南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件   作:よよよーよ・だーだだ

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ビオランティアンの到来 2話:バベルの塔

 わたしたちと、触手を生やした植物幼女が、ジャングルの奥地で見つめ合っている。

 

「……おじさんたち、だあれ?」

 

 そうやって植物幼女に問いかけられたところで、第一話冒頭の出会いの場面へと至るのである。

 この少女、いや幼女は、一体何者なのだろう。全身に纏った植物の蔦、葉、そして頭の花。どうみても普通の人間ではない。

 そんな異形の姿をしている一方で、わたしたちの言葉が通じている様子なのも不可解であった。もし仮に彼女が現地人なら喋る言葉はバル・ベルデの公用語であるスペイン語であるべきところ、この幼女は年端もいかない様子なのにわたしたちと同じ英語を流暢に使いこなしている。

 植物性の触手を生やした幼女、正体不明の謎の怪生物が、こんな怪獣の巣食っている危険なジャングル地帯で、わたしたちと同じ言葉で流暢に話しかけてくる。何もかもが異常としか言いようのない状況だった。

 ……複数の生物の特徴を併せ持った生物、その特徴はわたしに、先ほど襲撃してきたキメラ怪獣を想起させた。ネズミと魚を掛け合わせたような姿をしたあの怪獣をキメラ怪獣と呼ぶのなら、この植物と人間を掛け合わせたような姿をした植物幼女だって立派なキメラ怪獣であろう。

 妖精のように可憐な植物幼女と、生理的嫌悪さえ抱かせるほど醜悪だったキメラ怪獣。与える印象こそ真逆で、とても同類には見えないけれど、かといって何の縁もゆかりもない赤の他人というわけでもないようにも思えた。

 関わり合いを持つべきではない、さっさと逃げるべきだ。ヒトとしての理性の奥にある、わたしの動物としての生存本能が、そんな風に警告しているようにも思う。

 

 ……だが、わたしはここで気を取り直した。

 そもそも、わたしは何をしに来た。バル・ベルデの未開のジャングルで新種の怪獣を発見してやろう、そんな野心を抱いてこのジャングルを訪れたのではなかったか。先ほどのキメラ怪獣はもちろんのこと、目の前にいる植物幼女こそ新種の怪獣でなければ何なのだ、大発見を前に怖じ気づいている場合か。

 たとえ落ちぶれようとも貧乏だろうとも、わたしも怪獣研究者の端くれである。学究の輩たるもの、せっかく言葉が通じるのだからまず対話を図るべきではなかろうか。

 わたしは込み上げてくる恐怖心を理性で抑え込み、植物幼女とコミュニケーションを試みることにした。

 

「キミ、どこから来たんだ? 名前は? 親御さんはどうしたのだね?」

 

 なるべく優しく話しかけたつもりだったのだが、植物幼女は「ぴ、ぴぃ!」と悲鳴を上げて身を竦めてしまった。小さな身体をカタカタと小刻みに震わせていて、両目尻には大粒の涙が浮かんでおり今にも泣き出してしまいそうである。

 ……怯えられてしまったようだ。さほど子供好きというわけでもないわたしであるが、幼気(いたいけ)な子供にこんな反応をされてしまうと、いくらなんでも流石に傷つく。

 内心ショックにうちひしがれているわたしを、眉間に皺を寄せた助手が「駄目ですよ、先生」と窘めた。

 

「相手は子供なんだから、そんな上から目線で話し掛けたりしたら怖がってしまいます」

「む、そうか……」

 

 いいですか、見ててくださいね。そう言って助手は膝を屈め、植物幼女と目線の高さを合わせてから問いかけた。

 

「あなた、お名前は?」

 

 ……こういうとき、助手がいてくれて助かる。

 『女だから子守りが得意』だなんて時代錯誤で性差別全開の戯言を抜かす気はないが、三十路を越えて久しい無愛想なオッサンと20代前半のうら若い乙女なら、後者の方が子供に懐かれやすいのは当然だろう。

 それでも縮こまって怯えている植物幼女に、助手は微笑みかけながら言った。

 

「いきなりビックリさせてごめんなさいね。わたしたちはね、あなたのことが知りたいだけなんだ」

「……ほんとう?」

「うん、本当。だからまず、お名前を教えてもらえると嬉しいかな」

 

 助手の丁寧で親しげな物腰に、警戒心を絆されたらしい植物幼女は、消え入りそうなほど小さな声で答えた。

 

「……ビオランテ」

 

 ……ビオランテ。またしてもビオランテだ。先に研究施設で発見した、あの孵卵器のような装置に貼られていたラベルの名前と同じである。あの孵卵器は、きっとこの幼女と何か関わりがあるに違いない。

