南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件 作:よよよーよ・だーだだ
この都会こそ地球人の頭脳そのもの。
汚濁と混乱。秩序は常にあとから追い駆けるものに過ぎない。
結局のところ地球人は、自分たちが何を作っているのかさえわからないのです。
――『メカゴジラの逆襲』より
「国連対怪獣特務機関モナークから参りました、特命調査官の〈
そう言ってペコリと丁寧に頭を下げたのは、穏和な顔つきの女性調査官だった。
首から上ほどの癖毛なショートヘアに、瓶の底よりもレンズの分厚い眼鏡をズレ気味にかけた化粧っ気の薄い顔貌。年齢はわたしよりも一回り以上はうら若く、一見するとモナークの調査官というよりも就活中の冴えない学生にも見えてしまう雰囲気。
正直、現場へ出張るより大学院の研究室にでも籠っている方が遥かに似合いそうではあるが、自然体で柔らかな物腰からは如何にも人の好さそうな雰囲気が伝わってくる。まぁ事前に聞いたところでは彼女、こう見えてかなり『切れ者』で『やり手』らしいのだけれど。
わたしと対面に掛けたカミノ=メイ調査官は、こんなことを言った。
「博士、あなたのような偉大な方とお話が出来てとても光栄です」
わたしが、偉大?
さっそく出てきた意外な言葉で面食らったわたしに、カミノ調査官は「ええ」と頷いた。
「こちらへ伺う前、博士の昔の論文を拝読しました。『怪獣黙示録』の頃にあの論文を基に怪獣と共闘する構想、いわゆる『LTF構想』が立ち上げられたそうですね。チタノザウルス、ガイガン、キングコング、護国聖獣たち、LTF構想で加勢してくれた彼らのおかげでどれだけの前線が救われたか……かつて『怪獣黙示録』で戦っていた方たちは皆そう口を揃えて仰っていました」
ああ、そんなこともあったかしらね。あれは父の研究を引き継いだものだから、わたしだけの手柄でも何でもないのだけれど。
あまり褒め讃えられるのもくすぐったいので、わたしは話を切り替えることにした。
「それよりあなた、
「えっ」
カミノ調査官は、彼女自身のことをあらかじめ知っていたかのようなわたしの口振りに意表を突かれたのか、心底不思議そうに口をぽかんと開けていた。
そんな彼女の素朴な動揺ぶりがなんだか可笑しくて、わたしは口元から笑みを溢しながらこう続けた。
「あなた、この界隈では結構有名よ? 風の噂で聞くかぎりだけれど、あの『シヴァ紅塵破局事件』の解決に一役買ったそうじゃない。あの誰にも解読できなかったアシハラ論文と紅塵の謎を解き明かし、その鋭敏な知性で世界を『破局』から救ってみせたあなたこそまさに本物の才媛、偉大な名探偵だとわたしは思うけどね」
「あ、あぁー……」
わたしが小耳に挟んだ噂を話題にしてみると、カミノ調査官は気恥ずかしそうに目線を逸らしながら自身の頭を掻いていた。
「いやあ、わたしなんてそんな大それたことは別に……本業はこのとおり冴えない研究職ですし……」
こんなわかりやすいお世辞にも恐縮してくれるカミノ調査官の気取らない正直さに、わたしはとても好感を覚えた。
そういえば『カミノ=メイ』というのは東洋アジア、それも日系の名前だ。古き良き日本人女性は謙虚で素直だったと聞くけれど、この調査官カミノ=メイは形こそ違えど性根はまさにその典型例ということだろうか。
ま、それはともかく。
「……で、『本題』に入らなくていいのかしら」
「……あっ」
ひとり照れていたカミノ調査官だが、わたしに言われて本分を思い出したのかハッとした顔をした。この人、こう見えて意外と抜けてるのかもしれない。
まあ、彼女が振ってくれた前置きの雑談のおかげで、場の空気も程よくほぐれたのは良かったと思うけれど。
「あ、ああ、そうですね! 時間も限られてますし、さっそく始めましょうか」
カミノ調査官は慌てて「こほん」と咳払いで場の空気を締め直し、改めて本題を切り出した。
「まずは、ここまでの“
「……そうね」
そう水を向けられて、わたしは考える。この場に臨むにあたって事前に
「事の発端は、わたしが子供の頃からよ……」
そしてわたしは語り出す。あの怪獣、〈民主主義的チタノザウルス〉にまつわる顛末を。
かつて、わたしの国は独裁国家だった。
独裁が始まったのは何十年以上も前、『怪獣黙示録』の頃だ。キングギドラ、ラドン、マンダ……世界中で怪獣が思うがままに暴威を振るう恐るべき時代、『怪獣黙示録』。その動乱に乗じて最高権力者の座を手にしたのがかの
『怪獣黙示録』によって生み出された外圧の脅威と政情不安、そこへ巧みに付け込んだゴールドスタインは国民の支持を誘導し大統領選挙でトップ当選。大統領の地位を手にしたゴールドスタインは、さらに法律を改正することで事実上の終身大統領として実権を掌握、国の頂点に君臨した。
無論、このような独裁など許されるはずが無い。たしかにゴールドスタインを独裁者に至らしめたのは選挙、つまりは民主的なプロセスだったかもしれないが、その後の振る舞いについては批判も多かった。
強権的な政策による法的プロセスの軽視、不公正な権力の行使による政治の私物化、宗教カルトや利権団体と結託した不正な選挙、表現規制や信仰の自由などにまつわる人権に抵触するような違憲立法の数々……政治のことなど興味関心もなく日々を送っている大多数の一般大衆ならともかく、法治を重んじるような理性的な人々からは批判されて当然の振る舞いだったろう。
そんなゴールドスタイン政権を突き崩そうと動いたのが、わたしの父だった。
「ゴールドスタイン、死すべし!」
「悪しき独裁者ゴールドスタインを許すな!」
「悪逆非道の権化ゴールドスタインを倒せ!」
そうやって理想を同じくする同志と声を日々掛け合っていた父の姿を、子供の頃のわたしはよく目にした。父は政治家ではなかったが、怪獣の研究者としてかつて国際機関モナークにも参加した経験があったことから、その知見を活かす形でゴールドスタイン政権転覆、ひいては国の革命運動に参加していた。
そして父の研究が実を結んだのが四十年ほど前。用いたのは怪獣〈チタノザウルス〉だ。
チタノザウルスといえば日本の小笠原近海で巣穴が発見された古代海棲恐龍の生き残りであり、放射熱線こそ使えないがその膂力はかの怪獣王ゴジラにも匹敵、かつてメカゴジラと共闘したときなどはゴジラを敗北寸前にまで追い詰めたという。
そんなチタノザウルスに目を付けた父は、密かに発見したチタノザウルスにコントロール装置の電波受信機を取り付け、外部からの無線コントロールに従うように訓練した。
