南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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GMKギドラって実はこうだったんじゃないか説 最終話

 それからしばらくして、ヤマトの都にある館。

 

 そこはヤマトの大王(おおきみ)が治める威厳の殿堂だった。巨大な柱が並ぶ広間は、彩色された壁と豪奢な調度品で飾られ、朱塗りの梁を夕陽が赤く染め上げている。

 その奥に鎮座するのは、大王の玉座。周囲を固める文官や武官たちは一様に畏まった面持ちで、大王の言葉を待ち構えていた。

 ハルはその玉座の前、冷たい床に跪き、背をまっすぐ伸ばそうと努める。だが、両手の震えはどうにも止まらない。

 まぶたを閉じれば、焼け焦げた村の残像が蘇る。胸の奥に重い痛みが走り、喉が詰まりそうになる。

 やがて、大王の落ち着いた声が広間に響いた。

 

「……では、お前が見た“怪物”とやらについて、詳しく話してみせよ」

 

 視線を上げると、大王の衣には精緻な刺繍が施され、位の高い冠が彼の威厳をさらに引き立てているのが見えた。長年にわたって有力豪族を従えてきた、その確固たる威圧感が、何も言わずとも感じ取れる。

 大王の周りには文官たちが控え、筆と硯を手にしている。高位の官人や側近が居並び、鋭い視線をハルに注いでいた。まるで、その言葉一つひとつが大国の行く末を左右するかのように。

 

「…………。」

 

 ハルは一瞬、言葉を失った。脳裏には父を失ったときの衝撃や、“せらふ・いむ”の裏切り、そしてあの黄金の雷をまとう三つ首の怪物“ギドラ”の姿がまざまざと焼き付いている。

 しかし、その全てを口にすべきではない――そう直感した。

 もし真実を語れば、ヤマトが再び破滅的な怪獣に手を伸ばそうとするかもしれない。あるいは、さらなる侵略や争いの火種となる恐れもある。

 ……そんなことは、絶対に。

 ハルは苦い息を呑み込み、ゆっくりと唇を開く。

 

「……魏怒羅(ぎどら)、と申します」

 

 そう告げると、大王の眉がかすかに動いた。周囲の官人が一斉に筆を走らせる。まるで“ぎ・ど・ら”という音を捉えようとするかのように。

 

「魏怒羅とは……?」

 

 大王の問いは静かだが、底に潜む鋭さが広間の空気を張り詰めさせた。ハルは喉の奥に込み上げる恐怖を懸命に抑え、深く息を吐く。

 

「魏怒羅……それは、わたしたちの土地に古くから伝わる“守り神”の名です」

 ハルはまっすぐ大王を見据え、言葉を継いだ。声は震えを含んでいたが、その眼差しは揺らがない。

 

「かつて外敵が押し寄せたとき、或いは強い者が横暴を働いたとき――魏怒羅は必ず現れて、人々を救ってくださった。遠き昔から、何度もそうしてわたし達を護ってきたのです」

 

 嘘は混じっている。だが、すべてが虚構ではない。

 ハルが思い描くのは、本当は“ギドラ”と呼ばれる恐怖の怪獣だ。村を踏みにじり、ヤマト軍すら一瞬にして薙ぎ払った圧倒的な破壊の権化。

 本当の名を、その性質をありのまま語るわけにはいかない。

 ……いや、語ってはいけない。

 彼女はその決意を胸に、口を開く。

 

「魏怒羅は、三つの首をもつ龍の姿をしており、雷のような閃光を纏いながら現れると伝えられています。神威は絶大で、だれもがその足音を聞いただけで震え上がる――ですが、もとは“大いなる慈悲”をたたえた守り神なのです」

 

 大王は不動の表情のまま、わずかに手を動かし、居並ぶ文官へと視線を送った。すると筆を走らせる音がさざ波のように広がる。

 広間には微かな緊張の色が漂っている。三つ首、雷、龍――ハルの語る“守り神”は、どう考えても常識を超えている。

 ただ反面、納得感があった。それだけの存在であれば、ヤマトの大軍勢が全滅させられたことにも納得がゆく。

 そんな中、大王は興味深げに問いかける。

 