 確信するわたしを横目に、助手はビオランテを名乗る植物幼女に続けて訊ねた。

 

「ねえ、ビオランテちゃん。あなたのパパとママは? あなたはどこから来たの?」

 

 これも重要な質問だ。外見だけかもしれないが、ビオランテの姿は人間の子供、それも4~5歳児の幼女にしか見えない。もしも見かけ通りの子供であるならば、親もきっとどこかにいるはず。

 ビオランテはおずおずと答えた。

 

「パパ、いない。ママ、もり の おく にいる」

 

 父親はいない、どういうことだろうか。それに母親は『森の奥にいる』というが、これもよくわからなかった。

 不可解なビオランテの答えに対し、助手は「ふーん、そっか」と軽く流しながら話を続けた。

 

「あなたのママってどんな人? わたしたちも会ってみたいなぁ」

 

 いいぞ、その調子だ。助手の言葉にビオランテは「うーん……」と考え込んでいたが、真剣に頼み込んでいるわたしたちの表情を見直して、またしばらく考えたあと、こう答えた。

 

「……わかった、ついてきて!」

 

 かくしてわたしたちは、ビオランテに連れられて森の奥へと入っていくことになった。

 小柄な体躯なのに慣れた様子でひょいひょいと、森の細い獣道を進んでゆくビオランテ。そんな彼女の後を追い、わたしたちは少しばかり息を切らしながら森を進んでゆく。

 ……このジャングルは一体どこまで続いてゆくのだろう。共に歩きながら周囲を見回していた助手が、わたしへこっそり耳打ちした。

 

「……なんか、増えてますね」

 

 助手の言うとおり、いつからかわたしたちと共に行くビオランテの数が増えていた。

 数は10体ほどだろうか。年齢はいずれも4歳から10歳程度、頭部の花や葉の付き方、触手の生え方、顔の造作などそれぞれ個性があったが、どのビオランテも可愛らしい幼女の姿をしているのは共通していた。どこからともなく現れたビオランテたちは宝石のような目でしげしげとこちらを見つめながら、一緒にトコトコついてくる。

 いつのまにかビオランテたちに取り囲まれている状況。

 

「……素直についてきて良かったんでしょうか」

 

 そう言う助手の視線はちらちらと游いでいた。先ほどビオランテに話し掛けていたときは平気そうに見えた助手だが、あれはやはり精一杯の虚勢で内心は不安なのだろう。弱気な表情を見せる助手に、わたしは平然とした風を取り繕いながら答えた。

 

「……まあ、敵意は無さそうだから、良いんじゃないか。獲って食おうというならとっくのとうにそうしているだろう」

 

 キメラ怪獣を真っ二つにした溶解液のカッターに、凶悪なあぎとを備えた触手、それら人智を越えた力を振るう容赦のなさ、そしてそんなビオランテたちの群れの只中を武器もなく歩かされているこの状況。本音を言えば、かくいうわたしも恐怖を覚えてはいる。

 しかし、ビオランテたちに害意は見受けられないし、こうして歩いているだけならば保育園か幼稚園の引率をしているかのようでもある。そう考えれば、恐怖心も多少は和らぐように思えた。

 そんなわたしの返答に「……それもそうですね」と助手も納得した様子で、ビオランテたちの先導に従いながら黙々と森の中を歩き続けた。

 

 そうやって森を抜けて案内されたのはジャングルの最深部、湖だった。木々の合間合間へ目を凝らしてみると、ジャングル中から集まってきた無数のビオランテたちが、わたしたちを興味深げに見つめている。

 

(しかし、事前に衛星写真も確認していたはずだが、このジャングルにこんな湖はなかったような……?)

 

 そう思って視線を頭上へ向ければ、背の高い樹木と枝が覆い被さるように繁っていて、湖をすっぽりと覆ってしまっている。

 ……なるほど、道理で衛星写真に写らなかったわけだ。つまり、この湖は樹木に覆い隠された天然のドームの中にあり、空からは見えないのである。天は木の枝や蔓で空は完全に覆われていたものの、それでいて隙間隙間からは木漏れ陽が差し込んでおり、鬱蒼と暗すぎることもなくちょうどよい明るさを保っていた。

 重なり合う天然のスポットライトに照らされた先、湖の中央に“彼女”は存在した。

 

「……きれい」

 

 そんな呟きに振り返ると、助手が湖の中央に立つ“彼女”に見惚れていた。わたしの視線で我に返った助手は、自分の言葉のおかしさに気づいたようで、慌てて「あ、いや、その、わたし何言ってんですかねアハハ」と頭を搔いて誤魔化そうとしていた。

