南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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ゴジラが死んだら 1話:グレイトフル・デッド

 あの日、私はいつものように小さなテレビの前に座っていた。

 普段ならマンガアニメのチャンネルを観るはずの時間帯に、恐ろしくも見慣れた『怪獣黙示録』の特別中継が流れていたのを今もはっきり覚えている。

 

「……たったいま入った情報です。今日、ゴジラが死に瀕していることがわかりました」

 

 そう語るアナウンサーの声は張り詰めていた。

 

「モナークの発表によりますと、太平洋沖で観測されたゴジラの体内エネルギー反応に異常が見られることが報告され、核爆発やメルトダウンの可能性が指摘されています。また最悪の場合、沿岸部が壊滅的な被害を受ける恐れがあるとのことで……」

 

 画像が切り替わると、海上を飛ぶヘリコプターの映像が映し出され、遠くに佇むゴジラの姿が捉えられている。画面の左下には“緊急中継”の文字が踊り、ヘリからのレポートが続いた。

 

「現場上空のヘリコプターからお伝えしています! ご覧のようにゴジラは街には近づかず、まっすぐ沖へ向かっている模様です。体表温度の急激な上昇は確認されていませんが、もし内部で臨界状態が進んでいれば、いつメルトダウンを起こしてもおかしくありません。沿岸警戒レベルは最大値に引き上げられています」

 

 どこか尖ったイメージのある怪獣報道とは打って変わって、まるで祈るような静かな空気がスタジオに流れていた。

 ソファの上で膝を抱えていた私は、あまりの緊張感に息をするのも苦しくなる。母が「大丈夫、大丈夫よ、タカシ」と言うけれど、その声にも不安がこもっているのがわかった。

 

「防衛線を展開中のGフォースによれば、ゴジラの体内核エネルギーの暴走を抑止するため、冷凍メーサー隊による冷却攻撃を検討中とのことです。しかし、報道されているようなメルトダウンのリスクが本当にあるのかどうか、まだはっきりした発表は出ておりません……」

 

 アナウンサーの解説が入り、画面上にはゴジラの体内図のようなCGが映し出された。

 熱源を示す赤い部分がうず高く表示されていたが、先ほどから全く変化がないという。やがて時間が経つにつれ、“大規模爆発”の可能性はだんだんと低いとの見方が示され始め、スタジオの雰囲気がいくぶん安堵に変わったのを、私は敏感に察した。

 

「…………」

 

 ゴジラは相変わらず、海面をゆっくりと移動していた。

 背びれが水を掻くたびに、大きな波が岸辺の方へ押し寄せるのがわかる。けれど目立った衝撃波や咆哮は起きず、攻撃の様子も一切ない。巨大な生き物がただひたすらに歩みを止めつつある……そんな不思議な光景だった。

 

「こちらヘリから再度中継です。ゴジラの背鰭が沈んでいきます……完全に視界から外れそうです……」

 

 私はソファに座ったまま、静かに潮の流れに消えていくゴジラの影を見つめ、まるで夢を見ているような気分になった。テレビに映る海面は、巨大な波紋を残して暗い青に染まり始める。一瞬だけ、ゴジラの背びれが遠くで光を反射したように見えたが、それもすぐに消えた。

 

「ゴジラが……もう……あっ……姿が……完全に視界から消えました。水面が静かです……本部、こちらの映像、間違いなく……ゴジラ、沈みました……」

 

 アナウンサーの声がそこで途切れ、画面には一面の水平線だけが映されている。

 『怪獣黙示録』の時代、長きにわたって激闘を繰り広げてきた怪獣王ゴジラが、潮が引くように自然と消えてゆく。その姿はとても穏やかながらも堂々としたもので、私はリビングのソファに膝を抱えたまま、一瞬たりとも画面から目を離せなかった。ゴジラが最後に残した響き――あの低く震える咆哮さえもが、私の耳の奥にまだかすかにこだましているようだった。

 中継はスタジオへと戻り、アナウンサーは努めて冷静な様子で放送を再開した。

 

「たったいま入ってきた情報です。懸念されていた核爆発等のリスクについて、さきほどGフォースから“現段階で危険な兆候は認められない”との公式声明がありました……」

 

