南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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モスラ「動画配信をやりたい」

 ……はい?

 思わず変な声が出てしまった。誰が、何をしたいって?

 わたしの質問に、モスラはテレパスで答えた。

 

 ――私は“いんたあ ねっと”で動画配信をしたいと思うのです。

 

 ……えっと、確認させてほしいのだけれど。わたしは動揺しつつも冷静に訊ねる。

 

「動画配信、と言ったのかしら。何か違う言葉じゃなくて」

 ――はい、動画配信です。

「インターネットで?」

 ――はい、“いんたあ ねっと”で。

「インターネットで」

 ――“いんたあ ねっと”で。

「…………。」

 

 ……何だろうこのやり取り。とりあえずわたしの勘違いではないらしいことだけは理解出来たけれど、あまりに突拍子が無さすぎる。

 『動画配信』という言葉自体は、インファントの小美人であるわたしも知っている。外の世界はインターネットとやらで蜘蛛の巣のように繋がっており、遠く離れた場所にいる人間ともリアルタイムで情報交換ができるらしい。そういった通信手段の一つとして『自分で撮影した動画を世界中の人々に向けて見せる:動画配信』という方法があるのも知っている。

 ただ、そのインターネットとかいうものについてわたしはあまり詳しくない。というか知らない。興味もないし必要もなかったから調べたりしたこともないし。だから詳しいことは何もわからない。わかるのは、『そういうものがある』ということだけ。

 ……いやまぁ、それ自体は別にいいのだが、ただ、何故モスラが急にそんなことを言い出したのかがよくわからなかった。だってわたしたちの守護神モスラは、自分の姿を誰かに見せびらかしたがるような性質(たち)ではなかったはずだから。

 怪訝なわたしに、モスラは言った。

 

 ――実は少し前から考えていたのです。今のままではいけないと。

 

 今のままではいけない、とは? わたしが聞き返すと、モスラは続けた。

 

 ――怪獣が人間たちを踏み潰す『怪獣黙示録』は終わった、これからは調和の時代だと思うのです。人間たちも十二分に懲りたようだし、彼らが反省したというのなら我々怪獣もまた歩み寄るべきなのではないか、と。

 

 ……なるほど。一理ある。

 キングオブモンスターとして君臨していたゴジラが去ったことにより、『怪獣黙示録』の時代が幕引きを迎えてから早数年。今でも怪獣がトラブルを起こすことはあるけれどそれは散発的なものに留まっており、その頻度も年を経るにつれて減少傾向、ゆくゆくは完全に終息するだろう。

 生き残った人間たちが新しい生活を始めたように、モスラたち怪獣もまた人間と共存してゆく新しい道を模索すべきなのかもしれない、とも思う。

 けれど、それが動画配信とどう繋がるのかはよくわからなかった。

 

「それで、動画配信でどうしようというの?」

 

 わたしの疑問に、モスラは意気揚々と答える。

 

 ――はい、動画配信を通して、私たち怪獣のことを知ってもらおうと思います。私たちは決して人間たちの敵などではない、むしろ同じ世界を共に生きる友なのだということを。そして同時に、私も人間のことをもっと知りたいとも思っています。“いんたあ ねっと”というのは、そうやって互いに理解し合うための道具なのでしょう?

 

 如何にもモスラらしい考えだ、とわたしは思った。平和こそが、永遠に続く繁栄への道。それがモスラの信念であり理想だから。

 しかし、飽くまで理想は理想だ。その素晴らしいアイデアが、現実の人間たちに受け容れてもらえるかどうかはわからない。

 今の世界を生きている人間たちにとって怪獣とは災害、脅威だ。ゴジラを筆頭とする怪獣たちに散々蹂躙されてきた人間たちに対し、怪獣であるモスラがいくら味方だと訴えたところで信じてもらえると思えなかった。

 

 それに、正直に言って、わたしは外の世界の人間たちにあまり良い印象を持っていない。

 わたしたちインファントの小美人もこれまで外界と触れ合うことが幾度かあったのだけれど、大抵ろくな結果に終わらなかった。たとえば、無理矢理捕まえられて見世物にされそうになったり。ひょんなことから人の手に渡ってしまったモスラの卵について、誠心誠意お願いしているのになかなか返してもらえなかったり。

 人間はかくも欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。『怪獣黙示録』には音を挙げた人間たちだけれど、そんな反省ぶりもいつまでのことやら知れたものではない。インターネットの動画配信とやらだって、そういった人間の欲望の掃き溜めみたいなものに違いないことくらいおおかた想像がつく。

 外の世界は野蛮だ、わざわざ関わり合いを持つ価値などない。それに引き換え、この小さなインファント島でモスラと一緒に暮らせる、そんな平穏な生活がどれだけ幸福なことか。

 

「……あのね、モスラ」

 

 わたしはモスラに言って聞かせた。

 

「『人間たちと仲良くしたい』というあなたの志は凄く立派だと思うのだけれど、動画配信っていうのはとても難しいのだそうよ。それこそわたしたちには難しいくらい」

 

 そうよねマユナ。わたしは、隣にいる小美人:マユナへと水を向けた。

 妹のマユナはわたしと違って、外の世界のことにも少しばかり詳しい。きっと上手く諭してくれるだろう。

 

「あら、良い考えではないですか」

 

 そうそうそのとおり……って、えっ。

 

「動画配信、楽しそう! 新しいことを始める、とっても良いことだわ!」

 

 思わずわたしが振り返ると、マユナは目をキラキラと輝かせてこう言った。

 

「言われてみればモスラも、わたしたち小美人も、外の世界のことを何も知らないものね。だから、この機会に色々学んでみるのも良いと思うの。ねぇ、イコナ姉様も一緒にやりましょうよ、きっと楽しいわ」

 

 ちょ、ちょっと待って。モスラはまだしも、マユナはちょっと警戒感が足りなすぎるのでは。

 

「で、でも、機材とか色々必要なのではないかしら。ほら、たとえば、“ぱそこん”とか、“すまーとふぉん”とか」

 

 慌てて捻り出したわたしの反論だったが、マユナは「あら、そんなこと?」と事も無げだ。

 

「それなら通信販売で取り寄せたらよいわ。近頃の通販はスゴいのよ、Am〇zonもA〇pleも魂ネ〇ションも、インファント島にだってちゃんと届けてくれるし」

「あ、あまぞん? あっぷる?? たま……なんだって???」

 

 南米の森と果物が、通販と一体なんの関わりが?

 話を呑み込めないわたしを尻目にマユナは、果物のロゴが入ったスマートフォン――わたしたち小美人にとっては腰の丈ほどもあるのだけれど――をどこからともなく取り出して、小さな手のひらで画面をペタペタとタップし始めた。

 

「マユナ、あなたいつの間にそんなものを……」

「先日、『ロリシカ』から調査隊が来たでしょう? 調査隊の皆さんとチャットするために買っていただいたの。いいでしょう?」

「いいでしょう、じゃないのだけれど……」

 

 ちなみに一応補足しておくが、『ロリシカ』とは国の名前である。国際法によるとインファント島はロリシカの領地であり、わたしたち小美人は一応ロリシカの国民として年金をもらって暮らしている。人間たちから見るとインファント島は貴重な遺跡や生物資源の宝庫らしく、ロリシカ本土から時々調査隊がやってきては、調査がてらわたしたちの様子を見に来てくれている。

 ……それにしてもマユナったら、調査隊の人たちとやけに親しくなっていると思ったら、そんなものまでいただいていたとは。次に会った時、調査隊の皆さんへきちんと御礼を言わなくては。

 呆れているわたしに気づいているのかいないのか、マユナはスマートフォンの画面を忙しなく動かしながら喋り続ける。

 

「あ、ホラごらんなさい。近頃は動画配信者ブームだから、わたしたちでも気軽に使えるような、安価で使いやすい高性能な装置も沢山出ているそうよ。しかも今ならタイムセールでお買い得!」

「いや、だから、そうじゃなくて……」

「さぁ、早速お買い物をしなくては。まずはパソコンのスペックを調べないと。あとは動画編集ソフトと、あ、それから、やっぱりマイクとカメラも必要かしら。せっかくだからちゃんとした良いものを選びたいわね……」

 

 ふふんふん、と楽しげに鼻歌を鳴らしながらインターネットショッピングに興じるマユナ。

 ……だ、駄目だわ、この子。完全に外の世界に毒されている。インファントの小美人としてのアイデンティティが揺らぐ感覚にわたしが頭を抱えていると、モスラまでもが身を乗り出してきた。

 

 ――マユナ、どれが良いのかわかるのですか? “すぺっく”とはなんですか?

