南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件 作:よよよーよ・だーだだ
ボニーとクライド バローギャング
広く知られた その罪の話
裏切者は皆殺し 残忍と人は言う
でもこのわたしは 胸を張って答える
わたしにとってクライドは 心の清い人だった
――『Bonnie and Clyde(邦題:俺たちに明日はない)』より
おれが“黒い小美人”と出会ったのは、いわゆる『怪獣黙示録』と呼ばれる時代の末期である。
初めて出会ったとき、その黒い小美人〈ベノヴェラ〉はおれをこのように評していた。
「海洋除染システム:ベーレムとそのベース筐体〈ダガーラ〉……人間どもめ、自分たちで汚しておいて、その後始末をすべて怪獣一匹に押っつけようって仕掛けか。まさに生きた“掃除機”ってわけかい。気に入らない、まったく気に入らないねっ!」
愛用の飛行ユニット:ガルガルに跨った状態で、一人で勝手に言い出して一人で勝手に癇癪を起こしつつ、「……だけど、」とベノヴェラは続けた。
「だけどダガーラ、おまえからみなぎるその力は気に入ったよ。デスギドラは“虚空の王”に横取りされたからな。今度こそ、あたしのものにしてやる」
そうしてベノヴェラはガルガルの上から、その小さな指をおれに突きつけた。
「喜べダガーラ、おまえを家来にしてやる!」
……はあ?
ベノヴェラ当人はカッコつけて得意気なつもりだったのかもしれないが、さほど盛り上がらないおれの反応を見るや不満げに眉間に皺を寄せた。
「……なんだ、その『え、えぇー……?』って感じの顔は。不服かい?」
いや、そんな一方的に言われても。
ここまで勝手に話を進められて戸惑いながら、おれは思案した。
見たところベノヴェラは普通の人間ではなく妖精、いわゆる『小美人』のように見える。おそらくベノヴェラたち小美人のルーツはおれを造り出した古代文明よりも前、超古代先史文明に栄えた種族の末裔だろう。
しかし、それがどうした。たしかにベノヴェラも多少の魔法や超能力くらいは使えるようではあるが、所詮は小さな
懸念を露わにするおれに、ベノヴェラは「ふふん」と不敵に笑ったのだった。
「やはりあたしの見込んだとおりか。図体はデカくても、アタマはイマイチってところだな」
なんだって?
訝しむおれに、「おまえに足りないものを教えてやろう」とベノヴェラは言った。
「おまえに足りないもの、それは知恵だ」
知恵?
「かつておまえが生きていた時代はどうだか知らないが、近頃の人間どもときたらズル賢さだけは磨きがかかっているからな。いくらおまえが強大な怪獣でも、何の考えも無いまま繰り出したりすれば、超兵器だのGフォースだのでボカスカやられておしまいだろうよ」
ふむ……で?
続きを促すと、ベノヴェラは呆れた様子だった。
「本当にニブい奴だなあ。だから『あたしが作戦を立ててやろう』というのさ。あたしは賢いが力が無い、おまえは強いが知恵がない。つまり、おまえがあたしの手足となれば最強無敵というわけだ」
……なるほど。
言われてみればそうである。『家来』『アタマはイマイチ』といった諸々の言い草はまあ目を瞑るとして、たしかに今のおれはこの時代の人間たちについてあまり知らない。海底で眠っていたおれが『怪獣大戦争』におけるキングギドラのアルファコールで呼び起こされてから早数年、この現代世界はかつておれを生み出した古代文明とはだいぶ様変わりしているようにも思える。
ベノヴェラが本当に賢いかどうかはさておくとしても、そんな現代世界に適応しようというのであれば案内人くらいはいてもよいかもしれない。
なので、おれはベノヴェラの申し出を承けることにした。承諾の意を示すおれに対し、ベノヴェラは意地の悪い笑みで高笑いを響かせる。
「ははは、いいだろう、おまえは今日からあたしの家来だ! さあ返事をしな、ダガーラ!」
いや、別に家来になったつもりはないのだけれど……まあ、いいか。
おれが『人間』というものを初めて明確に認識したのは遠い昔、古代文明時代でのことだ。
当時のことはあまり覚えていないが、人間にまつわるもので一番古く、そして印象的な記憶といえばやはり“姫”のことだろう。
「これはこれは、姫様!」
「本日もご機嫌麗しゅう……」
