南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件 作:よよよーよ・だーだだ
ゴジラ細胞を代謝する極限環境微生物は、発見者である私の名前に因んで『シノムラ細菌』と名付けられた。
初めてこの細菌を顕微鏡下で確認したとき、私はそれがゴジラ細胞のみならず放射性物質をも代謝する能力を持つことに気づき、言い知れぬ興奮に震えた。かつて核の脅威が引き起こした『怪獣黙示録』の時代を知る者として、こんな小さな生物が世界を変えるかもしれない――そんな期待が生まれたのだ。
ゴ骨生物群集に集まっている各生物を解剖、詳細に検査した結果、このシノムラ細菌はゴジラの死骸を分解する生物群――たとえば甲殻類ショッキラスや電磁波怪獣ムートー亜種の体内にも共生細菌として存在することが判明した。
言い換えれば、ゴジラの肉や体内原子炉を餌にする分解者たちの“代謝システムの根幹”が、シノムラ細菌そのものだったのである。ショッキラスがゴジラの腐肉を漁り、ムートーがゴジラの生体原子炉を分解できるのは、ひとえにこの細菌が彼らの体内で鍵となる役割を担っていたからだ。
さらに研究が進むにつれて、シノムラ細菌はより大きな役割を果たしていることがわかってきた。
タイタヌス=ムートーだけでなくベヒモス、アムルック、ティアマト……数多くの怪獣が体内にシノムラ細菌とその類縁を宿していることが判明した。それと同時に、怪獣の出現地域で地球環境が劇的に回復する現象――いわゆる「ラッセル効果」と呼ばれる事象の機序にも、この細菌の類縁たちが深く関わっていることが明らかになった。
ラッセル効果とは、怪獣(ヘドラやキングギドラなどの一部の例外を除く)が破壊をもたらした土地について、破壊されたあとに豊かな自然が蘇る現象のことである。
モナークの元科学者エマ=ラッセル博士の研究によって怪獣の破壊と自然の回復に相互関係があることは確認されてはいたが、なぜ怪獣が破壊した場所でこうしたプラスの生態学的影響が生じるのかは長らく謎のままだった。
そこで鍵として浮上したのが、ゴジラ細胞を代謝する微生物:シノムラ細菌の存在である。
怪獣の体表や排泄物、さらには吐息や咆哮時に散布する微細な体液の中にシノムラ細菌が含まれ、その活動に伴って周囲の土壌や水系に取り込まれる。
その際、細菌は怪獣由来の微量な放射性物質や特殊なタンパク質をエネルギー源として急速に繁殖し、土壌中の有害物質を分解・無害化する作用を引き起こすと考えられている。
ひいては土壌微生物相を多様化させることで植物や他の生物の成長を促し、最終的には豊かな生態系を再生する――これがラッセル効果の実態であるという説が、モナークを中心とした国際研究チームの大規模調査から支持を得つつある。
やがて、シノムラ細菌の発見は、我々人間の世界にも変化をもたらし始めた。
チェルノブイリやジャンジラなど数多くの放射能汚染地域で除染実験が成功し、かつて廃墟同然だった土地に少しずつ緑が戻ってきたという。医療現場でも、放射線治療の副作用を軽減する技術が確立しつつある。そのほかにも遺伝子編集技術と組み合わせた多様な研究が推進され、もしゴジラの再来や新たな怪獣出現があっても、より低リスクで対処できる土壌が整備されていった。
もちろん、世界がすべてバラ色というわけではない。
研究や産業化の過程で利益を求めるあまり「裏ルート」での取引が行われる危険性は拭えず、実際に一部の軍事企業や犯罪組織がシノムラ細菌の不正利用を企む噂も後を絶たない。
それでも、人々の多くは『怪獣黙示録』の脅威を忘れず、国際的な協力体制を維持しながら、シノムラ細菌の平和利用を着実に進めようとしている。
……世界は、より良くなろうとしている。
そんな現状が、私にはなんだか素晴らしい希望であるかのように思えてならなかった。
「おはようございます、博士」
いつもと変わらない、いや、いつもより少し丁寧な挨拶が返ってくる。私の助手はどこか落ち着かない様子だ。胸ポケットには新しい万年筆が差さっているのが見えた。多分、別のスタッフからの贈り物だろう。