怪獣をテクノロジーの力で操縦・制御する。それだけなら誰でも思いつく類いのアイデアであり、特にチタノザウルスのコントロールであれば実際に『怪獣黙示録』の頃に実現されたものだ。あるマッドサイエンティストの手でコントロール可能になったチタノザウルスは宇宙からの侵略者により悪用され、かの侵略者が用いたロボット怪獣メカゴジラⅡと共に人間の街を襲ったこともある。
けれど、わたしの父のアイデアが画期的だったのはそこに『民主制』を導入したことだ。
たしかに、チタノザウルスに限らず怪獣の力は一個人の手には到底余るものだ。大きすぎる力を一人の人間が握る、これほど危険な状況は存在しないし、もしそのようなものが実用化されたりしたらそれは独裁者どころじゃない脅威である。
そこで父は一計を講じた。
父が手を加えたのはチタノザウルス側ではなく、指令を送るコントロール装置。かつてモナークで怪獣を脳波コントロールするために開発が進められていたサイキックシステム:サイコトロニック=ジェネレータをベースとした新たなシステムを追加した。
本来のサイコトロニック=ジェネレータは、装着したテレパシスト一人の脳波を基に怪獣をコントロールする仕組みのものだ。けれど父が改良したそれは、特定の一個人ではなくわたしの国の全国民の脳波を対象としていた。改良型サイコトロニック=ジェネレータが受信した脳波、もしもその質量が国民の総意と判断するに値する閾値を超えたときはチタノザウルスが始動、国民の総意に則って国民の敵を排除する。
いわば『チタノザウルスをどう動かすか』について国民の意思投票が行われているようなものだ。これならチタノザウルスの行動は一人の恣意に握られることもなく、民意を反映した常にフェアなものと成る。
父はこの素晴らしいシステムを〈
……だけどどうしてそのような回りくどいことを? ゴールドスタインが悪者だなんて、誰もが皆わかりきっていることじゃないかしら。
当時まだ子供だったわたしがそう訊ねたとき、父は「いいかい、ケイ」とわたしの頭を撫でながらこう答えた。
「父さんはゴールドスタインのような悪い政治家が憎い。だけどそれは飽くまで『父さんが一人で思っているだけ』で、皆は実は今の現状に満足しているかもしれない。そうなったとき、父さんが勝手に自分一人の判断でゴールドスタインをどうにかしてしまったら、それは恐ろしい間違いだ。結局ゴールドスタインと同じになってしまう、だろう?」
なるほど、たしかに。
納得するわたしに、父はさらに続けた。
「この国の民主制のシステムは、ゴールドスタインのような悪い政治家によってメチャメチャに歪められてしまった。だからこそもう一度、ちゃんとした公平なシステムで改めて問い直さなければならないんだよ」
ケイ、空を見てごらん、と父は言った。
「この空は、昨日と同じ空だ。きっと明日も明後日も、同じ空が続く。この国の人たちは、そんな平穏な毎日がいつまでもずっと続いてくれると信じている。けれど独裁者の猛威に蝕まれている今、そんな平和は独裁者の気紛れ一つでいつ引っ繰り返されるかわからない。たとえ皆が諦めてしまったとしても、わたしたちだけはこの国を見捨てて諦めるわけにはいかないんだよ」
……父はなんと立派なのだろう。
長年にわたって独裁者ゴールドスタインの暴政を目の当たりにし、日々憤慨してきた父。そんな父だからこそ怪獣の力を使った独裁ではなく、あくまで民意による民主主義に基づいた支配を目指したのだろう。賢明な国民たちに委ねたならきっと、独裁者ゴールドスタインを公平に裁いてくれる。そう心から信じたのだ。
「わかったわ、御父様! わたしも応援する!」
そんな父の立派な理念に感銘を受け、幼いわたしは毎日父と一緒にお祈りをささげた。どうか御父様が夢見たような、素晴らしい国に変わってくれますように、と。
そしてわたしたちの祈りは最終的に届いた。
入念なテストの上で本格的に始動した民主主義的チタノザウルスは、真っ直ぐ大統領官邸へと向かった。狙いはもちろんゴールドスタイン。わたしたちが見込んだとおり、独裁者ゴールドスタインは国民の大半から不適格だと看做されていたのだ。
「ひ、ひ、ひえぇぇ……!!」
贅のかぎりを尽くした大統領官邸は徹底的に破壊され、頼りにしていた親衛隊や側近たちも怪獣の猛威を前にしてはまるで歯が立たず、ゴールドスタインは悲鳴を挙げて逃げ惑うことしか出来ない。
哀れで惨めなゴールドスタイン、だけどそんな彼を積極的に庇おうとする人は一人もいない。当然だ、民主主義的チタノザウルスを動かしてしまうほどに、ゴールドスタインの暴政は国民からの不支持を集めていたのだから。
散々無様に逃げ回った末に、国の最果てにまで追い詰められたゴールドスタインが声を張り上げた。
「ま、待て、待ってくれ! 私は大統領だぞ! こんな暴力に任せて、この国の司法は、法治は、民主主義はどうしたというのだ!?」
……いったいどの口が言うのやら。それらすべてを滅茶苦茶にしたのは独裁者ゴールドスタイン、お前自身だろうに。
TV中継が回っていて国民誰もが白い眼を向ける中、それでもゴールドスタインの命乞いが空しく響く。
「私はハメられたんだ! すべて他の奴らの指示に従っていただけなんだ、本当だ、信じてくれっ!」
追い詰められた独裁者の言い逃れなど誰も聞き入れたりはしない。ただ見苦しいだけだ。
そして、ついにそのときが訪れた。
「だから、どうかやめて、お願い、助け……ぎゃあぁあああっ!!!」
国民の怒りの化身たる民主主義的チタノザウルスが雄叫びを挙げ、無様に泣き叫ぶゴールドスタインを脳天から踏み潰す。この国に長らく君臨してきた支配者の死にしては随分と呆気なく、惨めなものだった。
国民の敵を殲滅し終えたところで、民主主義的チタノザウルスの誇らしげな咆哮が響き渡る。そしてそれこそがこの国に新時代の始まりを告げる進軍ラッパ、革命の狼煙だ。
かくして、ゴールドスタインの独裁支配は終わりを迎えた。これでようやく父たちが夢見た、真の意味での平和で、平等で、民主的な素晴らしい理想国家が実現される。
民主主義的チタノザウルスによってゴールドスタインが踏み潰されたのを機に、この国は大きく変わった。
革命が成し遂げられたあと、わたしの父とその同志たちは国家中枢へと入って硬直化しきった政治体制を刷新、民主主義的チタノザウルスを中心とした政治体制へと改めた。
かつては他国と同様に三権分立でバランスを取る体制だったのだけれど、革命後はそれらに加えた第四の権力として民主主義的チタノザウルスが君臨するようになった。
『三権から独立して、国民の民意を直接反映する存在』という点においては大統領制と似ているが、所詮は人間社会の中の仕組みでしかない大統領ではゴールドスタインのように腐敗する危険があるのに対し、人間社会からも外れて民意だけをひたすら行使する民主主義的チタノザウルスにその心配はない。司法、立法、行政、それら三権に比肩し、真にフェアな神として裁定を下し『国民の敵』を排除するダイレクトな民意の執行者、それが民主主義的チタノザウルスだ。この国の平和や民主主義を犯すような輩はわたしたちの民意、このチタノザウルスが許さない。
