南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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『ゼルダの伝説ムジュラの仮面』の序盤、デクナッツ・リンクに性的興奮を覚えた記憶を思い出しながら書きました。あいつ、エロいよね。たまたま64のポリゴンで、しかも木偶人形みたいなデザインだから許されてますけど、もうちょっとリアル寄りだったら完全に犯罪級のエロさですよ。


ビオランティアンの到来 1話:蒼の黙示録

 木漏れ日が差し込む密林の奥地で、わたしは“彼女”と出会った。

 ツンと尖った長い耳。シミ一つない滑らかで透き通りそうなもちもちの肌。磨かれた宝石よりも澄み切った色鮮やかで円らな瞳。そして何より、この世ならざる幻想的な、その可愛らしい美貌。

 若い頃に愛読したファンタジー、そこに出てくる妖精エルフをそのまま現実にしたかのような姿。

 

「……おじさんたち、だあれ?」

 

 妖精エルフの幼女――ビオランテはそう言って小首をかしげたのだった。

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

 今回の調査依頼を受けたとき、わたしはある映画のことを思い出した。

 映画の題名は『地獄の黙示録(Apocalypse Now)』。1979年公開のアメリカ映画で、監督はフランシス=フォード・コッポラ。ベトナム戦争を背景に、戦場の異常な環境で壊れ果ててゆく兵士たちの姿を通して人間のおぞましい狂気を描いた、戦争映画の傑作である。

 『地獄の黙示録』において映画の主人公:ウィラード大尉は、ベトナム戦争の混乱に乗じて自分の王国を築き上げたカーツ大佐を暗殺するために、若い兵士たちを連れてベトナムのジャングルを抜け、カンボジアの奥地へと向かう。

 今回もそれと同じだ。暴走して組織を私物化した人物を探すために、これからわたしたちはジャングルに入る。

 

 とはいえ、何から何まで同じかというとそうでもない。まず、わたしの今回の依頼主は軍隊ではなく大手バイオメジャー:エイペックス社である。エイペックス社の母体はアメリカ合衆国ペンサコーラに本拠地を置く多国籍企業、今日の夕飯から紛争地域の軍事まで幅広く手掛けるいわゆる“軍産複合体”という奴で、その内の化学・医薬品部門がエイペックス・バイオメジャー・コーポレーションだ。

 軍ではないのだから当然、探す人物もカーツ大佐のような軍人ではない。男の名はゲンイチロウ=シラガミ、エイペックス社のバイオテクノロジー部門主任研究員だった人物だ。

 “ゲンイチロウ=シラガミは、バイオテクノロジーに関して地球人類がもっとも誇るべき科学者の一人だ。”

 わたしに接触してきたエイペックス社の担当者は、シラガミという人物についてそう語った。実際、わたしのような怪獣研究界隈の末席を汚す学者の端くれですら、Dr.(ドクター)シラガミの名前くらいは聞いたことがある。シラガミは、ゴジラ細胞から取り出した因子を用いて、放射性物質を無力化する新種の極限環境微生物〈抗核エネルギー・バクテリア〉を開発、ゴジラが世界中に撒き散らした放射能汚染の除染に大きな貢献を果たした人物だとされている。

 

 そのシラガミが、精神に“異常”をきたしたのだという。

 一年ほど前、中南米の小国バル・ベルデで進められていた『あるプロジェクト』のため、Dr.シラガミはジャングルの奥地にあるエイペックス社の拠点に赴任したのだが、研究を始めてから数ヵ月後、エイペックス本社とトラブル(エイペックス社の言い分によると「研究を続けるうちに、シラガミの手法や思考が次第に()()()になっていった」らしい)を起こした末に連絡すら覚束なくなり、ついには完全に途絶。バル・ベルデが東西冷戦の影響を今もなお引き摺っている政情不安にあることや、またシラガミが任されていた拠点には重要な“資産”があることもあって、エイペックス社としても対応を協議した末に、とうとう人員を直接送り込んで実力行使でシラガミを連れ戻すことに決めたのだという。

 