 

 モスラの質問に、マユナは得意気に答える。

 

「スペックというのはですね、使っている機械の性能のことです。これが足りないと不便なあまり『人権が無い』とか言われるのだそうですよ」

 ――ははあ、“いんたあ ねっと”というのは、使っている機械の性能で人権の有無が決まるのですね。面妖な……。

「あと、配信するサイトも肝心ですね」

 ――“さいと”? “さいと”とはなんです?

「配信する“場所”のようなもので、それぞれ性格が違うのです。たとえばYoutubeは多機能で便利ですけれど、操作が難しくて複雑です。Twitchはゲーム配信や、皆で映画を楽しむ機能が人気だそうです」

 ――ふむふむ。学ぶべきことは沢山ありそうですね……。

 

 和気藹々と楽しげに盛り上がるモスラとマユナ、両者の姿にわたしはもはや返す言葉もない。わたしが眉間を押さえたまま力無く項垂れているあいだにも、マユナは嬉々とインターネットのページを拡げてゆく。

 

「何はともあれ、まずは『何を配信するか』ですね。イコナ姉様はどんなものがいいと思う?」

「…………。」

「イコナ姉様、聞いていますか」

「……えっ、ええ! もちろん!」

 

 正直ついていけてなかったがなんとか取り繕いつつ、わたしは自分の考えを述べた。

 

「わたしは、その、あんまり目立ちたくないから、できれば、ひっそりとやれるようなものの方が良いのではないかと……」

「まあ、イコナ姉様ったら!」

 

 それとなく軌道修正しようとしたつもりなのだが、マユナは眉をしかめた。何か、悪いことでも言ってしまったろうか。

 

「今は誰もが配信者になれる時代よ? “目立ちたくない”“ひっそりと”なんてやっていたら、あっという間に埋もれてしまうわ」

 

 正直その方がいいのではないかしら。即座に浮かんだ反論を、わたしは必死に呑み込む。

 そんなわたしの気も知らぬまま、マユナは腕組みしながら「うーむ……」と首を捻っている。

 

「どうせならもっとこう、ドーンとインパクトがあるデビューをしたいわ、皆の印象に残るような……イコナ姉様、何かないですかね?」

 

 そう言われてしまうと、わたしも思わず考え込んでしまう。

 ふむ、インパクト、インパクト……あ、そうだ! わたしは、思いついたアイデアを口にした。

 

「人間たちの世界に行って、モスラの威光を見せつける、というのはどうかしら。たとえばそう、スカイツリーをへし折ってやるとか!」

 

 どう、インパクトは充分でしょう? やぶれかぶれの思いつきとはいえ、会心のアイデアにわたしもちょっぴり得意になる。

 

「そんなの駄目よ、イコナ姉様」

 

 え、ダメ? なんで??

 

「それでは目立ちたいばかりに他人様に迷惑をかける、愚かな迷惑YouTuberと変わらなくなってしまうわ。それにタワーをへし折るのはずいぶん昔にやってるし」

「じゃあ国会議事堂で……」

「それもやりました」

「では原発を……」

「それもダメです」

 

 「まったくわかってないなあ」と言わんばかりに、マユナは口を尖らせた。

 

「だいたい国会議事堂や原発を壊して、いったい何が面白いの? そんなことをしたところで、そういう乱暴なことにしか興味がない愚か者に目を付けられて嫌な思いをするのがオチでしょう? ただ目立つだけではダメ、誰もが楽しい気分になるようなことをしなくては」

「たしかにそれもそうね……」

 

 人に迷惑をかけず、かつ人目を引くもの。動画配信の内容、自由なようでいて、意外と難しい命題のように思える。わたしとマユナと、二人でうんうん頭を悩ませる。

 ……待てよ。ふと思い至り、わたしは「ねぇ」とモスラに呼び掛けた。

 

「モスラはどうしたいの? 『怪獣のことを知ってもらおう』って言ってたよね?」

 ――はい。それがなにか……?

 

 そう、だったら。きょとんとしているモスラに、わたしは提案してみた。

 

「だったら、それをそのままやってみてはどうかしら? たとえば、自分たちの日常ありのままを見せる、というのはどう?」

 

 ……まぁ、これなら変に目立ったりもすまい、どうせボツになるだろう。そうやってボツを繰り返してゆけば、そのうちやる気も失せて断念するに違いない。

 そう目論んでの提案だったのだ、けれど。

 

 ――あっ、なるほど!

 

 わたしのテキトーな提案に、モスラは宝石のような目を丸くしていた。その反応を見て、マユナもハッと息を呑む。

 

「『怪獣たちの日常動画』……きっと皆が興味を持つでしょうね。素晴らしいアイデアだわ! それでいきましょうか!」

 

 え、ええ……?

 引き気味のわたしに、マユナはスマートフォンをタップしながら力強く頷いた。

 

「分かっています、まずはいつものパトロールを撮りましょうか。ちょっと軌道に乗ってきたら他の怪獣と一緒にコラボもいいかもしれないわね……」

 ――マユナ、“こらぼ”、とはなんですか?

「他の怪獣と一緒に動画を撮る、ということです。楽しそうでしょ?」

 ――それはいい考えですね!

 

 あの、もしもーし?

 戸惑うわたしを尻目に、マユナとモスラの計画は続く。

 

「大事なのは『人選』ですね、最初は誰にしましょうか?」

 ――まずは人間に近しい怪獣から行きましょう。無理強いして迷惑をかけるのも不本意ですし。

「そうですねぇ……キングシーサーなどは如何ですか? 人間の味方だと聞いています」

 ――ふむ、キングシーサーですか……しかし、彼とはあまり面識がないのですが……。

「ああ、それなら多分大丈夫です! わたしのDisc〇rdの知り合いにアズミ王族の方がいます! 彼女ならきっとキングシーサーに取り次いでくれるでしょう!」

 ――なるほど、それは素晴らしい!

 

 ……あれれ?

 テキパキと準備を始めるマユナたちを見ながら気づいたのだが、これ、ひょっとして……

 

「動画配信、やる方向になってない……?」

 

 動画配信を諦めさせるつもりが、逆に加速させてしまった。

 思わぬ展開で愕然としているわたしに対し、「うん? それがなにか??」と言わんばかりに首を傾げるマユナ。わたしはついつい声を荒げてしまった。

 

「いやいやいやいや、だって! モスラは『怪獣のことを知ってもらいたい』と思ってるだけでしょう!? なのになんで動画配信まですることになっているのよ!?」

「何言ってるの、イコナ姉様。動画配信しなくちゃあ、番組にならないじゃない」

 

 いや、だから、元はと言えばわたしは動画配信をする気なんてなくて。わたしは反論しようとするのだけれど、マユナは聞いてくれなかった。

 

「それに、みんなが楽しめそうな、こんな素晴らしい企画を考えてくれたのはイコナ姉様でしょう? せっかく考えたのだから、やらない手はないわ」

 

 いや、その、それは、そうだけど、そうじゃなくて。反論は喉元でつっかえるばかりで、口から上手く出てこない。

 

 ――イコナ、私もやってみたいです。お願いします!

 

 挙句の果てにはモスラまで。

 ……うぅ、どうしよう。あとはわたしがウンと頷くだけになってしまった。

 二対一では分が悪い。『人間たちに怪獣のことを知ってもらいたい』というモスラの考えには一理あるし、マユナもこう見えて頑固だからちょっとやそっとでは引き下がらないだろう。

 ……仕方ないか。逡巡の末、ため息をついて、わたしは告げた。

 

「分かった、協力するわ……」

 

 わたしの返答に、マユナとモスラは飛び上がらんばかりに歓声を上げた。

 

 ――やったぁ! ありがとうございます、イコナ!!