 ……大人たちが恐れていた“最悪のシナリオ”は、結局起こらなかった。

 しばらくは「ゴジラ行方不明。警戒態勢は継続」と連日報じられたが、ゴジラが姿を現さなくなってから報道は日に日に薄れてゆき、一ヵ月もすると完全に忘れ去られていた。

 そんな様子を目の当たりにしながら私は、子供心に悟った。

 

 ゴジラは寿命を迎えたんだ、と。

 

 大人たちが恐れた“最悪の核惨事”もゴジラの暴威も、すべて海の底に沈んでしまったのだと感じた。私の耳にはもう、爆発音どころかゴジラの咆哮さえも響いてこない。

 『怪獣黙示録』という時代の終わり。それを私は、穏やかな寂しさとともに受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 その“一報”が世界を駆け巡ったのは『ゴジラが死んだ日』から20年後、初夏の穏やかな午後だった。

 

『ゴジラの遺骸、小笠原海溝で発見』

 

 20年前、静かに海へと消えていった巨大な怪獣王の最期が、ついに明らかになった瞬間である。

 発見から一週間と経たないうちに、世界は大きく揺れ動き始めた。まるで怪獣の足音のように、様々な意見や主張が世界中を揺るがしてゆく。

 

 まず最初に表立って動いたのは、アメリカの共同研究チームだった。チームを率いるスタンフォード博士は、ワシントンでの記者会見で厳しい表情を崩さなかった。

 

「これは明確な危険物です。即刻、処理を実施すべきです」

 

 アメリカが提案したのは、核兵器による完全滅却だった。人類が手にした中でこれこそが最も確実な方法だと、スタンフォード博士たちは繰り返し主張した。

 その背後には、アメリカ政府による強い意向があったという。ゴジラを怪獣としてよみがえらせたのは、アメリカが行なった核実験だったというのが巷における通説だ。ゴジラという怪物を造り出した過ちを丸ごと消し去ってしまおうという、大国のエゴが透けて見えるかのようだった。

 しかし、その提案には即座に反対の声が上がった。皮肉にも、最初に異を唱えたのは同じ科学者たちだった。

 

「核による処理は、新たな怪獣災害を引き起こす可能性が極めて高い」

 

 怪獣保護団体として有名な巨神擁護機構、その科学顧問を務めるジャン・ピエール博士は、パリでの環境保護会議で警告を発した。

 

「ゴジラの猛威を通じて、私たちは既に核の脅威というものを十分に知っているはずです。その教訓を忘れてはなりません」

 

 各国からも様々な処分案が提示された。

 ロシアは永久凍土での封印を提案。シベリアの奥地に特殊な施設を建設し、氷漬けにして封印する計画だった。インドとパキスタンは、珍しく足並みを揃えて深宇宙への打ち上げ投棄処分を主張した。

 だが、これらの案にはそれぞれ致命的な問題があった。永久凍土案は地球温暖化による不確実性が指摘され、宇宙処分案は技術的な実現可能性と費用面で現実味を欠いていた。

 それに、どこかへと捨て去り封印したとして、完全に無害になるとは限らない。かつて宇宙へ流出したゴジラ細胞が巡り巡って、宇宙怪獣スペースゴジラとして牙を剥いた前例もある。不用意な処分など出来なかった。

 

 一方で、資源としての利用を主張する声も日増しに大きくなっていった。

 世界的大企業エイペックス社の生命科学部門や、怪獣のバイオテクノロジー利用における先駆であったサラジア・バイオメジャー、ゴジラを筆頭とする怪獣のアーキタイプ因子を長らく研究していたシヴァ共同事業体では、連日深夜まで会議が続いていた。研究者たちは、「ゴジラ細胞」の研究に熱い視線を注いでいた。その研究は人類に計り知れない恩恵をもたらす可能性があると。

 

 まず医療分野からは、再生医療への応用が提案された。

 かつて不滅と呼ばれたゴジラ細胞、その生命の秘密を解き明かすことは、医療のジャンルで大きな飛躍を遂げることになるだろう。そのように期待された。

 また、軍事分野は放射能耐性を応用した防護服や装甲の開発に関心を示し、エネルギー分野ではゴジラの体内原子炉の仕組みを新エネルギー開発に活用する構想が練られた。

 農業分野からは極限環境で生育可能な作物品種の開発が、宇宙開発からは放射線耐性を活かした宇宙船の外装材開発が提案された。あらゆる分野の研究者たちが、ゴジラの遺骸に眠る可能性に魅了されていった。

 

