南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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ハルオ「俺の戦争」後編

 6月9日午前10時。戦没者追悼記念館。

 

 その建物は、雲の上に浮かんでいた。文字通り、空中に浮遊する記念館だった。重力制御技術によって、建物全体が宙に浮いている。下には雲海が広がり、上には青い空が広がっている。

 

 記念館の内部は、静寂に包まれていた。壁は透明で、外の雲海が見える。足音は吸収され、訪問者の話し声だけが小さく響いている。

 そこを訪れたハルオは、驚くべき人物と再会することになった。

 

「ハルオ……本当にお前なのか」

 

 車椅子に座った老人がそこにいた。エリオット=リーランド大佐本人。54年前は30歳の屈強な軍人だった男が、今は84歳の老人になっていた。

 白髪は完全に白く、皺が顔全体を覆っている。やせ細った体は車椅子に沈み込み、手には点滴のチューブが繋がっている。しかし、その目だけは54年前と同じ鋭さを保っていた。まだ生きている。まだ戦っている。

 

「リーランド……生きてたんだな」

 

 ハルオは膝をついた。老人の手を取る。その手は骨ばっており、血管が浮き出ていたけれど温かかった。

 

「生きていた……と言えるかどうかな。あれから54年、死にぞこないさ」

「そうでもないさ。死にぞこないというなら俺も大概だ」

 

 記念館には巨大な慰霊碑があった。54年間で戦死した全ての人々の名前。

 それは物理的な石碑ではなく、光でできた永続記憶装置だった。名前が光の文字で浮かび上がり、ゆっくりと回転している。

 

「2047年3月のあの日のことは、昨日のことのように覚えている……」

 

 リーランドは語り始めた。84歳の老人の声で、50年前の記憶を。その声は震えているが、記憶は鮮明だった。

 

「ゴジラが海岸に現れた時、俺は最後の攻撃を準備していた。全戦力を投入し、相打ちを狙う作戦だった」

 

 リーランドの手が震える。ハルオはその手を握りしめた。

 

「だが、あいつは攻撃してこなかった。ただ、こちらを見つめていた。まるで……何かを伝えようとするように」

「それで?」

「俺はゴジラの目を見て理解したんだ。そこには憎しみはなく、深い悲しみと……愛があった」

 

 ハルオは信じられなかった。あの猛将だったリーランドが、ゴジラに絆されるなんて。

 

「愛? 化け物が愛?」

「その時、ゴジラが動いた。海に向かって熱線を放ったんだ。まるで、怒りを海に捨てるように」

 

 84歳の老人の目に涙が浮かんだ。50年以上、溜め込んだ感情だった。

 

「その熱線は、青ではなく白だった。破壊の光ではなく、浄化の光だった」

「そんなことが……」

「その後、ゴジラは海の中に消えた。三日後、再び現れた時、手に持っていたのは……戦死した兵士たちの認識票と、小さな花束だった」

「花束?」

「野の花だった。きっと死んだ人間のために摘んだんだろう」

 

 ハルオは震えた。あのゴジラが、ユウコのために花を摘んだというのか? なぜ?

 ハルオが戸惑う一方、リーランドは続けた。

 

「俺は50年考え続けたんだ、ハルオ。ゴジラの奴も苦しんでいたんだ。戦争を憎んでいた」

「それでも……」

 

 ハルオの声は震えていた。

 

「ユウコやアダムは帰ってこない」

 

 リーランドは車椅子から立ち上がろうとした。84歳の老体に鞭打って。咄嗟にハルオが支える。

 リーランドは穏やかに答えた。

 

「戦争を終わらせるのも、戦士の務めだ。復讐ではなく、愛を選ぶことも。これが俺の54年間の結論だ」

 

 リーランドは慰霊碑に向かって敬礼した。震える手で、精一杯の敬礼を。

 

「違う!」

 

 ハルオが叫んだ。その声が記念館中に響く。

 

「あいつは敵だ! ユウコやアダムを殺した敵だ! 54年経っても変わらない!」

 

 そう慟哭したとき、リーランドが口を開いた。

 

「……その二人の魂も、今は統合意識の中で生きている」

 

 ……何?

