南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件 作:よよよーよ・だーだだ
6月9日午前10時。戦没者追悼記念館。
その建物は、雲の上に浮かんでいた。文字通り、空中に浮遊する記念館だった。重力制御技術によって、建物全体が宙に浮いている。下には雲海が広がり、上には青い空が広がっている。
記念館の内部は、静寂に包まれていた。壁は透明で、外の雲海が見える。足音は吸収され、訪問者の話し声だけが小さく響いている。
そこを訪れたハルオは、驚くべき人物と再会することになった。
「ハルオ……本当にお前なのか」
車椅子に座った老人がそこにいた。エリオット=リーランド大佐本人。54年前は30歳の屈強な軍人だった男が、今は84歳の老人になっていた。
白髪は完全に白く、皺が顔全体を覆っている。やせ細った体は車椅子に沈み込み、手には点滴のチューブが繋がっている。しかし、その目だけは54年前と同じ鋭さを保っていた。まだ生きている。まだ戦っている。
「リーランド……生きてたんだな」
ハルオは膝をついた。老人の手を取る。その手は骨ばっており、血管が浮き出ていたけれど温かかった。
「生きていた……と言えるかどうかな。あれから54年、死にぞこないさ」
「そうでもないさ。死にぞこないというなら俺も大概だ」
記念館には巨大な慰霊碑があった。54年間で戦死した全ての人々の名前。
それは物理的な石碑ではなく、光でできた永続記憶装置だった。名前が光の文字で浮かび上がり、ゆっくりと回転している。
「2047年3月のあの日のことは、昨日のことのように覚えている……」
リーランドは語り始めた。84歳の老人の声で、50年前の記憶を。その声は震えているが、記憶は鮮明だった。
「ゴジラが海岸に現れた時、俺は最後の攻撃を準備していた。全戦力を投入し、相打ちを狙う作戦だった」
リーランドの手が震える。ハルオはその手を握りしめた。
「だが、あいつは攻撃してこなかった。ただ、こちらを見つめていた。まるで……何かを伝えようとするように」
「それで?」
「俺はゴジラの目を見て理解したんだ。そこには憎しみはなく、深い悲しみと……愛があった」
ハルオは信じられなかった。あの猛将だったリーランドが、ゴジラに絆されるなんて。
「愛? 化け物が愛?」
「その時、ゴジラが動いた。海に向かって熱線を放ったんだ。まるで、怒りを海に捨てるように」
84歳の老人の目に涙が浮かんだ。50年以上、溜め込んだ感情だった。
「その熱線は、青ではなく白だった。破壊の光ではなく、浄化の光だった」
「そんなことが……」
「その後、ゴジラは海の中に消えた。三日後、再び現れた時、手に持っていたのは……戦死した兵士たちの認識票と、小さな花束だった」
「花束?」
「野の花だった。きっと死んだ人間のために摘んだんだろう」
ハルオは震えた。あのゴジラが、ユウコのために花を摘んだというのか? なぜ?
ハルオが戸惑う一方、リーランドは続けた。
「俺は50年考え続けたんだ、ハルオ。ゴジラの奴も苦しんでいたんだ。戦争を憎んでいた」
「それでも……」
ハルオの声は震えていた。
「ユウコやアダムは帰ってこない」
リーランドは車椅子から立ち上がろうとした。84歳の老体に鞭打って。咄嗟にハルオが支える。
リーランドは穏やかに答えた。
「戦争を終わらせるのも、戦士の務めだ。復讐ではなく、愛を選ぶことも。これが俺の54年間の結論だ」
リーランドは慰霊碑に向かって敬礼した。震える手で、精一杯の敬礼を。
「違う!」
ハルオが叫んだ。その声が記念館中に響く。
「あいつは敵だ! ユウコやアダムを殺した敵だ! 54年経っても変わらない!」
そう慟哭したとき、リーランドが口を開いた。
「……その二人の魂も、今は統合意識の中で生きている」
……何?