 経済界も、この未曾有の事態に敏感に反応した。

 観光業界の雄マルトモ観光はゴジラの遺骸を中心とする深海観光施設の建設を提案し、世界有数のエンターテインメント企業であるハッピー興行社はバーチャル技術を駆使した体験施設の構想を打ち出した。

 教育産業の世界教育社は環境教育施設としての活用を提案し、映画産業までもがゴジラの遺骸に纏わるドキュメンタリー映画の撮影権入札を準備し始めたという。

 

 しかし、これらの提案に対しても強い警鐘が鳴らされた。

 声を上げたのは歴史学者たちだ。

 

「『怪獣黙示録』の教訓を忘れたのか」

 

 1954年のゴジラ初出現以降、各地で引き起こされた怪獣災害。

 それらの多くが、人間の科学や欲望の行き過ぎが引き起こしたものだと解釈する向きである。たとえ純粋な善意による研究や利用によるものだったとしても、新たなるゴジラを産み出す可能性は否めない。

 ゴジラの遺骸の利用は新たな怪獣災害を引き起こす可能性が指摘され、研究や商業への利用についての懸念は拭いきれなかった。

 

 ゴジラの遺骸は、文化方面にも多大な影響を与えた。

 アジアの一部地域で、ゴジラを現代の神として崇拝する新興宗教「ゴジラ教」が誕生。セレブや石油王など、あらゆる方面から資金を集めたゴジラ教徒たちは海中に巨大な神殿を建設し、その遺骸を永久保存することを提案した。その構想は、エジプトのピラミッドをも凌ぐスケールだったという。

 環境保護団体は自然遺産としての保護区域設定を訴え、考古学者たちは新種生物の進化過程を示す貴重な資料として保管することを主張した。

 さらには世界的に著名な現代アーティスト集団が、ゴジラの遺骸を「世界最大の自然アート作品」として保存する案を発表し、芸術界にも波紋を広げた。

 国際平和団体は核軍縮のシンボルとしての活用を訴え、著名な建築家グループは海中都市建設の実験場としての利用を提案した。

 気候変動の研究者たちは深海生態系への影響を研究する拠点としての活用を主張し、哲学者たちは人類と自然の共生を考える場としての保存を訴えた。

 

 国際政治の舞台でも、各国の思惑が複雑に絡み合った。

 核兵器での滅却案を退けられたアメリカは次に科学技術利用の優先権を主張し、中国は文化財としての共同管理を提案。ロシアは軍事利用の可能性を探り、日本は怪獣災害の被害国としての優先的発言権を訴えた。国連は国際管理下での共同研究を提案したが、各国の利害は容易には一致しなかった。

 水面下では、さらに複雑な動きが進行していた。各国の諜報機関による情報収集活動が活発化し、軍事転用や経済的利益を狙った極秘の計画も、噂として囁かれるようになっていた。

 

 

 私がモナークの研究員として小笠原海溝に向かったのは、報道から2週間後のことだった。

 

「……博士、準備はよろしいですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 助手のシマザキに、私は深海探査艇の最終チェックを終えながら答えた。ゴジラの遺骸の調査という重大な任務を前に、胸の内には言い知れない緊張が渦巻いている。

 

「今回もよろしく頼むよ、シマザキ君」

「はい、博士」

 

 ……20年前、テレビの前で見届けたあの日の光景が、今でも鮮明に蘇る。怪獣王ゴジラの最期があまりにも静かで穏やかだったことが、子供心にも強く印象に残っていた。

 そして今、その遺骸の調査という重責が、まさか自分に任されることになるとは。

 「生態系への影響を確認する」という任務は簡単なものではない。ゴジラの遺骸から放出される可能性のある放射能の測定、周辺の海洋生物への影響調査、そして何より、あの巨大な生命の最期の姿を科学的に記録することーー。

 

「博士、第一観測ポイントに到着しました」

 

 物思いに耽っていた矢先、シマザキの声で我に返る。

 モニターには、深海で横たわる巨大な影が映し出されていた。ゴジラの遺骸だ。その姿は、まるで眠りについているかのように静かで、かつての威容を偲ばせるものがあった。

 

「ああ、測定を開始しよう」

 

 私は深く息を吸い、観測機器の操作を始めた。

 探査艇が深度2,000メートルを超えた辺りから、周囲の水圧が一際強くなってきたのを感じた。装置から発せられる警告音が徐々に大きくなり、シマザキが不安げな表情を浮かべる。