「今日はいったいどのような御用で……?」
その日、研究所を唐突に訪れた“姫”に対し、研究チームの博士たちは大仰に畏まり平伏していたが、当の“姫”本人は「前置きはよい」と切って捨てた。
「開発中の“システム”とやらを視察に来た。案内せよ」
「ははっ、こちらへどうぞ……」
そうして“姫”は研究所の最奥、おれの生体培養水槽のある研究室へとやってきた。
「これが、新しいシステム、ダガーラ……」
おれが入れられた生体培養水槽、そのガラス越しに“姫”とおれの視線が重なる。
……これが人間の顔か、綺麗な顔だ。当時のおれはそう素朴に思った。しかしどうしてこのように悲しげに見えるのだろう、とも思った。
水槽のおれを静かにじっと見つめる“姫”、そんな彼女の周囲では開発チームの博士たちが『自分たちが造り出した新しいシステムが如何に素晴らしいか』を懸命に熱弁している。
そんな中、“姫”が振り返って口を開いた。
「……元は普通の魚だったと聞いたが」
“姫”の一言で、つい先ほどまで嬉々としていたはずの周囲の博士たちは一瞬で口をつぐみ、表情をぎょっと引き攣らせていた。“姫”の方を見てみれば、瞳に冷たいものが宿っている。
だが博士たちはすぐさま気を取り直して、“姫”へ説明した。
「た、たかが魚一匹ではありませんか! それでこの世界の海全てが救われるのです! 安いものでしょう!」
「“たかが”?」
その言葉に“姫”の目つきがいよいよ鋭くなった。“姫”の逆鱗に触れたらしいことを察知した博士たちは、ますます泡を喰った様子で捲し立てる。
「この程度の研究であれば他国も行なっております!」
「『奇跡の水』が完成するまでの間に合わせ、ということで……」
「今度こそ失敗はございません、姫様!」
そうやって言い逃れを続ける博士たちを、“姫”は「もうよい」と黙らせた。竦み上がった博士たち、そんな彼らを睨みつける“姫”の表情は静かな怒りに満ちていた。
「“他国もやっている”だと? それがどうした。おまえたちはそんな“間に合わせ”のために、罪もない命を犠牲にしても良いと思っているのか。そう言って次は何を犠牲にする気だ。鳥か、獣か、それとも国民たちか?」
「め、滅相もございませんっ!」
「それに“今度こそ失敗はない”とも言ったが、そう言って失敗を重ね続けて今に到るのではなかったのか。おまえたちがそうやって造り出した人工生命たちは、役に立つどころかますます環境をメチャメチャにするばかりではないか」
「そ、それは……」
“姫”からの容赦ない口撃で博士たちは怯んでいたがその中でただ一人、長老格の博士が「……お言葉ですが、」と毅然とした表情で前へ進み出た。
「お言葉ですが姫様、我々には他に選択肢がないのでございます。たしかにかの『奇跡の水』が完成すれば、間違いなくこの世界を救うでしょう。しかし、『奇跡の水』の完成には今しばらく時間がかかります。それまでの束の間だけでも、海の汚れを引き受けてくれる者が必要なのです」
それがこのダガーラなのでございます、姫様。長老格はそう言った。
「たとえ魚一匹にも慈しみの心を向けられる姫様の御心は、我々一同いたく存じております。しかし姫様、そしてわたくしどもには、魚よりまずは国民の生活を守る責務がございます。ですからどうかここはご辛抱くださいませ。せめて『奇跡の水』が完成し、この海が清められるその時までは」
“姫”は、そんな長老格の言葉を真剣に聞いていたが、やがて瞼を閉じ、息をついて、再び目を開いた。
「……そうであったな」
そう呟いてから振り返った“姫”の顔は、つい先ほどまでの感情的で苛烈な形相から、周囲の家臣たちを労わる指導者の穏やかな微笑みへと変わっていた。
「つまらない感傷であった。王族といえど、所詮は世間知らずな小娘の戯れ言だ。忘れておくれ」
今日の視察は終わりだ、急に押しかけてしまってすまなかったな。博士たちへ丁重に詫びながら“姫”は研究所を後にしようとする。
だが最後のとき、“姫”が誰にも聞き取れないような小声で呟いたのをおれは見ていた。
「ごめんね、ダガーラ」
口の動きは、そう言っていたように見えた。
おれがベノヴェラの“家来”にされてからしばらく経った。
「まあ見てな、ダガーラ。今にわかるさ」
ベノヴェラがそう語った通り、彼女と組んだその“効果”は早々に現れた。