「イコナ姉様、やっぱり頼りになる~!!」

 

 ……やれやれ、これからどうなることかしらね。

 無邪気に喜んでいるマユナとモスラを眺めながら、わたしは深々と溜息をついた。

 

 

※   ※   ※   ※

 

 

 で、結果がどうなったか。

 結論から言おう。モスラの動画は人気を博した。

 わたしとしてはスゴく、スッゴく、スッッッッゴク不本意なのだが、大人気になった。前回配信した動画『モスラとヤングシーサー・ミヤラビちゃん』のコメント欄を見てみれば一目瞭然だ。

 

〈可愛い!〉

〈モフりたい〉

〈癒される〉

〈この仔、ほんわかしてますね〉

〈これはいい動画だ〉

〈本日の癒し動画〉

〈こんな可愛い怪獣がいたんだねぇ……〉

〈俺も会いに行ってみたいなあ〉

〈今度、沖縄に行きます!待っててください、ミヤラビちゃん!!!〉

〈俺、絶対インファント島行くわ。モスラちゃんに会いにな!!!〉

〈次は誰とコラボするのかな? 楽しみにしてるよ~〉

〈モスラちゃん、お幸せに(^-^)ノシ〉

 

 パソコンの画面を膨大な量のコメントが流れていき、わたしの目ではもはや追いつけない。

 隣で一緒に眺めていたマユナとモスラが、喜色満面でわたしに振り返る。

 

「見て見てイコナ姉様、モスラに続いて他の怪獣も動画配信を始めたみたいです! チベットのバラン、シートピア海底王国のメガロ、ムウ帝国のマンダ、アルプスの獣人雪男まで! さっすがイコナ姉様、先見の明があるわね!」

「まあ、なんというか、うん……」

 ――イコナ、あなたのアイデアのおかげです! ありがとう!

「あ、ああ、そうね……」

 

 マユナとモスラから向けられた尊敬のまなざしが、今のわたしには眩しすぎる。まさか『途中で打ち切りになるだろうと期待してた』なんて、とても言えなくなってしまった。

 実際序盤はわたしの目論見通りではあったのだ。初回こそ物珍しさからかそこそこ再生数が出たものの、それっきりだった。そもそも『怪獣が動画配信をしている』ということ自体が人間の常識の範疇外だったらしく、わたしたちの動画は当初人間たちから信じてもらえず、インチキ動画扱いされてしまっていた。

 そのあとも良くなかった。『怪獣の暮らしを見せる』というネタはあっさり切れ、以降はとりあえず沖縄でイルカと競走したり、毎日毎日ポリネシア近海をふらふら飛び回り続けたり、マユナがプロデュースするモスラの配信動画はまさに迷走を極めていた。

 当然、動画の再生数は最底辺。チャンネル登録者も一向に低空飛行を持続、この調子ならマユナとモスラが諦めるのもそう遠くないだろう。

 

 ……と思っていたのだが、ある出来事を境にモスラの動画は一気に爆発した。

 発端は単なる『撮影事故』。いつものとおりモスラに乗ってポリネシア近海を周回する動画を撮っていたとき、わたしたちは人間たちの船が怪獣エビラに襲われているのを発見した。

 無論、見捨てるわたしたちではない。縄張りを侵されて怒り狂ったエビラを悪戦苦闘の末に宥め、エビラの攻撃で航行不能に陥っていた人間の船を近場の港まで運んであげることにした。

 このとき迂闊なことに、わたしたちはずっとカメラを回したままにしてしまっていた。つまり、モスラが人助けをする一部始終がネットに広まってしまったのだ。

 当時インターネットに出た記事(マユナによると“まとめブログ”というらしい)でアクセスランキング一位のタイトルはコレ。

 

【モスラヤ】怪獣、民間人を救う【モスラ】

 

 ……このときの“バズり”をきっかけに、『人間の味方をする怪獣:モスラ』のことはたちどころに人々の間で知られるところとなり、動画の視聴者も爆発的に増加。同時に鳴かず飛ばずだったチャンネル登録者数もみるみると伸び始め、今や御覧の通り10万人を超えている。

 

〈モスラちゃん、いつも平和を守ってくれてありがとー!!〉

〈モスラちゃん大好き!〉

〈モスラちゃん、頑張ってー!〉

〈今日も可愛いよ~!〉

〈モスラちゃんのお陰で地球の平和は守られてる!〉

〈モスラちゃん、愛してる!〉

〈モスラちゃ~ん〉

 

 ……どうしてこうなった、こんなはずでは。眼前に広がる惨憺たる状況から目を背けたいのだが、現実は現実だ、わたしはただ受け容れるしかない。

 内心で悶々としていると、マユナが「あ、イコナ姉様!」と声を上げた。

 

「人気歌い手の方が()()わたしたちの歌を“歌ってみた”ようです。聴いてみましょう!」

 

 そう、歌だ。モスラの動画には、実はわたしたち小美人の歌唱がちょっとだけ入っている。

 当初は間を持たせるために適当に入れただけだったのだけれど、これがまた妙にウケた。マユナの勧めでアップロードしたフルVerの音源はあっという間にミリオン再生、『ウチからCDを出しませんか?』と音楽レーベルから打診があったり、中には『歌ってみた』と称してカバー演奏を披露する人間たちまで出てきた。

 どうしてそこまでヒットしたのか、これはロリシカの調査隊から聞いたのだけれど、わたしたち小美人の歌声には“1/fゆらぎ”なるものが含まれていて、人間たちにはこれまた心地よいメロディに聴こえるのだという。わたしたち小美人は単に心の中に浮かんでくるメロディを唄っているだけなのだけれど、人間たちからすれば『怪獣黙示録』で傷つけられた心へ沁み入る、優しい癒しのメロディ、ということらしい。

 

「この歌い手さん、なかなかいいわね!」

 

 スピーカーから聴こえてくる歌に耳を傾けながら、マユナが笑顔を綻ばせる。

 

「次の動画で取り上げてみましょうか。きっと喜ばれるでしょうね」

 

 そうね、とわたしも頷く。

 ……この『歌ってみた動画』とやら、正直なところなかなかどうして悪くない。

 もちろんわたしたちインファントの小美人には到底及ばないのだけれど、中には『人間にしてはよくやる』と思わせるような見事なものもちらほらある。この『歌ってみた動画』の人気がここまで伸びたことも、『怪獣モスラが動画配信をしている』という驚天動地の現実をすんなり受け入れてもらえる土壌になったのだろう。まあ、どうでもいいことだけれど。

 そうこうしているうちにコメントに、わたしたち小美人の話題が流れてきた。

 

〈ところでおまえらさ、小美人だったらどっちが“推し”?〉

 

 わたしはよくわからないのだが、好きなアイドルやキャラクターのことを、人間たちは“推し”というらしい。すごく、すごくどうでもいいことだとわかってはいるのだが、ついついちらっと横目で見てしまうわたし。

 

〈おれはマユナちゃん! あのおっとりした雰囲気が癒されるんだよな~〉

 

 ええ、そうでしょうとも。自慢の妹マユナが褒められているのを見て、わたしは誇らしくなる。

 

〈マユナちゃんマジ天使!〉

〈おれもマユナちゃん推し、ぜひうちにお嫁に来てほしい!〉

 

 ふふん、よくわかってるわね。まぁお嫁にはあげないけど。

 わたしがちょっと得意になっていると、続いて思わぬコメントが流れてきた。

 

〈わたしはイコナさん推し! クールで知的な雰囲気が好きなんだよねー!〉

 

 え……?

 

〈おれもイコナちゃんだな。凛としてるっていうんですか、カッコよくて可愛い!〉

〈それでいてちょっぴりドジなところが萌えるんだわ〉

〈そうそう。あのツンツンした感じ、きっとデレたら凄いんだろうな〉

 

 んなっ……ッ!?

 

〈イコナちゃんマジ天使!〉

〈禿同〉

〈よお俺〉

〈なんだ俺か〉

〈イコナちゃんに冷たい目つきで踏まれたい奴手を挙げろ〉

〈はい ノ〉

〈ノ おれも〉

〈ノノノノ〉

 

 ……ふ、ふゥん? ドジだのデレだの踏まれたいだの、好き放題言ってくれるじゃないの。

 

 ――イコナ、あなたも魅力的だそうですよ。

「うっさい」

「あ、イコナ姉様ったら照れてる、可愛い!」

「うっさい!」

 

 それにしても、モスラだけでなく、わたしたち小美人のこともこれほどまでに評価してもらえるとは夢にも思わなんだ。よくマユナやモスラから『堅物』と評されるわたしだけれど、わたしとて心ある人の子だ、誰かから評価されれば決して悪い気はしない。

 悪い気はしない、のだけども。

 

「でも、いいのかしらね、これで……」

「イコナ姉様、なんか言った?」

「いえ、なんでも」

 

 ……ともあれ、こうしてモスラの動画配信は、今日も平和に、そして順調に続いていた。

 

 

 

 そんなある日のことである。

 いつものとおり次の動画の準備を進めていたわたしたちのところに、訪問者があった。

 やってきたのはいつものロリシカの調査隊ではなく、スーツ姿の人間の男。人間の年齢や人種はよくわからないけれど、白髪の混じった彫りの深い顔つきは彼が老齢らしいことを窺わせる。

 ……誰? というわたしたちの疑問を見透かしたように、彼は「『TDO:Titan Defending Org(巨神擁護機構)』の者だ」と名乗った。

 

「は、はあ、ご丁寧にどうも……」

 

 わたしたちは怪訝に思いつつも、とりあえず小美人の作法通りに腰を屈めて会釈して挨拶する。そんなわたしたちを見下ろしながら、男は唐突にとんでもないことを言い出した。

 

「単刀直入に言おう、君たちが投稿している所謂『モスラ動画』には、怪獣を虐待している疑惑が掛かっている」

 

 なんですって、怪獣を虐待!? 身に覚えのない疑惑をかけられて、わたしとマユナは顔を見合わせた。怪獣を虐待? 誰が、誰を??