 

「博士……」

「大丈夫だ。この探査艇は8,000メートルまでの耐圧性能がある」

 

 私は助手を安心させようとしたが、実際のところ私自身の声も些か震えていた。目指す場所は小笠原海溝、その水深4,000メートルのポイント。人類の活動領域としては最も過酷な環境の一つだ。

 探査艇の照明が闇を切り裂いていく。濃紺の深海に、ときおり魚の群れが光の帯となって映り込む。

 

「これは深海魚……ソコボウズか?」

「あちらはヨコエビでしょうか? しかしどれも見たことが無い形態ですね……新種でしょうか……?」

「ああ。きっと新種だろう。あるいは“遺骸”の影響で生まれた突然変異かもしれない……」

 

 放射能と深海、人類未踏の極限環境に適応した未知の生物たち。それは、まるでゴジラが死してなお、新たな世界を創造しているかのようだった。

 ……と思った矢先、突如として魚の群れが散開した。まるで何かを恐れているかのように。

 

「水温1~2度、放射線量は通常値の3倍程度です……あッ」

 

 シマザキの声が上擦る。計測機器の針が大きく振れ始めた。

 深度4,000メートルを超えた辺りで、探査艇の照明が途方もない光景を捉えた。

 

「これは……まさか……」

 

 私も言葉を失った。

 

 

 眼前に広がっていたのは、巨大な背鰭のシルエット。

 

 

 岩盤を押し広げ、海底地形そのものを変えてしまったかのような、途方もない規模。蛍光を放つ生物たちが群生し、その威容の周りで異様な生態系を形成していた。

 

「探査艇を9時の方向へ。カメラをパンさせるんだ」

「了解しました、9時の方向へ向かいます」

 

 私の指示を受けたオペレータが操縦桿を慎重に操作し、遺骸に沿って進んでいった。背鰭の付け根から胴体へと視界が移るにつれ、かつて世界を震撼させた怪獣王の姿が、おぼろげながら浮かび上がってくる。

 

「放射線量、急上昇!」

「狼狽えるな、まだ大した数値じゃない」

 

 計測器が警告音を鳴らし始めたが、それは私たちの予想を大きく下回る数値だった。

 むしろ不可解なほどに低い。かつて東京を一晩で焼き尽くした『怪獣王』の遺骸としては、あまりにも穏やかな数値だ。

 

「博士、これ以上は危険です……っ!」

「ああ、だが、もう少し調べたい。あと少し、少しだけだ……!」

 

 探査艇をさらに進めると、ついにその全容が見えてきた。

 照明が照らし出したのは、大地の神のような威容だった。むき出しとなった肋骨は巨大な門のように並び立ち、その一本一本が潜水艇よりも遥かに大きい。骨と骨の間を通り抜ける度に、私は自分たちがいかにちっぽけな存在であるかを思い知らされるような心地がした。

 

「まるで大聖堂のようですね……」

 

 シマザキの囁くような声が、艇内に響いた。

 大聖堂、その表現はなるほど的確に思えた。荘厳さと畏怖の念を呼び起こす巨大な骨の建造物。それは人智を超えた存在の最期の姿であり、同時に不滅の記念碑でもあると言えよう。

 

「博士……これが、生き物なんですか……!?」

 

 シマザキの声が震えている。

 私も同じ気持ちだった。子供の頃、テレビ越しに見た最後の姿。そして今、目の前に広がる途方もない光景。科学者としての理性が、その規模の前で揺らぐ。

 探査艇のライトが照らし出す光景は、かつて人類から恐れられ、忌み嫌われた怪獣の最期としては、あまりにも美しく思えた。

 

 

 はじめのうち、ゴジラの骨には何の変化も無いように思えた。

 深海4,000メートル、私たちが照らし出す探照灯を除いて光が差し込むこともない、静謐な海の底。そこにはマリンスノーが静かに降り積もるばかりで、生き物らしい影は見受けられなかった。

 

「やはり、ゴジラの死骸に自然の動物は寄り付かないということでしょうか……?」

「…………。」

 

 シマザキの素朴な言葉に、私は暗澹たる気持ちになった。

 放射性物質の影響は数万年にも及ぶと言うが、核兵器の落とし子とも呼ばれるゴジラの遺骸もそれは同じということなのだろうか。

 戦争、核実験、そして怪獣。身に余る力へ手を出した人類の愚かしさを、自然から突きつけられているかのように私には思えてならなかった。

 