ベノヴェラと組んだおれが最初に襲ったのは南太平洋ポリネシアの島国、サモア。サモアは小さな島国ではあるが一応は人間の領域である。人間側も『怪獣黙示録』の時代を経て軍事力を整えたようでもあるし、そこへおれのような大怪獣が襲撃を仕掛ければただでは済まないだろうことは容易に想定された。
ところが、である。
いざ上陸してみると、驚くほどに何もなかった。
たしかに近寄らせないための牽制程度の砲撃はしてきたが、そんなものはせいぜいコケ脅し程度に留まっており、直撃したところでまるで痛痒も感じなかった。
かつてキングギドラが引き起こした『怪獣大戦争』での激戦を思い返せば雲泥の差だ。挙げ句、Gフォース機龍隊のメカゴジラ機龍まで出てきたのだが、血気盛んなあの連中ですらおれに対しては少しばかり威嚇してきただけで、おれが迫るとすぐさま撤退してしまった。
そしておれが上陸して街で大暴れしても、人間たちは逃げ惑うばかりで本格的な反撃は一切してこなかった。村や道路を踏み潰し、ビルを薙ぎ倒して、街を焼き払っても、人間たちは何の反撃もしてこない。あまりの手応えの無さに、多少の手傷くらいは覚悟していたおれも拍子抜けしてしまった。
その傍らでベノヴェラが「ふっふっふっ」と笑いかける。
「どうだい、攻めやすかったろう?」
ベノヴェラはいったい何をしたのだろう。驚くおれが訊ねると、ベノヴェラは得意気に答えた。
「なに、人間の偉い奴らに『本当のこと』を教えてやっただけさ」
本当のこと、とは?
おれの問いにベノヴェラは嬉々として答える。
「『ダガーラの身体の中には凄まじい猛毒が溜まっている』と教えてやったのさ。ついでに『ダガーラの猛毒は、元々はおまえたち人間が今まで海に流してきた毒から作られたものだ』とも教えてやった。マイクロプラスチック、工場の廃液、ヘドロ、核廃棄物。奴ら、思い当たる節が山ほどありすぎるのか、ひどく慌てふためいていたよ」
実際、おれの体には長年溜め続けた『海の汚れ』、そしてベーレムがある。おれを傷つければその分、周囲が毒に犯されることになる。それがわかっていれば、人間どもも迂闊には手を出せやしない。
キヒヒ、とベノヴェラは意地悪く笑った。
「あたしやダガーラたち怪獣と違って、人間の世界には面倒なしがらみが沢山ある。Gフォースや機龍隊の連中がいくら勇敢でも偉い奴らの命令には逆らえないし、一般市民を巻き添えにしてまで怪獣と戦う度胸なんてないのさ」
ふむ、そういうものなのか。おれが感心しているのを満足げに見ながら、ベノヴェラは続ける。
「人間の偉い奴らも今頃さぞや困っているだろう。皆に本当のことを明かせば自分たちが責められる、だからといって何もしなければ下から突き上げられる、そして本当に攻撃すれば大変なことになる。板挟みだ。これまで好き放題してきた分、せいぜい苦しめばいいんだ」
なんと、悪魔的な知恵だろう。
驚嘆するおれにベノヴェラは「どうだスゴいだろう!」と言わんばかりにカッカッカッと笑ってみせるのだった。
こんな塩梅で、ベノヴェラは役に立った。
当初おれはベノヴェラのことを『たかが
こんな風におれが褒めると、ベノヴェラは「ふふん」と得意になっていた。
「どうだい。あたしの家来になって良かっただろう、ダガーラ」
ああ、まったくだ。君は素晴らしい主人だよ、ベノヴェラ。
「うんうん、そうだろう、そうだろう!」
おれの世辞にベノヴェラはますます喜んだ。
「そんなあたしの家来になれたおまえは幸せだぞ。もっと褒めろ、そして称えるがいい! ハーハハハ!!」
……たしかに役に立つベノヴェラだが、一方でこうしてちょっと煽てただけですぐ図に乗って有頂天になりやすいのは少しばかり玉に瑕かもしれない。子供かこいつは。別にいいけど。
それからも、おれとベノヴェラは人間世界への襲撃を重ねた。
サモアの次はオセアニアのキリバス、ソロモン、クック、マーシャル諸島……各地でおれは破壊のかぎりを尽くしたが、ベノヴェラの“作戦”のおかげで、おれは人間の軍隊からは殆ど邪魔されることなく存分に力を振るうことが出来た。もはや誰にも停められない、まさに快進撃だ。
だが、ベノヴェラは最初期の有頂天ぶりと打って変わって不安のようだった。
「ゴジラはともかく、モスラの奴が出てこないのはちょっと気になるな……」
モスラ?