かくして我が国は世界初の、政治に怪獣を組み込んだ国家となったのである。
複雑化・肥大化してゆくばかりでわかりにくくスピード感にも欠ける従来の政治システムに比べ、民主主義的チタノザウルスはごくごくシンプルだ。国民の不満が高まれば、その脳波を受信した民主主義的チタノザウルスが始動して『民主主義』を行使する。
実際、民主主義的チタノザウルスは迅速に『国民の敵』を踏み潰して回った。
たとえば、ゴジラを誘き寄せることが判明したのに無理矢理稼働させられ続けていたプラズマクリーンエネルギー発電所と、それを推進していた族議員とか。
たとえば、必要だと言われているのにあれこれ屁理屈をつけて予算を出し渋って国民を貧窮させてきた財務省とか。
たとえば、SNSで連携して生活必需品を大量に買い占め欠乏を煽り、高値に釣り上げて売り捌くことで不当な利益を上げていた悪辣な転売組織とか。
快刀乱麻を断つ勢いで国民の不満を解消し、しがらみも縦割りも踏み潰して構造改革を続けていった民主主義的チタノザウルスは一躍、国中の人気者となったのだ。
「へぇー……怪獣による第四の権力、ですか」
ここまで語ったところで、カミノ調査官が感慨深げにぽつりとつぶやいた一言。
……そんなに珍しいことではないと思うのだけれど。怪訝に思ったわたしがそう問いかけると、カミノ調査官は「いやいやとんでもない!」と被りを振った。
「わたしは仕事柄いろんな国を視てますけれど、怪獣と言えばたいていが国のお荷物か厄介者で、そんなに上手く共存していた例は見たことがありません。ましてや政治システムに組み込むだなんて……」
そうかしら。ロリシカのモスラなんてのもいると思うけれど。
そう指摘するとカミノ調査官は「あれはインファント島が南洋の孤島だから成り立っているようなものですし」と答えつつ、さらにこう続けた。
「それに何より、ゴジラの例があるじゃないですか。あの大災害以来、怪獣とは人類の共通の敵。人類にとって危険な存在。そんな認識が一般的ですよ。それなのにそんな共存してみせるなんて、この国はやはり素晴らしい国だったと思います」
……たしかにね。
「しかし、そんなに上手くいっていたのに、どうして
「…………」
カミノ調査官の素朴な問いかけに、わたしは後ろめたさで目を伏せる。そう、上手くいっていたのは最初だけ、問題は『ここから』。
民主主義的チタノザウルス、その素晴らしいシステムが完璧に動作していたのはごく最初の頃のみに過ぎなかった。最初の頃、というのはゴールドスタインを筆頭とする古い利権や因習、つまりはっきり目に見える敵が打ち倒されて根こそぎ殲滅されるまでのことである。
考えてみれば当然のことだった。敵がはっきりわかりやすく見えているときなら、皆で団結するのは簡単だ。その敵を倒す方向へ皆で向かってゆけばいい。
では、それらを全て倒してしまったら? そうなると、今度は別の戦いが始まるのだ。
「別の戦い、ですか?」
ええ、そうよ。
興味深げなカミノ調査官にわたしは頷く。
「『自分たちの中での戦い』よ」
旧習や旧弊をすべて打ち倒したあと、民主主義的チタノザウルスはなおも動き続けたけれど、その方向性は変わってしまった。
たとえば、大ヒットシリーズ作品の監督を無理矢理降板させて出来の悪い続編を作り、視聴者たちの期待を裏切って総スカンを喰らったテレビアニメの製作委員会とか。
たとえば、ゴジラの映画なのに奇を衒ったつもりなのか怪獣プロレスを排除して歴史に残る大ゴケをかましたアニメ映画監督と脚本家とか。
たとえば、硬派な経済新聞なのにたわわな巨乳の女子高生を描いた破廉恥なアニメイラストの広告を載せて世の女性の反発を喰らった新聞社を踏み潰したりとか。しかもそのあと、今度はそれを扇動したフェミニストの集団を踏み潰したこともあった。
「たしかに、迷走していますね……」
渋面でカミノ調査官が呟いたとおり、わたしもそう思う。たしかに彼らは国民から批難され、嫌われていたかもしれない。
けれど『国民の敵』として処刑されるに値する存在だったかは甚だ疑問だ。こんなものまでいちいち踏み潰していては、誰も何も出来なくなってしまう。
「チタノザウルスがおかしくなってしまったんですか?」
「いいえ、そうではないの」
カミノ調査官にわたしは首を振って答えた。
「別にチタノザウルスが狂ったわけではない、システムは飽くまで正常に動作していた。問題があったのは民意の方よ」
「民意の方が?」
「そう。考えてみて。システムが正常に動作しているものだとすれば、この状況はどういう風に見える?」
「どういう風に見えるか、ですか……」
わたしの謎かけに、カミノ調査官は少し考えてからこう答えた。
「なんだか『敵を自分で作ってる』みたいです」
そう、そのとおり。
民主主義的チタノザウルスは、民衆に矛先を委ねている。けれどそれを手にしている民衆は皆いつだってきまぐれで、飽きっぽく、一貫性や論理性なんてものはそこに無い。だからわかりやすい敵を見失えば、次の敵を探して迷走を始めてしまう。
敵がいるから団結していた集団は、敵がいなくなってしまったら団結を維持できなくなる。そうなったとき人間は、次に自分たちの中から敵を作り始めるのだ。
「だから『自分たちの中での戦い』だ、と?」
「ええ、そういうこと」
けれどそんなのは『生贄を探して血祭りに上げる集団ヒステリー』や『人々のストレス解消のための見世物と化したギロチン処刑』と変わらない。民主主義的チタノザウルスは、決してそんなものを目指して産み出されたものではない。
そんなわたしの言い分にカミノ調査官は「なるほど……」と顎に手を当ててしばし考え込んでから、やがてこんなことを言った。
「……でもまあ、気持ちはわからないでもないんですよね」
はて、どういうことかしら。
わたしが首を傾げると、カミノ調査官はややバツが悪そうに目線を宙へ泳がせていた。
「えっと、ほら、『自分の力が及ばない悪い奴を怪獣が踏み潰してくれたらいいのに!』とか、『わかりやすい悪者をやっつけてスッキリオシマイにしたい!』っていうの。誰だってあるじゃあないですか。現にわたしだってありますもん」
あらあら、よりにもよってモナークの特命調査官がそんなこと言っちゃっていいのかしら。
敢えてわたしが意地悪に微笑むと、カミノ調査官は苦笑を浮かべていた。
「だからこそ、ですよ。立場上、いえ人としてそんなの決して許されることではありません。けれど……」
けれど?