「深海生物たちも本能で理解しているんだろう。この遺骸が『危険だ』と……」

 

 ……と、言いかけて、わたしは自分が妙なことを言っていることに気づいた。

 

「……いや、おかしいな」

「おかしい、とは?」

 

 気遣わしげに問いかけるシマザキへ、私は気づいたことを答えた。

 

「いや、もし本当に何も寄り付かないのなら、()()()()()()()()()()()()だと思ってな」

「えっ……」

 

 私の言葉を呑み込みかねたのか、シマザキはきょとんとしている。私は思いついたことを説明した。

 

「考えてみたまえ。『腐敗』は、微生物が有機物を分解するときに発生する現象だ。しかし、ゴジラの死骸は実際には白骨化している」

 

 ということは。私は論理的帰結を述べた。

 

「つまり、少なくとも『ゴジラの肉を喰う生物がいる』ということだ。有害な放射能を帯びているはずの、ゴジラの細胞をな」

「……あっ!」

 

 シマザキもようやく、私と同じ考えに思い至った様子だった。私は計器を眺めながら、考えを話し続けた。

 

「それに、この海域はゴジラの影響で放射能汚染されているはずなのに、実際の放射線濃度はそれほど高くない。深海はただでさえ腐敗が進みにくく、風化も起きない。何の風化作用も働かない状況で、勝手に放射能が除染されるようなことはないはずだ」

「なるほど……」

 

 そしてゴジラの肉を喰う生物がいるということは、大自然にはゴジラの遺骸を処理する仕組みが成り立っているということでもある。

 放射性物質による汚染は数万年にもわたって影響を与えると言われるが、チェルノブイリ原発事故の跡地で、放射線をエネルギー源として利用する能力を持つラジオトロフィック真菌類が見つかったこともある。あるいはゴジラの死骸も生物学的浄化:バイオレメディエーション、大自然の仕組みでもって無害化することが可能かもしれない。

 私はすぐに思い立った。

 

「シマザキ君、すぐにサンプルをとろう。深海の環境でゴジラの死骸がどうなったか、調べるんだ」

「はい、博士!」

 

 そして私たちは新たな観察プロトコルを組み、サンプルの詳細な分析を開始した。

 昼夜を問わない観察が続いた。シマザキは時折心配そうな目で私を見つめたが、私は気に留めなかった。

 

 

 運命が変わったのは、調査を始めて数週間後のことだった。

 あの日、私は深夜まで研究室に残っていた。

 

「博士、もうお休みになられては……」

 

 シマザキの心配そうな声も、私の耳には届かない。顕微鏡を覗き込む目は、すでに充血していた。

 

「これは、おかしい……」

 

 ROVがゴジラの骨から採取したサンプルの表面には、薄い膜のような層、『バイオフィル』が形成されていた。

 この海域の放射線量の測定値が予想より低いのは、この層が関係しているのではないか。そんな推測が、私の頭から離れなくなっていた。

 

「シマザキ君、この部分の放射線量をもう一度測ってくれないか」

「はい、測ります……あの、これは!」

 

 シマザキの声が急に高くなる。測定器の針が、目に見えて下がっていく。

 

「やはりそうか……」

 

 私は慌ただしく別のサンプルを取り出した。時系列で採取していた試料だ。最初に採取したものと比較すると、放射線量の違いは明らかだった。そして、その差が大きい部分ほど、あの薄い膜が濃く形成されている。

 

「これは、生きている……」

「えっ?」

「この膜だ。何かが、ゴジラの肉を食べているんだ」

 

 高倍率の電子顕微鏡に切り替えると、そこには想像を超える光景が広がっていた。

 無数の微生物が、まるで生命の祝祭のように蠢いている。それは、どの既知の微生物とも異なる、まったくの新種だった。

 

「シマザキ君、培養実験を始めよう。今すぐに」

「は、はい!」

 

 それから数日間、私たちは休むことなく実験を続けた。微生物の培養、遺伝子解析、代謝過程の観察……。すべての結果が、私たちの仮説を裏付けていった。

 私は結論付けた。

 

「この極限環境微生物は、ゴジラの細胞を食べている」

「そんなことが……!?」

 