 男は言った。

 

「君たちの投稿している『モスラ動画』とやらを見させてもらったが、あれは怪獣、いいや神聖な巨神たちを低俗な見世物として貶める、とても残酷な虐待動画だ」

 

 虐待動画、虐待動画ですって? 苦労して作ってきた動画を初対面の人間から貶され、わたしたちは憤慨した。

 

「まさか虐待だなんて……」

「そうよそうよ、濡れ衣です!」

 

 とりあえず反論してみると、男は「ああ、そうだろうとも、」と答えた。

 

「無論、君たちにとっても『不本意なもの』であることはこちらも承知している。誰が好き好んで、あんな品性下劣な動画など作るものか」

 

 不本意……?

 わたしは男の言っていることがよくわからなかった。「虐待動画だ」とわたしたちを責めながら、その一方で「不本意にやらされているのだろう」とも言っている。何かがちぐはぐで噛み合わない。意味を解しきれず怪訝に思っていると、男は続けた。

 

「我々は『怪獣、つまり巨神の擁護』を目的として設立された組織であり、その使命を全うするために日々活動している。しかし、残念なことに『人類至上主義』を唱える危険な思想を持つ輩も少なくない、あるいは『人間と怪獣が仲良くする』などという甘い言葉遣いで包んでな。人間ごときが『怪獣と仲良く』だと、まったく馬鹿げている。そういった搾取の象徴、プロパガンダとしてあのモスラ動画は利用されているのだ」

「プロパガンダ……?」

 

 なんのことかよくわからないけれど、とにかく男は『モスラ動画は悪い人間に利用されている』と言いたいらしい。男はさらに続ける。

 

「とはいえ、あのような動画を怪獣たちが自主的に投稿するはずがない。きっと誰かが裏で糸を引いているのだろう。その黒幕の名前を教えてほしいのだ」

 

 ……ふむ。言わんとすることを理解したわたしは、心中で怒りの炎が灯るのを感じた。

 つまり、この男はこう言っているのだ。

 

「……つまりあなたは『人間の手引きがなければ、小美人に動画配信なんてできるはずがない』と言っているわけですね?」

 

 わたしの態度の変化に気づいているのかいないのか、男は平然としたままこう言ってのけた。

 

「君たちがどう思っているのか知らないが、君たちは悪い人間に誑かされて搾取されているんだ。我々は君たちを助けたい、だからどうか教えてほしい、その黒幕の名前を」

 

 ……これまたずいぶんと舐められたものだ。

 マユナとモスラがあの動画を作るため、今の立場を築き上げるまでにどれだけ苦心したか、それらをこの男は『くだらない』『認めない』と言っているのである。それどころか『きっと悪い奴に騙されているに違いない、可哀想だから助けてあげる』ですって??

 ふざけるな。

 わたしは無言のまま、隣のマユナへ目配せをした。マユナが心得たとばかりに小さく首肯するのを見たわたしは、おもむろに立ち上がって男の前に進み出る。

 

「お言葉ですが」

 

 そして毅然とした口調で言ってやった。

 

「わたしたちは、自分たちの意思でモスラ動画を投稿しています。決して操られてなどおりません。それをさも誰かに唆されているかのように言われるのは不本意ですし、モスラ動画の投稿をやめろとおっしゃるなら、まずはその根拠を示していただきたく存じます」

「……っ」

 

 男が僅かにたじろいだのを感じた。

 おおかたこの男は、小美人がこんな風に反論してくるなんて夢にも思っていなかったのだろう。その口で『擁護』『助けたい』ですって? バカにするのもいい加減にしろ。

 さらに駄目押しだ。わたしは小美人の誇りにかけて、男を力いっぱい睨みつけながら声を張り上げる。

 

「第一あの動画は、モスラが自分の意思で言い出したものです。そうよね、モスラ!」

 

 わたしの呼びかけに、モスラも鳴いて答えた。

 

 ――はい、私は虐待などされておりません!

 

 響き渡るモスラの返答に、男は顎に手を当てて考え込む。これでよし、この男がどれだけ分からず屋だとしても、これならちゃんとわかってくれたろう。

 ……と、思っていたのだが。

 

「ふむ、なるほど。黒幕は“君たち自身”だったのか」

 

 ……は?

 またしても唖然とするわたしたちに、男は汚らわしいものを見るような目つきで言った。

 

「“物言えぬ可哀想な怪獣”を虐待していたのは君たちだったのだな、小美人と言えど、所詮は愚かな人間に過ぎんということか。やれやれ」

 

 どーしてそーなる!?

 思わずツッコミを入れそうになって、わたしは気づいた。

 ……そうなのだ、モスラの言葉は人間にはわからない。だからわたしたち小美人が代弁してあげるしかないのだけれど、その『わたしたちの言葉』が通じていないのでは意味が無い。わたしたち小美人を信じる気が無い相手に、モスラの想いを伝えることはできないのだ。

 そしてこの男は、モスラの言葉がわからないのを良いことに手前勝手な正義で曲解して、わたしたちを悪者扱いしようとしている。モスラが『自分は虐待などされていない』といくら訴えたところで、この男には通じない。だって、モスラの言葉はこの男にはわからないから。

 

「違うんです!」

「どうかわたしたちの話を聞いてください!」

 

 わたしたちは懸命に訴えるのだが、男は聞く耳を持ってくれない。

 怪獣の言葉を代弁できる小美人、その立場がかえって仇になってしまったのかもしれない。そしてこの男は、わたしたち小美人がモスラを良い様に操って虐待していると思っている。

 

「何が違うと言うんだね。現にこうして『君たちの意思でやっている』と白状していたではないか」

「それはモスラが望んでいたことで……」

「怪獣がそんなことを望むわけがないだろう。もういい、これ以上の議論は時間の無駄だ」

 

 男は口元をにやりと歪ませながら、得意げに言い放つ。

 

「君たちが主犯だとわかった以上、我々としては見逃すわけにいかないな。御同道願おうか」

 

 ……どうしよう、全然話が通じてない……。

 途方に暮れたわたしとマユナは、縋るようにモスラの方へと振り返る。もはやわたしたちにはどうにも出来ない、けれどモスラならきっと。

 熟考の末、モスラは答えた。

 

 ――……仕方ありませんね。

 

 モスラ!?