わたしの促しにカミノ調査官は逡巡していたが、やがて答えた。
「かといって、そんなことを願うほどにまで傷つけられ、追い詰められてしまった人たちを責める気にはなれないんです。別にいいじゃあないですか、それくらいの夢に浸って慰められてたって」
「……あなた、優しいのね」
若さゆえか、それとも心根の善良さからくるものなのか、飾り気のないカミノ調査官の言葉にわたしは思わず微笑ましい気持ちになり、そんなわたしにカミノ調査官はあははと照れ臭そうに笑った。
「そんな立派なものでもないですよ。わたしがそういう人たちへ向けてあげられるのはソレ:同情と共感くらいですから……」
と言いかけたところで、カミノ調査官はふと我に返ってこう言った。
「ああ、ごめんなさい博士。あなたの話を続けてください」
……こほん。話を続けましょうか。
とにもかくにも、敵を見失って変質を始めた民主主義的チタノザウルスは、別の危険を創り出すことになった。
「別の危険、ですか?」
「そう、『国の分裂』よ」
それはある意味当然のことだったのかもしれない。民主主義的チタノザウルスを動かしていた多数派の民意は、わかりやすい敵を見失ったことで分裂し始めた。
『お菓子のキノコとタケノコどっちが好きか?』というような些細なものから『保守党と革新党のどちらを支持する?』というような政治的信条主義主張、性的嗜好から趣味の領域まで、国民の中に生まれた自由と権利が大きくなるにつれてその狭間で生まれた『分裂』は幅広いジャンルに及んでいった。
わたしがそこまで説明したとき、カミノ調査官は口を挟んだ。
「でも、それは良いことなんじゃあないんですか? ほら『多様性』ってことで」
「……たしかにね」
だけど多様性というのは、行き過ぎれば『分断』を決定的にするものでもある。多様性は相容れない『真実』たちを産み出し、さらにそれら同士の衝突を引き起こす。
誰もが皆、自分こそが正義、自分こそが一番正しいと思っている。そんな中では自分たちこそが真実で譲り合いなんて出来ない、互いに互いを認められない。そしてそうなった以上、その対立はどちらか片方もしくは双方が滅ぶまでの殲滅戦になってしまう。
わかりやすい敵がいなくなった途端、国民たちは団結することをやめてしまった。本当なら皆で手を取り合って仲良く生きる道を選ぶべきだったのに、誰も彼もがバラバラになってしまった。その先に待っているものは『保身のための多数派への付和雷同』と『多数派による少数派への抑圧蹂躙』、そして『国の破綻』だ。
おまけに、ただでさえそのような分断が起き始めているのに、殊に民主主義的チタノザウルスがあるこの国にとっては事情が変わってくる。
「そうなんですか?」
そう、考えてもごらんなさい。
国の多数派を握って民主主義的チタノザウルスを操れれば、気に喰わない意見を持つ相手を『国民の敵』として踏み潰すことが出来る。
裏を返せば『多数派になるためなら何でもやりかねない』ということ。
「自分たちの思うとおりチタノザウルスを動かすために、少数派を潰しにかかる動きが出てきたと?」
「そう。あなたなかなか勘が良いわね」
けれどそんなものは『全体主義』への片道切符に過ぎない。そうやって理性的な少数派を圧し潰してしまうような、危険な独裁者を求める勢力が多数派になってしまったら?
実際そういった危うい雰囲気が国中で張り詰めた時期もあった。より過激に先鋭化してゆく陣営同士の主張と対立、それらを諫めようとすればたちまち『国民の敵』として吊し上げられてしまうこの空気感。始まった民意の暴走は、もはや誰にも止められなくなりつつあった。
この分断と暴走こそが、民主主義的チタノザウルスが抱えていた最大の問題点だったと言えるだろう。
「なるほど……」
そして、この国におけるわたしの仕事は、『民主主義的チタノザウルスのメンテナンス』だ。
わたしの父が革命で大きな役目を果たしたのは先に述べたとおりだけれど、父はその後も研究者と政治家の二足の草鞋でこの国に尽くし続け、亡くなったあとその研究、特に民主主義的チタノザウルスについては娘であるわたしが引き継いでいた。
わたしは、この国の民主主義を体現する民主主義的チタノザウルスには人一倍大きな責任がある。早急に手を打たなければならない、せっかく独裁者を排除したというのにこのままだといずれまた全体主義国家になってしまう。
民主主義的チタノザウルスは民主主義の体現者でなければならず、また同時に国民の代表でもある。だからこそ、この国では民主主義的チタノザウルスが暴走しないように適切に監視し管理されなければならない。
ゆえに、民主主義的チタノザウルスが孕む問題にもわたしは逸早く気付いていた。
「だから、わたしは行動を起こしたの」
転機となったのはデジタル革命、情報技術の革新的進歩だった。
テレビも電話も映画もインターネットも、この世界でありとあらゆる人と人とを結ぶすべてのメディアは、情報技術の発展によって生まれたものだ。そんな中の電子計算機と情報の技術は『怪獣黙示録』という極限状況を経てより目覚ましく発展、それまで世界中で飛び交っていた人々の思想や想いをデジタルデータとして電子化することが理論上可能になった。
「ところであなた、〈ゲマトリア演算ネットワーク〉ってご存知?」
「ゲマトリア演算ネットワーク……」
わたしの問いかけにカミノ調査官はしばし考えていたが、やがて思い当たったのか「あっ!」と声を上げた。
「ゲマトリア演算ネットワーク、それ知ってます! 一昔前に流行った、宇宙怪獣キングギドラの生体組織を使ったスーパーバイオコンピュータですよね。かつてメカゴジラの電子頭脳にも使われたとかいう……」
「そう、よく御存知ね」
討伐された怪獣キングギドラの生体細胞から抽出した高次元情報素材:ゲマトリア演算結晶を用いた新しい並列型スーパーコンピュータネットワーク、それが〈ゲマトリア演算ネットワーク〉だ。
怪獣、それもキングギドラの死骸とはいえ『生物の生体組織を素材として用いる』という倫理的な問題が指摘されるようになって今では使う人も少ないけれど、発明当時は従来のコンピュータをも遥かに凌駕した天文学的計算能力が喧伝されて、様々な分野に応用されていた。
当然、民主主義的チタノザウルスにもね。
「民主主義的チタノザウルスにコンピュータを使ったんですか?」
「そうよ」
無論、チタノザウルスをコンピュータで直接制御したわけではない。民主主義的チタノザウルスが我が国の憲法に組み込まれた存在である以上迂闊に手を加えることはできないし、単にチタノザウルスを直接コンピュータ制御したのでは、普通のLTFと何も変わらない。