 ハルオが聞き返すと、リーランドは答えた。

 

「10年前に開発された技術だ。死者の意識を復元し、統合意識の中で永続化する技術。ユウコも、アダムも、そこにいる」

 

 ハルオは絶句した。

 

「会いたいか? ユウコやアダムに。俺も毎日、二人と話している」

 

 

 午後、ハルオはタニ=ユウコの遺族を訪ねた。

 新東京の統合居住区。そこは人間とゴジラが完全に融合した家族が暮らすエリアだった。家は生きているかのように呼吸し、壁は季節に合わせて色を変える。庭には人間とゴジラが一緒に植えた花が咲いている。

 

「お忙しい中、ありがとうございます」

 

 出迎えたのは、ユウコの遺伝子を受け継ぐ2代目の子孫だった。

 その姿は人間の基本形を保っているが、肌は薄い緑色の光を帯び、目は深い青色に光っている。ゴジラ細胞による生命進化の結果、人間の美しさとゴジラの神秘性を併せ持つ存在になっていた。

 

「遺伝子上の母からよく話を聞いています。素晴らしい上官だったと」

 

 ハルオにそう答えるその声は、人間の声にゴジラの低い振動が混じった、美しいハーモニーだった。ゴジラ細胞の影響で声帯も進化していた。

 ……それにしても「母からよく話を聞いている」、ハルオからすれば違和感のある言葉だ。ユウコが死んだときはまだ19歳、子供なんていなかったはずなのに。

 家のリビングには統合仏壇があり、ユウコの意識が光の形で宿っていた。若々しい姿のまま、ホログラムとして現れる。それは単なる映像ではない。本当に彼女の意識がそこにあるのだ。

 

『ハルオ先輩……いや、サカキ大尉。54年ぶりですね』

 

 ユウコの声だった。あの日のまま、記憶も人格も完全に保存されている。その声を聞いた瞬間、ハルオの胸が締め付けられた。

 

「ユウコ……本当にお前なのか?」

『はい。私は統合意識の中で生きています。アダムも一緒です』

 

 ホログラムにアダムも現れる。21歳のまま、笑顔で手を振っている。

 その笑顔は、ハルオの知るかつてのそれとはどこか違っていた。50年分の知識と経験が加わり、より深みのある表情になっている。

 

『大尉、54年間お疲れ様でした』

「お前たち……死んだんじゃなかったのか?」

『はい、体は死にました。でも、意識は生き続けています。そして、わかったんです』

 

 ユウコの顔が、優しく微笑む。その笑顔は、19歳の少女のものではなく、50年分の智恵を持った女性のものだった。

 

『ゴジラも、私たちと同じように苦しんでいたんです。戦争を憎んでいました』

「それでも……」

『大尉、もう戦わないでください。私たちは幸せです。ゴジラ族とも友達になりました』

 

 その時、新種族の子供が部屋に入ってきた。

 ゴジラ細胞治療を受けた家系の第三世代、つまりユウコの孫だとハルオは直感した。人間とゴジラの特徴が自然に融合している。肌は健康的な色合いに薄い光の膜があり、目は金色に輝いている。手には平和のシンボルを持っている。

 

「……おばあちゃんの戦友の人?」

 

 子供の純真な目がハルオを見つめる。その目には、戦争を知らない平和な世代の無邪気さがあった。

 

「戦争って何? なんで戦うの?」

 

 咄嗟にハルオは答えられなかった。この子供にとって、戦争は理解不能な概念だった。この子供は愛の中で生まれ、平和の中で育っている。

 

『大尉……』

 

 ユウコのホログラムが近づく。光でできた手が、ハルオの頬に触れる。温かかった。

 

『私たちの死を無駄にしないでください。平和を壊さないでください』

「ユウコ……」

 

 遠い過去を振り返りながら、ユウコははっきり答える。

 

『54年前の私はまだ若かった。でも今は、54年分の知識と愛を持っています。戦争は間違いでした』

 

 ハルオは拳を握りしめた。最後の支えまで失ってしまった。

 

 

 夜、病室でハルオは一人考えていた。

 