 しかし中南米のバル・ベルデといえば、冷戦期から今なお続く政府とゲリラによる激烈な内戦の真っ只中であり、同時に野生の怪獣が多数生息している未開のジャングル地帯があることでも有名だ。冷戦期、政府要人救出とゲリラ殲滅のため送り込まれた百戦錬磨の特殊部隊(コマンドー)が、透明になる正体不明の肉食怪獣(プレデター)――詳細は明らかでないが宇宙生物とも言われている――に遭遇、隊長一人を残して皆殺しの憂き目に遭ったという、真偽不明の都市伝説もある。

 透明怪獣の都市伝説はともかくとして、怪獣が巣食うバル・ベルデのジャングルへ赴くなら怪獣の専門家が必要だ。そこで、怪獣を専攻している某三流大学教授のわたしに同行依頼の声がかかった、というわけである。

 

 ……どうみても裏がある。そう思った。

 まず目的からして胡散臭いと言わざるを得ない。Dr.シラガミが手掛けていたという『あるプロジェクト』や、バル・ベルデの拠点にあるという『資産』の詳細についてすらわたしには明かされていないし(連中の言わんとすることを要約すると『おまえは怪獣の専門家なのだから怪獣のことだけやってくれればそれでいい、余計なことに首を突っ込むな』とのことであった)、一応“連れ戻す”ことを目的としているのだけれど、わたしがガイドする連中がエイペックス社の警備部門、つまり傭兵部隊である時点で、Dr.シラガミの抹殺も視野には入っているのだろう。

 好奇心は猫をも殺す、一歩間違えればわたし自身も命の危険があるかもしれない。

 

 とはいえ、エイペックス社が掲示した高額の報酬はなかなかどうして魅力的なものだった。人類にとって目下最大の脅威であった怪獣ゴジラが退治されてから久しい昨今、怪獣の研究を専攻としていたわたしの研究室は研究費が大幅に削減され、今や存続の危機に立たされていた。身も蓋もなく言えば、金に困っているのだ、わたしは。

 それに今回の調査地域は、内戦の絶えないバル・ベルデではあるものの紛争地域の激戦区からも遠く外れた離れ小島であり、『紛争に巻き込まれる心配は無い』というエイペックス社の言い分は確かであるように思えた。さらに言えば、バル・ベルデは内戦が激しく往来が制限されやすい反面、上述のとおり野生怪獣研究における最後のフロンティアのひとつでもあって、バル・ベルデ行きのチケット、それもプロの傭兵たちによる護衛付きともなれば怪獣研究者界隈においてはまさに垂涎の的であろう。もしバル・ベルデで新種の怪獣でも発見できればとてつもない成果になるし、そうでなくとも何かしら得られるものはあるはず。そんな野心や下心も、わたしの中では多少あった。

 そんなわけでわたしは、バル・ベルデのジャングルへと飛んだのである。

 

「……先生、先生!」

 

 回想に耽っていたわたしは、声をかけられて現実へと引き戻された。

 呼びかけたのはわたしの助手。経営の傾いた貧乏研究室に最後まで残ってくれた勤勉で真面目なゼミ生であり、今回のバル・ベルデ行きにも同行してくれた勇敢な女学生である。

 彼女のバル・ベルデ行きに関して、わたしは反対した。いくらわたしの助手だからと言って、何も危険な紛争地域にまでついてくることはない。そう諭したのだが、助手は「いや行きます。なんてったって助手ですから!」と言い張って聞かなかった。親御さんから説得してもらおうにも助手は実家と不仲らしく、問い合わせても「勝手にさせてやってください」というような木で鼻を括った回答だけが帰ってくる始末で、結局なし崩し的に連れてくることになってしまった。

 その助手が、耳をつんざかれそうなほどに激しい、ヘリのローター音に負けじと大声でわたしに言った。

 

「先生、そろそろです。準備を!」

 

 お、そうだったか。

 ヘリの窓から外を眺めてみると、広がる視界は一面の緑、ジャングルであった。ここがバル・ベルデのジャングルか。果たして一体、どんな怪獣と出会えるだろうか。

 これから待ち受けているであろう未知の怪獣たち、生物たちとの出会い。表面上は取り繕いながらもわたしが期待に胸を膨らませていると、「おい」と肩を叩かれた。

 叩いたのは壮年の男性、エイペックス社から派遣されてきた傭兵たちの隊長を勤めている人物で、平均的成人男性であるわたしよりも上背があり、百戦錬磨のベテラン戦士という風格がある。その隊長が、わたしに言った。