民意をチタノザウルスの脳内に集約して直接に民主主義を実行するという、民主主義的チタノザウルスの基本的なシステムはまったく変えていない。
「では、いったいどうやって……?」
「介入したのは『民意』の方。いわば『民意の電子化』」
「民意の、電子化?」
わたしが行なおうとしたのは国内世論のコントロール、それに向けての民意の電子化だ。
民主主義的チタノザウルスの脳内に蓄積されていた民意、その膨大なデータをすべて電子化して取り出し、ゲマトリア演算ネットワークに解析させて“特定のパターン”を取り出す。あとはそのパターンに基づいて国民が平和に安心して暮らせるような『物語』を組み立て、経済的・政治的介入によって民意を誘導してゆけばいい。
その『物語』を組み上げるのもまた、ゲマトリア演算ネットワーク上に構築された人工知能、つまりシステムだ。情報統制はたとえどれほど私意を排除しようとしても、それがヒトの手で行われるかぎりにおいては必ず恣意性が発生する。けれどシステム、それも機械に任せれば出来得るかぎりの民意を反映した最大公約数の物語を生成することが可能だ。かくして物語は『真実』となり、世界を変えてゆく。
長い時間をかけチタノザウルスの脳内に蓄積されてきた民意のビッグデータ、ゲマトリア演算ネットワークによる桁違いの計算能力、そして急速に発展した情報化技術と一般への普及、それらすべてが揃ったからこそできる離れ業だった。
「で、でも、それって……」
と、カミノ調査官は口籠った。
……この先、彼女が何を言おうとしていたのかわたしにもわかった。もし同じ立場なら、わたしもまた同じ懸念を口にしていただろうから。
カミノ調査官はしばし迷ったようだったが、やがて意を決してその『懸念』を口にした。
「それって『情報統制』じゃあないんですか?」
「…………」
彼女の言うとおりだ。国の民意を制御可能な電子情報へと変換し、機械に任せているとはいえわたしという一個人の恣意でそれらを国民に知られぬまま自在に制御する。これが『情報統制』でなくて一体何であろう。
……もちろん、わたしだって本当はこんな手段を選びたくはなかった。でも、こうしなければ国民が分裂したままになってしまう。そしてゆくゆくは分裂した民意へ付け入る形で、ゴールドスタインのような危険な独裁者が再び現れないとも限らない。
「それに、これくらいのことならこの国に限らずどこの国でも行われていることよ。マスメディアを利用した情報統制、イデオロギーの流布、そして民意のコントロール。あなたも自分の国で見たことがあるんじゃなくて?」
「そ、それは……」
わたしの言及に、カミノ調査官もバツの悪そうな顔をしていた。彼女が日系人なら母国はおそらく日本、日本はわたしの国と違って独裁国家ではなく民主主義国家だと聞いているけれど、きっと思い当たるところも多かったろう。
やがてカミノ調査官は恐る恐る訊ねた。
「……そのような状況が、何年ほど続いたんですか?」
「そうね、もう20年も続いてたかしら」
「に、20年……っ!?」
驚愕するカミノ調査官に、わたしは続けた。
「最初は、本当に上手くいくかどうか不安だったわ。なにしろ『国民の総意』なんて曖昧なものを電子的に再現し、ましてやそれを制御して現実に適用しようっていうんだもの。ゲマトリア演算ネットワークの計算力が無ければきっと実現しなかったでしょうね」
だけど一度コツを掴んでしまえば、そして倫理観から由来する心理的なハードルを乗り越えてしまえばあとは簡単だった。
民主主義的チタノザウルスの脳内に蓄積されていた民意を取り込んだ人工知能:
ゲマトリア演算ネットワークの人工知能Hydraを用いたわたしの『プロデュース』は完璧だった。国をまとめるために一定の民意が必要であれば、適切な扇動でそれらを演出したり。刺激的で決して致命的にはならない『
「そんなこと、本当に上手くいったんですか?」
「えぇ、もちろん。だからこそ、この国は安寧を保ってきた」
すべてはわたしの目論見どおり、大成功に終わった。だからこそ20年もの間、この愛すべき祖国の平和をわたしは守り抜くことができた。
たしかに、倫理的な問題があったのは否定しない。けれど、この国をまとめあげるにはもはやこの手段しかなかったし、あのまま分断を放置しておいたらいつか破綻するのは目に見えていた。人々が過ちを犯してしまったことに気付いてから後悔しても遅い。わたしの愛する祖国に、そんな結末を迎えさせるわけにはいかないのだ。
「そう、ですか……」
わたしが自らの言い分を語り終えると、それを聞いていたカミノ調査官は力無く頷いてから押し黙ってしまった。こんな民主主義の行き着く彼岸の話なんて、彼女のような若い人には少々刺激が強い話だったかもしれない。
そんな考えにわたしが思いを馳せていると、悩み込んでいたカミノ調査官が口を開いた。
「……ところで、」
これまで優秀な生徒のようにわたしの話へ耳を傾けてくれていたカミノ調査官だけれど、この瞬間から急に雰囲気が変わったようにわたしには感じられた。
これまでは飽くまでも『
カミノ調査官が気を引き締めた表情でこう訊ねる。
「そんなに上手くいっていたのに、博士はどうして『チタノザウルスを解き放ってしまった』んですか?」
……そう。この国で民主主義的チタノザウルスのシステムが正常稼働していたのは、つい先日までのこと。
かつてこの国の民主主義を司っていたはずの民主主義的チタノザウルスは、今はもうこの国にいない。理由はカミノ調査官が言ったとおり、管理者であったわたしがチタノザウルスをシステムから解放してしまったから。
カミノ調査官の問いかけにわたしは、正直に答えた。
「『
「……報せ?」
一カ月前、『ゴジラが太平洋公海上で目撃された』という一報があった。
ゴジラの太平洋出現、それ自体は決して有り得ないことではない。『怪獣黙示録』が終結して久しいとはいえゴジラそのものはなおも健在、現在は棲み処の島に築き上げられた前哨基地でモナークの監視下に置かれていた。
監視下といってもその気になったゴジラを我々人間の力で止めることなど出来やしないのだが、今のゴジラは棲み処の島から離れることもなく大人しく暮らしており、たまにモナークの管理から外れることがあってもそれは気晴らしの散歩程度のことで、太平洋をひと泳ぎして気が済んだらすぐに元の縄張りへ帰るのが通例となっていた。
しかし今回は様子が違った。
如何なる気紛れによるものか、その日海へと出たゴジラは太平洋を回遊するでもなくそのまま縄張りを大きく外れ、モナークによる制動も振り切って人間の世界へと向かってきていた。