 シマザキが驚くのも無理はないことだった。顕微鏡下で観察される微生物たちは、あらゆる既知の生物の概念を超えていた。

 この細菌は、放射性物質を唯一のエネルギー源として生存できる、これまでに見つかっていない種であることが確認された。驚くべきことに、細菌はゴジラの細胞内に存在する未知の物質を選択的に分解し、その過程で放射性物質を安定した同位体に変換していたのである。

 詳細な観察を重ねるうちに、この微生物の特性が明らかになっていった:

 

1. 高い放射線耐性

- 通常の生物の1000倍以上の放射線量でも生存可能

- DNA修復機能が極めて発達している

- 放射線をエネルギー源として利用できる可能性

 

2. ゴジラ細胞への特化性

- ゴジラの特殊な細胞構造を認識し、選択的に分解

- 放射性物質を無害な化合物に変換

- 驚異的な増殖速度と適応能力

 

3. 生態系への影響

- 他の生物に対して無害

- 放射性物質の除染に高い効果

- 周辺環境の放射線量を徐々に低下させる

 

 シマザキの声も興奮に染まっていた。

 

「博士、この発見は……」

「ああ」

 

 私は頷いた。

 

「私たち人間による処分案も、利用案も、これで全て無意味になる。自然は既に解決策を用意していたんだ」

 

 驚くべき放射線耐性。ゴジラ細胞を選択的に分解する能力。そして何より、その代謝過程で放射性物質を無害化する機能。人類が「処分」や「利用」という言葉で片付けようとしていた問題に対する、自然からの静かな反論のように思えた。

 私はシマザキに告げた。

 

「シマザキ君」

「はい?」

「君と一緒にこの発見ができて良かった」

「……!」

 

 その言葉に、シマザキは少し赤面したように見えた。

 

 

 

 

 私とシマザキは、さらなる調査を進めることにした。

 ゴジラ細胞を代謝する細菌の発見は始まりに過ぎなかった。探査艇で遺骸の周辺を丹念に観察していくと、そこには想像を超える生命の営みが広がっていた。

 

「博士、あれを見てください!」

 

 シマザキの声に、私は探査ドローンの操縦席から身を乗り出した。探査ドローンの照明が捉えたのは、ゴジラの肋骨の隙間を泳ぎ抜ける巨大な甲殻類の姿だ。

 

「あれは……ショッキラスだな」

「ええ。これまでに記録のない形態です。しかも、放射線量が通常より高い区域を平然と遊泳している」

 

 この甲殻類は、かつての『怪獣黙示録』において「ショッキラス」と名付けられた種だ。体長1メートルにも及ぶその巨体は、通常の甲殻類とは明らかに異なっていた。

 後の研究でショッキラスの正体は、硫化鉄を身に纏うことで放射線のダメージを防ぐ能力を獲得した腐肉食性フナムシの変異種であり、ゴジラの外皮組織を主な餌としていたことが判明した。放射線への耐性を獲得したのも、この極限環境に適応した結果だった。

 驚くべき発見はまだ続いた。ゴジラの体内原子炉があった場所には、奇妙な生物が群生していた。

 

「これは、ムートーでしょうか?」

「きっとそうだろう。しかしこんな深海に棲んでいるなんて……」

 

 電磁波怪獣、タイタヌス=ムートー。かつてゴジラと戦ったこともある古代怪獣の一種で、放射性物質を常食とする生物だ。その小型種が、ゴジラの体内原子炉があった辺りに取り憑いていた。

 

「このムートー、ゴジラの体内原子炉に寄生しているようですね……」

「なるほどな。クジラの死骸にもホネクイハナムシが取り憑くことがあるが、それと似たようなものだろう」

 

 私たちが発見したムートー亜種は、ゴジラの体内原子炉に残っていた放射性物質を直接エネルギー源として利用し、複雑な代謝経路を通じて安定した物質へと変換しているようだった。

 往年の電磁波怪獣ムートーはゴジラの化石に寄生していたことが確認されていたが、本来のタイタヌス=ムートーはこうしてゴジラの死骸に入り込んで体内原子炉を解体処理する存在だったのかもしれない。

 さらにゴジラの肉が朽ちた一帯には、厚みのあるバイオマットが形成されていた。先述の極限環境微生物を筆頭に有孔虫、センチュウ、カイアシにトゲカワムシ……数多の微生物(メイオファウナ)が作り出した薄い膜は、時間の経過とともに驚くべき生態系の基盤となっていたのである。

 