おれが訊ねると「おまえ、モスラを知らないのか?」とベノヴェラは教えてくれた。
「極彩色の怪獣。インファントの小美人どもが飼い馴らしてる、ペットみたいな奴さ」
極彩色の怪獣、と言われておれも思い当たる。
キングギドラに率いられた『怪獣大戦争』のとき、それらしい雌の巨大蛾怪獣と幾度か合間見えた覚えがある。そうか、彼女はモスラというのか。
とんだ恥晒しさ、とベノヴェラは胸糞悪そうに吐き捨てる。
「人間と怪獣が友達だと、ふん。歌って踊ってお願いすれば飛んで助けに来てくれる、そんな都合の良い『友達』なんてあるものか。そんなの、ただのペットじゃないか」
心底汚らわしい、と言わんばかりに不機嫌そうなベノヴェラ。どうもベノヴェラは、モスラについて含むところが多々あるらしい。
そういえば、本来のベノヴェラは小美人の血族だったはずだ。インファントの小美人と自身の関係についてベノヴェラはあまり話さないが、もしモスラが小美人と所縁深い怪獣なのだとすればモスラとのあいだにも何らかの確執があるのかもしれない。まあ、おれには関係ないことだが。
やがてベノヴェラの表情に影が差した。
「……奴らは、人間どもは学ばない」
そう呟くベノヴェラの顔は、怒りと憎しみに歪んでいるようにも見えた。
「環境破壊と戦争、そして核兵器。かつてダガーラとベーレムで破局を迎えておきながらそんな歴史はコロリと忘れて、今度はマイクロプラスチックに放射能、自分たちがやらかしたツケを他の生き物に始末させる研究を繰り返していやがる」
やがてベノヴェラはケッ、と吐き捨てた。
「まあ、それで新しい災厄を次々と造り出して自滅しようとしてるんだから世話ないがね。まったく、良い気味だよ。そんな奴らの友達になろう、味方をしようってんだから、モスラの奴はとんだ大馬鹿さ。ヒャハハッ!」
人間たちとモスラのことを悪し様に罵るベノヴェラ。そんな彼女を見ながら、ここでふとおれの中に疑問が浮かんだ。
……では、『おれたち』はどうなのだろう。
「おれたち、だと?」
そうとも、とおれは頷く。おれとベノヴェラ、おれたちは『友達』というものと違うのだろうか。
おれの問いかけに「まったく、何を言ってるんだい」とベノヴェラは呆れながら答えた。
「決まっているだろ、おまえはあたしの家来だ。友達じゃあない」
……そう、なのか。おれはそれなりに親しいつもりでいたのだが。
「っ!?!?」
見ると、ベノヴェラは今までおれが見たことないような顔をしている。どうしたのだろう。
ベノヴェラはしばらく呆けていたが、おれが怪訝にしているうちに我へと返る。
「さ、さて!」
ここでベノヴェラは強引に話を切り替えて、次の計画を練り始めた。
「さあダガーラ、次は『オーストラリア』という島国を攻めよう! あそこは人間の国の中でも一番大きな南の島国だ。そのオーストラリアを踏み潰してやれば、流石の人間どもも思い知るに違いないだろう。今度もきっとラクショー、このベノヴェラとダガーラの敵じゃあないねっ!」
ああ、了解だ、ベノヴェラ。おれは頷いた。
古代文明時代。
完成したおれ:ダガーラが本格稼働し始めてからしばらくして、古代文明は恐ろしい『新型感染症』の流行に見舞われた。
最初は単なる風邪と見做されていた。
しかし分析が進むにつれてその症状の行き着く先が『全身から赤い泡を噴いて、生きながら融けて死ぬ』という世にもおぞましいものであったこと、そしてその病原となる極毒結晶体がおれ:ダガーラが生物濃縮によって合成したものであったことが明らかとなり、古代文明の人々は戦慄した。
人を
もしもこれが他の流行り病であったなら、まだしも手の打ちようがあったろう。たとえばそれが鳥や獣が主要な感染ホストとなる感染症だったなら、感染した動物たちを皆殺しにすればいい。そして人間という生き物は、自分たちが生き延びるためならそういうことにも平気で手を染める。
だがベーレムがそれらと違ったのは、主要な感染ホストがおれ、つまり怪獣であったことだ。