(みんな変わってしまった。54年という時間が、すべてを変えてしまった。俺だけ置き去りにされてしまった)

 

 しかし、すぐに首を振った。

 

(いや、俺だけは変わらない。俺だけが真実を覚えている)

 

 そして、決意した。

 

(俺がやるしかない。俺が54年前の正義を貫くしかない)

 

 

 

 6月10日午前5時。ハルオは病院の屋上で一人、体を鍛えていた。

 

 その屋上は、雲の上にあった。病院全体が空中に浮遊しているのだ。足下には雲海が広がり、上には無限の空が広がっている。風は心地よく、空気は清々しい。

 

 西暦2100年の体力回復技術により、54年のブランクなど存在しなかった。むしろ、22歳の時以上の身体能力を手に入れている。腕立て伏せ、腹筋、ランニング。

 心は54年前のまま、何も変わっていない。腕立て伏せを続けながら、ハルオは心の中で呟く。

 

(俺だけだ。俺だけが戦える。俺だけがあのときの想いを背負っている)

 

 東の空に人工太陽が昇る。54年前とは違う光。その光は虹色で、見ているだけで心が安らぐ。しかし、ハルオの心は平安を求めていない。戦いを求めている。

 リフレインするのあの時、ユウコが叫んだあの言葉だ。

 

『まだ終わってない! わたしたちが守る人たちがいる限り、戦争は終わらない!』

 

(ユウコ、アダム……お前たちまでもが変わってしまった。でも俺は変わらない)

 

 午前9時、最後のカウンセリング。

 診察室は今日も森の中だった。今日の森は秋の装いを見せている。紅葉が美しく、落ち葉が舞っている。季節は人工的に制御されているのだ。

 

「……サカキさん、今日の調子はいかがですか?」

 

 ヤマネ医師が優しく微笑む。しかし、ハルオには54年分の偽善に見えた。

 

「戦士に体調の良し悪しはない」

「あなたは戦士である前に、地球生命体の一員です」

 

 ハルオが笑った。乾いた、冷たい笑い。

 

「地球生命体? 俺は人間だ。54年前の、純粋な人間だ」

「そのような分離意識では……」

「生きる目的は一つだけだ」

「復讐ですか?」

「正義だ。死んだユウコとアダムのための、54年前の正義だ」

 

 ハルオの言葉に、ヤマネは深いため息をついた。その息は、森の風のように涼しかった。

 

「大尉、あなたのお話をもっと聞かせていただけませんか? ユウコさんとの思い出や、あの時の状況について」

「ふん、傾聴という奴か。好きに報告しろ」

 

 ハルオは立ち上がった。木の根の椅子が、彼の動きに合わせて形を変える。

 

「俺のことは戦争世代の遺物だと報告しろ。危険な分離意識体だと報告するがいい。俺には関係ない」

「報告のためではありません」

 

 ヤマネ医師は穏やかに答えた。

 

「あなたの苦しみを理解したいのです。あなたは遺物ではありません。ただ、54年という時間に適応できないだけです」

「時間?」

 

 ハルオは振り返った。

 

「俺の時間は54年前に止まった。ユウコとアダムが死んだあの日に。そして今、また動き出したんだ」

 

 午後1時、ハルオは病院からの脱出を実行した。

 西暦2100年、病院の清掃は人工知能が行なっており、人間の清掃員は存在しなかった。ハルオは2046年の潜入技術を駆使し、メンテナンス用のアクセス通路を利用して病院を脱出した。

 浮遊する病院から地上に降りるのは困難だったが、緊急用の転送装置を発見し、それを利用した。一瞬で地上に転送される。

 

(さらばだ、この偽善の未来よ。今は亡き地球防衛軍、最後の一人がこの俺だ)

 

 

 午後3時、東京郊外の山中。

 廃墟となった旧軍事施設を探したが、54年の時間で大部分が消失していた。しかし、ハルオはかつての記憶を頼りに、秘密の入り口を発見した。指紋認証システムも、54年前のデータが残っており、彼のアクセスを許可した。

 

「まだ残っていたか……」

 