「さあ、続けよ。魏怒羅とはどのように祀り、いかなるときに姿を現す?」

 ハルは震える膝をかろうじて押さえつけながら、次なる言葉を探した。

 あの破滅の怪獣を“守り神”と崇める、そんな歪な物語を――あくまで“こうであってほしかった幻の巨神”として、語らなければならない。

 

大王(おおきみ)の軍勢が訪れたとき、わたしたちは村一同で力を合わせて魏怒羅(ぎどら)に縋ったのです。しかし今にして思えば、それが大いなる過ちだったのです……」

 

 虚実混じる嘘、フィクション。

 それらを口にするたびに、ハルの中で心が軋んだ。あの黄金の終焉なる怪物がもたらした地獄絵図、そして自分の手で“せらふ・いむ”を殺した瞬間。その全てが走馬灯のように蘇る。

 

「…………」

 

 自分自身を騙すように、ハルは一度まぶたを閉じる。荒れ果てた故郷の光景が浮かぶが、それを振り払うように頭を振った。

 そして、ついに口を開く。ここから先は、彼女が紡ぐ“願いの物語”だ。

 

「魏怒羅は――いつでも人々の“善き心”を見守っておいでになります。もしも人々がその心を忘れ、理を外れたことをすれば、やがて……」

 

 広間の空気が微かに揺らぐ。威厳に満ちた大王の前で、ひとりの若き娘が語る幻想に、誰もが耳をそばだてている。

 文官たちは筆を滑らせ、武官たちは眉をひそめたままじっと彼女の言葉に聞き入っていた。

 大王はしばらく沈黙した後、目を細めて尋ねる。

 

「それほどの神ならば、なぜ貴様の村を救わなかった?」

 

 広間に緊張が走る。  鋭く突き刺さるその問いに、ハルの指先が僅かに震えた。だが、それは想定していたものだった。  彼女は静かに、そして慎重に言葉を選びながら答える。

 

「魏怒羅は、常に人々を見守る存在ですが、決して気まぐれに現れるわけではありません。人が理を忘れ、己の過ちに気づけぬ時、そして……」

 

 ハルは一拍置き、大王の双眸をまっすぐ見据えた。

 

「――強き者が、弱き者を無慈悲に虐げたとき、その牙を剥くのです。」

 

 誰かが息を呑む音が聞こえた。  武官のひとりが思わず腰に佩く刀を握る。ハルの言葉が、まるで今この場の誰かを脅しているかのように響いたのだ。

 

 だが、大王は微動だにせず、むしろ興味深げに彼女を見つめていた。

 

「ふむ……つまり、お前はこのヤマトに対し、魏怒羅が牙を剥くかもしれぬと?」

 

 その声には軽い皮肉の響きすらあった。  まるで、ひとりの娘の口から語られる神話を娯楽として楽しんでいるように。

 ハルはその冷ややかな視線に耐えながら、あくまでも穏やかに首を振った。

 

「いえ、わたしはただ……それが魏怒羅の“在り方”だと申し上げただけです。」

 

 慎重な答えだった。  直接的な脅しにはならず、それでいて十分な警告になり得る言葉。

 大王はゆっくりと口を開いた。

 

「……興味深い話だ。書き留めておくように」

 

 その一言とともに、文官たちが一斉に頭を下げ、筆を動かす。

 ハルはようやく安堵の息を吐く。

 

「…………。」

 

 このとき、大王の脳裏には、別の計算が渦を巻いていた。

 ヤマトはこの数年で百済や新羅とも交渉を重ね、倭の五王として中国朝廷に朝貢を重ねるなか、列島の統一を急いできた。北陸や東北、他の地方豪族との交易ルートを確保するためには、富斗斯(ふじ)を服属させる必要があったのだ。

 ところが、一寒村の戦いで大軍が壊滅的被害を受けたという前代未聞の報せが入り、各地で「節操なく支配圏を広げてきた天罰」や「驕りによる敗戦」などといった不穏な噂が広がりかけていた。そうなれば、ヤマト朝廷が築き上げてきた権威が揺らぎかねない。

 

(そしてこの娘、なにか隠している……)

 