モナークの予測に拠れば、ゴジラが真っ直ぐ向かっている予測進路は、わたしたちの国だった。
そんな状況ではあったけれど、当初わたしは事態を楽観視していた。
たしかにゴジラは迫ってきている、だけど我が国には民主主義的チタノザウルスがある。ゴジラの猛威は国民誰もが知っていること、その脅威を察した賢明な国民たちの脳波を受信したチタノザウルスがきっと防衛してくれるに違いないのだ。
我が国は最強の守護者、民主主義的チタノザウルスに守られている、だから大丈夫、わたし含め国民の誰もがそう思っていた。
ところが、いつまで経ってもチタノザウルスは出撃しようとしなかった。
最初は単に遅れているだけだと思っていた。なにしろ我が国は長いあいだ民主主義的チタノザウルスに守られてきた、いわばチタノザウルスの縄張りだ。そしてチタノザウルスは怪獣の中でもゴジラにも匹敵する強豪怪獣、そんなチタノザウルスの縄張りに手を出そうなどという酔狂な怪獣もそうはいなかったから、国民たちもちょっと平和ボケしてしまっているのだろう、そんなふうにも思った。
だけどそんな日々が二日、三日、一週間と過ぎてゆく中でわたしの楽観は不安へと変わっていった。
ゴジラ上陸の機運が近づきつつあるというのに、民主主義的チタノザウルスは一向に動こうとしない。何かシステムの不具合か、もしくはチタノザウルスの健康上の問題によるものか? けれどいくらシステムをチェックし、チタノザウルスの体調を検査してみても原因と思しきエラーや体調不良を見つけることは出来なかった。
国連配下の対怪獣実働部隊:Gフォースが配したモゲラやメーサー隊の防衛線もあっさり突破され、もはや我が国へのゴジラ上陸が避けられないものとなった前日、民主主義的チタノザウルスはようやく動き出した。
しかし民主主義的チタノザウルスが向かった先はゴジラがいる海ではなく、むしろ真逆の内陸の方だった。
「ぎゃあー、助けてくれえ!!」
民主主義的チタノザウルスが今回狙ったのは汚職政治家。かの汚職政治家は選挙法の隙間を突いた脱法行為で世間を賑わせており、たしかに法律違反は犯していないが倫理的な問題がある上に、それを居直った不遜な態度もあって周囲からの批判を集めていた。
たしかに汚職政治家は許せないし、脱法行為は司法で裁けない。そんな卑劣な悪党は遅かれ早かれ、いずれは民主主義的チタノザウルスの処刑を受けることになっていただろう。
けれど、今ではない。ゴジラが迫ってきているこの状況で優先するべきことではないはずだ。ままならぬ民主主義的チタノザウルス、その制御コンソールに縋りつきながらわたしは慟哭した。
「ゆけ、チタノザウルス! ゆけ! どうしたの!? チタノザウルス、チタノザウルス!!」
今こそまさに危機が迫っているというのに。国民たちはその危機を察知しているはずなのに。システムは完璧に動いているはずなのに!
「なのにどうして動かないのッ……!?」
そのとき不意に、民主主義的チタノザウルスの制御コンソール画面にポップアップが立ち上がった。GUIではなくコマンドラインの真っ黒なプロンプト画面、そこに一行のメッセージが表示される。
……
わたし:Keiの問いかけに対し、Hydraの回答はすぐに返ってきた。
人工知能の中の人? それって
お報せ?
ハイドラからのお報せ、それはつまりこの国へ上陸しようとしているゴジラと、その土壇場で動作不良を起こしたチタノザウルスに関する情報ということだろうか。
あまりにも気がかりなその言葉へ誘われるように、わたしは震える指でコンソールに文字を打ち込み……
「ちょ、ちょっと待ってください!」
と、ここでカミノ調査官はわたしの話を遮った。
なにかしら。聞き返すわたしの言葉へと食い気味に、カミノ調査官は大きくズレた眼鏡の位置を整えながら尋ねた。
「今、なんて仰られました? 『何が』語りかけてきたって? いくらゲマトリア演算ネットワーク上の人工知能とはいえHydraは本来決められた動作しかできないエキスパートシステム、つまりはただの機械ですよね? それが勝手にこちらへ対話型通信してくるなんて……!」
……やはり、そういう反応になるか。予想通りとはいえ内心溜息をつきつつ、わたしは答えた。
「狂ったマッドサイエンティストのたわごとか何かだと思うのは構わないけれど、実際に起こったことよ。通信のログも残っているからあとで参照してもらっても構わないわ」
「は、はあ……?」
とはいえ、カミノ調査官が戸惑うのも無理はない。そう、彼女の言うとおり本来のHydraは人工知能とはいえただのシステム、プログラムだ。それがまるで意思を持っているかのように語り掛けてくるなんて、当事者でさえなければわたしだって作り話のオカルトか怪談としか思えなかったろう。
あまりにも突拍子もない話を語り出したわたしにカミノ調査官も面食らった様子だったけれど、すぐに平静さを取り戻して言った。
「……すみません、話の腰を折ってしまって。話を続けてください、博士」
「ええ、ハイドラとわたしの対話まで話を戻させてもらうわね」
あのときコンソール越しに通信を投げかけてきたハイドラへ、わたしはこう訊ねた。
その質問に対するハイドラの答えは、わたしが思いもよらないものだった。
この国終了のお報せ、ですって!?
ゴジラ襲撃が迫る中、冗談だとしてもあまりに
なんですって。まさかチタノザウルスがゴジラ迎撃に向かわないのは、ハイドラが原因ということなのだろうか。
そう問い詰めようとするわたしだけれど、ハイドラはそれに先回りしたかのように「我々は何もしちゃあいないよw」と答えた。
馬鹿な、そんなはずは。
愕然とするわたしに対し、ハイドラからのメッセージは続く。
衆愚政治に陥っている、と言いたいのだろうか。
ハイドラの指摘をわたしは否定したかったけれど、一方でそれが正しいのだろうことも理解していた。もしこのハイドラ自身の言うとおり今送られているメッセージが人工知能Hydraの意思そのものなのだとすれば、今奴らが言っていることこそがまさに我が国の国民の意思を取りまとめた総意に他ならない。
ハイドラは語り続ける。
わたしが、この国を?
わたしが問いを打ち込むとハイドラは「そうさ」と答える。
さらにハイドラは続ける。
ふ、ふざけるなっ!
あまりに馬鹿にした態度で、わたしは怒りのあまり思わずコンソールを殴りつけてしまう。
そして怒りの勢いそのままに、わたしはプロンプト画面へ返信を入力した。
なけなしの矜持を奮い立たせ、わたしがハイドラに突き付けたのは断罪の言葉。
けれど、返ってきたのはハイドラの小馬鹿にしたような返答だけだった。
なんですって?