「やあ、おはよう、シマザキ君……いよいよ今日が最後の日だね」
私が声をかけると、私の助手∶シマザキは真顔で「はい」と答え、それから少し首を傾げた。
「はい。なんだか実感が湧きませんが……今日で定年退職となりました。朝からいろいろな人に声をかけていただいて……こんなにお世話になってたんだな、と改めて思います」
そう、私の助手のシマザキが正式に退職する。つまり、私たちがコンビを組んで研究を進めてきた長い時間に、ひとつの区切りがつく日である。
シマザキがどこか照れたように微笑む。いつも真面目一徹なこの助手が、少しだけ柔らかな表情を浮かべているのが印象的だ。
「おめでとう。長い間ご苦労だったな」
「ありがとうございます、博士。こちらこそ、こんな未熟なわたしをずっと助手として雇ってくださって、本当に感謝しています」
これまで言葉にしなかった思いが、互いにこみ上げてくるのを感じる。
少しでも研究に隙があれば議論を交わし合い、データの検証や海洋探査での苦労を共有してきた日々が走馬灯のように思い返される。ゴジラの遺骸を深海で初めて見つけたときの驚きや、シノムラ細菌を発見したときの興奮――それら全てを、私とシマザキは“共犯者”のように味わってきたのだ。
「……最初に深海探査に潜った日のことを覚えているかね」
ふと私が問いかけると、シマザキは笑みを深くする。
「忘れるわけがありませんよ。あの日、博士が『もう少し調べたい』と言って押し通したのを止められなかった……まったく無謀だと思っていました」
「ははは。その甲斐あって、ゴジラの白骨をこの目で拝むことができたんだからな」
二人で顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。あのときの揺れる探査艇の中、シマザキが口やかましく安全警告を連呼していたのも、今となっては懐かしい思い出だ。
「お互いに若かったね。気づけば、私はこんな杖がないと歩けなくなってしまった」
私は苦笑しながら杖を軽く突く。加齢によるものか、最近は足腰が少し弱ってしまって立って歩くのにも苦労することが多くなった。
その瞬間、不意にシマザキは少し声を落とした。まるで今だから言える秘密をこぼすかのように。
「実は昔……わたし、博士のことが好きだったんですよ?」
その言葉に、私は心臓がどきりと跳ねた。とっさに何を返すべきか分からない。
シマザキの顔を見ると、その瞳はどこか照れくさそうな光を帯び、しかし笑みを失ってはいない。どうやら本気の告白というよりは、人生の節目にふっと漏れた“青春の思い出話”なのだろう。
「ほら、わたしがまだ20代の頃、博士はシノムラ細菌の研究に没頭してばかりだったでしょう? あの頃はもう少し、わたしにも興味を持ってくれたら……とまあ、勝手に思っていたのですけれど」
「……あ、ああ……その、すまない。あまりに研究馬鹿で、君の気持ちになかなか気づけなかったんだな」
私は心底驚き、そして申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
当時の私ときたら、研究室に泊まり込みでゴ骨生物群集やシノムラ細菌のサンプル分析に没頭する毎日。シマザキがきちんと支えてくれなければ、食事も睡眠もまともに取らないまま研究を続けていたに違いない。けれどその裏に、そんな“想い”があったなんて。
今更気づかされた私に、シマザキは微笑みながら答えた。
「まあ、そういうところが博士らしいといいますか……結局、その気持ちはわたしの中でいつの間にか“尊敬”に変わったんです。でも、もし博士がもう少しだけ鈍感じゃなければ、何か少しは違ったかもしれませんよ」
「そ、そうかもしれないなあ……」
シマザキの冗談めいた言葉に、私は思わず苦笑した。
研究馬鹿の私にとっては、この上ない褒め言葉であり、同時に不器用さを思い知らされるようでもあった。
それで、とシマザキは続けた。
「これから先、博士はどうされるんですか? やはり、ゴジラの研究を続けていかれるんですよね?」