鳥や獣を皆殺しにすることは出来ても、人間の力では怪獣を殺すことができなかった。街中で暴れるおれを倒そうと人間が攻撃すればするほど病原のベーレムが撒き散らされ、しかも殺せない。結果残るのは、ベーレムによる血みどろの
恐ろしい疫病ベーレムの根絶のために古代文明の科学者たちは知恵を絞り力を尽くしたが、結局は人体を泡へと融かすベーレムの機序を解き明かすことが出来なかった。開発中だった最後の希望『奇跡の水』も熟成期間が間に合わず、肝心なところで全く役に立たなかった。
まったく皮肉なものだ。古代文明の人間たちはおれのような怪物を作り出すことならいくらでも出来たというのに、自分たち自身を救う術だけは最後まで編み出すことが出来なかったのだ。
そして本来は海の汚染を掃除するために造られたおれ:ダガーラと、そのおれが造り出した新型病原体:ベーレム。そんなおれたちが最後に“掃除”するのが『創造主であるはずの人間たち自身』だった、というのはいささか皮肉が効きすぎではなかろうかと思う。
やがて迎えた、古代文明最後の日。
古代文明の主要な都市はすべておれか、あるいはベーレムによる汚染で陥落、最後に残ったのが王都だった。
「ギャアーッ!」
「助けてくれえ!」
「死にたくない、死にたくないィ!」
大怪獣の恐怖に駆られて混乱の中を逃げ惑う古代文明の人々。しかし、たとえこの場を生き延びられたとしても彼らに逃げ場など無かった。海も国土も、各地は既にベーレムによって汚染され尽くしている。たとえ彼らが王都から逃げおおせたとしても、いずれはベーレムの猛毒に犯されて死を迎えることになったろう。
そのベーレムを膨大に撒き散らしながら進撃してゆくのはこのおれ:ダガーラ。おれが蹂躙した後にはもはや死体すら残らなかった。かつては繁栄の輝きで満たされていた古代文明の都、けれど今はベーレムの赤い泡で血みどろに塗り潰されてゆくばかりだ。
人も街並みもすべてが泡へと消えゆく中、ついにおれは王族たちが立て籠もっている王宮へと王手をかけた。
城壁を突き崩し、防衛システムを乗り越え、ピラミッドの王宮を蹂躙しておれが向かった先はその頂点にある玉座。
そうやっておれが玉座にまで昇りつめたとき、そのすぐ傍にあの“姫”が控えていたのにおれは気づいた。他の王族や貴族たちは自分だけ助かろうと逃げ出したか、もしくは逃げ遅れてベーレムを浴びてしまい生きながら融かされる無惨な末路を辿っていたが、ただ一人、この“姫”だけは潔く最期を迎えるつもりだったようだ。
おれが玉座を叩き潰そうと前脚を振り上げたとき、その傍にいた“姫”と視線が重なり合うのを感じた。
「ダガーラ……」
刹那、“姫”はおれへ何事かを告げた。
「本当にごめんね、ダガーラ」
彼女は最期まで、そう言っていた気がする。
当初の想定では他のオセアニアの国々と同じように『ラクショー』だと思われた、おれたちのオーストラリア攻略。だが、ここで思わぬ事態が発生した。
浴びせられたのは無数のミサイルと砲弾、そしてメーサーの稲妻光線。
オーストラリアの海岸へ上陸したおれたちを迎え撃ったのは、人間の軍隊の手荒い洗礼だった。
海岸に立ち並んでいたのは無数のメーサータンクとミサイル戦車、そして現在は旧式になっているはずの二十四連装砲戦車。それら無数の車列が、おれ目掛けて一斉に集中砲火を浴びせかけた。
響き渡る爆音と立ち込める濃厚な黒煙、これまでオセアニア一帯を荒らしまわったおれに対する恨み、それを晴らさんかのような猛攻撃だ。
「人間どもめ! とうとう血迷ったか!?」
ベノヴェラが叫ぶ。
「こんな激しい攻撃を仕掛けたらベーレムが漏れちまうじゃないか、この美しい海がどうなってもいいってのか!?」
ベノヴェラの言うとおりだった。これまでは海の汚染を恐れておれたちへの攻撃は及び腰だった人間たちだったけれど、オセアニア最大の国であるオーストラリアを攻められるに及んでとうとう吹っ切れてしまったようだ。
……まさか。ベノヴェラが呟く。