 わたしとマユナは思わず声を揃えてしまったのだけれど、モスラは飽くまで平静を保っていた。

 

 ――大丈夫、相手も人間です。きちんと話せばきっとわかってもらえるでしょう。私たちは何も後ろめたいことなどしていないのだから。

 

 ……まあ、モスラがそう言うのなら仕方ない。こちらもモスラの代弁者だ、こうなったら裁判でもなんでもやってやろうじゃないの。

 かくしてわたしたち小美人は不倶戴天の決意を固め、巨神擁護機構の男に連れていかれることになった。

 

 

※   ※   ※   ※

 

 

 そのあとは大変だった。

 『巨神擁護機構』の本部に連行されたわたしたちは、そこでモスラへの虐待を疑われ、取り調べを受けることになってしまった。

 

「わたしたちはモスラを虐待なんてしていません!」

「どうして信じて下さらないのですか!?」

 

 そうやって一生懸命に訴えるのだけれど、巨神擁護機構の人たちは一向に聞く耳を持ってくれず、それどころか『小美人がモスラを虐待している』という言質を引き出そうとあの手この手でわたしたちを責め立て続けた。

 

「無理矢理ペット扱いされて見世物にされて、嗚呼なんて可哀想な怪獣!」

「そんなにちやほやされたいのか、この極悪非道の怪獣差別主義者め!」

「本当はあなたたちもわかっているんでしょう? 正直に言いなさいよ、楽になるよ??」

 

 どれも聞き入れるに値しない戯言だ。けれど、たとえ戯言でもそれを朝から晩まで執拗かつ陰湿に迫られ続けたら、わたしたち小美人といえども流石にうんざりする。

 ある夜、人間たちの追求にとうとう耐えかねて、マユナが泣き出してしまった。

 

「ああ、イコナ姉様! わたし、おかしくなってしまいそう!」

 

 宛がわれた部屋でそう泣きじゃくるマユナを、わたしは「大丈夫、大丈夫よ」と宥めすかす。

 

「モスラも言っていたでしょう? わたしたちは何も悪いことなどしていないのだから」

「でも、でもっ……!」

「モスラを信じましょう、マユナ」

 

 口ではそう言うわたしだけれど、心の内ではマユナと似たようなものだった。今はまだ身体的な暴力は加えられずに済んでいるものの、愚かな人間たちのことだ、いつ一線を踏み越えてくるかわかったものではない。

 ……なんとも難しい時代になったものだ、と思う。昔は物事の善悪がわかりやすかった。昔の人間たちといえば金儲けや支配欲といった私利私欲のために怪獣の力を悪用したり、あるいは手にした力の重さや大きさに気がついていないだけだったり。前者なら辞めさせればいいし、後者なら教え諭してあげればいい。

 だけど巨神擁護機構の人たちは違う。彼らは、自分たちのやっていることが一点の曇りもない『絶対の正義』だと信じている。

 

「そうやって怪獣を使ってすり寄って、本物の人間にでもなったつもりか?」

「だいたい、おまえらみたいな小人風情が、偉大な巨神の代弁者を気取ってるのが間違いだ」

「少しでも良心があるというのなら、お辞めになられたらよろしいんじゃないですか?」

 

 それでいて、か弱い小美人相手に寄って集ってこんな言葉を浴びせ続けたらどうなるか、それがどれだけ酷いことかなんてことはちっとも頭を過ぎらない。「自分たちが正しい」「相手が悪い」、彼らの頭の中にあるのはその二つだけで余計なことは一切考えない。

 それはある意味、とても幸せなことなのだろう。彼らは悩むことも迷うこともないし、どんな逆境にも挫けることもない、あるいはどんな残酷な暴力を振るっても一切苦しまない。だって『自分たちこそが正しい』のだから。

 

 

 果てしなく続く尋問でわたしたちがグロッキーになりかけていた頃、ようやく転機が訪れた。

 動いたのはロリシカの調査隊だ。わたしたち小美人が連れていかれたことを知ったロリシカ調査隊の人たちは、『小美人の人権を侵害している!』と巨神擁護機構へ厳重に抗議、批難声明を出して世論に訴えかけた。

 これはあとで知ったことなのだけれど、巨神擁護機構は仰々しい名前とは裏腹に、巷では危険な『エコテロリスト』として悪名高い組織だった。『怪獣黙示録』を越えてその脅威が薄れ始めた昨今になって現れた、「怪獣とは愚かな人類を断罪するために降臨した巨大な神:巨神であり、人間たちはその断罪を素直に受け入れて滅ぼされるべきなのだ」と主張する過激派。巨神擁護機構は環境保護団体を自称しながら、その実『巨神の慈悲』と称して他人を傷つける行為を嬉々として行う、悪辣な『怪獣保護活動家』たちの巣窟でもあったのだ。

 

 その彼らが巷で人気になり始めたモスラ動画に手を付けた結果、ロリシカ国内では巨神擁護機構への批判の声が高まり、ついにはロリシカ司法からも『テロ組織の疑いがある』と認定されて糾弾された。そして警察の捜査が行われ、巨神擁護機構は拉致監禁の容疑で書類送検、わたしたちにかけられたモスラ虐待疑惑についても『小美人がモスラを虐待している事実は認められない』との審判が下されることとなった。

 かくしてわたしたち小美人も無事インファント島へ帰ることが出来たのだ、けれど。

 

「動画、打ち切りになってしまいましたね……」

「そうね……」

 

 うなだれるわたしたちの眼前、そのパソコンの画面には、公開停止になってしまったモスラ動画のアカウントが表示されている。

 わたしたちのモスラ動画は、動画サイトの運営会社側の判断により公開停止になってしまっていた。疑惑が晴れたとしてもこれだけの騒ぎになってしまったのだ、暢気に動画投稿なんてとても出来る状態ではない。

 マユナがぽつりと零す。

 

「公開停止になったのはわたしたちだけじゃあないようね。他の怪獣の動画アカウントもいくつか公開停止になってるみたい」

 

 怪獣動画ブームへ浴びせられた強烈な冷や水。

 各地のSNSではわたしたちの怪獣動画引退を惜しむ声が絶えず、投稿再開を求める声もあるようだったけれど、所詮インターネットの中のこと。インターネット、とてつもない力があるように見えて、現実の世界に対しては何もすることが出来ないのだった。

 

 ――ごめんなさい、二人とも。

 

 そのテレパスで振り返ると、酷く気落ちした様子のモスラがいた。

 どうしてモスラが謝るの。訊ねるわたしに、モスラはぽつりと答える。

 

 ――私が『動画配信をしたい』なんて言わなければ、こんなことには……。

「そんなこと……」

「そんなことないわ!」

 

 真っ先に声を張り上げたのはマユナではなく、わたしの方だった。顔を上げたモスラに、わたしは思いの丈をぶつける。

 

「人間たちにわかってもらえなかったのは残念だけれど、あなたがやろうとしたことはとても立派なことよ。そもそもあなた、何も悪いことなんてしてないじゃない」

「そうですよ!」

 

 わたしに続けて、マユナも口を開く。

 

「わたしたちもあなたもただ人間と仲良くしたかっただけ、謝ることなんか何もしてない!」

 

 口々にそうやって擁護するわたしたちに、モスラも潤んだ様子で答える。

 

 ――……ありがとう、二人とも。

 

 そうやって、互いに慰め合っていた時のことだった。

 どこからか鳴り響く電子音、マユナのスマートフォンの着メロだ。マユナがスマートフォンの受話ボタンを押し、通話を始める。

 

「はいもしもし……あら、ラッザリ博士!」

 

 ラッザリ博士、という名前にわたしは聞き覚えがあった。マーティン=ラッザリ博士、ときおりわたしたちの様子を見に来てくれるロリシカ=モナーク合同調査隊のリーダーを務めている人物で、先日のモスラ虐待疑惑のときにもわたしたち小美人を解放するように運動してくれた。

 だけどそのラッザリ博士が、このタイミングで一体何の用だろう。わたしが訝しんでいる中、マユナは通話を続ける。

 

「……え、『今から送るURLを見ろ』って? わかりました……うぇぇっ!?」

 

 通話を終えたマユナがパソコンの画面を操作した途端、唐突に声を上げた。

 

「どうしたの?」

「イコナ姉様、これ!」

 

 そう言ってマユナに見せられたパソコンの画面には、こんなタイトルの動画が表示されていた。

 

【抗議】巨神擁護機構へ凸してみた【天誅】

 

 ――……“凸”とはなんですか、マユナ?

