南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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GMKギドラって実はこうだったんじゃないか説 1話目

「『護国聖獣』の調査……ですか?」

 

 その依頼を受けたとき、流石のわたしも眼鏡がずり落ちるような感覚を覚えた。

 護国聖獣とは、かつてゴジラが日本を襲撃した事件『GMK事件』で日本を守るために立ち上がってくれた怪獣たちの俗称だ。論者いわく、彼らは日本の「くに」(山や川などの大自然を含む国土)を守護するために存在するのだという。

 

 ……要するにオカルトであるわけだが、その調査をわたしにやれというのが今回のモナークからの依頼であった。わたしの専攻は飽くまでもビオロギア・ファンタスティカであって、別にオカルトではないのだが……。

 そう思って固辞はしてみたものの、それが馴染みのエージェントからの依頼で、しかも彼も相当困っていて半ば泣きつくような形で頼まれたこともあり結局押し切られてしまった。自分のことを善人だなんて言う気は無いが、お人好しはこういうとき損をしてしまうなと思う。

 とはいえ。

 

「……まあ、仕方ないか」

 

 そうやって、わたしは自分を納得させることにした。

 それに、『シヴァ紅塵破局事件』とアシハラ=カスケードに関する論文もひと段落、次の著作のネタにも困っていた節もあり、たまにはこうした方面のアプローチもよいかもしれない。

 そんなこんなでわたしは、日本へ飛ぶことになったのだ。

 

「……〈イサヤマ=ヒロトシ〉、超古代史を専攻されていた日本の民俗学者です」

 

 移動するバスの車中、わたしは相棒のアシスタントAI:ペロⅢからの説明を聞かされていた。

 

「主たる著作は『護国聖獣傳記(でんき)』……といっても発表当時は学界でもそれほど着目されることはありませんでした。現在でもほぼ忘れ去られた、いわゆる『知る人ぞ知る』という立ち位置の方だそうで」

「ふーん。そんな人いたんだ」

 

 感心しているわたしに、ペロⅢはWebブラウジングの結果を要約しながらさらに説明を続けた。

 

「イサヤマ教授の研究ジャンルはいわゆる『古代怪獣』と人々の関わり、文化史に重きを置いたものだったようです。カミノ=メイさん、『怪獣を特定のジャンルから切り出す』というイサヤマ教授の試みは、あなたの幻想生物学:ビオロギア・ファンタスティカと相通じるものもあるのでは?」

「ま、そうかもね……あ、着いた」

 

 こうして車中で下調べをしているうちにバスは停まり、わたしたちが到着したのは山梨県富士吉田市、本栖湖畔の警察署だ。ここの留置場に目的の人物、イサヤマ教授は留置されているらしい。

 

「モナークの調査官……ああ、怪獣の! 事前に連絡は受けてます、さ、こちらへどうぞ……」

 

 応対してくれた警察署の係の人はそうやって鷹揚に出迎えながら、かの“老人”について話してくれた。

 

「いやあ~、あの爺さん、地元じゃア、ちょっとした“有名人”なんですわぁ~」

「有名人、ですか?」

 

 わたしが聞き返すと、警察署の係は「ええ」と困ったように頭を掻きながら答えた。

 

「いつ頃からか樹海の中に住み着いて、あちこちを徘徊するようになりましてね。『ゴジラが来る~!』だの『ヤマトの守り神が~!』だのって脅かすもんで、市民からも苦情が来とったんです」

「ははあ、なるほど……」

「今回も釈迦ヶ岳の古い霊場を荒らしとったんで留置場に入れたんけど、本人、すっかりボケてて話にならんし、身元もよくわからんからウチのサイトに載せてたんです……ここだけの話、モナークさんの方で引き取ってくれたりしませんかねえ?」

「は、はあ……」

 

 最後のところだけ周りを憚るように声を潜めていた辺り、警察署の方では本当に困っているようだった。

 ……と言われても、こっちも困るんだよね。わたしは『申し訳ない』という態度と気持ちを出来るかぎり籠めながら、苦笑いで答えた。

 

「事情はわかりましたが、ウチも()()()()()()()じゃあないので……」

「そうですよねぇ~……はい、こちらです」

 

 案内された面会室、そこにいたのは一人の老人だった。

 髪も髭も真っ白で、どこか山伏のような風貌の老人。一見すると普通の老人に見えるが、その目はすっかり濁り切っていて、意識があるのかどうかも定かではなかった。

 