 

「感慨に耽るのはあとにしろ。見ろ、おいでなすったぞ怪獣どもが」

 

 そう差されて海岸線の方を見てみると、なるほど、身長10メートル程度の小型怪獣の姿が見えた。名前を〈ガバラ〉、ガマガエルの変異種と言われる、熱帯雨林を縄張りとしている怪獣だ。

 そのガバラがジャングルに接近するヘリを察知し、迎撃しにやってきていた。ジャングル全体に響いているヘリのローター音は相当のものだ、たとえガバラのような怪獣でなくとも聞こえていただろう。

 数は数頭、両手で数える程度。ガバラは単体であればさほどの脅威ではないとされているのだが性質は陰険にして獰猛残忍、一頭だけならともかく、数頭も相手だといくらこちらが訓練された傭兵部隊と言えども流石に手を焼くことになるだろう。

 そんな状況をわたしたちに見せつけた上で、傭兵部隊の隊長は告げた。

 

「ほら先生、アンタらの出番だ」

 

 言われたわたしもすぐに動いた。持参したケースを開封、中の機材を展開しながらわたしは助手へ訊ねた。

 

「他のヘリはどうだ」

 

 無線で確認し、連携を取りながら助手が応える。

 

「アルファ、ブラボー、チャーリー、いずれも既に準備は完了しています」

「わかった」

 

 わたしも窓から様子をちらりと窺う。助手の説明のとおり、他のヘリはすべて『特大サイズのスピーカー』をジャングルに向けたままその場で滞空していた。

 あとはわたしが管理端末から『コード』を送信するだけだ。わたしは端末を起動し、『コード』を送信する。

 四機のヘリ。

 備え付けられたスピーカーから、爆音が轟いた。

 ヘリのローター音がやかましい機内ですら、震動が響いてくるほどの音量。空間そのものさえも歪むかのような大音声(だいおんじょう)。ヘリの中のわたしたちですら思わずたじろぐ中、ジャングルの様子を窺っていた傭兵の一人がこんなことを呟いていた。

 

「すげえ、怪獣どもが逃げてゆく……」

 

 わたしもジャングルの方を見渡してみると、果たしてその言葉のとおり、鳥は一斉に飛び立ち、集まってきていたガバラたちもまた一斉にヘリへ背を向け、森の中へと死に物狂いで退散してゆく様子が見えた。ヘリから流した音に反応し、怯えて逃げ出しているのだ。

 共に様子を見ていた助手が歓声を上げた。

 

「やりましたね、先生!」

 

 喜ぶ助手に、わたしは「ああ」と力強く頷いた。

 今回導入したのは〈オルカ=システム〉と呼ばれる、ある大学の研究室で開発された対怪獣音響システムである。

 オルカ=システムは本来、怪獣の生態音を利用したコミュニケーションを目的として開発が進められていた。現状の研究段階ではコミュニケーションと呼べるまでの域に達しておらず、せいぜい怪獣を誘き寄せるか、逆に追い払うか程度のことしか出来ないのだが、今回の目的であればそれで充分だ。

 今回オルカ=システムの音源素材として使用したのは、ゴジラの生体音だった。ゴジラの雄叫び、顎動音、唸り声、それらを合成して作った人工の威嚇音を周囲に流し、雑魚怪獣を追い払う。よく山林に近い農家が野犬や熊を追い払うために動物の鳴き声を大音量で流したりすることがあるが、あれと理屈は同じだ。ゴジラの鳴き声、それも威嚇する咆哮が響いていれば、怪獣と言えども寄りつくことはあるまい。

 オルカ=システムそのものではないが、威嚇用として怪獣の鳴き声を流すシステムは往年のメカゴジラにも搭載されていた、と聞いたことがある。よくメカゴジラが“鳴く”必要性について素人から指摘されることがあるが、このオルカ=システムの威力を見れば納得できるだろう。

 