 大王は長年培ってきた支配者の直感で、目の前の少女が何某(なにがし)かの真実を隠していると察していた。そこに好奇の心が湧かないと言えば嘘にはなろう。

 ……とはいえ。

 

(まぁ、敢えて穿(ほじく)(かえ)す必要もないがな)

 

 同時に大王は、これ以上に深入りすべきでもないとも察していた。ただでさえ負け戦だったのだ。優れた為政者の常として、ヤマトの大王もまた引き際は心得ていた。

 ……小娘め、面白い。

 よし、胸に秘めて墓まで持ってゆきたい、というならそれもよかろう。大王は厳かに、ハルへと告げた。

 

「……娘よ。おまえの話、()()()()()()、面白い。書き残しておこう」

 

 そう言い放つ大王を前に、ハルはただ深々と(こうべ)を垂れた。

 

 

 

 ハルが立ち去った後、ヤマトの大王は広間の奥で文官たちと顔を突き合わせていた。

 朱塗りの柱に据えられた松明がじゅうじゅうと燃え、頬を照らす。失われた大軍の扱いをどう総括し、どのように外へ知らせるか。今後のヤマト朝廷の威信に関わる。

 集められた官吏たちを前に、大王は方針を示した。

 

「書き留めよ。かの荒神(あらがみ)魏怒羅(ぎどら)は朝廷の神宝の威光に触れ、狂乱の末に自滅した……と。かく記せば、諸国に示しがつく」

 

 つまり、朝廷の記録としては「大軍が破れた」という事実を消し、“朝廷こそが怪物を鎮めた”という体裁を整えるわけだ。

 大王はさらに、周囲の官人へと厳かに言い放つ。

 

「我らヤマト朝廷はこの魏怒羅に怯むことなく、辺境の反乱を鎮定し、従えた。その功績があれば、いずれ友好国や異国にも示威ができる……よいな?」

 

 大王の言葉には少しも戸惑いがなかった。嘘と真実を“歴史”という形で塗り替えることこそ、権力の象徴なのだ。

 

(……もはや真実は関係ない。ヤマトの大王として、必要な“物語”を作るだけだ)

 

 大王の思惑は至って明確だった。

 朝廷の権威を守るためには今回の一件を“朝廷側の過失”ではなく、“怪しげな信仰を持つ地方豪族が畏れ多くも朝廷の権威に背き、怪物を暴走させたせい”にすればよい。さらにそのような強大な怪物であっても「最終的には朝廷が調伏した」という形を作り上げれば他国への示威にもなる。

 そしてあの少女が語った“魏怒羅”なる怪物の暴走という話は、村を救うはずの守護神が祟り神と化して暴走し、すべてを呑み込んで消えた――という、いかにもありそうな神話めいた筋立てをもっていた。ハルの話はむしろ、ヤマト王権にとって都合が良かったのである。

 

(……それでよい。真実など、誰にも分からぬのだから)

 

 大王の瞳は少しも曇らない。歴史は勝者が作るものだ。

 大王の言葉を受け、傍の官人たちが次々と意見を述べた。ある者は「怪獣の首の数を増やしてより神話的に」、またある者は「伝説の英雄、須佐之男命(スサノヲノミコト)が討伐した伝説として書き替えてはどうか」などと提案してゆく。

 

 

 

 ……歴史は勝者が作るものだ、と人は言う。

 その言葉のとおり、やがて長い時を経るにつれて村での惨劇や“せらふ・いむ”の正体を知る者はいなくなった。

 “ギドラ”という名も、空から来た破滅の高次元怪獣などという話も、遥か昔の神話断片に溶け込み、何の実在性も帯びなくなる。

 ただ、ハルという少女が“魏怒羅”という神獣の伝承を朝廷に語り、それを大王が公的に書き留めた――という事実だけが、半ば伝説化された形で残されるに過ぎなくなった。

 

 村の生き残りであったハルはその後、歴史の表舞台から姿を消した。

 その後のハルがどこで生涯を閉じたのかは定かではない。しかし、伝説によれば、旅の途中で彷徨い、どこか海辺の小島でひっそりと暮らしていたとも伝わる。

 そうして、真実は一人の少女とともに失われ、ヤマト朝廷の権勢の名の下に再構築された“怪獣伝承”だけが、後の世の記憶として語り継がれていく。

 

