すべきことだろう。
(ほんで、最後に──)
遠巻きにやつらを観察しながら、私は背負ったリュックサックの中に手を突っ込んだ。そうして取り出したのは、一丁の拳銃であった。
「威嚇射撃はさっきので終わり! こっからはドアタマ狙うから、気いつけや」
向こう側へ話しかけながら、銃のトリガーを引いた。フラフラと立ち上がった武器人間の頭に弾丸が直撃し、小さな火花と共に鈍い呻き声が聞こえた。
「なんや、けったいなやつやな。頭のそれ鉄なんか」
「う、ヴァアああ! 喋りながら撃つな……!」
頭を狙って放った弾丸のいくつかは喉や肺を貫いたらしく、苦しそうな表情でやつは口から血を吐いていた。
接近戦はできなくもないが、こちらも大きな損害を負うのは明らかだったので、あえての遠距離戦に挑んだ。
とはいえ向こう側にも銃を持つ手下がいるらしく、車を遮蔽にしながら度々銃声を鳴らしていた。私にだけ照準を向けられているのが唯一の救いか。
後ろに流れ弾が行かぬよう、アキくんから貰った(盗んだ)釘の形の剣を用いて銃弾を跳ね返す。
いま優先されるべきなのは武器人間の撃破でなく、デンジくんの回収と後輩たちを守ることだ。時間はかかりそうだが、じりじりと距離を詰めることには成功している。今のところ大きな問題の兆候はない。
「っ……あの銃、もしや」
と、金髪の女が車の影からこちらを見つつなにやらつぶやいていた。よく知らない悪魔の力を行使されても面倒だったので、そちらもまた牽制程度に銃弾を飛ばす。
銃声と共に車のサイドミラーが割れる。相手方の狼狽える様子が手に取るように分かった。
……銃弾が切れるということはない。というのも、さきほど街中にいた無数の暴漢からたくさんの拳銃を奪い取ったばかりなので、リュックサック一杯に弾と銃があるのだ。
この拳銃の数だけ公安のデビルハンターが死んだのだと考えるとやるせない気持ちになる。その一方で、まだ救える命があるのだと考えると、その気持ちが今の私の活力に変わった。
「なぁ、話しやんか?」
言って、飛び出てきた頭に照準を合わせる。
そうすると人間というのは簡単に死んでしまった。
「銃を撃つのを止めろっ……!」
「止めろ言われてもなあ。人数不利っちゅうんがあるやろ?」
「クソっ……おい! お前らはさっさとデンジを車に載せろ! 俺はあのクソ女を殺す!」
「待て、勝手に行くな!」
車の影から現れた奴は、手足に鉛玉を撃ち込まれても動きを止めない程度には気概のあるやつだった。あるいは、痛みなんてもう感じないほどに興奮しているのかもしれない。
「ええやん。若いってそーゆーことやろうしなあ、付き合ったるわ」
言って、アキくんの剣を右手に、懐から取り出したナイフを左手に構えた。右手の剣は、形からしてレイピアと呼んだ方が良いかもしれない。不慣れな武器だが、妙な自信が私を後押しした。
武器人間……と呼ぶのも堅苦しいので、あえてここは私の持つレイピアと対照してサムライソードなどと呼んでみる。
サムライソードは深く姿勢を保つと、バネが跳ねるときみたく大きな跳躍と目にも止まらぬ速さで私の方に前進してきた。おそらく、触れるだけで致命傷になるほどの攻撃だろう。
「フフッ──」
とはいえ、それは不意打ちならばの話だ。
今は真っ昼間で視界も良好。そのうえ、進む道筋も明らかときた。
つまるところ、タイミングを合わせさえすれば見ずとも殺せる。
「──死に急ぎすぎやぞ!」
横一文字に薙ぎ払われた太刀筋を、後ろに倒れ込むようにして避ける。すると空振りとなったサムライソードの攻撃は、そのまま私の上を通過していった。
ここが好機だと言わんばかりに私は右手のレイピアを脳天に突き刺し、そのまま挟み込むように喉の部分をナイフでえぐった。
あとは簡単だ。攻撃の勢いで胴体だけは前へ前へと進もうとするので、単なる串刺しは頭部の欠損に繋がった。
「……! 馬鹿!」
血飛沫が散った腕を振りながら、私はサムライソードの頭を金髪の女へ放り投げる。
ギョッとした顔でそれを見た後、女は神妙な面持ちでこちらを見ていた。手の形から察するにヘビの悪魔を行使しようと考えていたらしいが、何のアクションも起こさないあたりヘビじゃ力不足だとでも判断したのだろうか。
「……ふぅ。ま、こんなもんかな」
私は少し曲がってしまったレイピアを見て(アキくんに怒られるな……)などと思いつつ、もう片方のナイフでデンジくんの方を示した。
デンジくんの体は車の近くにあり、回収するためには近づかなければならず、そうなれば必然彼女らとの戦闘に入るだろう。それ自体わけもないが、
この一連の出来事、マキマが予想していないとは思えない。その上で放置していたのなら、マキマなりの思惑があるはずなのだ。
であれば、過干渉は彼女としてもいただけないだろう。
私としても今ここで彼らを殺す理由はなかったので、交渉を持ちかけることにした。
「そいつと、こいつ」
デンジくんとサムライソードを交互に示す。
「交換っちゅうんはどうや?」
あくまで笑顔で話す。交渉するとき、余裕はあった方が良いのだ。
「……代償は?」
「特になしやな。うちは管轄外やから、そこら辺はマキマに任せるわ」
「……ヘビ」
言葉に反応して、ヘビの悪魔がそろりそろりとデンジの首根っこをくわえ、こちらまで持ってきた。そのまま似たようにサムライソードの体を回収すると、素早く車に乗せて走り去ってしまった。
車がすっかり遠くまで行ったのを確認してから、私はようやく彼の方に目線を向けた。
「デンジくん起きや」
頬を叩いても反応はない。死んでいるのだろう。
周りを見ると、もう一人生き残りがいたらしく、新人のコベニちゃんが血の魔人とあくせく苦労しながら姫野ちゃんとアキくんの体を端の方に寄せていた。
救急車もようやく来たらしく、遠くの方から二台のサイレンが聞こえてくる。おそらくコベニちゃんが呼んだのだろう、血の魔人は携帯電話の使い方がよく分からなかったのか、コベニちゃんが私の電話を持っていた。
私は死んでしまった彼を生き返らせるべく、彼の胸元にあるスターターを強く引いた。
ブルルンと鳴るエンジン音と共にデンジくんは跳ね起きる。
彼はハッと目を見開くと、あたりを見渡して、不安げに私の方を見つめるのだった。