「……イサヤマ教授、ですか?」

「…………」

 

 老人は虚空を見つめたまま、わたしの言葉に反応しない。警察署の係の人が事前に警告してくれた通り、認知症の症状があるようだ。

 ……こりゃ“外れた”かな。うっすらそう思いつつ、わたしは声をかけ続けた。

 

「イサヤマ教授、護国聖獣について、そしてゴジラについて、お話を伺いたいのですが」

 

 再三呼び掛けて、ようやくイサヤマ教授は反応した。ぼんやりとした瞳に光が戻り、目の前のわたしをようやく認識した。

 やがて、ぽつり、と口を開く。

 

「ゴジラは……」

 

 今だっ。

 イサヤマ教授が語り出したタイミングを見計らって、わたしはこっそり持ち込んでいた懐の隠しカメラをオンにする。バレたら怒られそうだが研究のためだ、仕方ない。別に他人(ひと)に見せるものでもないし、個人的な書き起こしで使うだけだしね。

 カメラが回っている中、イサヤマ教授は一人語りで話し始めた。

 

「ゴジラは砲弾が当たっても死なん……古代の生き残りの恐竜に、原水爆の放射能が異常な生命力を与えたとしても、生物であるなら死ぬはずではないか」

 

 イサヤマ教授の言うとおりだった。

 原水爆の実験にも耐え抜いた不死身の大怪獣、ゴジラ。その生命の秘密については、発見当時から様々なアプローチが試みられてきた。

 不死身の生命力を誇るゴジラ細胞とその形成体(オルガナイザー)、その身体を構成する高次元分子アーキタイプ因子、高出力の電磁波を利用して皮下に張り巡らせているというメタマテリアル・フィールドのシールド……様々な仮説が論じられ、その都度棄却されてきた。結局、ゴジラはゴジラであるから不死身なのだ、みたいなトートロジーに落ち着いてしまっているのがゴジラ研究における現状である。

 そんな現状を知ってか知らずか、イサヤマ教授は語り続けた。

 

「が、ヤツは、武器では殺せぬ。ゴジラは、この世のものではない。ゴジラは強烈な残留思念の集合体なのだ」

「残留……思念ですか?」

 

 思わず聞き返してしまった。なにが、なんだって?

 怪訝なわたしに構うことなく、イサヤマ教授は滔々と語り続けてゆく。

 

「そうだ。ゴジラには多くの戦争の中で命を散らしていった、数知れぬ人間たちの魂が宿っているのだ」

「たましい……ゴジラに?」

「そう、救われない無数の魂が、集合して、ゴジラに宿ったのだ。ゴジラは、彼らの化身のようなものだ」

 

 ……ダメだ、まともじゃない。

 ゴジラにまつわる仮説は数え切れないほどあるし、その中には所謂“トンデモ”と呼ばれ得るであろうものも多く含まれるが、これはその中でもとびきりのトンデモだ。ゴジラ=戦争の怨念説だなんて。

 だいいち、辻褄が合わない。わたしはつい、素朴に思ったことを口にしてしまった。

 

「でも、ゴジラが戦争で犠牲になった人たちの化身なら、どうしてわたしたち人間を滅ぼそうとするんですか?」

「人々がすっかり忘れてしまったからだッ!!」

 

 わたしが口を挟んだ途端、イサヤマ教授は激昂した。思わずのけぞるわたしに、イサヤマ教授は口角泡を飛ばしながら声を荒げる。

 

「今の時代の人間は皆、忘れてしまったのだ! 過去の歴史に消えていった、多くの人たちの叫びを! その無念を……ッ!」

「……っ!」

 

 身に迫るようなその言葉で、わたしは背筋が伸びるような思いがした。

 ……そうだ、いくら常識外れだからと言ってバカにしてはいけない。トンデモというなら、わたしのビオロギア・ファンタスティカだって大概だ。

 『事実なるものは存在しない、あるのは解釈だけだ』というのは哲学者の言葉だったか。イサヤマ教授は彼なりに捉えた、彼の解釈を話してくれている。それも心の底から、真剣に信じている“真実”を。

 ならばわたしもひとりの学究の徒として、真面目に向き合うべきだ。わたしは姿勢を正し、改めて訊ねた。

 

「……イサヤマ教授、護国聖獣について話していただけませんか? もっと知りたいんです」

 

 わたしの言葉に、イサヤマ教授も答えてくれた。

 

「護国聖獣もそうだ……彼らもまた歴史の(にえ)。彼らもまた背負っている……」

 