「……ああ、続けるよ。もう私は“ゴジラの墓守”みたいなものだからな。ゴジラも、シノムラ細菌も、人類の未来がどうなるのかも――できる限り見届けたいんだ」
私の言葉に、シマザキは深く頷いた。思えば私もずっと独り身で、親しい友人らしいものと言えば助手のシマザキだけだった。
「……寂しくなりますね」
不意にそう言ったのはシマザキのほうだった。私は一瞬、言葉を失いかける。普通なら私が言うべき台詞かもしれないが、きっとシマザキも同じ気持ちなのだろう。
私は答えた。
「……そうだな。でも、君にはこれから先の人生がある。新しい目標を見つけてくれ。君の場合、研究だけが人生ではないだろう」
そう言いながらも、私の声は少し掠れる。シマザキもまた努めて明るい表情で答えた。
「ええ。まだ具体的には決まっていませんが、ここを出たら一度のんびり旅をしてみようと思います。世界中に散らばった怪獣や、その痕跡を巡ってみたいんです。ゴジラばかりにこだわらず、もっと広い視野で怪獣や自然の共生について学んでみようかと」
シマザキらしい、誠実な夢だ。私は頷いて同感を表し、その肩をそっと叩いた。
「いいじゃないか。きっと君なら、どこへ行ってもたくさんの発見があるはずだ。気が向いたら、またラボに来なさい。書斎はいつでも開けておくよ」
「はい、ありがとうございます……博士こそ、お身体にお気をつけくださいね。ときどき連絡を差し上げます」
ふたりの会話が途切れたとき、研究室のスピーカーから退職者を送り出すアナウンスがかかった。
古風なラジオ放送のような軽妙な音楽が流れたかと思うと、受付の事務員がシマザキの名前を読み上げ、その功績を簡潔に称えた。普段は静かなモナークの研究所だが、こういうときにはささやかながらも心のこもったセレモニーを用意するらしい。
「じゃあ、行ってきます」
シマザキがスーツの襟を正し、小さく礼をしてから出入口の方へ向かう。私も杖を頼りに後を追ったが、どういうわけか足取りが重い。まるで永遠の別れでもするような気持ちだ。
渡り廊下から見える中庭には、他の職員や研究員が既に集まっていた。皆が拍手でシマザキを迎える。私は少し遅れてそこへ辿り着くと、苦笑混じりにその肩をまた叩いた。
「立派な退職式だな」
「ええ、本当に。こんなに祝ってもらえるとは思っていませんでした」
シマザキはそこかしこで、挨拶を交わし、お世話になった人々に礼を伝えて回っている。
シマザキは私の助手であるが、シノムラ細菌の研究に多大な貢献を果たした研究者の一人でもある。若手のスタッフから見れば、彼女もまた英雄のようなものだろう。
「シマザキ先生!」
そう言って若いスタッフたちが名残惜しそうに言葉をかけ、シマザキも笑顔で応えていた。私はひとつ後ろの位置で、その光景を静かに見守る。
正直、こうしてシマザキが立ち去ったあと、自分の身の回りのことをどうやってやり繰りしていくのか――想像すると背筋が寒くなる。誰よりも頼りにしていた助手を失うのは、研究だけでなく私の日常生活にも大きな変化をもたらすだろう。
「……まあ、私もそろそろ独り立ちせんとな」
背を向けて歩き出すシマザキの背中を見送りながら、私の胸に名残惜しさが渦巻く。だが、同時に嬉しさもある。シマザキには、どこか遠くの地でまた新たな奇跡を見つけてほしい――ゴジラとは違うかもしれない、新たな“発見”を。
そうして私は、大きく息をつき、そっと目を閉じた。
シマザキが去っていく足音はすぐに人混みに溶け、私の耳には誰かが弾く軽いメロディだけが名残のように流れてきた。
こうして、私は一人になった。
このところ、老化による体力の衰えを否が応でも感じる。気づけば杖をつくのが当たり前になったし、研究ノートを書く手も以前ほどスムーズには動いてくれない。時の流れは恐ろしいほどに早い。
変わったのはこのラボもだ。
“ゴ骨生物群集”を観察するこのラボは以前より規模が縮小され、少しひんやりとした静けさが漂っている。以前なら若いスタッフたちが活気に溢れていた廊下も、このところはすっかり人通りが少なくなってしまった。