 54年ぶりに開封された地下倉庫には、54年前の武器が完璧な状態で保存されていた。爆薬、自動小銃、手榴弾。すべてが博物館のように格納されている。

 ハルオはそのうちのひとつを手に取る。サーモリック爆薬。54年前のものだが、保存状態は完璧。威力は十分だ。

 

「……これで十分だ」

 

 ハルオは必要な分だけ爆薬を取り、慎重に梱包した。検出されないよう、特殊な容器に入れる。

 

 

 午後6時、旧第三対ゴジラ特殊部隊記念聖地。

 そこは山の頂上にあった。巨大な光の記念碑が建てられている。部隊の歴史と戦死者の名前が、永続的な光で刻まれている。夕日が記念碑を照らし、光が虹色に分散している。

 ハルオは仲間たちの名前を一つ一つ読み上げた。光の文字が、彼の声に反応して明るく光る。

 

「タニ=ユウコ曹長、アダム=ビンデバルト少尉……」

 

 風が吹く。山の風は涼しく、夕日の温かさと混じって心地よい。しかし、ハルオの心は冷たかった。

 人工太陽が記念碑を照らしている。54年前とは違う光。しかし、ハルオの心は変わらない。

 

「待っていろ、みんな。すぐに本当の決着をつけてやる」

 

 

 夜8時、廃屋となった古代建築保存区。

 54年前の建物が、博物館として保存されている一角。その中の一軒の家を、ハルオは最後の隠れ家とした。

 古い畳の部屋で、ハルオは最後の準備をした。サーモリック爆薬を体に巻きつける。起爆装置を確認する。赤いボタンを押せば、半径100メートルが消し飛ぶ。54年前と変わらない破壊力だ。

 鏡に映る自分の顔を見つめる。22歳の顔に76歳の心。時間の歪みが作り出した存在。外見は若いが、心は老いている。

 

「これが俺の戦争だ。俺だけの、最後の戦争だ」

 

 机の上に一通の手紙を置いた。宛先は「2100年の人類へ」。

 

『諸君らは統合文明に酔いしれている。しかし忘れてはならない。真の正義は時代を超えて不変である。54年という時間も、俺の心を変えることはできなかった。妥協は敗北であり、統合は魂の死である。俺は最後の純粋人類として、最後の正義として、真実を示す。ゴジラは敵だ。54年前も、今も、これからも、永遠に。忘れるな、50万人の犠牲を。これが俺の戦争だ。サカキ=ハルオ』

 

 手紙を封筒に入れる。これが54年の時を超えた遺書になる。最後の証言になる。

 窓の外を見ると、新地球の夜景が幻想的に光っている。統合文明の極致のような都市。光が踊り、音楽が流れ、平和と愛に満ちている。

 だが、ハルオには2046年の炎に包まれた東京が重なって見えた。瓦礫の下敷きになったユウコとアダム。血まみれの手。最後の言葉。

 

(明日、すべてが終わる。54年間の間違いがすべて正される)

 

 ベッドに横になり、目を閉じる。

 ……眠れない。頭の中で、統合意識のユウコとアダムの声が響いている。

 ユウコが訊ねる。

 

『大尉、本当にこれでいいんですか?』

「いいんだ、ユウコ。これが俺たちの本当の戦争だ」

 

 アダムが宥めすかそうとする。

 

『でも、世界は平和になったじゃないですか。54年かけて』

「偽りの平和だ、アダム。真の平和は俺が作る」

 

 統合意識の中のユウコとアダムは、二人そろってハルオを止めようとする。

 

『大尉……私は統合意識の中で幸せです』

「それは紛い物だ、ユウコ、アダム。本当のお前たちはあの日死んだ。その事実は変わらない」

 

 朝が来るまで、ハルオは54年前の戦友たちとの最後の対話を続けた。

 

 

 6月11日午前6時。新東京湾統合居住区。

 

 朝霧が立ち込める静寂の海、その海は54年前のものとは全く違っていた。水は透明で、底まで見える。魚たちが自由に泳ぎ、珊瑚礁が美しく育っている。ゴジラとの共同文明のおかげで、海の生態系が完全に回復していた。

 

 そこにいるのは一体のゴジラではなく、数十体の大小様々なゴジラ族が、人間と共に朝の活動を始めている光景だった。

 