「まさか人間ども、ダガーラもろとも海を捨てる気か!? ちくしょう、あいつら、海なんてどうでもいいと思ってやがるんだ!」
流石のベノヴェラも、人間たちがこれほどにまで向こう見ずで考え無しな行動へ出るとは思ってもいなかったらしい。すぐさまおれの方へと振り返り、声を張り上げる。
「撤退だ、ダガーラ! このままだと海が大変なことになってしまう!」
了解だ、ベノヴェラ。
おれも即座に転身して海へと引き返そうとするが、しかしそうは問屋が卸さないようだった。
おれが慌てて浅瀬へ入った途端、おれの足元が炸裂して盛大な水柱をぶち上げた。危うかった、もう一歩踏み込んでいたら深手を負ってベーレムをバラまいていたことだろう。
「機雷、だとオ!?」
よく見ると、海面に無数の球体が浮かび上がっていた。人間どもが海中に仕掛けた強力な爆弾、機雷だ。最初から人間たちは、ここまで入り込んできたおれたちを逃がすつもりなど無かったのだ。
「しまった、囲まれたっ!」
そして空を飛ぼうにも頭上には無数のメーサーヘリが、砲口をこちらへと向けて滞空している。オセアニア一帯を荒らしまわり散々おちょくり続けたおれたちのことを、人間どもは何が何でもここで始末すると決めたようだ。
迫り来る人間たちの超兵器に包囲され、もはやおれたちに逃げ場はない。万事休す、そのときだった。
空から、『黄金の輝き』が降ってきた。
それと同時に、人間どもの軍隊にも変化が起こった。
その『黄金の輝き』を浴びた途端に戦車たちは砲撃をぴたりと止め、機雷は反応しなくなり、頭上のメーサーヘリは高度を維持できずそのままゆっくり不時着してゆく。
よく見てみると、動かなくなってしまった兵器群の周囲で人間の兵隊どもが慌てふためいているのが見える。どうやら強力な電磁波を浴びたことによる電気系統の故障のようだ。
突然の事態に、ベノヴェラが呆然と呟く。
「これは、いったい……?」
空から降り注ぐ『黄金の輝き』。それを指先で採って子細に調べていたベノヴェラだったが、やがて何かに思い当たったようだった。
「これは電磁鱗粉……まさかっ!?」
同時に甲高い嬌声が響き、巨大なシルエットが雲の谷間から舞い降りてくる。
……まず目を惹いたのは、色鮮やかな羽衣の
その圧倒的な威容には、つい先ほどまで猛攻撃を仕掛けてきていた人間どももただ呆然とするしかないらしい。まるで戦うことさえも忘れてしまったかのように、人間どもは皆一様に空を見上げてその絶世の美貌にひたすら見惚れている。
……このおれダガーラも、かつての『怪獣大戦争』で“彼女”の姿を幾度か見かけたことがあった。日頃は平和の島:インファント島を棲み処とし、襲い来る脅威に対して幾度となく立ち向かっては地球を救ってきた、偉大な女神にして怪獣の女王。
彼女の名前は極彩色の怪獣、〈モスラ〉。
まず電磁鱗粉で人間の兵器を無力化して封じ込めたモスラは、次いでおれ:ダガーラへ視線を移して深く青い眼でじっと見据えてきた。慈悲深くも、容赦なく突き刺さる鋭利な視線。それはきっとモスラからの最後通牒だったのだろう、『このまま大人しく逃げ帰れば見逃してやる、でなければ……』と。
……無論、そこで引き下がるおれたちではないのだが。
「モスラめ、やっぱり人間の味方をするつもりか……っ!」
その呟きで視線をやると、おれの傍らで黒い小美人:ベノヴェラが顔を歪めていた。その表情に浮かんでいるのは底無しの怒りと憎しみ。
「『人間たちはあやまちに気づき始めてる』だって? いいや違うねっ! 人間こそが地球に破滅をもたらす存在さ! 何度あやまちを繰り返しても気づかない、愚かな種族だよ……!」
そしてベノヴェラは、すぐさまおれへ命じる。
「モスラは水中では無力! そしてダガーラ、海の中ならおまえは無敵だ、負けるはずがないッ! やっちゃいな、ダガーラ!」
ああ、了解だ。
ベノヴェラの命令を受けておれはモスラへと挑みかかり、そんなおれをモスラもまた真正面から迎え撃つ。