シノムラ細菌の研究がひと段落したわけではない。それでも世界的な関心が「新たな怪獣への備え」から「既存の成果の実用化」へと移行し、尖った最先端研究は別のラボへと移っていったのだ。
そんな中でも私は、以前と変わらずゴジラの骨やシノムラ細菌の観察をライフワークとして続けている。
かつての『怪獣黙示録』の惨状をリアルタイムで知る世代としては、ゴジラという存在が与えてくれた衝撃や畏怖、あるいは敬意さえも含めて、時間をかけてじっくり整理しておきたい。最後に残るのは、誰にとっても“記録”と“記憶”だけなのだから。
私はそれにこそ意味があると信じている。例えゴジラの骨が姿を消そうとも、研究者としてそれを伝え残すことが自分の使命だと思うのだ。
ある朝のことだった。
いつものようにラボに出勤すると、メール係から分厚い封筒を渡された。
「シノムラ博士、郵便です。封書ですよ」
「うむ、ご苦労」
金色の縁取りと軍のエンブレムが大きくあしらわれたそれは、見慣れた“Gフォース”からの文書だった。最近は表立った怪獣活動も減り、ゴジラ研究そのものが下火になりつつあっただけに、このタイミングでGフォースから連絡が来るとは想定外だった。胸騒ぎを覚えつつ封筒を開き、綴られた文面を読み進めていく。
見慣れた官僚的な言い回しの通知書。だが、中ほどに記されていた一文を目にした途端、私は思わず息を呑んだ。
“ゴジラの骨を引き上げ、対怪獣兵器として再利用する計画”
目を疑った。
新たに現れたゴジラに対抗するため、旧ゴジラの骨格を回収し、メカゴジラとして再生させようというのだ。『怪獣黙示録』時代における史上最大の武勲艦、メカゴジラ機龍。それをまた人類は欲しているということか。
「……まさか、また同じ過ちを繰り返そうというのか?」
独り言が、静まり返ったラボにむなしく響いた。
確かに怪獣黙示録の後も、ゴジラの再来を恐れる声は絶えずあった。ここ数年、新種の怪獣が散発的に出現しているのも事実だ。新たなゴジラの存在に関する噂話もたびたび耳にしていた。巨大な放射線反応がキャッチされたとか、海底に通常とは違う振動波が観測されたとか――いずれも決定的な証拠がないものの、Gフォースが早々に動き出した以上、何かしら掴んでいるのだろう。
しかし、あのゴジラの骨を掘り起こすなど……。
私は震える手で資料を机に置き、深く息をついた。
何年も前、シマザキと共に戦った、Gフォースによるゴジラの遺骸滅却計画を思い出してしまう。結局あのときは私の研究報告によってオキシジェン・デストロイヤーの使用は阻止されたのだが、今度のGフォースは“利用”の方に振り切ろうとしているのか。
研究所を見渡す。棚にはゴジラ細胞の分析データやシノムラ細菌の論文、そして『ゴ骨生物群集』に関する報告書がずらりと並んでいる。
この数十年にわたる研究成果は、「ゴジラを倒すため」だけに蓄積してきたわけではない。むしろ、ゴジラという存在の真実を解き明かし、自然との向き合い方を学ぶために費やしてきたはずだ。
「こんなことのために……!」
私の中で小さく、しかし確実な苛立ちが芽生える。
もちろん、『怪獣災害から人々を守らねばならない』というGフォースの理念や使命は理解している。新たなメカゴジラ機龍が無ければ、新たなゴジラに対抗できないのもまた事実かもしれない。
だが、それでもなお……ゴジラの遺骨を兵器の部品として再利用することに、やり場のない抵抗感を覚えずにはいられない。ゴ骨生物群集と誰よりも長らく向き合ってきた研究者であることを自認している私にとって、Gフォースの企みはあまりにも冒涜的に思えた。
「……シマザキがいたら、どう思うだろうか」
退職して旅立った助手のことを思い浮かべる。
もし彼女がここにいて、私と同じ文書を読んだら、きっと真剣な表情を浮かべつつ鋭く批判するだろう。あるいは、冷静に「これが彼らの選んだ最終手段かもしれません」と徹夜で議論を交わすかもしれない。
だが、今や私は一人だ。以前より縮小されたラボはやけに広く感じ、シマザキがいた頃の活気が幻のように思い出される。ここには誰もいない。一人で判断し、行動しなければならない。