 子供のゴジラが人間の子供と一緒に海辺で遊んでいる。砂の城を作り、波と戯れている。

 その中には、ゴジラ細胞治療を受けた人間の子供たちもいる。彼らは普通の人間の子供と見た目はさほど変わらないが、ゴジラ族との意思疎通ができ、超人的な治癒力を持っている。大人のゴジラが人間と共に都市建設を行っている。巨大な建材を慎重に運び、精密な作業を行っている。

 

 その中で、一体の老いたゴジラが海面に立ち、昇りつつある人工太陽を見つめていた。54年前のあのゴジラ。今では「ゴジラ=アース」と呼ばれ、統合社会の賢者として敬われている存在。

 その巨体は54年前よりもさらに大きくなっているが、威圧感はない。むしろ、慈愛に満ちた存在として佇んでいる。背中の棘は古木のように風格があり、目は深い智恵を宿している。

 

「……いたな」

 

 そんな中、ハルオは統合居住区の柵の前に立った。体に巻いた爆薬の重さを感じながら、54年前の記憶を呼び起こす。

 その柵は美しい光で作られていた。物理的な障壁ではなく、エネルギーのカーテンのような存在。触れても害はないが、許可のない侵入を検知する。

 

(ユウコ、アダム……ついに来たぞ。54年間の嘘にようやく決着をつける)

 

 柵を越える。即座に平和警報が鳴り響いた。

 

「平和破壊者発見!東区域に旧人類一名!」

「映像確認! あれは……サカキ=ハルオ大尉です!」

「54年前の蘇生者の? なぜここに?」

「全統合体出動! しかし危害を加えてはなりません! 彼は歴史の証人です!」

 

 統合警備隊が慌ただしくなる。しかし、ハルオには関係ない。彼には一つの目的しかない。

 砂浜を歩く。砂は白く美しく、足音を吸収する。一歩一歩、54年間の運命に向かって進む。海風が頬を撫で、潮の香りが鼻腔をくすぐる。美しい朝だった。

 しかし、ハルオの心に平安はない。

 54年ぶりに見るゴジラ=アース。記憶の中よりもはるかに大きく、そして……優しく見える。54年という時間が、あの化け物をも変えてしまったのか。

 しかし、ハルオの記憶は変わらない。瓦礫の下敷きになったユウコとアダム。血まみれの手。最後の言葉。すべてが昨日のことのように鮮明だった。

 ゴジラ=アースがゆっくりと振り返った。巨大な目がハルオを見下ろす。その瞳には、54年分の記憶と悲しみが宿っている。そして、何かを待っていたような表情だった。

 54年ぶりの対峙。運命の最終再会。

 

「……覚えているか? 俺を覚えているか?」

 

 ハルオの声は震えていた。朝の静寂の中で、その声だけが響く。

 ゴジラ=アースは動かない。ただ、ハルオを見つめている。その目には……敵意がない。深い悲しみと、そして愛があった。長い年月を経て、憎しみが愛に変わったのだろうか。

 

「54年前、お前は俺の仲間を殺した」

 

 ハルオは起爆装置を握りしめた。手のひらに汗がにじむ。心臓の鼓動が早くなる。

 

「ユウコを殺した。アダムを殺した。数え切れない命を奪ったんだ」

 

 ゴジラ=アースはまだ動かない。ふと、その目から一筋の涙が流れた。54年間溜め込んだ悲しみの涙。巨大な涙が砂浜に落ち、小さなクレーターを作る。

 

「今度こそ、決着をつけてやる」

 

 ハルオがそう呟いたその時、ゴジラ=アースがゆっくりと座り込んだ。巨大な体を低くして、ハルオと目線を合わせようとするように。その動作は慎重で、ハルオを怖がらせないよう配慮しているようだった。

 

「……何のつもりだ?」

 

 統合警備隊が到着した。人間とゴジラが混成された部隊。武器は持っていない。平和的解決を目指しているようだった。

 

「大尉! 危険です! 下がってください!」

 

 統合警備隊、隊長の必死の叫び。しかし、ハルオは振り返らない。

 