(とつ)というのは“突撃”、つまり押しかけてゆくことですけど……」

 

 映っているのはロリシカにある巨神擁護機構の建物だ。しかしそんなところへ押しかけていって、一体何をするつもりなのだろう。わたしたちが怪訝に思う中、生動画配信は始まった。

 動画の投稿者は若い動画配信者、映っているのは彼が率いる若者のグループだった。動画の中で、彼らは巨神擁護機構の事務所へ押し入り、幹部と思しき中年の女性を捕まえて口々に詰っている。

 

『怪獣保護活動家だからといって、あなたたちの行為は許されない!』

『ぼくたちは、人間と怪獣との共生を望んでいるんです!』

『怪獣にだって自己表現する自由があるだろ!』

『それを奪うとはこの表現の自由の敵め!』

 

 言っていることの大半はよくわからない。しかし動画の中の若者たちはとにかく血気盛んで、そんな彼らに詰め寄られた巨神擁護機構幹部の女性はしどろもどろでろくに反論することも出来ない。そんな女性の曖昧な態度が癇に障ったのか、ますます激昂して口汚く罵声を浴びせてゆく若者たち。

 一体何が起こっているのか、画面の中で繰り広げられている状況が理解しきれずわたしたちが愕然としている間にも、配信動画は瞬く間に再生数を増やしていく。

 生配信動画のコメント欄にはこんなコメントが寄せられていった。

 

〈マジキチ〉

〈これはひどい〉

〈凸とか流石にヤバくね〉

〈いくらなんでもやりすぎだろ〉

〈小美人ちゃん可愛い〉

〈でもこいつらの言ってることも一理あるよな〉

〈こういう正義感ある子たちがいるなら、人類もまだ捨てたもんじゃないな〉

〈正義は我にあり!〉

〈この幹部のババア、うちの近所に住んでるわw〉

〈マジかよ 潮騒〉

〈住所は××州の××市、夫婦喧嘩が酷いって近所で噂になってんの〉

〈草〉

〈怪獣保護する前に自分の家庭をどうにかしろよw〉

〈俺も巨神擁護機構に電凸くらいはしてみようかなw〉

〈やっておしまい〉

〈かまわん、やれ〉

〈ノ 俺もやる〉

〈ノノ 俺も〉

 

 ……なんて無責任なことを言うのだろう、この人たちは。そんな煽り立てるようなことを言って、後追いで真似をする人が出たらどう責任を取るつもりなのだろうか。そして、わたしたちのモスラ動画の『人気』が、こんな人たちに支えられていたなんてぞっとする。

 やがて動画の中でも変化が起こった。近所の人が通報したのだろう、パトカーのサイレンが鳴り響いたあと警官がやってきて、グループと口論になる。

 響き渡る罵声と怒声、そして配信は終わった。

 

「なんだったの、今の……?」

 

 唖然としているわたしに、インターネット検索で情報を収集していたマユナが、震える声で説明する。

 

「この人たち、怪獣動画の大ファンみたいね。モスラ動画だけじゃなくて他の怪獣動画も公開停止になっちゃったのが気に喰わなくて、巨神擁護機構へ抗議しに行ったみたい」

 

 なんてことを。確かに巨神擁護機構からは不当に扱われたわたしたちだけれど、他の誰かに仕返ししてもらおうだなんて望んでいない。ましてや、こんな方法で。

 続いて、まとめサイトのニュースランキングにこんな記事が流れてきた。

 

【悲報】怪獣ファン動画、巨神擁護機構のせいで全削除【マジ泣き】

 

 この記事は、怪獣動画のファン動画を作っていた人物の動画が全公開停止になってしまったことにまつわる書き込みをまとめたもので、さらに動画作者と思しきSNSアカウントの『上げてた動画、消されちゃいました。よくわかんないけど巨神擁護機構って人たちからのクレームみたいです。ごめんなさい』という呟きが添えられていた。

 コメント欄には断末魔の悲鳴のようなコメントが並んでいる。

 

〈俺の嫁がぁあああ!!〉

〈悔しいです、これからも怪獣たちを見たかったのに!〉

〈巨神擁護機構に凸った連中のせいか?〉

〈運営も日和ってんな~〉

〈なんでだよ! あいつらが悪いんだろ!〉

〈巨神擁護機構許さん!〉

〈これはひどい〉

 

 やがてコメントの話題は、巨神擁護機構へと移っていった。

 

〈巨神擁護機構って何者なんや?〉

〈人間と怪獣の共生を目指してるらしいけど……〉

〈ググったら政府の怪獣調査船にクルーザーで体当たりしててワロタ〉

〈モスラ動画打ち切りにさせたのもこいつららしいな〉

〈他にもモナーク解散とかGフォース解体とか訴えてるっぽい〉

〈共生どころか邪魔しかしてなくて草〉

〈どうみてもエコテロリストです 本当にありがとうございました。〉

〈怪獣を保護すべきって意見には賛成だけど、こいつらはダメだろw〉

 

 このまとめ記事をきっかけに、インターネットのSNSでは次々と巨神擁護機構を批判する投稿が大量に飛び交い始めた。理路整然と冷静に状況を分析しようとしたり、あるいは暴走するファンたちを諫めようとしているものも多いが、大半は感情的でともすれば攻撃的なもの、あるいは不安と憎悪を嗾けるような根も葉もない無責任な流言飛語ばかりだ。

 挙げ句の果てにはこんな動画まで出てきた。

 

【自業】巨神擁護機構本部、怪獣が襲撃【自得】

 

 そこに映っているのは、二体の怪獣。片方は直立した甲虫、もう片方は全身に刃物を満載した猛禽のような姿をしている。

 わたしは彼らを知っていた。

 

「メガロ、ガイガン!?」

 

 シートピア海底王国の用心棒怪獣:メガロと、その悪い仲間のサイボーグ怪獣:ガイガン。メガロとガイガンは一緒になって、ロリシカのニューカークシティにある『巨神擁護機構』本部の建物を破壊している。

 しかし彼らがどうしてこんなことを? その答えは動画のコメント欄にあった。

 

〈こいつら何で暴れてんの?〉

〈投稿動画を潰された報復だってさ〉

〈ざまあwww〉

〈マジで自業自得で草〉

〈これは近年稀に見るスカッと案件だわwww〉

〈街の人たちへの避難指示は出てるから好きなだけ暴れて良いぞー〉

〈い い ぞ も っ と や れ〉

〈ガイガンさん!メガロさん!絆の力、お借りします!!〉

〈お前らが怪獣動画潰したからこうなったんだよ〉

〈人間は怪獣に滅ぼされるべきなんだろ?じゃあおまえらから死ねよw〉

 

 残酷な言葉たちが踊り狂っている、動画のコメント欄。それを目の当たりにしていたマユナが、ぽつりと呟いた。

 

「……どうしましょう、イコナ姉様」

 

 マユナの不安に、わたしも返す言葉が浮かばない。

 『人間と仲良くしたい』、たったそのためだけに始めたモスラ動画が、まさかこんな事態を引き起こすなんて夢にも思わなかった。

 過激な行動がより過激な反応を招き起こす、恐ろしい暴力の連鎖。こんなことが絶対に許されるはずがない、このままでは『怪獣黙示録』の再現になってしまう。止めなくては、だけどどうすれば。

 ……そうだ! わたしは思いつきを喋った。

 

「皆を宥める動画を載せましょう! モスラが平和を訴えるの! そうすればきっと……」

「駄目よイコナ姉様」

 

 けれどマユナは力無く首を振った。

 

「だって、動画のアカウントが停止されているのだから。それに、仮に投稿できたとしてもきっと聞き入れてはもらえないでしょうね」

 

 なんで、どうして!?

 わたしが聞き返すと、マユナは諦念の滲んだ虚ろな表情で答えた。

 

「だってこの人たちの大半は『面白がってるだけ』ですもの。巨神擁護機構の人たちと一緒、『自分たちが正義だ』って思い込んでる。だからこれだけ残酷なことも出来るんだわ、きっと」

 

 そんな……。

 絶句するわたしを見てマユナも限界が来てしまったらしい。つぶらな両目から大粒の涙を零し、両肩を震わせながら、裏返った声で泣きじゃくり始めた。

 

「イコナ姉様、どうしよう……わたしのせいでこんなことに……っ!」

 

 いや、それを言うならわたしの方だ、とわたしは思った。わたしこそ、状況に流されずちゃんとしていれば、こんなことにはならなかった。マユナは悪くない、責任があるというのならむしろ年長者であるわたしの方だったのだ。

 けれどそうやっていくら悔やんでも、時は巻き戻ったりしない。ただただ無情に時間が過ぎてゆき、事態は悪化の一途をたどるだけ。

 二進も三進もいかなくなったときだった。

 

 ――イコナ、マユナ。

 

 心への呼びかけに振り返ったわたしとマユナ。呼びかけた主であるモスラはこう言った。

 

 ――全ては私の責任です。私が収めなければ。

 

「そんな、モスラ!」

「違うの、モスラのせいじゃない! お願い、自分を責めたりしないで……!」

 

 口々に叫ぶわたしたちだけれど、モスラは首を振るだけだった。

 覚めるような宝石の凛々しい目つき。穏やかだけれど確かな意志の力を感じるテレパス。

 こんなときのモスラを、わたしたちは知っている。ゴジラやバトラ、デスギドラにダガーラ、そしてキングギドラ。かつての『怪獣黙示録』で強敵たちとの戦いへ赴くときモスラは決まって“こう”だった。

 

 モスラは戦う覚悟を決めたのだ。

 

 ――さあ、行きましょう!