ハルオが聞き返すと、リーランドは答えた。
「10年前に開発された技術だ。死者の意識を復元し、統合意識の中で永続化する技術。ユウコも、アダムも、そこにいる」
ハルオは絶句した。
「会いたいか? ユウコやアダムに。俺も毎日、二人と話している」
午後、ハルオはタニ=ユウコの遺族を訪ねた。
新東京の統合居住区。そこは人間とゴジラが完全に融合した家族が暮らすエリアだった。家は生きているかのように呼吸し、壁は季節に合わせて色を変える。庭には人間とゴジラが一緒に植えた花が咲いている。
「お忙しい中、ありがとうございます」
出迎えたのは、ユウコの遺伝子を受け継ぐ2代目の子孫だった。
その姿は人間の基本形を保っているが、肌は薄い緑色の光を帯び、目は深い青色に光っている。ゴジラ細胞による生命進化の結果、人間の美しさとゴジラの神秘性を併せ持つ存在になっていた。
「遺伝子上の母からよく話を聞いています。素晴らしい上官だったと」
ハルオにそう答えるその声は、人間の声にゴジラの低い振動が混じった、美しいハーモニーだった。ゴジラ細胞の影響で声帯も進化していた。
……それにしても「母からよく話を聞いている」、ハルオからすれば違和感のある言葉だ。ユウコが死んだときはまだ19歳、子供なんていなかったはずなのに。
家のリビングには統合仏壇があり、ユウコの意識が光の形で宿っていた。若々しい姿のまま、ホログラムとして現れる。それは単なる映像ではない。本当に彼女の意識がそこにあるのだ。
『ハルオ先輩……いや、サカキ大尉。54年ぶりですね』
ユウコの声だった。あの日のまま、記憶も人格も完全に保存されている。その声を聞いた瞬間、ハルオの胸が締め付けられた。
「ユウコ……本当にお前なのか?」
『はい。私は統合意識の中で生きています。アダムも一緒です』
ホログラムにアダムも現れる。21歳のまま、笑顔で手を振っている。
その笑顔は、ハルオの知るかつてのそれとはどこか違っていた。50年分の知識と経験が加わり、より深みのある表情になっている。
『大尉、54年間お疲れ様でした』
「お前たち……死んだんじゃなかったのか?」
『はい、体は死にました。でも、意識は生き続けています。そして、わかったんです』
ユウコの顔が、優しく微笑む。その笑顔は、19歳の少女のものではなく、50年分の智恵を持った女性のものだった。
『ゴジラも、私たちと同じように苦しんでいたんです。戦争を憎んでいました』
「それでも……」
『大尉、もう戦わないでください。私たちは幸せです。ゴジラ族とも友達になりました』
その時、新種族の子供が部屋に入ってきた。
ゴジラ細胞治療を受けた家系の第三世代、つまりユウコの孫だとハルオは直感した。人間とゴジラの特徴が自然に融合している。肌は健康的な色合いに薄い光の膜があり、目は金色に輝いている。手には平和のシンボルを持っている。
「……おばあちゃんの戦友の人?」
子供の純真な目がハルオを見つめる。その目には、戦争を知らない平和な世代の無邪気さがあった。
「戦争って何? なんで戦うの?」
咄嗟にハルオは答えられなかった。この子供にとって、戦争は理解不能な概念だった。この子供は愛の中で生まれ、平和の中で育っている。
『大尉……』
ユウコのホログラムが近づく。光でできた手が、ハルオの頬に触れる。温かかった。
『私たちの死を無駄にしないでください。平和を壊さないでください』
「ユウコ……」
遠い過去を振り返りながら、ユウコははっきり答える。
『54年前の私はまだ若かった。でも今は、54年分の知識と愛を持っています。戦争は間違いでした』
ハルオは拳を握りしめた。最後の支えまで失ってしまった。
夜、病室でハルオは一人考えていた。