 わたしたちが喜びあっていると、んんっ、と咳払いの音がした。振り返ってみると、傭兵隊長が眉根を寄せた不審な目つきでわたしたちを見ている。周りを見渡せば、オルカ=システムの成功を喜んでいるのはわたしと助手だけで、傭兵たちは皆一様に不愉快そうに顔をしかめている。

 浮世離れした象牙の塔の住人たちが、おかしなオモチャを使ってゴジラの鳴き声を流して、年甲斐もなくはしゃいでいる。そんな風に見えたのかもしれない。そのことにようやく思い至り、わたしは恥ずかしくなった。

 

 出迎えの怪獣どもを追い払い、ジャングルに降下したわたしたちは現地の案内人と合流。不意の怪獣接近を警戒しつつ、わたしたちは森の中を進んでいった。

 

 

 

 

 

 それから数時間後、わたしと助手は二人でジャングルを歩いていた。

 別に傭兵たちと別行動をとるつもりはなかった、予定外の行動、アクシデント。何が起こったのかというと単純で、傭兵たちと共にジャングルを行軍中に怪獣どもの襲撃に遭ってはぐれてしまったのである。

 ジャングルの木々を掻き分けて飛び込んできたのは、ガバラの群れ。先の降下時に追い払ったはずのガバラたちが、逆襲にやってきたのだ。

 再度オルカ=システムを展開して追い払おうとしたが、今度ばかりは通用しなかった。見通しの悪い森の中で繰り広げられた傭兵たちによる激しい銃撃戦、戦闘に関しては素人のわたしと助手は、乱戦から身を守って逃げ惑うのに精一杯で、無我夢中で逃げ回ることしか出来なかった。

 おかげで、傭兵たちと逸れてしまった。衛星電話で通信しようにも、ノイズがひどくて会話にならず、GPSでお互いの位置を確認することも叶わなかった。近くに強烈な電波の発信源があるらしい。

 頭上を見上げれば、緑が鬱蒼と広がり、その隙間から木漏れ日が差し込んでいる。まさに蒼の黙示録だ。そういえば、バル・ベルデとはスペイン語で『緑の谷』を表す名前であるが、バル・ベルデはまさにその名のとおりジャングルの多い山岳帯が多い国である。こんな未開のジャングルであてどなく彷徨えば間違いなく野垂れ死に、でなければ先に襲撃してきたガバラのような狂暴な怪獣の餌食にされてしまうだろう。

 

 とはいえ、わたしはさほど慌ててはいなかった。

 はぐれた当初は少々冷や汗をかいてしまったが、ジャングルでのフィールドワークは慣れているし、クロスベアリングで大まかな現在位置と進むべき方角は特定できた。それにわたしたちと傭兵たちで向かう先は同じ、エイペックス社のバイオ研究所を目指しておけば、いずれ合流できるだろう。 

 そんな判断から、わたしは助手と共に研究所を目指してジャングルを進むことにした。

 

 ……しかし、徒歩だとこんなにも距離があったのか。熱帯の蒸し暑い空気と強い日差しに燻られ、額に滲んだ汗をタオルでぬぐう。

 時間は刻一刻と進んでいるのに、わたしたちの歩みは遅々として進まなかった。地図を確認しているかぎりでは間違いなく進んでいるはずなのだが、一面ジャングルで似たような風景が延々と続いているのもあって、一向に目的地へ近づいている気がしない。

 かといって愚図愚図はしていられない。まだ空は明るく青いものの、日は傾きかけており、このままだと直に日没を迎えて夜になる。テントや食料など野営の装備は一応持参しているが、怪獣の徘徊しているジャングルで寝泊まりするとなるとやはり心許ないし、せめて夜までには屋根のある場所、出来ればエイペックス社の研究所にまで辿り着きたいところである。

 ……最悪わたし一人ならどうとでもなればよい。だが、今回は助手がいる。大事な教え子一人の生命を預かっているのだ、年長のわたしがしっかりしなくては。

 果てしないジャングルを歩き続けていたところ、不意に助手が素っ頓狂な大きな声を上げた。

 

「先生! あそこ、研究施設ですよね!?」

 