 そうしてイサヤマ教授が語り出した物語こそが、今回の主題。

 それは古代、大和(ヤマト)時代にまでさかのぼる物語だという。

 

 

 霧深い富斗斯(ふじ)の裾野に、夜明けの光が差し始めていた。

 滝のような霧が谷を流れ、御神木の杉や榊の葉を濡らしている。

 

「カワラケツメイなら、もう少し奥に行けば……」

 

 藁で編んだ籠を手に、少女は露に濡れた山道を進んでいた。

 腰に差した小刀が薬草を刈る度に揺れる。長老から教わった薬草の特徴を思い出しながら、足元の草むらを丹念に見つめる。

 十六の春を迎えたばかりの少女∶ハルは、村一番の薬草の知識を持っていた。鹿の角から作った櫛で束ねた黒髪が、朝風に揺れている。

 

「あ、これは……」

 

 腰を屈めたその時、天が割れるような轟音が響き渡った。神々の鍛槌にも喩えられそうな、激しい衝撃。

 

「ッ!」

 

 思わず耳を塞いだハルの頭上を、炎に包まれた物体が切り裂くように通り過ぎていった。

 青松の(こずえ)が風にしなり、落ちた松葉が舞い散った。神火(かむび)のような光に目を射られながらも、ハルの足は既に音のした方向へと動き出していた。

 

「すごい……」

 

 深い杉木立を抜けた先の窪地に、ハルは立ち尽くした。

 そこには卵のような形をした灰色の物体が、土煙を上げて横たわっていた。

 

「龍の卵みたい……」

 

 ハルが思わず呟いたとおり、その表面には鱗のような紋様が刻まれていた。紋様の一つ一つが、かすかに鮮やかな緑の光を帯びていた。最初の衝撃で飛び散った土が、まだ宙をふわふわと舞っている。

 ……中から物音がした気がする。恐る恐る、ハルは覗き込んだ。

 

「誰か、乗っているの……?」

 

 近づこうとした時、物体の表面に緑の光が迸った。

 ハルは息を呑む。まるで貝が開くように、ゆっくりとその殻が開いていく。開いた場所からは、月光にも似た緑の光が溢れ出た。

 漏れ出る光の中から、一つの人影が現れた。

 

「う、うう……!」

 

 白地に紫の装飾が施された不思議な衣装をまとった男が、よろめくように這い出してきた。襟元や袖には、ハルには読めない文字のような模様が刺繍されている。遠い国の神官のようなその装束は、朝靄の中で幻想的に揺らめいていた。

 

「これは……着物? でも見たことのない……」

 

 男は人の形をしているものの、まず背がかなり高い。ハルの目測ではあるが、豪傑と名高いハルの父親でさえ及ばないだろう。髪は白く、耳の先が尖り、位置も少し上の方についている。

 そして、その瞳は深い翡翠のような緑色をしている。瞳の奥で、星々が煌めいているかのようだ。ハルはそう思った。

 

「う、うう……」

 

 か細い声と共に、男はその場に崩れ落ちた。

 

「大丈夫ですか!」

 

 ハルは躊躇なく駆け寄った。肌に触れると、普通の人よりも冷たい。月の光に触れているかのようだ。

 ……でも確かに息はしている。長老から教わった手当ての方法を思い出しながら、ハルは男の体を確認していく。

 

「これは……」

 

 はだけた男の胸元に、見たことのない形の傷があった。どす黒い染みが、肌の下から滲み出ている。傷の周りには、星座のような模様が浮かび上がっていた。

 気をしっかり持たせようと、ハルは懸命に声をかける。

 

「村まで連れて行かないと! 名前は!?」

「せらふ……いむ……」

 

 名を訊ねると、男は譫言のようにそう名乗った。“せらふ・いむ”、聞いたこともない奇妙な名前だ。

 だが、今はそんなことどうでもいい。

 ハルは男の腕を肩に回し、全身の力を振り絞って立ち上がろうとした。背の高さに比べて思いのほか軽い体重に驚きながらも、しっかりと支えて歩き出す。

 

「しっかり……!」

 

 村への帰り道は、思いのほか時間がかかった。

 “せらふ・いむ”の長い体を支えながら、ハルは何度も休みながら歩を進めた。空から降り注ぐ朝日が、二人の影を杉木立の間に長く引き延ばしている。

 やがて杉木立が途切れ、目の前に村の姿が広がった。高床の建物が立ち並び、朝もやの中から炊事の煙が立ち昇っていた。大きな倉には、稲束(いなづか)が積み上げられ、その周りを武人たちが警護している。