(みんな変わってしまった。54年という時間が、すべてを変えてしまった。俺だけ置き去りにされてしまった)
しかし、すぐに首を振った。
(いや、俺だけは変わらない。俺だけが真実を覚えている)
そして、決意した。
(俺がやるしかない。俺が54年前の正義を貫くしかない)
6月10日午前5時。ハルオは病院の屋上で一人、体を鍛えていた。
その屋上は、雲の上にあった。病院全体が空中に浮遊しているのだ。足下には雲海が広がり、上には無限の空が広がっている。風は心地よく、空気は清々しい。
西暦2100年の体力回復技術により、54年のブランクなど存在しなかった。むしろ、22歳の時以上の身体能力を手に入れている。腕立て伏せ、腹筋、ランニング。
心は54年前のまま、何も変わっていない。腕立て伏せを続けながら、ハルオは心の中で呟く。
(俺だけだ。俺だけが戦える。俺だけがあのときの想いを背負っている)
東の空に人工太陽が昇る。54年前とは違う光。その光は虹色で、見ているだけで心が安らぐ。しかし、ハルオの心は平安を求めていない。戦いを求めている。
リフレインするのあの時、ユウコが叫んだあの言葉だ。
『まだ終わってない! わたしたちが守る人たちがいる限り、戦争は終わらない!』
(ユウコ、アダム……お前たちまでもが変わってしまった。でも俺は変わらない)
午前9時、最後のカウンセリング。
診察室は今日も森の中だった。今日の森は秋の装いを見せている。紅葉が美しく、落ち葉が舞っている。季節は人工的に制御されているのだ。
「……サカキさん、今日の調子はいかがですか?」
ヤマネ医師が優しく微笑む。しかし、ハルオには54年分の偽善に見えた。
「戦士に体調の良し悪しはない」
「あなたは戦士である前に、地球生命体の一員です」
ハルオが笑った。乾いた、冷たい笑い。
「地球生命体? 俺は人間だ。54年前の、純粋な人間だ」
「そのような分離意識では……」
「生きる目的は一つだけだ」
「復讐ですか?」
「正義だ。死んだユウコとアダムのための、54年前の正義だ」
ハルオの言葉に、ヤマネは深いため息をついた。その息は、森の風のように涼しかった。
「大尉、あなたのお話をもっと聞かせていただけませんか? ユウコさんとの思い出や、あの時の状況について」
「ふん、傾聴という奴か。好きに報告しろ」
ハルオは立ち上がった。木の根の椅子が、彼の動きに合わせて形を変える。
「俺のことは戦争世代の遺物だと報告しろ。危険な分離意識体だと報告するがいい。俺には関係ない」
「報告のためではありません」
ヤマネ医師は穏やかに答えた。
「あなたの苦しみを理解したいのです。あなたは遺物ではありません。ただ、54年という時間に適応できないだけです」
「時間?」
ハルオは振り返った。
「俺の時間は54年前に止まった。ユウコとアダムが死んだあの日に。そして今、また動き出したんだ」
午後1時、ハルオは病院からの脱出を実行した。
西暦2100年、病院の清掃は人工知能が行なっており、人間の清掃員は存在しなかった。ハルオは2046年の潜入技術を駆使し、メンテナンス用のアクセス通路を利用して病院を脱出した。
浮遊する病院から地上に降りるのは困難だったが、緊急用の転送装置を発見し、それを利用した。一瞬で地上に転送される。
(さらばだ、この偽善の未来よ。今は亡き地球防衛軍、最後の一人がこの俺だ)
午後3時、東京郊外の山中。
廃墟となった旧軍事施設を探したが、54年の時間で大部分が消失していた。しかし、ハルオはかつての記憶を頼りに、秘密の入り口を発見した。指紋認証システムも、54年前のデータが残っており、彼のアクセスを許可した。
「まだ残っていたか……」
54年ぶりに開封された地下倉庫には、54年前の武器が完璧な状態で保存されていた。爆薬、自動小銃、手榴弾。すべてが博物館のように格納されている。