資料の最後のページには、私の研究者としての協力要請が書かれていた。曰く、「過去にゴジラ遺骸の構造解析を行った専門家として、本計画の技術顧問を務めてほしい」と。
Gフォースは、本気でゴジラの骨を探し出し、引き上げるつもりだ。すでにエイペックス社やシヴァ共同事業体など、いくつかの民間企業や組織とも連携しているらしい。
――躊躇いが胸を塞ぐ。
協力するか否か。あのゴジラの骨を機龍として再生させる行為に手を貸すのは、どうにも気が進まない。
しかし、もし私が協力を拒んだところで、何も変わらない。
Gフォースは別の専門家を探すだけのこと。そうなれば、ゴジラの骨がどう扱われるのか、私にはもはや見届ける術すらなくなる。計画を止めたいわけではないが、この行為が持つ意味を、誰よりも深く考えられる人間として私が立ち会わねば、歯止めすら利かなくなるかもしれない――そんな危惧もある。
「……やれやれ、また厄介な時代が巡ってきたものだな」
私は呟き、Gフォースからの通知書をそっと机に置いた。
研究所の外からは時折、穏やかな波音が聞こえる。その海の底ではゴジラの骨が眠っているというのに、また人間がその眠りをかき乱そうとしている。
もはや時間の猶予はそう多くないのかもしれない。
新たなゴジラの脅威が現実味を帯びているというなら、あの『怪獣黙示録』の時代を知る者として黙っているわけにはいかないだろう。私は立ち上がり、杖を突いてラボの扉を開ける。
廊下はいつものようにひんやりしているが、これから先はもっと荒れた風が吹き込みそうだと、妙に胸騒ぎがした。
――ring、ring!
ラボの静寂を切り裂くように、遠くから電話の呼び出し音が鳴り始めた。
きっとGフォースの担当官からだろう。私は心を決め、杖の先を床に響かせながらGフォースの司令部へと足を向けた。
「ああ、シノムラ博士。こちらから改めてご連絡する予定でしたが……」
担当官の声が響き渡る。私は杖をつきながら歩み寄り、挨拶もそこそこに席へ腰を下ろした。すぐにプロジェクターが起動され、スクリーンには“ゴジラの骨”を映し出したCGが投影される。
「“メカゴジラ機龍計画”とやらに、私を技術顧問として加える理由を説明してください」
言葉尻こそ冷静だったが、私の胸には熱く痛むような抵抗感がうずまいていた。
Gフォースの担当官は冷静に答えた。
「先日の通話でもお伝えしました通り、我々は旧ゴジラの骨を再利用することで、“メカゴジラ機龍”として復活させる計画を進めています。シノムラ博士には、骨格構造やゴジラ細胞の特性を熟知した専門家として、技術顧問をお願いしたいのです」
そして相手は至極丁寧な口調であらましを語り始める。
新たなゴジラと目される個体が近日中に本格的に活動を開始する恐れがあること、そのゴジラへの抑止力として、旧ゴジラの骨を利用したメカゴジラを急ピッチで建造せねばならないこと。そしてそのためには、過去に「ゴジラの遺骸」を最も詳しく調査し、構造解析の実績をもつ私の協力が不可欠であること……。
「これがもし成功すれば、『怪獣黙示録』の再来を再び避けられる可能性が高まります。博士の研究は長年にわたってゴジラの特異性を解明してきた重要な成果です。どうか我々に力を貸していただけませんか」
担当官はそう切り出すが、私は書類を手にすぐさま反論する。
「私は反対だ。ゴジラの遺骸を掘り返し、兵器として使うなど――あまりに乱暴すぎる。自然への影響はもちろん、再び怪獣を呼び寄せるリスクもある。なぜそこまで強行する必要があるのか」
私の言葉に、会場の空気がわずかに張りつめる。周囲からは反発の視線も感じるが、担当官は一歩も引かず、むしろ待っていましたと言わんばかりに理路整然と反論を始めた。
「博士、ご存知の通り、すでに“新たなるゴジラ”と目される放射線反応が観測されています。いまだ確定情報ではありませんが、もし活動期に入ったとすれば、かつての『怪獣黙示録』を超える被害が予想されるのです。私たちにはそれを阻止する義務があります」
「それはわかる。しかし、だからといって“骨”に手を出すのは――」