モスラVSダガーラ、海底の大決戦が幕を開けた。
結局、おれはモスラに敗れた。
無論、おれとて相当に善戦したつもりだ。
数々の猛攻でモスラの総身をベーレムで犯し、自慢の翅を裂いて飛行能力も奪った。あと一歩でモスラを倒してオーストラリアを陥とせる、そのはずだった。
しかし、すんでのところでモスラの『友達』こと人間たちが『奇跡の水:ゴーゴ』を見つけ出して真価を発現。その力でモスラは〈レインボーモスラ〉へと進化を遂げ、さらに水中モードを会得したモスラにおれは敵うことが出来なかった。
――
水中モード・モスラの必殺光線を介しておれへと打ち込まれた『奇跡の水』。その作用でベーレムは解毒分解され、おれ自身も液化されつつあった。
おれが振り撒いてきたベーレムと違って『奇跡の水』のそれは痛みもなく、苦しみもなかった。あるのはただ穏やかな温もりだけ。おれやベーレムさえも母なる海へと還してくれる、どんなものよりも優しい最期。今のおれにはもはや立ち上がる力もなく、ただ海の底で崩れ落ちてゆくばかりだ。
そして、そんなおれの傍に最後まで寄り添っていたのは黒い小美人:ベノヴェラだった。
「……だからおまえは嫌いだよ、モスラ」
ベノヴェラは奥歯をギリリと噛み締め、震える声で唸っていた。
「いつもそうだ。歌って踊ってお願いされたら飛んで助けに来てくれる。それがおまえだものな」
それなのに、とベノヴェラの怒りは爆発した。
「そんなスゴい力があるのに、おまえはどうして人間の味方をする!? どうしてダガーラのような可哀想な怪獣を先に助けてやらない!?」
周りをよく見てみろ、とベノヴェラは慟哭する。
「環境破壊、戦争、核兵器! もとはといえば何もかも、すべて人間どものやらかしじゃあないか! 本当にやっつけるべき悪者がいるなら、それは人間だろうが! 人間なんて、人間なんて、結局は自分のことしか考えていない! おまえほどの奴がそれぐらい、なぜわからない……ッ!」
どうして、どうして、どうしてなんだよ……!
そうやってベノヴェラは泣き崩れる。
「ちくしょう、ちくしょう……ちくしょう……」
……この黒い小美人はいつだってそうだ。いつだってわがままで、子供っぽくて、だけど心根はとても純真だった。
そんなベノヴェラを眺めながらおれは、モスラとの戦いにおいて彼女が叫んでいた言葉を思い起こす。戦いの最中、ベノヴェラは「見たか、モスラ!」とモスラへ訴えかけていた。
「おまえが慣れない水中で捨て身で戦ってるのに、人間どもときたら自分たちだけ我が身可愛さに逃げ出してやがるじゃないか! アレこそがおまえが『友達』だと信じていた奴らの正体だ!」
「あそこにいる奴らが本当におまえの友達なら、おまえのそのあわれな姿を見て平気でいられるはずがないだろう! 捨て身で守ってくれるおまえを放っておいて、我先に逃げ出したりなんかできないだろう!?」
「かつてダガーラを造った古代文明の奴らも、そして今の人類も一緒さ! おまえがたとえ友達のつもりでも、いつかそいつらがおまえに災いをもたらすよ……!」
……そうやってベノヴェラはいつだって、人間たちに対して心の底から怒ってくれた。すべてはおれたち怪獣のために。
そしてそのベノヴェラは今もこのおれに寄り添って、心の底から嘆き悲しんでくれている。こんなベノヴェラのために、消えゆくおれにいったい何が出来るんだろう。
泣きじゃくるベノヴェラを前に少し考えながら、おれは告げた。
――いいんだ、ベノヴェラ。
おれの答えに、ベノヴェラは「え……?」と顔を上げた。そんな彼女におれは語り掛ける。
――これでよかったんだよ、ベノヴェラ。
そう言われた途端、ベノヴェラは「な、何を言ってんだい、ダガーラ!」と激昂した。
「まだまだこれからじゃあないか、人間どもが憎いんだろう、もっともっと仕返ししてやるんだろう!? オセアニアの次は北太平洋、むしろここからが本番のはずだ、そうだろうが!」
ベノヴェラの言葉に、おれは首を左右に振った。