ハルオはそのうちのひとつを手に取る。サーモリック爆薬。54年前のものだが、保存状態は完璧。威力は十分だ。
「……これで十分だ」
ハルオは必要な分だけ爆薬を取り、慎重に梱包した。検出されないよう、特殊な容器に入れる。
午後6時、旧第三対ゴジラ特殊部隊記念聖地。
そこは山の頂上にあった。巨大な光の記念碑が建てられている。部隊の歴史と戦死者の名前が、永続的な光で刻まれている。夕日が記念碑を照らし、光が虹色に分散している。
ハルオは仲間たちの名前を一つ一つ読み上げた。光の文字が、彼の声に反応して明るく光る。
「タニ=ユウコ曹長、アダム=ビンデバルト少尉……」
風が吹く。山の風は涼しく、夕日の温かさと混じって心地よい。しかし、ハルオの心は冷たかった。
人工太陽が記念碑を照らしている。54年前とは違う光。しかし、ハルオの心は変わらない。
「待っていろ、みんな。すぐに本当の決着をつけてやる」
夜8時、廃屋となった古代建築保存区。
54年前の建物が、博物館として保存されている一角。その中の一軒の家を、ハルオは最後の隠れ家とした。
古い畳の部屋で、ハルオは最後の準備をした。サーモリック爆薬を体に巻きつける。起爆装置を確認する。赤いボタンを押せば、半径100メートルが消し飛ぶ。54年前と変わらない破壊力だ。
鏡に映る自分の顔を見つめる。22歳の顔に76歳の心。時間の歪みが作り出した存在。外見は若いが、心は老いている。
「これが俺の戦争だ。俺だけの、最後の戦争だ」
机の上に一通の手紙を置いた。宛先は「2100年の人類へ」。
『諸君らは統合文明に酔いしれている。しかし忘れてはならない。真の正義は時代を超えて不変である。54年という時間も、俺の心を変えることはできなかった。妥協は敗北であり、統合は魂の死である。俺は最後の純粋人類として、最後の正義として、真実を示す。ゴジラは敵だ。54年前も、今も、これからも、永遠に。忘れるな、50万人の犠牲を。これが俺の戦争だ。サカキ=ハルオ』
手紙を封筒に入れる。これが54年の時を超えた遺書になる。最後の証言になる。
窓の外を見ると、新地球の夜景が幻想的に光っている。統合文明の極致のような都市。光が踊り、音楽が流れ、平和と愛に満ちている。
だが、ハルオには2046年の炎に包まれた東京が重なって見えた。瓦礫の下敷きになったユウコとアダム。血まみれの手。最後の言葉。
(明日、すべてが終わる。54年間の間違いがすべて正される)
ベッドに横になり、目を閉じる。
……眠れない。頭の中で、統合意識のユウコとアダムの声が響いている。
ユウコが訊ねる。
『大尉、本当にこれでいいんですか?』
「いいんだ、ユウコ。これが俺たちの本当の戦争だ」
アダムが宥めすかそうとする。
『でも、世界は平和になったじゃないですか。54年かけて』
「偽りの平和だ、アダム。真の平和は俺が作る」
統合意識の中のユウコとアダムは、二人そろってハルオを止めようとする。
『大尉……私は統合意識の中で幸せです』
「それは紛い物だ、ユウコ、アダム。本当のお前たちはあの日死んだ。その事実は変わらない」
朝が来るまで、ハルオは54年前の戦友たちとの最後の対話を続けた。
6月11日午前6時。新東京湾統合居住区。
朝霧が立ち込める静寂の海、その海は54年前のものとは全く違っていた。水は透明で、底まで見える。魚たちが自由に泳ぎ、珊瑚礁が美しく育っている。ゴジラとの共同文明のおかげで、海の生態系が完全に回復していた。
そこにいるのは一体のゴジラではなく、数十体の大小様々なゴジラ族が、人間と共に朝の活動を始めている光景だった。
子供のゴジラが人間の子供と一緒に海辺で遊んでいる。砂の城を作り、波と戯れている。