私は声を荒らげかけたが、担当官の口調が鋭くなった。
「今まで博士が積み上げてきた研究は、ゴジラ細胞の脅威と、その逆にある可能性を立証したものでしょう? だが同時に、ゴジラという存在が人間社会にとっていかに大きな脅威となり得るかも示している。もし博士が本当に‘ゴジラを深く理解している’なら、その脅威から人間を守る手段の必要性も理解できるはずです」
担当官がスライドを切り替える。
そこには、世界各地の怪獣被害を示すグラフや被災地の写真が映し出されていた。かつて私も身を切られる思いで見てきた、破壊された街や逃げ惑う人々の姿。そして怪獣被害の経済損失や死傷者数が大きく提示される。
Gフォースの担当官は続けた。
「私たちは、もう二度と過去のような犠牲を出したくありません。ゴジラの骨を再利用することは、確かに倫理的問題や環境への影響があるかもしれない。しかし、別の見方をすれば、それは“かつて世界を破壊した怪獣の力”を“人々を守るため”に転用できる手段でもあるのです。これが成功すれば、今後の怪獣災害を抑えられる可能性は高い」
私は表情を曇らせ、言葉を探す。
「だが……ゴジラの遺骸は、既に深海の生態系の一部となっていた。これまでの研究から、あそこにはゴ骨生物群集が形成され、シノムラ細菌による自然浄化が進んでいた。むやみに骨を持ち去れば、その生態系を根こそぎ破壊しかねない」
「博士の研究成果も踏まえ、回収作業の際は極力環境への影響を少なくするよう計画しています。すでに国連の生態系保護団体と協議し、バイオレメディエーション部隊を投入する予定です。もちろん完璧ではないかもしれませんが、たとえ生態系に被害が出ても、それ以上に人命を守る方が優先度が高い、と我々は判断しています」
「それは……」
私は痛烈なジレンマを感じる。
“生態系の破壊”と“怪獣によるさらなる破壊”。規模は違えど、どちらも深刻な問題だ。彼らはそこを堂々と天秤にかけ、“守るべきはまず人間の暮らし”と言い切っているのだろう。
Gフォースの担当官は言う。
「博士、我々が強調したいのは、“もしゴジラが再来したら、そのときはもう手遅れ”だという点です。手段を選ばずとも、今のうちに武力的な抑止力を整えなければならない。そして、そのための鍵となるのが、旧ゴジラの骨――あの圧倒的な遺伝子情報と構造設計なのです」
この一連のデータと理路整然とした説明を前に、私の声は詰まる。
担当官の言葉は論理的で、感情や思い出だけでは太刀打ちできない説得力を帯びていた。彼らは、私がゴジラを守りたい気持ちさえも想定内だと言わんばかりに、冷静な反論を用意していたのだ。
Gフォースの担当官は痛切な声で、私に訴えかけてきた。
「……シノムラ博士、あなたが地球環境を慮る、そのお気持ちを否定するつもりはありません。むしろ、その知見と研究にこそ助けていただきたいのです。ただ、もし『怪獣黙示録』の災禍が再び起きれば、もはや取り返しのつかない被害が出る。私たちは、それを防がねばなりません」
会議室の一角で誰かが大きく頷いた。
空調の低い唸りだけが微かに聞こえ、私はそこに微妙な寒さを感じる。批判や反論があっても、彼らにはこうして対抗策があり、世論も後押ししている。私はたった一人で“自然の尊厳”を訴えているに過ぎない――そう痛感させられる瞬間だった。
だけれども。
「……わかりました。協力はしましょう。ただし、いくつか条件があります」
そう言って、私は条件を付けることにした。
「まずは『ゴ骨生物群集』の環境を必要以上に破壊しないこと。そして、ゴジラの骨を引き上げる過程で検出されたデータは、軍事利用以外にもしっかり開示してほしい。科学的にどれだけの影響があるのかを、私が観察し、世界に知らせる必要があると思いますから」
担当官は一瞬驚いたように眉を動かしたが、すぐに頷いた。
「……もちろんです。我々も今回の計画が招く影響を把握し、国際社会に理解を得なければならない立場です。博士のような専門家の検証やモニタリングは必須でしょう」
それを聞いて、私は少しだけ肩の力を抜く。