「これは……まるで海中の草原だな」

 

 バイオマットの表面では、無数の小型甲殻類や深海魚が這い回っていた。

 注目すべきは、それらの小型甲殻類を捕食する大型の生物たちの存在だった。放射性物質を代謝する微生物の層を主食とするショッキラスやムートーの類縁と、彼らを捕食する未知の深海怪獣。

 時折、それらの小型生物を捕食するために大ダコやエビラの類縁が訪れ、バイオマットの表面を掠めていく。その姿は、まるでサバンナで草を食む大型草食動物のようでもあった。

 

「ゴジラの遺骸の周りで、食物連鎖が成立している……」

 

 ゴジラの遺骸は、私たちの予想をはるかに超えて、豊かな生命の揺りかごとなっていた。ゴジラ細胞を食べる例の細菌を基盤とし、そこに新たな生物たちが加わることで、独自の化学合成生態系が形成されていたのである。

 ふと、私は呟いた。

 

「……我々は大きな勘違いをしていたのかもしれないな」

「どういうことでしょう?」

 

 訊ねるシマザキに、私は答える。

 

「ゴジラは危険だから処分しなければならない。あるいは人類の役に立つように利用すべきだ――そんな思い込みをしていた」

 

 私は目の前に広がる光景を指し示した。

 

「でも自然からすれば人間の都合なんて関係がない。そして見たまえ。大いなる自然は、既にゴジラさえも綺麗に片付ける仕組みを整えていた。考えれば自然なことだ。ゴジラは大いなる自然から生まれた。ならば、その死を迎えたあとは大いなる自然に還るのが道理だったんだろう」

「人間が作り出してしまった核の脅威に対して、自然はこうして対抗手段を編み出したということですね」

 

 探査艇の窓の向こうでは、ショッキラスの群れがゆっくりと餌を漁り、ムートーの集団が静かに代謝活動を続け、そしてそれらを捕食する捕食者たちがゆったりと時間を過ごしていた。かつて世界に恐怖を振りまいた怪獣王の亡骸は、今や生命に溢れる豊かな土壌となっていたのである。

 

「……これこそが、自然の姿なのかもしれません」

 

 そう語るシマザキの声には、自然への畏敬の念と共に、どこか悔恨の色も混じっていた。

 シマザキは言った。

 

「わたしも、ゴジラを人類の罪の象徴としか見ていませんでした。その死骸からも、きっと負の影響しか生まれないと思い込んでいた」

「……ああ、そうだ」

 

 シマザキの言葉に、私は深く頷いた。

 

「まったく、その通りだ。だがそれこそが、我々人類の傲慢さだったのかもしれない。ありのままの自然を、人間にとって都合の良い、あるいは都合の悪いものとして区分けしようとする。そんな人類至上主義的な考え方こそが、我々の最大の誤りだったのではないか」

 

 探査艇の窓の向こうでは、深海魚の群れが蛍光を放ちながら泳ぎ、ショッキラスの群れがゆっくりと餌を漁り、ムートーの集団が静かに代謝活動を続けていた。

 

「かつて死や破壊の象徴とされたゴジラの遺骸が、これほど豊かな生命を育んでいるとは……!」

 

 海底で生命の揺り籠と化したゴジラの遺骸は、私たちの研究チームによって『ゴ骨生物群集』と名付けられた。

 そして今、私たちは、人知れず営まれてきた生命の神秘を目の当たりにしている。

 かつて世界に恐怖を振りまいた怪獣王の亡骸は、今や生命に溢れる豊かな世界となっていた。それは人間の価値判断を超えた、純粋な自然の営みそのものだった。

 

 

 その報告書が私の下に届いたのは、ある雨の日の午後だった。

 

「博士、至急ご確認いただきたい書類です……!」

 

 シマザキが差し出した封筒には「G-FORCE 最重要機密」の文字が踊っていた。開封すると、そこには私の予想を遥かに超える――いや、むしろ理性の及ばない内容が記されていた。

 

『報告書:ゴジラ遺骸処理計画 第一次草案

計画概要:小笠原海溝に位置するゴジラの遺骸に対し、オキシジェン・デストロイヤー兵器による完全滅却処理を実施』

 

 思わず目を疑う。そして、苦々しい笑みが浮かんだ。なんという皮肉か。核実験が生み出した怪獣の死を、まさか核をも上回るオキシジェン・デストロイヤーで消し去ろうというのか。