その中には、ゴジラ細胞治療を受けた人間の子供たちもいる。彼らは普通の人間の子供と見た目はさほど変わらないが、ゴジラ族との意思疎通ができ、超人的な治癒力を持っている。大人のゴジラが人間と共に都市建設を行っている。巨大な建材を慎重に運び、精密な作業を行っている。
その中で、一体の老いたゴジラが海面に立ち、昇りつつある人工太陽を見つめていた。54年前のあのゴジラ。今では「ゴジラ=アース」と呼ばれ、統合社会の賢者として敬われている存在。
その巨体は54年前よりもさらに大きくなっているが、威圧感はない。むしろ、慈愛に満ちた存在として佇んでいる。背中の棘は古木のように風格があり、目は深い智恵を宿している。
「……いたな」
そんな中、ハルオは統合居住区の柵の前に立った。体に巻いた爆薬の重さを感じながら、54年前の記憶を呼び起こす。
その柵は美しい光で作られていた。物理的な障壁ではなく、エネルギーのカーテンのような存在。触れても害はないが、許可のない侵入を検知する。
(ユウコ、アダム……ついに来たぞ。54年間の嘘にようやく決着をつける)
柵を越える。即座に平和警報が鳴り響いた。
「平和破壊者発見!東区域に旧人類一名!」
「映像確認! あれは……サカキ=ハルオ大尉です!」
「54年前の蘇生者の? なぜここに?」
「全統合体出動! しかし危害を加えてはなりません! 彼は歴史の証人です!」
統合警備隊が慌ただしくなる。しかし、ハルオには関係ない。彼には一つの目的しかない。
砂浜を歩く。砂は白く美しく、足音を吸収する。一歩一歩、54年間の運命に向かって進む。海風が頬を撫で、潮の香りが鼻腔をくすぐる。美しい朝だった。
しかし、ハルオの心に平安はない。
54年ぶりに見るゴジラ=アース。記憶の中よりもはるかに大きく、そして……優しく見える。54年という時間が、あの化け物をも変えてしまったのか。
しかし、ハルオの記憶は変わらない。瓦礫の下敷きになったユウコとアダム。血まみれの手。最後の言葉。すべてが昨日のことのように鮮明だった。
ゴジラ=アースがゆっくりと振り返った。巨大な目がハルオを見下ろす。その瞳には、54年分の記憶と悲しみが宿っている。そして、何かを待っていたような表情だった。
54年ぶりの対峙。運命の最終再会。
「……覚えているか? 俺を覚えているか?」
ハルオの声は震えていた。朝の静寂の中で、その声だけが響く。
ゴジラ=アースは動かない。ただ、ハルオを見つめている。その目には……敵意がない。深い悲しみと、そして愛があった。長い年月を経て、憎しみが愛に変わったのだろうか。
「54年前、お前は俺の仲間を殺した」
ハルオは起爆装置を握りしめた。手のひらに汗がにじむ。心臓の鼓動が早くなる。
「ユウコを殺した。アダムを殺した。数え切れない命を奪ったんだ」
ゴジラ=アースはまだ動かない。ふと、その目から一筋の涙が流れた。54年間溜め込んだ悲しみの涙。巨大な涙が砂浜に落ち、小さなクレーターを作る。
「今度こそ、決着をつけてやる」
ハルオがそう呟いたその時、ゴジラ=アースがゆっくりと座り込んだ。巨大な体を低くして、ハルオと目線を合わせようとするように。その動作は慎重で、ハルオを怖がらせないよう配慮しているようだった。
「……何のつもりだ?」
統合警備隊が到着した。人間とゴジラが混成された部隊。武器は持っていない。平和的解決を目指しているようだった。
「大尉! 危険です! 下がってください!」
統合警備隊、隊長の必死の叫び。しかし、ハルオは振り返らない。
「邪魔をするな! これは俺とあいつの問題だ! 54年前から続く問題だ!」
「大尉! ゴジラ=アースは統合社会の守護者です! 平和の象徴です!」