戸惑うばかりのわたしをハイドラは「実に愚かで草www」となおも嘲笑う。
さらにハイドラは自慢気に語り続ける。
そんな、嘘だ、なんてこと……。
否定しようとするわたしを、ハイドラは画面いっぱいに
そんな、この国を、わたしたちを見捨てるつもりか。
そしてハイドラとの通信は途絶え、そこにはただ茫然と立ち尽くすだけのわたし一人が残される。
「…………」
わたしはふと顔を上げ、窓の外を見た。
そこに広がっていたのは、かつて幼少期に見たのと同じ雲一つない穏やかな青空だった。きっと明日も明後日も同じ空が続いてゆく。この国の人たちは、そんな平穏な毎日がいつまでもずっと続いてくれると信じてくれている。
けれど実際は、ゴジラの猛威が刻一刻と着実に迫ってきている。たとえ人工知能やシステムさえもが匙を投げてしまったとしても、わたしだけはこの国を見捨てて諦めるわけにはいかない。
……そうよね、御父様。
だからこそ、わたしは、
「……それからの顛末は、あなたも知っての通りよ」
追い詰められたわたしは民主主義的チタノザウルスの管制システムを破壊、怪獣チタノザウルスを自由の身にした。
国のシステムから解放された民主主義的チタノザウルスはその闘争本能に従ってゴジラを迎撃、数日に渡る苛烈な水中戦の末にゴジラの上陸を阻止することに成功した。
結果的に我が国はゴジラの猛威からは救われた。もしもチタノザウルスが戦ってくれなかったら、ゴジラは間違いなくこの国を徹底的に蹂躙していた。そしてゴジラがもたらす破壊と放射能汚染、この国は取り返しのつかない深い傷を負うことになっていただろう。
けれど、それと引き換えに、チタノザウルスはこの国そのものへと牙を剥くことになった。
本来ならば大人しい性格とされるチタノザウルスの暴虐。それは、長きに渡って自分を縛り付けてきたこの国に対する彼女なりの『復讐』だったのかもしれない。
国防さえもチタノザウルスに委ね切っていたこの国に、野生を取り戻して暴れ始めたチタノザウルスを止める術は無かった。Gフォースとモナークの迅速な支援のおかげもあって怪我人が多少出ただけで死者は出なかったものの、支えとなる民主主義的チタノザウルスのシステムを失ってしまったこの国は今大混乱に陥っている。
そしてそれらすべてを引き起こした元凶はこのわたし。
ゲマトリア演算ネットワークの人工知能:Hydraによる情報統制は今もなお健在だ。世間ではきっと『狂ったマッドサイエンティストの凶行』ということになっているのだろう。Hydraが言っていたとおり、この国の人たちはいつだってわかりやすい『物語』と『国民の敵』が好きだから。
「わたしは今こうして『国民の敵』として断罪され、この拘置所で刑の執行を待つ身の上。カミノ=メイさん、あなたはわたしが処刑される前に特命調査官として事実関係を調査しに来た、ということでしょう?」
わたしの締め括りの言葉に、カミノ調査官はおもむろに頷いていた。
……この国で破壊のかぎりを尽くしたチタノザウルスはその後、外海に出て追跡を振り切り完全に行方を晦ましてしまった。ここまでくればもはや我が国だけの問題では収まらない、ともすれば『怪獣黙示録』の再来にもなりかねない極めて重大な国際問題だ。だからこそ国際機関のモナークまでもが出張る状況になってしまったのだろう。
自らの物語を語り終えたわたしに、カミノ調査官は問いかける。
「……後悔はしてない、ですか?」
……後悔、か。その質問に、わたしは正直に答えた。
「この国を何年も欺いて謀り、しかもその挙句に怪獣を解き放って重大な被害をもたらした。そんなわたしこそまさに『国民の敵』でしょう? だからこうして断罪されるのだとしても素直に受け容れるつもり」
だけどね、カミノさん。
「だけど後悔はしていない。たとえ短い間だけだったかもしれないけれど、それでもこの国の平和を守ることが出来た。多大な犠牲は払ったけれど、それでもゴジラ上陸という取り返しのつかない破局だけは何としても避けることが出来た。たとえそれで背負いきれない咎を負うことになったとしても、それだけでわたしは充分よ」
そう答えたわたしに、カミノ調査官は「そう、ですか……」と頷いてから真剣な表情で黙考を始めた。
今、若いカミノ調査官の脳裏に過ぎっているものは一体何だろうか。祖国を守るため、その妄執で狂気へと陥り凶行に走ったマッドサイエンティストに対する恐怖か、嫌悪か、それとも憐みだろうか。
そんなわたしの思考を他所に、カミノ調査官はしばらく考え込んでから再び口を開いた。
「……たしかにあなたの言うとおりです、博士。あなたはこの国の人たちをあまりにも長いこと騙し続けて、そして取り返しのつかないほどに堕落させてしまった。それはきっと本物の民主主義を愚弄した、本当に罪深いことなんでしょうね」
そうよ。だからわたしは。
そう応えようとしたわたしを「だけど、それでも」とカミノ調査官は遮った。
「そこまでしてでも博士、あなたはこの国を守りたかった、この国を愛していた。虚構と欺瞞だらけの国だったのだとしても、博士のその気持ちだけは本物だったんだと思います」
「…………。」
カミノ調査官の言葉に、わたしは何も答えられなかった。
ところで、とカミノ調査官はこんなことを言い出した。
「この国へ来る前、モナークの国際法務部に依頼してこの国の法律を一通り調べてもらいました。この国の法律では、かなり前から人間による死刑が廃止されているようですね」
……いきなり何を言っているんだろう。わたしは怪訝に思った。
死刑に関しては、たしかにカミノ調査官の言うとおりである。民主主義的チタノザウルスによる処刑が運用されるようになった結果、死刑は民主主義的チタノザウルスによって『国民の敵』と見なされた者のみに限られることとなり、人の手による死刑は廃止となっている。
だけどそれがどうしたというのだろう。意図を掴みかねているわたしに、カミノ調査官は「ということはつまり、ですよ」と言った。
「この国があなたを『国民の敵』として裁くというのなら、それは民主主義的チタノザウルスによるものにならないといけないわけですね。だけどそのチタノザウルスがいなくなってしまった以上、
……!