「邪魔をするな! これは俺とあいつの問題だ! 54年前から続く問題だ!」

「大尉! ゴジラ=アースは統合社会の守護者です! 平和の象徴です!」

「平和の象徴?」

 

 ハルオは笑った。狂気にも似た笑い。その笑い声が海風に乗って響く。

 

「ユウコやアダムを殺した化け物が平和の象徴? 54年かけて作り上げた嘘だ!」

 

 そして叫んだ。54年間溜め込んだ怒りと絶望の全てを込めて。

 

「お前たちは何もわかっていない! 俺は見たんだ! ユウコが血を流して死ぬところを! アダムが絶望の中で死ぬところを!」

 

 ハルオの声は海全体に響いた。鳥たちが驚いて飛び立つ。

 

「燃える東京を! 逃げ惑う子供たちを! 50万人の屍の山を! 54年が過ぎても、その事実は変わらない!」

 

 ……だが、ゴジラ=アースは動じない。

 ゴジラ=アースはハルオの叫びを静かに聞いていた。攻撃も威嚇もしない。ただ、深い悲しみを湛えた目で見つめている。

 その時、ゴジラ=アースがゆっくりと前足を砂の上に置いた。そして、爪で何かを描き始める。

 文字。54年かけて完璧に習得した人間の文字。大きく、丁寧に、心を込めて書いている。

 

「ごめん ゆうこ あだむ」

 

 ハルオは息を呑んだ。

 

「お前が……ユウコとアダムの名前を?」

 

 ゴジラ=アースが頷く。その動作は、人間のものと変わらない。54年かけて学んだ、人間らしい仕草だった。

 そして、もう一つ文字を書いた。

 

「54ねん まちつづけた」

「54年、待ち続けた? 何を?」

 

 ゴジラ=アースがハルオを見つめる。その目は、親が子を見つめるような、慈愛に満ちた目だった。

 

「あなたに ゆるしてもらうのを」

「許し?」

 

 ハルオの手が震え始めた。起爆装置を握る手から力が抜けていく。

 ゴジラ=アースがさらに文字を書く。

 

「ぼくも ひとり だった」

「お前も……一人だったのか。54年間」

 

 涙が頬を流れる。54年ぶりの涙。それは悲しみの涙なのか、それとも別の感情なのか、ハルオ自身にもわからなかった。

 ハルオは起爆装置を見つめた。手の中の小さな装置。これを押せば、すべてが終わる。

 その葛藤に答えるように、ゴジラ=アースが最後の文字を書く。砂浜に、大きく、美しく。

 

「いっしょに いこう」

 

 ハルオは顔を上げた。

 

「……俺と一緒に死のうと言うのか?」

 

 ゴジラ=アースが頷いた。そして、砂浜にもう一行書いた。

 

「ゆうこと あだむの ところへ」

 

 ハルオは理解した。この54年間、ゴジラ=アースも苦しんでいたのだ。二人を殺してしまった罪悪感に。そして、ハルオが戻ってくるのを待っていたのだ。

 統合警備隊が慎重に近づいてくる。もはやもう止められない。運命の歯車が動き始めた。

 

「……これが俺たちの戦争だ」

 

 ハルオはゴジラ=アースを見上げた。

 

「俺たちだけの、最後の戦争だ」

 

 そして走り出した。ゴジラ=アースに向かって、全速力で。砂を蹴り上げ、波しぶきを浴びながら。

 

「ユウコ! アダム! 54年待たせたな!」

「大尉! やめるんだアアッ!!」

 

 統合警備隊が叫ぶが、ハルオには聞こえない。耳に響くのは54年前の戦場の音。ユウコの最後の言葉。22歳の青年の絶望の叫び。そして、今この瞬間の風の音、波の音、自分の心臓の鼓動。

 

「これで終わりだ! お前も俺も! みんな一緒だ! 54年間の嘘も終わりだ!」

 

 ゴジラ=アースの足元に到達する。巨大な存在を見上げながら、最後の言葉を叫んだ。

 

「これが俺の戦争だ――――!」

 

 起爆装置のボタンを押す。

 閃光。

 巨大な爆発音が新東京湾に響いた。鳥たちが驚いて飛び立ち、波が岸に打ち寄せる。しばらくして、静寂が戻る。

 54年間続いたハルオの長い戦争が、ついに終わった。

 