 そう助手が指差している先には、ジャングルには似つかわしくない、コンクリートで造成された地盤に立つ四角四面の建造物が見えた。看板には、華々しい筆致と色彩で描かれた派手なエイペックス社のロゴが入っている。見覚えのあるデザイン、出発前にエイペックス社担当者から渡された資料写真で見たのと“ほぼ”同じ光景だ。

 なんという幸運だろう、護衛の傭兵たちと逸れてしまったわたしたちは、期せずして目的地の研究所へ辿り着いてしまったのである。傭兵たちの姿は見当たらないので、どうやらわたしたちの方が先に到着したらしい。少なくともこれで森の中での野宿は避けられる。

 とはいえ無邪気に喜んではいられないことに、わたしたちはすぐに気づいた。助手が顔をしかめてぼやいた。

 

「すごいコケとツタですねぇ」

 

 『資料写真で見たのと“ほぼ”同じ光景』と先述した。“ほぼ”と述べたのは、まるで緑のカバーを被せたかのように建物中をコケやツタが隙間なくびっしりと覆い尽くしていたからである。

 Dr.シラガミとエイペックス本社の連絡が不通になったのは1年前だったというが、人間の建物というのは1年でここまで荒れ果てるものなのだろうか。むしろ数年単位で野晒しにされていたと言われた方がよほど納得がいくというものである。

 アジア原産の侵略的外来種として有名な(くず)というツタ植物は生育がとても早いといわれているが、このツタやコケはそれらに近い種類なのだろうか。だとしても扉や窓がどこなのかもわからぬほどにはなるまい。

 覆っているツタを掻き分けてようやく出入り口を探り出し、拾った棒切れで突いてみると、ドアはすんなりと開いた。鍵は掛かっておらず、長いあいだ開け放たれたままになっていたらしい。

 助手が振り返り、わたしに訊ねた。

 

「……どうします?」

「どうします、と言われても」

 

 入るしかなかろう。わたしは助手に先んじて施設の中へと入った。助手も意を決した様子で後に続いた。

 施設の中は、ひどく荒れ果てていた。

 屋内だというのに水浸しで、しかも床が酷くぬかるんでいた。たしか今のバル・ベルデは雨季、わたしたちが到着する数日前からスコールに降られていたはずだ。その雨水が溜まり、さらに泥水も流れ込んでいたのだろう。また電気は不通になっているのか、電灯のスイッチがあったが押しても点かなかった。

 

「おーい、誰か!」

 

 辺りを窺いながら声を掛けてみたが、返事はなかった。仄暗さの中で、わたしの声の反響と、ぴちゃぴちゃと水の撥ねる音だけが響いている。

 

「……誰もいませんね」

 

 助手の言うとおり、研究所内は無人、わたしたちを除いて誰もいないようだった。Dr.シラガミはもちろんのこと、他の研究員たちはどこに行ってしまったのだろう。

 廃墟になった研究所内、薄闇の中を警戒しながら進んでいたところ、わたしたちの眼前に大掛かりな装置が現れた。

 

「なんでしょう、これ?」

 

 大きさは1メートル四方、機械の台座にガラスのケースがあり、内側は人間の赤ん坊を入れることが出来るくらいの容積がある。

 助手が首をかしげる一方で、わたしには大掛かりな『孵卵器』のように思えた。怪獣の卵を孵化させる、ないし怪獣の赤ん坊を飼育する用途で馴染み深い装置だったのもあり、わたしにはすぐにピンときた。

 その大型孵卵器は電灯と同じく壊れていたが、異様だったのはガラスケースがおかしな壊れ方をしていたことだった。ガラスが融かされて捲れ上がっている。

 

「まるで内側から食い破ったみたいですね。何を育てていたんでしょうか?」

「少なくとも人間の赤ん坊ではないことは確かだろうな。鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 より子細に調べてみると、装置にはラベルが貼られていた。わたしは、ラベルに書かれた名前を読み上げた。

 

「Biollante……〈ビオランテ〉?」

 

 ビオランテ。何のことだろうか。

 まずバル・ベルデの公用語のひとつにスペイン語があることから、スペイン語圏の女性名のひとつであるViolante(ビオランテ)を連想したが、あちらは綴りが微妙に異なっているし、怪獣の孵卵器に人名を付けるセンスも正直理解しがたい。