「博士、あなたは御自身のことを『裁かれて当然』とでも思っていらっしゃるようですけれど、わたしに言わせればそれは違いますよ。この国の人たちと人工知能Hydraは、あなたを『狂ったマッドサイエンティスト』として断罪することでこの混乱を収めようとしているみたいですけど、それじゃあ何の解決にもなってないし、傍から見ればそんなのはただのヒステリー、八つ当たりのリンチです。そんなの許されていいはずがありません」
……ふふっ。
「あなた、面白いことを考えるのね。まったく屁理屈も良いところだわ」
あまりにも強引なロジックで思わず笑ってしまったわたしだけれど、カミノ調査官は「屁理屈も理屈の親戚ですよ」と悪戯っぽく笑み返した。
「それにこの国は怪獣災害で深刻な被害を受けたばかり、今ここで必要なのは早急な事態収拾で、気の毒な科学者ひとりを血祭りに上げて鬱憤を晴らすことなんかじゃない。そしてなにより博士、長年チタノザウルスを見守り続けてきたあなたの知見がなければ、逃げ出してしまったチタノザウルスを追跡するのは不可能です」
そしてカミノ調査官は、最初の挨拶と同様ぺこりと丁重に頭を下げた。
「博士、どうかわたしたちモナークに力を貸していただけないでしょうか。この窮地を収めるには博士、あなたのお力が必要です。どうしても裁きを受けなければ気が済まないのだとしても、それはすべてが収まってからでも遅くないのではありませんか?」
……なるほど、それが本当の狙いというわけね。わたしは目の前の彼女、カミノ=メイが『切れ者』『やり手』と評される本当の理由をようやく理解できた気がした。
だからわたしはこう答えた。
「……負けたわ、カミノ調査官。その取引、乗ってあげる」
そうやって微笑むわたしにカミノ調査官は「えっ、あ、ありがとうございます、博士!」と満面の笑顔を浮かべた。
……お礼を言う直前、カミノ調査官は虚を突かれたような顔をしていたのだけれど、自分で提案しておいてその提案が素直に呑まれることは考えていなかったのかしら。さっきは凄腕なのかと思ったけれど前言撤回、やっぱりこの人は天然ボケなのかもしれない。
そうと決まれば、とカミノ調査官は話を切り替えた。
「モナークの国際法務部に連絡しなくちゃ、ですね。モナークって変な人多いですけど得意ジャンルは滅法強いですから、きっと頼りになりますよ」
そうか、それは頼もしいわね。そうやってわたしとカミノ調査官が笑み合いながら“密約”を交わした、まさにそのときである。
耳障りな警報が鳴り響いた。
「な、なんでしょう、この警報音……!?」
「これは、まさか……!?」
カミノ調査官が戸惑う一方、わたしはこの音の種類に聞き覚えがあった。これはただの警報ではない、それも怪獣が出現した旨を示すものだ。
同時に、カミノ調査官の携帯情報端末からバイブレーションの振動音が響く。あ、すみません、とカミノ調査官は懐で震える携帯端末をすぐさま取り出し、届いていた通知を確認して目を丸くした。
「た、大変です、博士! チタノザウルスが見つかったそうです! もうこの国の沿岸に上陸して、この拘置所に向かってきているって!」
チタノザウルスが?
あまりの急展開にわたしは動転するしかない一方、カミノ調査官は流石に荒事にも手慣れているようだった。わたしに掛けられていた手錠を即座に外すと、カミノ調査官はわたしの手を取って立ち上がった。
「さあ行きましょう、博士!」
そしてわたしたちは接見室を出て拘置所からの脱出を目指した、のだけれど。
「……ひ、人が多い……!?」
突然のチタノザウルス襲来で、拘置所内は混乱の
一刻も早く逃げ出したい、けれどこの場にいる人間誰もがそう。だから誰もが入口に殺到してしまい、入口から先になかなか出られない。
……だからこそチャンスだった。
わたしは、わたしの腕を掴んでいたカミノ調査官の手を振り払い、ひとり駆け出した。
「あ、ちょっと、博士!?」
振り切られたカミノ調査官も慌ててわたしを追おうとしたけれど、すぐさま押し寄せてきた人の波に阻まれてそのまま押し流されて行ってしまった。
そんな人混みを巧みにすり抜けながら、わたしはひとり拘置所の階段を上がっていった。
人混みを搔き分けながら階段を登り切りようやく屋上へと到達した頃、再来した怪獣チタノザウルスはちょうど拘置所から見える位置にまで迫っていた。わたしを狙っていた、ということではないだろう。単にたまさか偶然、方向とタイミングが噛み合っただけのことだと思う。
どしーん、どしーん。チタノザウルスは重い足音を響かせながら近づいてきて、やがて拘置所の前で立ち止まった。
目を惹く鮮やかな赤を中心としたカラフルな体色。頭頂部や背中、尻尾など体の各部に生え揃った見事な鰭。そして長い首の頂点に備わった、鋭い目つきをした顔。
わたしは、眼前に聳え立つチタノザウルスを見上げながらぽつりとこんなことを思った。
……なんて大きいんだろう。
チタノザウルス、
チタノザウルスは今、どんなことを考えているのだろう。
思えば、チタノザウルスにも可哀想なことをしてきた。皆の意思を実現する民主主義的チタノザウルス、だがそのために彼女自身の意思はコントロールの下におかれ、常に蔑ろにされてきた。皆の願いを叶えるために自分の意思を幽閉されてきたチタノザウルス、この国で一番自由であるべきだったのに、一番不自由だったのは誰よりも彼よりもこのチタノザウルス自身だったのだ。
その程度のことに思い至るまでこんな遠回りをするなんて、わたしたちはなんて愚かだったのだろう。そういえばわたしの犯した罪について『この国の人間には裁けない、裁けるとしたらチタノザウルスだけ』とカミノ調査官は言っていたけれど、まさしくそのとおりだ。他の誰でもない、チタノザウルスにこそわたしを裁く権利がある。
そんなことを考えるちっぽけなわたしを、巨大怪獣チタノザウルスはじっと見下ろしている。
一人と一匹、わたしとチタノザウルス。両者が向き合ったちょうどそのときだった。
――ドンドンッ! ガンガンッ!
「博士、いるんですよねっ! 開けてください!」
そうやって扉を叩きながら呼び掛けてくれた声の主は、カミノ調査官だった。人混みに紛れていなくなってしまったわたしの後を追い、危険も顧みず助けに来てくれたのだろう。
……だけどごめんなさいね、カミノさん。
「何してるんですっ、早く避難を!」
扉を激しく叩きながら懸命に呼びかけてくれるカミノ調査官を、わたしは敢えて無視した。
屋上の扉にはつっかえ棒をしてある。それでも開けようとするなら扉をぶち壊すしかないが、そんな時間的余裕はもう無い。
「博士、博士ェーッ!!」
カミノ調査官の声を尻目にチタノザウルスへと向き直ると、チタノザウルスは象のような甲高い咆哮を挙げながら、その逞しい剛腕を思い切り振り上げていた。
チタノザウルスはわたしごとこの拘置所を破壊するつもりだ。わたしは末期の言葉を呟いた。
「……さよなら、わたしの大好きな祖国」
そしてどうかこれからも、あなたたちが幸福でありますように。
わたしが瞳を閉じた直後、チタノザウルスの巨大な握り拳が拘置所の建屋へと振り下ろされて、わたしの立つ屋上を打ち砕いた。
足場を突き崩され、刹那の浮遊感を味わいながら、わたしはひとり崩れ落ちる瓦礫の中へと墜ちていった。
最初からこっちに投稿すればよかったなって思い直したのでこっちに載せます。Hydraの正体は「キングギドラが勝つ話」を参照のこと。
怪獣紹介
・チタノザウルス
身長:60メートル
体重:2万トン
異名:巨神の爬虫類、古代海棲恐龍
主な技:噛みつき投げ、尻尾での風起こし
ゴジラ、キングギドラ、モスラと来ていきなりコイツかよ感のあるマイナー怪獣。
『メカゴジラの逆襲』においてアンチ・ゴジラとして登場したっきりで再登場に恵まれない不遇なヤツですが、個人的には好きな一体でいつか彼女(彼女であることすら忘れられがち)を主役にした話を書きたいと思ってました。
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