 そしてその奥、丘の上にひときわ大きな首長の館が威容を示していた。軒先には神聖な榊が吊るされ、棟の飾りには磨き抜かれた勾玉(まがたま)の細工がきらりと光っている。

 

「う、うう……!」

「ほら、もう少し頑張って……あそこがお館だから……!」

 

 その中でも一際大きな建物が、丘の上に威容を誇っていた。藁葺きの大きな屋根の両端には、大きな千木(ちぎ)が天に向かって延びている。

 それは、東国でも指折りの豪族、ハルの父タケノミナカタの館だった。

 

「誰かー! 手伝ってー!」

 

 ハルの声に、近くで薪を割っていた若者たちが駆け寄ってきた。麻の(たすき)を掛けた彼らは、異形の男の姿に一瞬たじろぎながらも、すぐに“せらふ・いむ”を支え始めた。

 

「ハル様、これは……」

「後で説明するっ、早く、早くお館へ!」

 

 首長の娘としての威厳を込めた声に、若者たちは無言で頷いた。近くの水瓶(みずがめ)から、清水を汲んで“せらふ・いむ”に飲ませようとする者もいる。

 

「なんだ、なんだ……!?」

「姫様が、余所者を連れてきたってよ……!」

「余所者だって……!?」

 

 館に着くと、既に噂を聞きつけた人々が集まり始めていた。赤く染めた狩衣を着た武人たちが、あるいは農具を構えた農夫たちが、女子供、年寄りまでもが警戒の目で“せらふ・いむ”を見つめている。

 

「何事だ」

 

 人波の奥で太い声が響き、人々が左右に分かれた。

 その奥から首長、タケノミナカタの姿が現れる。素な(ほう)を纏い、腰に先祖伝来の太刀を差している。冠こそまだ簡素だが、その立ち姿はこの土地の支配者としての貫禄を漂わせていた。

 そしてハルはタケノミナカタの娘である。ハルは父に懇願した。

 

「父上、この方を助けてください」

「待て」

 

 タケノミナカタは片手を上げ、“せらふ・いむ”の姿を細かく観察した。

 見つめるその目つきは鋭く、長年の経験から危険を察知する術を心得ていた。白と紫の装束、異形の耳、そして人ならぬ背丈。どれをとっても、“せらふ・いむ”がただ者ではないことは明らかだった。

 タケノミナカタは訊ねた。

 

「見たことのない装束だが……どこの国の者だ?」

 

 “せらふ・いむ”は意識が朦朧としながらも、かすかに目を開けた。翡翠色の瞳が、タケノミナカタを捉える。その瞳の奥で、星々が揺らめいているような錯覚を、首長は覚えた。

 

「私は……遠い……星から……」

 

 その言葉に、周囲からどよめきが起こった。タケノミナカタの手が、反射的に刀の柄に伸びる。鍛え抜かれた刃は、既に鞘から少し抜かれかけていた。

 

「父上! この方には傷があります。まずは手当てを!」

「ふむ……」

 

 溜息をつきながら、タケノミナカタは思案する。

 必死そうな娘の声には、いつもの気まぐれとは違う、何か強い確信のようなものが感じられた。

 今のハルはちょっとやそっとで引くまい。タケノミナカタは即断した。

 

「……よかろう。だが監視はつけるぞ」

 

 タケノミナカタは側近に目配せし、館の客室への案内を命じた。

 客室といっても、普段は他国からの使者をもてなす場所だ。格子戸の向こうには、武装した男たちが控えることになるだろう。畳の上には、織物の寝具が用意され、几帳も立てられた。

 支度が整えられるあいだ、タケノミナカタは娘を問い質す。

 

「ハル、お前はこの者をどこで見つけた?」

「それは……」

 

 ハルは躊躇った。あの“龍の卵”、空から落ちてきた灰色の殻のことを話すべきか、迷いが生じる。

 しかし、父の鋭い目は既に娘の表情から何かを読み取っていたようだった。

 

「……まあよい。詳しい話は後で聞こう。まずはこの者の手当てを済ませるのだ」

 

 タケノミナカタは長老たちを呼び寄せ、薬の準備を命じた。ハルは内心で安堵する。

 夕闇が迫る頃、“せらふ・いむ”は館の一室に寝かされ、村一番の医術を誇る長老たちの治療を受けることとなったのであった。

 

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