 

 そしてわたしたちはインファント島を出発した。

 

 

※   ※   ※   ※

 

 

 わたしたちとモスラが到着したとき、巨神擁護機構の本部ビルはほぼ全壊状態だった。死人は出ていないものの、巨神擁護機構の人間たちは巨大なガイガンとメガロに追い詰められてもう袋の鼠、逃げ場はない。

 ガイガンが両手の鎌と鋸をぎらつかせ、メガロが両腕のドリルを猛回転させる。巨神擁護機構の人間たちをこのまま叩き潰そうというのだろう。

 けれどそうはいかない。モスラは急降下し、ガイガンとメガロに目掛けて突進した。

 

 ――やめなさーい!

 

 モスラ族に代々伝わる秘伝の格闘技、ボンバーラリアットの炸裂。モスラの巨大な翼を後頭部へと叩き込まれ、不意を突かれたメガロとガイガンはその場へと引っ繰り返る。それと同時に、追い詰められていた巨神擁護機構の人たちも蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。

 ……よかった、ぎりぎりだったけどなんとか間に合った。起き上がったガイガンとメガロに、モスラは停戦を呼びかける。

 

 ――ガイガン、メガロ、人間が許せないあなたたちの気持ちはよくわかります。だけど怒りに身を任せてはダメ! どうか気持ちを鎮めて!

 

 モスラの懸命な訴え。ガイガンとメガロ、日頃から素行の悪い二体ではあるが、彼らとてあの恐ろしい『怪獣黙示録』の再来は嫌なはずだ。今は興奮しているだけで冷静になればきっとわかってくれるはず。

 しかし、ガイガンとメガロから返ってきたのは、わたしたちの想定を大きく外れた答えだった。

 

 ――うるせえ黙れ、人間の味方なんかしやがって! おまえなんかお呼びじゃないんだよ!

 ――テメーみたいな人気配信者に、底辺動画配信者だったおれたちの気持がわかってたまるか!

 

 そう言ってモスラに敵意を剥き出しにするガイガンとメガロ。

 ……彼らはいったい何を怒っているのだろう、そもそもわたしたちのために暴れてくれているのではないのか。意図をわかりかねているわたしたちに、ガイガンとメガロは驚くべき目的を明かした。

 

 ――おれたちはこの生配信動画でランキングのランカーになるんだ!

 ――この動画がバズったらおれたちも人気配信者の仲間入り! 人間の味方なんかするようなイイコチャン怪獣がジャマするんじゃねえ!

 

 そ、そんな理由で……!?

 モスラの背の上で、わたしとマユナは思わず顔を見合わせた。てっきり怪獣動画文化を潰された義憤で暴れてくれているのかと思いきや、まさかそんな売名目的だったなんて。

 ガイガンたちはさらに続けた。

 

 ――見ろよこの再生数、チャンネル登録者数、これまでとは桁違い! おまえが贔屓にしてる人間どもは、皆おれたちの味方をしてくれてるぜ!

 ――怪獣の魅力を伝えるというのならやっぱり怪獣プロレスが一番だ! なんだかんだ言って、やっぱり人間も怪獣が暴れるところが観たいのさ!

 

 ……駄目だこりゃ、二体とものぼせ上がってて完全に我を忘れている。わたしとマユナが呆れている一方、モスラはなおも宥めようと懸命に語りかけている。

 

 ――けれどそんなことをしていては『怪獣黙示録』の再来になってしまいます! どうか気持ちを鎮めて、さもないとわたしはあなたたちと戦わなければなりません!

 

 モスラの必死な説得にも、ガイガンとメガロは耳を貸さない。

 

 ――ふん、怪獣黙示録、結構なことじゃないか。人間どもがおれたち怪獣にひれ伏す時代が戻ってくる、それの一体どこが悪い!?

 ――だいたいモスラ、テメーのことは前から気に喰わなかったんだ、可愛い姿で人間どもに取り入りやがって! この場でケリをつけてやる!

 

 そう吼えながらガイガンは両手の鎌を、メガロはドリルを構え直す。向こうは完全に臨戦態勢、とても平和的な交渉なんて出来る状態ではない。

 

 ――……已むを得ません、か。

 

 そうね、モスラ。あのバカ怪獣二体を少し懲らしめてやらなくちゃ。ガイガンとメガロを見据えながらモスラ、そしてその背の上にいるわたしたちも身構えた。

 しかしガイガンとメガロ、どちらも言動はチンピラめいているが油断は禁物だ。片や戦闘特化したサイボーグ怪獣、片や長年シートピア海底王国を守り続けてきた用心棒、『怪獣黙示録』を生き抜いてきた怪獣としての実力はどちらも本物なのだ。どちらか片方だけならまだしも、二対一のハンディキャップマッチとなると流石のモスラでも大苦戦は必至だろう。

 とはいえこちらも負けられない。今ここでガイガンたちの暴走を停められなかったら怪獣黙示録、際限なく人間と怪獣が争い合うあの恐ろしい時代の再来になってしまう。

 モスラ、ガイガン、メガロ、三大怪獣地球最大の決戦。その開戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 戦いは熾烈を極め、長期戦に及んだ。

 制空権、つまり地の利は空を飛ぶモスラにあるが決定打になり得る攻撃手段が無い。ガイガンの刃物とメガロの重火力、どちらも強力だがそれらは空を縦横無尽に舞うモスラへは届かない。

 つまり、両者とも決め手がない。このまま膠着状態が続くようだと、モスラも“最後の武器”を使わなければならないかもしれない。わたしがそんなことを考え始めたとき、隣のマユナが素っ頓狂な声を上げた。

 

「モスラ! あそこに人が!!」

 

 マユナの指差す先を見ると、瓦礫の山に人の姿があった。

 ……どうして、避難指示は出たって言ってたのに! 

 目を凝らしてみれば、なんということだろう、スマートフォンを構えてこちらの光景を撮影している。

 

「イコナ姉様、あの人、実況動画を撮ってるみたいです!」

「あーもう、これだから人間って奴は!!」

 

 そうやってわたしたちが街の人間に気をとられた、一瞬の隙を突かれた。

 

 ――ヒャッハー、ブラッディトリガーだぜ!

 

 モスラの身体に、長い鎖が巻き付いた。

 鎖の伸びる先は、得意気に笑うガイガンの両腕の鎌へと続いている。ブラッディトリガー、ガイガンの鎌から発射される鎖鎌だ。

 

 ――しまったっ……!

 

 モスラも鎖をほどこうとするけれど、間に合わない。ガイガンが鎖が伸びる腕を振り上げれば、空中のモスラはぐいと引き寄せられてしまう。

 モスラはスピードでは勝っているけれど、単純な力比べでは実はそれほど強くない。ガイガンの腕力に引きずられて、そのままビルの瓦礫の山へ叩き込まれるモスラ。

 

 ――くぅ……!

 

 叩きつけられたダメージで息を詰まらせながら、それでもモスラはなんとか立ち上がろうとする。けれど今度はメガロが背後から襲いかかる。

 

 ――喰らえ!

 ――きゃあっ!

 

 メガロが口から放つ地熱ナパーム弾、その爆風を受けてモスラは息を吐く間もないまま吹き飛ばされてしまった。

 ビルの瓦礫の山の中、モスラはなんとか這い出るのだけれど、既にガイガンとメガロの魔手が迫っていた。

 胴体の丸鋸でモスラを切り刻もうと迫る、ガイガン。

 両腕のドリルでモスラを串刺しにしようと迫る、メガロ。

 モスラ万事休す、まさにそのときのことだった。

 

 

 

 駆け抜けたのは、青い閃光。

 

 

 

 海上から駆け昇る、目も眩むほどの強烈な一閃。

 モスラは咄嗟に回避したけれど、モスラに気を取られていたガイガンとメガロは一瞬出遅れ、閃光の直撃を受けた。

 

 ――あぶぎゃァーッ!?

 

 強烈な光にぶん殴られて、再びその場に引っ繰り返るガイガンとメガロ。続けて巻き起こった強烈な衝撃波により瓦礫の山やビルもまとめて薙ぎ払われ、ニューカーク一帯が猛火に包まれる。

 ……この“放射火炎”、まさか。わたしたちは光の放たれた方角、海の方へと振り返る。

 灼熱の体温で激しく煮立った海から、青い光を纏って立ち上がる身長50メートルの巨体。鋸の背鰭と長大な尾を備えた、禍々しい黒のシルエット。その失踪により『怪獣黙示録』の幕を引いた最強のキングオブモンスター。

 その名をモスラは呟いた。

 

 ――ゴジラ……!