 

「まさか……これは何かの冗談か?」

 

 私の声が震えているのが自分でもわかった。シマザキも複雑な表情で頷く。

 

「Gフォース上層部は、ゴ骨生物群集から放出される放射能やゴジラ細胞による環境汚染を懸念しているようです。現時点で確実な処理方法は『オキシジェン・デストロイヤーによる滅却』しかないと」

「放射能汚染が心配だから、より強力な化学兵器で塗り潰してしまおうと? バカな」

 

 計画書には詳細な実施手順まで記されていた。使用するオキシジェン・デストロイヤー弾頭の種類、投下地点の座標、予想される影響範囲……。

 驚くべきことに、「環境への配慮」という項目まであった。私は思わず笑ってしまう。使用した場所を無酸素状態にして死の世界に変えるという悪魔の兵器、オキシジェン・デストロイヤー。その使用を「環境への配慮」と呼べる神経が、私には理解できなかった。

 

「……まったく、人類の愚かさには際限がないものだな」

 

 私は机に突っ伏すように呻いた。

 かつて核実験がゴジラを生み出し、その脅威に人類は震え上がった。そして今、その教訓を完全に忘れ去ったかのように、また同じ過ちを繰り返そうとしている。

 これまでの研究成果が無に帰すも同然の暴挙。それは単なる怒りではない。科学者としての理性が、この狂気に警鐘を鳴らしていた。

 

「核兵器の産物であるゴジラを、より上回る兵器で消し去る? 笑い話にもならないな。シマザキ、すぐに反論書を作成しよう。我々の研究データをすべて集めるんだ」

「はい、先生!」

 

 私たちは数日間、眠る時間も惜しんで資料をまとめ上げた。

 ゴジラ細胞を代謝する極限環境微生物の発見、ゴ骨生物群集の形成、そして何より、自然の浄化作用による放射能の減衰データ。これらの科学的証拠が、オキシジェン・デストロイヤーによる滅却処理などまったく不要であることを示していた。それどころかオキシジェン・デストロイヤーの使用は、自然が築き上げた浄化のシステムを完全に破壊しかねない。

 

 完成した報告書は百ページを超えた。タイトルは『ゴジラ遺骸の自然分解過程に関する生態学的考察』。私はそこに、これまでの研究の集大成とも言える結論を記した。

 

『ゴジラの遺骸は、もはや危険物ではない。それは自然の摂理の中で、確実に、そして安全に分解されつつある。人為的な介入は不要どころか、有害でさえある。とりわけオキシジェン・デストロイヤーの使用は、まさにゴジラを生み出した過ちの再現に他ならない』

 

 提出から一週間後、Gフォースから連絡が入った。

 

『シノムラ=タカシ博士の研究結果を受け、オキシジェン・デストロイヤーによる処理計画は白紙に戻すことを決定いたしました』

 

 私は深いため息をつきながら、受話器を置いた。

 窓の外では小雨が降り続いている。その音が、まるで安堵の涙のように聞こえた。同時に、人類の愚かさを洗い流そうとする自然の慈悲のようにも感じられた。

 

「人間というのは、時として自分たちの愚かしさで作り出した脅威を、さらなる愚かしさで消し去ろうとする。そんな悪循環から、わたしたちはいつになったら学べるのでしょうか」

「……まったくだな」

 

 シマザキの呟きには、深い諦観が滲んでいた。私も同じ思いだった。

 しかし、これで終わりではない。

 むしろ、本当の研究はここからが始まりなのだ。自然の営みの中で、ゴジラの遺骸が、そしてゴ骨生物群集がどのように変化していくのか。その過程を見守り、記録し、理解すること。それこそが、私たちに課された本当の使命なのかもしれない。

 

「さあ、また観測に戻ろう。今度は人間の愚かさではなく、自然の叡智を観察するために」

 

 私は立ち上がり、実験室への扉を開けた。今日も、深海で静かに続く生命の営みを観察する日々が、私たちを待っている。




グレイトフル・デッド、ジョジョ第五部のルビのせいで「偉大なる死」って訳されますけど、ホントは「恩返しする死者」って意味らしいですね。死者に親切にしたら良いことがありますよ、っていうお話のパターンを指すそうです。

次はどんなのが読みたい?

  • 魔法少女バトラちゃん
  • ロリ化ジェンデストロイヤー
  • 偽聖女とチタノザウルス
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