……もういいんだ、そんなの。おれなんかもともと、この世界には居場所が無かった。こうして居なくなることこそが、おれに出来る唯一の善行だった。まあ、もしもモスラの『友達』みたいな人間が古代文明にもいてくれたなら、こんな結末にはならなかったかもしれないけどな。
おれがそう告げると、ベノヴェラは「そんなことないッ!」と即断言した。
「生きてちゃいけない命だと、そんなものあるもんかっ! それにダガーラ、おまえはあたしの家来だ! こんなところで勝手に死ぬなんて主人のあたしが許さない!」
だから、だから、とベノヴェラは声を詰まらせながら叫んだ。
「だから、どうかあたしを独りぼっちにしないでおくれ、ダガーラ……ッ!」
他の誰にも見せないし見せたことのない、黒い小美人:ベノヴェラの素顔。それはとても無垢で純粋で、どこまでも孤独なものだった。
……当然のことだった。他の小美人たちは姉妹でいるし、モスラもいれば人間の友達もいる。けれどベノヴェラにいるのはおれたち怪獣だけだ。
他の奴らはベノヴェラのことを『悪逆非道のどうしようもない悪党』だなんていう。けれど、おれたち怪獣に言わせればベノヴェラこそ他のどんな奴よりも清い心の持ち主だ。ただ、ちょっとばかりひねくれていて、不器用で、素直になれないだけなのだ。
そんなベノヴェラへ、おれは想いを告げた。
――……ありがとう、ベノヴェラ。
「ダガーラ……?」
人間どもに利用されて古代文明も滅ぼして、今の世界では生きる道も無く、悪としてモスラに討伐されて、そんな凶悪怪獣に成り果てたおれ:ダガーラ。
だけどベノヴェラ、君だけはおれのために本気で怒り、涙を流して悲しんでくれた。そんな君に、おれがいったいどれだけ救われたろう。そんなベノヴェラの“家来”になれておれは幸せだった。君はきっとこれからもそうやって、他の怪獣たちも救ってやってくれるんだろう。
だからもう泣かないでほしい。これがおれの末期の望みだ。
「ダガーラ……」
さようなら、ベノヴェラ。どうか君がこれから幸福でありますように。
そう祈ると同時におれの身体は泡となり、明るい水面へ浮かんでぱちんと消えた。
怪獣番外地でダガーラが出るというので書きました。あとコロコロコミックに載ってたモスラ2のコミカライズでボロ泣きしたんですよね。マジで泣けるからどうか一度は読んでほしい。
◆ベノヴェラ(Benovera)
【挿絵表示】
・概略
小美人の血族で、はぐれ妖精。
怪獣を敬愛するのは他の小美人と共通しているが怪獣のためなら人間へのテロも辞さない過激派であり、人間に融和的な主流派とモスラへ反発し離反、現在は単独行動をしている。悪巧みを得意としているが根は子供っぽいため、詰めの甘さで失敗することも多い。
喧嘩別れした妹がいるらしい。
・心理テストの結果:討論者(ENTP-T)型
https://www.16personalities.com/ja/entp%E5%9E%8B%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%A0%BC
外向型 69% / 内向型 31%
直感型 59% / 現実型 41%
論理型 75% / 道理型 25%
計画型 33% / 探索型 67%
自己主張型 36% / 慎重型 64%
※意外と慎重な性格らしい。
・好きなもの
怪獣、悪だくみ
・嫌いなもの
環境破壊する人間と文明、モスラ、自分以外の小美人
・元ネタ
言うまでもなく、平成モスラ三部作のベルベラがモデル。当初はベルベラをそのまま登場させるつもりだったのだが、小美人姉妹にオリジナルの名前(イコナ・マユナ)を設定していた都合上、こちらもオリジナルの名前にした。名前は「ベノム(毒)」から。
ポニーテールなのは映画版およびコミカライズのベルベラの髪型をオマージュしたもの。
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