反発はあれど、ここで一方的に関係を断ってしまっては、どのみちゴジラの骨がどう扱われるか分からなくなる。最悪の場合、さらに軍事色の強い勢力が主導してしまうかもしれない。私が踏みとどまっていられるうちは、少しでも“ゴジラの尊厳”を守る努力をする他ない。
「……ふう」
通話を終えた後、私は机に身を沈め、深く嘆息した。
正直、気が進まない。だが、私のモナークの科学者としての立場から考えれば、計画の内情を知らないまま見過ごすわけにもいかなかった。
――その数日後。Gフォースのメカゴジラ計画が新聞やテレビで大々的に報道され、瞬く間に世論の話題をさらった。
「『新たな怪獣への抑止力を確保するため、旧ゴジラの骨を活用』……馬鹿な話だ」
私はニュース番組を横目に溜息をつく。
だが、報道番組で取り上げられる専門家の多くは「必要な措置だ」という声を上げている。過去の怪獣災害の記憶を持たない世代も増え、ただ漠然と「怪獣が現れるなら撃退できる防衛兵器が必要」という観点を肯定する意見が目立つ。
反対意見も皆無ではない。
しかし、その多くは“環境保護”や“死者への冒涜”といった主張にとどまり、世論を大きく動かす力にはなりにくそうだ。ましてやゴジラは「死者」というより、あくまでも“怪獣”。彼を弔う意義を強く叫んだところで、国防の前には到底勝てない、という空気が見え隠れする。
数日もしないうちに、私の研究所にもメディアや取材陣が訪れ始めた。かつてゴジラの遺骸を調査した科学者として、一言コメントをもらいたいというのだ。
私はできるだけ丁寧に応じつつも、ゴジラ細胞やゴ骨生物群集の自然への影響を強調し、“再利用”の危険性や破壊的な側面を説くようにした。
「しかし、博士……」
だが、カメラが回り、マイクが突き出されると、私の言葉はどこか空回りする。
向こう側には「メカゴジラで怪獣を倒せるなら、町は安全になりますよね?」という素朴な疑問と期待が透けて見えた。人々は怪獣被害の再来を何より恐れ、確実な抑止力を求めている。
そして、ついに大手による世論調査でも、「メカゴジラ機龍計画の推進」に賛成の割合が反対を大きく上回ったという結果が公表された。ニュースキャスターが渋い表情で伝える。
「各国の世論も概ね肯定的な姿勢を示しています。怪獣の再出現に備えるため、旧ゴジラの骨格を再利用する以外に現実的な選択肢はないと考える市民が多数を占めた模様です」
私はその情報をラジオ越しに聞き、思わず手元の杖を握り締める。
苦い思いが胃の奥から込み上げてきた。かつてゴジラが引き起こした惨禍を――私自身も子供時代にあの巨大な背鰭をテレビ越しに見つめてきた――一度経験したからこそ、今の世代が怪獣を恐れるのも無理はない。
しかし、憎しみと恐怖が渦巻く中で、“ゴジラの死”を尊重してきた立場は、どうしても少数意見になってしまうようだ。
そんなある夕刻、Gフォースから正式な通知書が届いた。
『国際的支援と世論の後押しにより、メカゴジラ機龍計画が正式に発足。つきましてはシノムラ博士の早急な参加を要請する』
もう、すべてが決まってしまった――そう実感せざるを得ない内容だ。
「まったく……」
私は部屋の片隅にある古いゴジラの骨標本を見つめる。
かつてシマザキと共に、深海から回収した背鰭の破片。表面は石灰化しつつも放射線量はほとんど検出されず、シノムラ細菌の痕跡だけが染み付いている。あの遺骸全体も、同じように自然へ帰りつつあったはずだ。それを再び掘り返すなんて……。
だが今や、それが社会の“正義”として動き出している。
とどのつまり、私はこうしてシマザキもいなくなったラボで一人苦悶しながら、最も切ない選択を迫られるのだ。ゴジラの墓守として反対し続けるか、それとも研究者として関与し、少しでもゴジラへの冒涜が軽減されるよう取り組むか。
「……でも、私はまだ諦めるわけにはいかんのだよ、ゴジラ」
声にならない呟きだけが、薄暗いラボの中で虚空へと溶けていった。
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