 やがて数百年を経て、人々の口に上るようになったのは、須佐之男命が退治した“ヤマタノオロチ”の伝承――その勇壮な神話であった。

 歴史は勝者が作るもの。すべては、巨大な歴史のうねりのなかで塗り替えられ、忘れ去られていったのだ。

 

 

「こうしてハルの語ったストーリーが種になって『くに』を守る護国聖獣、魏怒羅の伝説に繋がったと。そしてその正体は、『ヤマト朝廷に討伐された豪族の残留思念』ってことか……」

 

 留置場を発ったあと、わたしはイサヤマ教授の話について考えていた。

 ……イサヤマ教授の話は、民俗学で取り扱う御伽噺や神話としては興味深いものだ。が、実際に起こった史実として捉えるにはやはり俄に信じがたい内容ではあった。なんというか、ファンタジックすぎるきらいがある。

 

「どう思う、ペロⅢ?」

「ふーむ……」

 

 イサヤマ教授の話を反芻しブレストしている最中、ペロⅢがこんなことを言った。

 

「しかしイサヤマ教授のお話は、『土蜘蛛』を彷彿とさせるものではありますね」

「土蜘蛛?」

 

 聞き返すわたしにペロⅢは答えてくれた。

 

土蜘蛛(つちぐも)は、古代日本において、ヤマト王権に従わなかった土着の豪族や集団を指す蔑称として用いられました。彼らは各地に存在し、『古事記』や『日本書紀』、各地の風土記などに登場します。これらの文献では、土蜘蛛は朝廷の命令に従わなかったと記されています」

「……ふむ、なるほど」

 

 たしかに、イサヤマ教授が話してくれた物語に出てくる人物たちと特徴が合致している。

 感心していると、ペロⅢはWebブラウジングで検索を続けた。

 

「ちなみに『土蜘蛛』という名称は、『土隠(つちごもり)』に由来し、彼らが横穴のような住居で暮らしていた様子から付けられたと考えられています。そのため、生物としての蜘蛛とは直接の関係はないとのことです」

「ふむ、それで?」

「ゴジラが残留思念であるというなら護国聖獣たちもまた然り、そのルーツが土蜘蛛にあるという仮説をイサヤマ教授は伝えたかったのだと推測できます」

「ははあ、なるほどね」

 

 ……護国聖獣=土蜘蛛説か。これにビオロギア・ファンタスティカの観点から考察を加えてみる、というのも面白いかもしれない。

 うん、良い取材になった。わたしは満面の笑みで言った。

 

「おかげさまで、イイ感じの本が書けそうだよ」

「それはなにより。では、参考になりそうな文献をいくつか厳選して、ご提案させていただきます~」

「助かるよ。ありがとね、ペロⅢ」

「お役に立てて何よりです~♪」

 

 やがてバスがやってきたのでそれに乗り込み、途中で一度乗り換えて、山を越えた先のターミナル駅へ向かう。そこから電車を乗り継ぎ、今晩中には東京へ戻る予定だ。

 

 

 

 ――そう、何事もなければ。

 

 

 

 最初のバスを降り、乗り継ぎの停留所で次のバスを待っているとき、不意にポケットが震えた。携帯端末を見ると、見覚えのない番号からの着信が入っている。

 

「はい、カミノです……えっ……留置場、ですか?」

 

 折り返してみると、電話の相手は富士吉田の警察署員だった。先ほど応対してくれた担当の人らしい。

 けれど先程とは打って変わった硬い声で、明らかに苛立ちの混じった口調でこう言ったのだ。

 

「先ほど、たしかに“イサヤマ教授を引き取ってくれ”とお願いはしましたがねぇ、“勝手に連れて行っていい”とは言っていませんよ! しかもこちらが必要な書類手続きも残してあるのに……いったい、どこへ連れていったんですか?」

 

 わたしは思わず周囲を見回した。もちろんイサヤマ教授などいない。

 

「え……? あの、すみません、わたし、連れ帰ったりなんてしてませんよ」

 