 

 

 それから1週間後、6月18日。

 新東京湾統合記念公園に新たな光の記念碑が建てられた。それは美しく、空中に浮遊している。

 

『サカキ=ハルオ大尉 2024年-2046年-2100年』

『時代を超えた最後の戦士 愛する戦友と共に眠る』

『タニ=ユウコ曹長、アダム=ビンデバルト少尉と永遠に』

 

 記念碑の前には光の花束が絶えない。

 しかし、それを供えるのは統合生命体ばかり。54年前の戦争を記憶する者はもういない。

 ゴジラ細胞治療を受けた人間の子供たちと、ゴジラの子供たち。若い統合文明世代は首を捻る。

 

「なぜあんなことを……」

「理解できない」

「ゴジラ=アースは平和の守護者だったのに」

「可哀想な人だった」

「54年という時間に適応できなかったんですね」

 

 そんな中、記念碑の前に一人の老人が車椅子で現れた。エリオット=リーランド、元地球防衛軍大佐、現84歳。看護師に支えられながら、ゆっくりと記念碑に近づいてゆく。

 リーランドは語り掛ける。

 

「ハルオ……お前の戦争は終わったか?」

 

 老いた声が風に響く。その声は震えているが、心は強い。

 

「俺も間もなく逝くだろう。向こうで、また一緒に戦おう。今度は平和のために」

 

 リーランドは看護師の支えを借りて車椅子から立ち上がり、最後の軍人の敬礼を捧げた。記念碑に向かって、54年間の友情を込めて。

 

「……戦友よ」

 

 その姿を見て、通りがかりの人々が立ち止まる。老人の敬礼に心を打たれ、自然と頭を下げる。戦争を知らない世代も、その瞬間だけは戦争の重さを理解した。

 

 ……54年という時の流れは、世界を完全に変えた。統合文明をもたらし、種族の壁さえも消し去った。

 しかし、一人の男の心は変わらなかった。変われなかった。それがハルオだ。

 ハルオは最後まで一人だった。誰からも理解されることなく、54年という時間に取り残されたまま、自分の信念と共に散った。

 それは悲劇なのか、それとも美学なのか。答えは、統合意識の海の中にある。

 

 

 夕暮れ時、新東京湾の沖合。

 ゴジラ=アースは静かに海を泳いでいた。巨大な体が水面を滑るように進む。波は穏やかで、夕日がその背中を金色に染めている。

 

「…………。」

 

 海水は透明で、海底まで見通せる。色とりどりの魚たちがゴジラ=アースの周りを泳ぎ回る。恐れることなく、むしろ親しげに寄り添っている。小さな熱帯魚から大きなクジラまで、すべての海洋生物がゴジラ=アースを友として受け入れている。

 ゴジラ=アースは時折、深く潜る。海底に咲く珊瑚礁を見つめ、そっと触れる。巨大な爪が珊瑚を傷つけることはない。細心の注意を払って、海の美しさを愛でている。

 

 水面に浮上すると、夜空を見上げる。

 星々が瞬き、人工太陽がゆっくりと沈んでいく。その光が海面に反射し、虹色の波紋を作る。ゴジラ=アースは静かに息を吐く。その息は白い霧となって立ち上がり、星空に溶けていく。

 

 遠くから、人間とゴジラの子供たちの笑い声が聞こえる。平和な音。愛に満ちた音。ゴジラ=アースの目に、安らぎの光が宿る。

 もう戦う必要はない。もう一人ではない。海には友達がいる。空には美しい星がある。そして、統合意識の中には、永遠に語り合える友がいる。

 ゴジラ=アースは背泳ぎを始めた。巨大な体を仰向けにして、星空を見つめながらゆっくりと泳ぐ。波の音が子守唄のように響く。海風が頬を撫でる。

 

 

 新しい地球は今日も平和に回っている。ハルオの知らない平和を謳歌しながら。美しい音楽が流れ、愛に満ちた家族が笑い、子供たちが夢を語っている。

 

 

 こうして、戦争は終わった。

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