 もう一つ思い当たったのは、神話に出てくる妖精ビオランテである。ビオランテが登場するのは北欧の神話、植物の精霊の名前だったはずだ。ただし北欧の神話といっても一般に北欧神話と呼ばれるスカンディナビア神話のことではなく、ビオランテはもっとマイナーな地方の土着信仰に登場する、一般にはもはや忘れ去られて久しい女神である。

 似たような神話の精霊としてはギリシア神話のドリュアス、もしくはドライアドと呼ばれる植物の精霊が知られている。ヨーロッパ南東の古代ギリシアのドリュアスと、北欧の神話に出てくる女神ビオランテ。不思議な暗合であるが、あるいはギリシア神話の精霊であるドリュアスの伝承が、何らかの理由で北欧に伝わって変化したのがビオランテなのかもしれない。

 ……おっと、またもや余計なことを考えていた。悪い癖だな。

 現実に立ち返ったわたしが引き続き探索に掛かろうとしたとき、部屋の奥でガチャンとガラスが割れるような物音が響いた。

 

「……聞こえたか?」

「ええ、先生」

 

 ぺたぺたという足音、浅く荒い激しい息遣い。わたしたち以外の何者かが、この建物の中にいる。

 向こうもわたしたちの存在を認知したらしく、足音と息遣いが闇の中を駆けてきて、やがて主がわたしたちの眼前へと姿を現した。

 その姿に、わたしたちは思わず息を吞んだ。

 

 全長は目測で3メートルほど、直立すればきっとわたしたちよりも大きいだろう。魚のような鱗と鰓、ヒレが見受けられるが、工具のノミのように鋭く突き出た前歯と細く長く伸びた尾、そして全身から禿ちょびて生えている薄墨の体毛は齧歯類を思わせた。

 ……不健康で、不潔な印象を与える姿。なんて醜い怪獣だろう。

 怪獣に関しては殆どの場合美醜の価値判断を持ち込むことがないわたしだが、目の前に現れた怪獣は、そんなわたしから見ても生理的嫌悪感を催さずにいられないグロテスクな姿だった。ネズミと魚を不十分に混ぜ合わせたような、まさにキメラ怪獣だ。

 そのキメラ怪獣がこちらを見た。左右で目の形状が異なっており、片方は鼠のように黒く円らで、もう片方は文字通り死んだ魚のような目であった。捻り潰されたネズミのような甲高く耳障りな声で吠えると、キメラ怪獣は床を蹴ってこちらへと飛び掛かってきた。

 

「走れ!」

 

 わたしの合図で、わたしと助手は同時に駆け出して施設の外へと飛び出した。扉を閉めて閉じ込めようと試みたが間一髪で間に合わず、キメラ怪獣に蹴破られてしまう。

 助手と共にわたしは、ジャングルの中を全力で走った。そのあとを、キメラ怪獣が追いすがってくる。とてもそうは思えないのに、キメラ怪獣はとてつもなく素早い俊足の持ち主だった。人間であるわたしたちが木の根やツタ、草むらを注意しながら走る一方、キメラ怪獣はそれらを巧みにかいくぐりながらぐんぐんと距離を詰めてくる。

 ついにキメラ怪獣は、わたしたちの目と鼻の先にまで迫ってきた。凶悪な毒牙と毒爪を振りかざし、わたしたちに食らいつこうと飛び掛かる。わたしたちが身構えた、まさにそのときだった。

 

 キメラ怪獣の全身に、長い触手が絡みついた。

 

 まさに飛び掛かった瞬間を絡め取られたキメラ怪獣はもんどりうって墜落、地面へと思いきり叩きつけられた。すぐさま立ち上がり触手を振り解こうと暴れるキメラ怪獣だが、触手の力が強いのかなかなか逃れることができない。

 キメラ怪獣と触手の格闘を眺めながら、助手が叫んだ。

 

「なんですか、これ!?」

 

 わたしに聞くな、こっちが聞きたいくらいだ。

 キメラ怪獣の動きを封じている正体不明の触手は、植物の蔦に似ていた。色は葉緑素を含んでいるかのように緑色で、ところどころから茨に似た棘や、葉のようなものが生えている。