「平和の象徴?」
ハルオは笑った。狂気にも似た笑い。その笑い声が海風に乗って響く。
「ユウコやアダムを殺した化け物が平和の象徴? 54年かけて作り上げた嘘だ!」
そして叫んだ。54年間溜め込んだ怒りと絶望の全てを込めて。
「お前たちは何もわかっていない! 俺は見たんだ! ユウコが血を流して死ぬところを! アダムが絶望の中で死ぬところを!」
ハルオの声は海全体に響いた。鳥たちが驚いて飛び立つ。
「燃える東京を! 逃げ惑う子供たちを! 50万人の屍の山を! 54年が過ぎても、その事実は変わらない!」
……だが、ゴジラ=アースは動じない。
ゴジラ=アースはハルオの叫びを静かに聞いていた。攻撃も威嚇もしない。ただ、深い悲しみを湛えた目で見つめている。
その時、ゴジラ=アースがゆっくりと前足を砂の上に置いた。そして、爪で何かを描き始める。
文字。54年かけて完璧に習得した人間の文字。大きく、丁寧に、心を込めて書いている。
「ごめん ゆうこ あだむ」
ハルオは息を呑んだ。
「お前が……ユウコとアダムの名前を?」
ゴジラ=アースが頷く。その動作は、人間のものと変わらない。54年かけて学んだ、人間らしい仕草だった。
そして、もう一つ文字を書いた。
「54ねん まちつづけた」
「54年、待ち続けた? 何を?」
ゴジラ=アースがハルオを見つめる。その目は、親が子を見つめるような、慈愛に満ちた目だった。
「あなたに ゆるしてもらうのを」
「許し?」
ハルオの手が震え始めた。起爆装置を握る手から力が抜けていく。
ゴジラ=アースがさらに文字を書く。
「ぼくも ひとり だった」
「お前も……一人だったのか。54年間」
涙が頬を流れる。54年ぶりの涙。それは悲しみの涙なのか、それとも別の感情なのか、ハルオ自身にもわからなかった。
ハルオは起爆装置を見つめた。手の中の小さな装置。これを押せば、すべてが終わる。
その葛藤に答えるように、ゴジラ=アースが最後の文字を書く。砂浜に、大きく、美しく。
「いっしょに いこう」
ハルオは顔を上げた。
「……俺と一緒に死のうと言うのか?」
ゴジラ=アースが頷いた。そして、砂浜にもう一行書いた。
「ゆうこと あだむの ところへ」
ハルオは理解した。この54年間、ゴジラ=アースも苦しんでいたのだ。二人を殺してしまった罪悪感に。そして、ハルオが戻ってくるのを待っていたのだ。
統合警備隊が慎重に近づいてくる。もはやもう止められない。運命の歯車が動き始めた。
「……これが俺たちの戦争だ」
ハルオはゴジラ=アースを見上げた。
「俺たちだけの、最後の戦争だ」
そして走り出した。ゴジラ=アースに向かって、全速力で。砂を蹴り上げ、波しぶきを浴びながら。
「ユウコ! アダム! 54年待たせたな!」
「大尉! やめるんだアアッ!!」
統合警備隊が叫ぶが、ハルオには聞こえない。耳に響くのは54年前の戦場の音。ユウコの最後の言葉。22歳の青年の絶望の叫び。そして、今この瞬間の風の音、波の音、自分の心臓の鼓動。
「これで終わりだ! お前も俺も! みんな一緒だ! 54年間の嘘も終わりだ!」
ゴジラ=アースの足元に到達する。巨大な存在を見上げながら、最後の言葉を叫んだ。
「これが俺の戦争だ――――!」
起爆装置のボタンを押す。
閃光。
巨大な爆発音が新東京湾に響いた。鳥たちが驚いて飛び立ち、波が岸に打ち寄せる。しばらくして、静寂が戻る。
54年間続いたハルオの長い戦争が、ついに終わった。
それから1週間後、6月18日。
新東京湾統合記念公園に新たな光の記念碑が建てられた。それは美しく、空中に浮遊している。
『サカキ=ハルオ大尉 2024年-2046年-2100年』
『時代を超えた最後の戦士 愛する戦友と共に眠る』