 

 轟くような雄叫びを上げ、ニューカークの市街へとゆっくり歩み寄ってくる怪獣王、ゴジラ。

 わたしたち小美人は眼前に広がる現実が信じられなかった。まさか、そんな。もう『怪獣黙示録』は終わったはずなのに、ゴジラはいなくなったはずなのに。

 ……しかし、そこでわたしは思い直す。『怪獣黙示録』におけるゴジラの死亡はそもそも確認されていなかった。ただ姿を消しただけ。

 であるなら、いずれ復活するのは規定事項だったのだろう。むしろ、その現実から目を背けて動画遊びにうつつを抜かしていたわたしたちや人間たちが愚かだっただけなのだ。

 

 わたしたちが何も出来ないうちに、ゴジラは港から街へ悠々と上陸する。

 他方ガイガンとメガロは、ゴジラの放射火炎の一撃でノックダウンされたものの、すぐさま再起してゴジラへ躍りかかった。

 

 ――野郎ッ、ブッ殺し……へぶっ!?

 ――こっちは二対一だ、負けるもんか……ぎにゃっ!?

 

 しかしゴジラは強大だった。ガイガンは強烈な尾の一撃でぶちのめされ、メガロは吐き出した地熱ナパーム弾を投げ返されて自爆。二大怪獣はあっさりと瓦礫の山へ叩き込まれる。

 崩落するビル、膨大な瓦礫に埋もれてしまうガイガンとメガロ。彼らが次に目にしたのは、眼前に迫るゴジラの猛威だった。

 

 ――ぐえッ!?

 ――ひぎッ!?

 

 未だ動けないガイガンとメガロを、ゴジラは逞しい両腕で高々と吊し上げた。ガイガンとメガロも藻掻いてはいるがゴジラの腕力には到底かなわない。

 手中にある両者を見上げたゴジラ、その表情は猛火に照らされまさに怒りの形相、さらに背鰭では青い稲光を光らせている。

 ゴジラの背鰭の発光は放射火炎の合図、その照準の先は吊し上げたガイガンとメガロ。

 

 ――……いけないっ!

 

 ゴジラは、ガイガンとメガロを“始末”するつもりなのだ。そのことに勘づいたモスラは即断、ゴジラに向かって突進した。

 ゴジラの背鰭から溢れ出るエネルギーで見る見る内に高まる空間電位、果たしてモスラは間に合うだろうか。

 

 ――待って、だめェ!!

 

 ゴジラがとどめの放射火炎を放とうとする刹那、モスラの体当たりがゴジラの背中に直撃。ガイガンとメガロを狙っていた放射火炎は寸でのところで照準がずれた。空高く立ち上がる青い火柱、けれど何者をも撃ち抜くことはなかった。

 せっかく悪者へ気持ちよくトドメを刺そうとしたところで入った妨害に、ゴジラは不満げな顔をしている。そんなゴジラに、モスラは言って聞かせた。

 

 ――もういい、もうやめて、お願いだから。

 

 そうやって懇願するモスラを、ゴジラは忌々しげな目つきで睨みつけている。モスラとゴジラ、守護神と破壊神、両者の対峙。一瞬ほど間があって、緊迫した空気が流れてゆく。

 先に動いたのはゴジラの方だった。

 

 ――……ふんっ。

 

 心底うんざりしたように、そしてどこか拗ねたように鼻息を鳴らすと、ゴジラはその両手で掴み上げていたガイガンとメガロ、泡を吹いて気を失っている二大怪獣をその場に放り捨てた。そしてそのまま踵を返し、わたしたちに背を向けて海の方へと戻ってゆく。

 

 ……よかった。わかってくれて。

 海へと帰るゴジラの背中を眺めながら、わたしたちは心底ほっとした。

 かつてモスラ族はゴジラに何度か勝ったことがある。そんなモスラをまた敵に回すのは厄介だとゴジラも考えたのだろう。ともするとそこから更に果てしない闘争が続くのが、ゴジラも嫌だったのかもしれない。

 後者だとしたら間一髪だった。ガイガンはともかく、メガロはシートピア海底王国の怪獣だ。ここでゴジラがガイガンとメガロを殺めていたら、情勢はもっと混迷を極めていた。そこから始まるのは報復の連鎖、ともするとわたしたちが危惧したとおり『怪獣黙示録』の引き金になっていた可能性だってある。

 モスラだってそうだ。いくらゴジラに勝ったことがあるとはいえそれは昔のこと、当時だって幾重もの偶然と幸運が重なった末の辛勝に過ぎなかった。仮に勝てるのだとしても怪獣黙示録なんかもうたくさん、ゴジラが相手だろうがこれ以上戦いなんてしたくない。

 

 いずれにせよ、ひとまず一件落着。一連の騒動は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

※   ※   ※   ※

 

 

 モスラ、ガイガン、メガロ、そしてゴジラ。四体の怪獣が衝突した今回の一件。その光景を収めた動画はやはりインターネットで配信され、世界中に拡散されることとなった。

 それを観た人々の反応は様々だった。ある人は「やっぱり怪獣との共存なんて無理なんだ!」と怪獣との共存路線を諦めたり、またある人は「怪獣の王ゴジラが一連の騒ぎを鎮めてくれたんだ、やっぱり怪獣は神! ソリャソリャソリャソリャGO、GO、GO、GODZILLA!!」とますます怪獣へのめりこんでいったり。

 

「でもよかったね、イコナ姉様。また動画配信が出来るようになって」

 

 そうやって次の動画の準備を進めるマユナは心底楽しげだ。わたしも微笑みながら答える。

 

「そうね。でも次はもっと気を付けなくちゃいけないわ」

「ええ、もちろん!」

 

 ニューカークでの一件が巻き起こした特大の衝撃と波紋。『巨神擁護機構』にまつわる一連の炎上騒動はそれらに呑まれてあっさり鎮火、その結果わたしたちのモスラ動画もまた再び公開できるようになったのだ。

 無論、かつてのようにはいかないだろう。あれだけの騒ぎが起きてしまったのだ、以前のような大ブームは無理だろうし、あるいはそうなるべきではないのかもしれない。

 けれど、だからといって『やってはいけない』わけでもない。

 これはモスラともよく相談したのだけれど、やっぱりモスラは人間と共存する理想を諦められなかったようだった。わたしたちもそうだ、『平和こそが、永遠に続く繁栄への道』、そんなモスラの想いを伝え続けることだけはどうしてもやめたくなかった。

 かくしてわたしたちは、再び動画を配信することに決めた。たとえ上手くいかなくても、あるいは同じ過ちを重ねるかもしれなくても、それでもなんとか上手くやってゆけるような『調和』を模索し続けることが大事なのだ。

 

 ……ちなみにこのニューカークでの一件を撮影した動画こそが、怪獣にまつわる配信動画としては史上最大の再生数を叩き出した、というのはなんとも出来すぎた皮肉だとわたしは思う。

 




前に書いた短編でそこそこ気に入ってるんだけど、一ヵ所だけ気に入らなかったところを手直ししました。「動画配信と怪獣」というアイデアはいずれまた書いてみたいですネ。

小美人

【挿絵表示】



怪獣紹介
・モスラ
体長:36メートル
翼長:170メートル
体重:1万トン
異名:クイーンオブモンスター、極彩色の怪獣
主な技:電磁鱗粉、電磁毒針、ボンバーラリアット

 ゴジラ・キラーとして名高い、東宝特撮シリーズ最強のヒロイン。
 昔は「ヘンッ、怪獣の癖に人間の味方するなんていい子ぶっちゃってサ!!」とあんまり好きじゃなかったんですけど、最近は一番好きな怪獣の一体。また彼女主役の話やらないかな。

次はどんなのが読みたい?

  • 魔法少女バトラちゃん
  • ロリ化ジェンデストロイヤー
  • 偽聖女とチタノザウルス
  • 転生者掲示板を荒らしまくるオルガ
  • ゴジラに転生する話
  • ゴジラの放射熱線砲を作った男
  • ゴジラの運動会
  • キノ「メカゴジラ=シティ?」
  • 大魔神と魔法少女(仮)
  • エイリアンのR-18小説
  • ヤンデレモスラに死ぬほど愛される人類
  • ウルトラマンチーレム
  • ウルトラQ:イイネゴンのマユ
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