 だが植物の蔦がこんな俊敏に、アナコンダのような動きをするはずがない。間違いない、こいつも怪獣だ。

 キメラ怪獣が触手と格闘し、それをわたしたちが眺めているあいだ、繁みの奥から新たなる触手が姿を現した。

 今度現れた触手はやはり植物に似ていたが、明確に違いがあった。

 

「口がある……?」

 

 そう、“口”があるのだ。目も鼻も無かったが、明確に開閉可能と思われる顎があり、刺々しい牙のようなものまで生え揃っている。似たような“口”を持つ植物であれば食虫植物、特にハエトリグサを思わせた。

 だがハエトリグサと言えども、やはりこんな俊敏に、そして闊達に動いたりはしない。大蛇のように鎌首をもたげた触手は、その凶悪すぎる()()()をガバアと開き、キメラ怪獣めがけて黄色い液体を吐きかけた。

 液体の余波が飛沫を上げ、辺り一面に撒き散らされる。

 

「離れろ!」

 

 立ち込める刺激臭と煙、わたしは咄嗟に助手を庇い、すぐさま服の袖で鼻と口を抑える。触手が吐いた液体、これが僅かに掛かった樹木は、わたしたちの眼前でシューシューと煙を立てながら真っ二つに焼き切られてしまった。

 ……この黄色い液体、さては強酸か。酸といえば昔観たSFモンスター映画で、何もかも溶かしてしまう酸の血液を持つ宇宙怪獣(エイリアン)の映画があったが、酸が溶かすのは化学反応の作用であり、現実の酸は何でも溶かしたりはしない。

 しかし、触手が浴びせた強酸は、あの映画の酸と同じくらい、もしくはそれ以上に凶悪な破壊力を持っているようだった。木の幹も葉も何もかも見境なく溶かしてしまうとは、なんて出鱈目な破壊力だろう。

 そして高圧で噴射する強酸、その発射される勢いはもはやウォーターカッターのそれだ。工業用のウォーターカッターはダイヤモンドを削るほどの威力だと聞くが、それが何でも溶かす強酸だったならその破壊力は計り知れないことだろう。

 

 その強酸によるカッターを、キメラ怪獣はまともに喰らってしまった。ジャングルに絶叫が響き渡り、キメラ怪獣は胴体の上下が泣き別れとなった。

 上半身だけになってもキメラ怪獣はまだ生きていた。歪で喧しいながらも哀れな喘ぎ声を弱々しく漏らしながら、辛うじて残った片腕で這いずって森の奥へと逃げようとする。

 そんなキメラ怪獣に、触手は容赦しなかった。再び口を開いて強酸を吐きかける。今度ばかりはキメラ怪獣も逃げきれない。後頭部から脳髄を超高圧の強酸カッターで貫かれ、キメラ怪獣は地面に倒れ伏して今度こそ動かなくなった。

 キメラ怪獣が生き絶えたあと、二本の触手は周囲の状況をまさぐるかのように暫くクネクネとのたうって窺っていたが、やがてキメラ怪獣の死骸を咥える、ないし絡めとると、スルスルと草葉の間隙を縫うように森の繁みへと消えていった。

 

「せ、先生、今のは一体……?」

「う、うむ……」

 

 わたしと助手が顔を見合わせていると、先に触手が引っ込んでいった方角から、再びガサガサと音がした。

 わたしは助手を庇い、音のする草むらから離れた。……草を掻き分け、落葉を踏む足音、生き物の気配。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた新手の怪獣か。身構えているわたしたちの前に、〈彼女〉は姿を表した。

 

 それはまるで、妖精。

 

 身長は110センチ程度、大きな瞳に短めの四肢、そしてぷにぷにと張りのある柔らかそうな肌。人間で言えば4~5歳程度だろうか、その姿はあどけない幼女にしか見えない。

 だが、一方で、そいつは明らかに人間ではなかった。尖った耳に人間離れした美貌、そして何より体の各部から葉と蔦、そして先程キメラ怪獣を八つ裂きにした触手が纏わりついており、頭には髪飾りのように八重咲きの赤い花が咲いている。

 妖精は、わたしたちへ振り返ると、きょとんとした表情でこう尋ねた。

 

「……おじさんたち、だあれ?」

 




続くよ!

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