 電話口で相手は「はあ?」と呆れたような声を出す。そして、どういうことかと問い詰めるように言うのだ。

 

「そちらのモナークの調査官が事情聴取をして、そのままイサヤマを連れて行ったと当直の者が言うんですがね! そもそも一言相談ぐらいあってしかるべきでは……」

「いえいえ、そんなことしてませんってば……」

 

 だんだん声がうわずってくる。わたしだって、何が何だか分からない。インタビューはしたが、教授は面会室に残してきたはずだ。

 なのに、どうして“わたしが連れて行った”ことになっているのか。

 

「とにかく、こちらも大事になる前に戻してもらいたいんですよ! 勝手に連行されちゃ困るんだ……えぇ、まったく、どう責任取ってくれるんだ……」

 

 そんなふうにまくし立てられても、わたしには覚えがない。

 困惑していると、向こうからは「そちらから連絡していただきますよ、いいですね!」と、一方的に電話を切られてしまった。

 呆然としながら、わたしはしばし腕を下ろせずにいた。やがて思いついて、ペロⅢを呼び出す。

 

「ペロⅢ、ちょっとさ、イサヤマ教授について詳しく調べてくれない? 年代とか、履歴とか、そういう基礎情報」

「了解しました。少々お待ちを~……検索します」

 

 ペロⅢはオンラインアクセスを開始した。わたしはバス停のベンチに腰掛け、改めて思考を整理する。

 ――まず、警察署から“連れ帰った”と疑われている。だけどわたしに身に覚えはまったくない。そもそもわたし自身が、意識があるかどうかもおぼつかないあの老人をどうやって連行するのだ。まともに歩くのだって介助が必要そうなのに……。

 

「おまたせしました、ただいま調べ終わりました~」

 

 ペロⅢが電子音とともに戻ってきた。携帯端末の液晶画面の中で、ペロⅢが結果を読み上げ始める。

 

「えー、イサヤマ=ヒロトシ、帝都大学の民俗学教授。生年は西暦1879年……」

 

 え……?

 

「福岡県生まれ。独身で、ご家族はありませんでした」

「ちょ、ちょっと待って! 今、なんて?」

 

 わたしは咄嗟にペロⅢの説明を遮った。ペロⅢの奴、今なんて言った?

 わたしが再度説明を求めると、ペロⅢは忠実に答えた。

 

「はい、イサヤマ=ヒロトシ、帝都大学の民俗学教授。西()()1()8()7()9()()1月2日、福岡県生まれ。独身で、ご家族はありませんでした」

 

 ……は、はは、ハルシネーションかな。眼鏡がずり落ちたような気がした。

 AIの間違い:ハルシネーションか、そうでなくとも何かの間違いとしか思えない。西暦1879年生まれってことは、今何歳なわけ?

 愕然としているわたしに構うことなく、ペロⅢはイサヤマ教授のプロフィールを読み上げていった。

 

「1954年、初代ゴジラによる東京上陸に際しては東京神田に住まれていましたが、その時点で既に75歳。イサヤマ教授は初代ゴジラによる被災で当時のご自宅は全焼、以降はご本人も消息が途絶えた……と公式の記録にはあります。その著作『護国聖獣傳記』が学界でさほど注目されなかったのも、怪獣が本格的に出現する『怪獣黙示録』より前の時期の著作だったことが要因と推測されます」

 

 1954年に75歳、しかもゴジラ上陸で自宅が全焼して消息不明って……。

 わたしは背筋が一気に冷たくなってゆくのを感じながら、ペロⅢを問い質す。

 

「じゃ、じゃあ、あのお爺さんはいったい誰よ……?」

「さあ? イサヤマ教授を騙った別人か、でなければ相当に御長寿なのでは?」

「御長寿って、そんなわけないでしょ……そ、そうだ、動画!」

 

 わたしはすぐさま、隠しカメラで撮っておいたあの“老人”との会話を録画したデータを呼び出した。あの映像が証拠だ、あの証拠を画像解析にかければ何かわかるかもしれない。

 そう思って録画データを確認したのだが、表示された文字列を見てわたしは思わず息を呑んだ。

 

 

 “No Data”

 

 

 ……冗談でしょう?

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