『タニ=ユウコ曹長、アダム=ビンデバルト少尉と永遠に』
記念碑の前には光の花束が絶えない。
しかし、それを供えるのは統合生命体ばかり。54年前の戦争を記憶する者はもういない。
ゴジラ細胞治療を受けた人間の子供たちと、ゴジラの子供たち。若い統合文明世代は首を捻る。
「なぜあんなことを……」
「理解できない」
「ゴジラ=アースは平和の守護者だったのに」
「可哀想な人だった」
「54年という時間に適応できなかったんですね」
そんな中、記念碑の前に一人の老人が車椅子で現れた。エリオット=リーランド、元地球防衛軍大佐、現84歳。看護師に支えられながら、ゆっくりと記念碑に近づいてゆく。
リーランドは語り掛ける。
「ハルオ……お前の戦争は終わったか?」
老いた声が風に響く。その声は震えているが、心は強い。
「俺も間もなく逝くだろう。向こうで、また一緒に戦おう。今度は平和のために」
リーランドは看護師の支えを借りて車椅子から立ち上がり、最後の軍人の敬礼を捧げた。記念碑に向かって、54年間の友情を込めて。
「……戦友よ」
その姿を見て、通りがかりの人々が立ち止まる。老人の敬礼に心を打たれ、自然と頭を下げる。戦争を知らない世代も、その瞬間だけは戦争の重さを理解した。
……54年という時の流れは、世界を完全に変えた。統合文明をもたらし、種族の壁さえも消し去った。
しかし、一人の男の心は変わらなかった。変われなかった。それがハルオだ。
ハルオは最後まで一人だった。誰からも理解されることなく、54年という時間に取り残されたまま、自分の信念と共に散った。
それは悲劇なのか、それとも美学なのか。答えは、統合意識の海の中にある。
夕暮れ時、新東京湾の沖合。
ゴジラ=アースは静かに海を泳いでいた。巨大な体が水面を滑るように進む。波は穏やかで、夕日がその背中を金色に染めている。
「…………。」
海水は透明で、海底まで見通せる。色とりどりの魚たちがゴジラ=アースの周りを泳ぎ回る。恐れることなく、むしろ親しげに寄り添っている。小さな熱帯魚から大きなクジラまで、すべての海洋生物がゴジラ=アースを友として受け入れている。
ゴジラ=アースは時折、深く潜る。海底に咲く珊瑚礁を見つめ、そっと触れる。巨大な爪が珊瑚を傷つけることはない。細心の注意を払って、海の美しさを愛でている。
水面に浮上すると、夜空を見上げる。
星々が瞬き、人工太陽がゆっくりと沈んでいく。その光が海面に反射し、虹色の波紋を作る。ゴジラ=アースは静かに息を吐く。その息は白い霧となって立ち上がり、星空に溶けていく。
遠くから、人間とゴジラの子供たちの笑い声が聞こえる。平和な音。愛に満ちた音。ゴジラ=アースの目に、安らぎの光が宿る。
もう戦う必要はない。もう一人ではない。海には友達がいる。空には美しい星がある。そして、統合意識の中には、永遠に語り合える友がいる。
ゴジラ=アースは背泳ぎを始めた。巨大な体を仰向けにして、星空を見つめながらゆっくりと泳ぐ。波の音が子守唄のように響く。海風が頬を撫でる。
新しい地球は今日も平和に回っている。ハルオの知らない平和を謳歌しながら。美しい音楽が流れ、愛に満ちた家族が笑い、子供たちが夢を語っている。
こうして、戦争は終わった。
次はどんなのが読みたい?
-
魔法少女バトラちゃん
-
ロリ化ジェンデストロイヤー
-
偽聖女とチタノザウルス
-
転生者掲示板を荒らしまくるオルガ
-
ゴジラに転生する話
-
ゴジラの放射熱線砲を作った男
-
ゴジラの運動会
-
キノ「メカゴジラ=シティ?」
-
大魔神と魔法少女(仮)
-
エイリアンのR-18小説
-
ヤンデレモスラに死ぬほど愛される人類
-
ウルトラマンチーレム
-
ウルトラQ:イイネゴンのマユ