 だが、わたしも同感だ。そう、美しいのだ、目の前にいる彼女、いや、〈怪獣〉は。

 

 その巨体は、太く逞しい蔦が複雑に絡み合うことで編み上げられていた。

 目測だが、高さは水面から出ている部分だけでおよそ80メートル、水面下の部分も含めればそれ以上はあるだろう。大木のようでもあり、まるで聳え立つ塔のようでもある。天まで届きそうな威容、そう、まさに神話に出てくるバベルの塔だ。

 その頂点に君臨しているのは、一輪の、これまた巨大な深紅の花だった。一枚一枚が数メートル四方はあろうかという冗談のような大きさの花びらが複雑に連なり、艶やかな八重咲きの花を造り上げては、ちょうどわたしたちを見下ろすかのように物憂げな角度で咲き誇っている。

 湖の中央に鎮座する巨大な植物怪獣。圧倒的な存在感にわたしたちが呆気に取られている一方で、案内役を務めていた植物幼女のビオランテが笑顔を綻ばせながら「ママ!」と声を張り上げた。

 

「ママ! おきゃくさま を つれてきたよ!」

 

 ビオランテの呼びかけを受け、植物怪獣は目線を向けるかのように花をこちらへと傾けた。

 わたしたちは即座に理解した。そうか、こいつがビオランテの“ママ”、つまり母親なのだ。人探しにかこつけて新種の怪獣探しにやってきたわたしたちだったが、まさかその先でこんなとんでもない大物に出会えようとは夢にも思わなかった。

 そのときわたしたちの脳裏に“声”が響いた。

 

“ようこそ、わが王国へ”

 

 ……これは、テレパシーか。

 脳内に語り掛けてきた声はまるで弦楽器、ヴィオロン(バイオリン)の音色のように美しく、儚げで、それでいて妖艶さも孕んだ響きがあった。

 ポール=ヴェルレーヌの詩で、ノルマンディー作戦の符丁として使われたことでも有名な『秋の歌』という作品に『秋のヴィオロンの溜め息』というくだりがあるが、ヴィオロンの溜息なるものがあるとすれば、このビオランテの母親の声音のようなものを指すのだろう。

 植物怪獣は弦楽を弾くように、テレパシーを奏でた。

 

“我が名は〈エリカ〉。ビオランテの子らの母にして、この森の権能を統べる女王である”

 

 威風堂々たる厳かな態度、まさに女王の風格だ。

 とりあえず眼前の植物怪獣が平和的に対話可能な相手であることがわかったところで、わたしと助手は一礼した。

 女王エリカは続けた。

 

“あなたがたのことは、森に降りてきてからずっと観察していた。この森、我が王国に仇なすか否か、ずっと吟味していた”

 

 『森に降りてきてから』だって? 思わずわたしたちは緊張した。森に降りてきたとき、わたしたちは武装した傭兵の一団と共にあった。傍から見れば侵略者と紙一重だ。

 そんなわたしを見透かしたかのように、低い調子で女王エリカは言った。

 

“外界は争いが多い。もしあなたがたが外の禍根を持ち込み、この森の平穏を犯すのであれば……”

 

「犯すのであれば……?」

 

“生きたまま切り刻んで、森のガバラたちの餌にくれてやることとなるであろう”

 

 ……前言撤回、ビオランテの女王エリカは平和的どころか、自分の領地を犯すものには容赦しない、そういう苛烈な面も持っているらしかった。

 そんなエリカを引き攣り笑いで見上げながら、わたしは先ほどビオランテが斬り殺したキメラ怪獣のことを思い出していた。迂闊なことをして機嫌を損ねれば、あのキメラ怪獣のように八つ裂きにされかねない。

 表情を強張らせたわたしたちを見下ろしながら、女王エリカはホ、ホ、ホ、と品良く笑った。

 

“……冗談だ。他の仲間は『火』を武器に使うようだが、あなたがた二人は違うようだ。我々はあなたがたを歓迎しよう”

 

 途端、周囲に集まってきていたビオランテたちも、一斉に声を揃えて『かんげいします!』と元気よく言った。まるで幼稚園のお遊戯会だ。母親の言うことにはどこまでも従順なのだろう。

 ビオランテたちの和やかな様子で、わたしは胸を撫で下ろした。……まさか怪獣がジョークを言うとは。まったく肝が冷えた、冗談にもほどがある。

 とはいえタチの悪いジョークが言えるのは、気安さの裏返しでもある。こんな冗談を言えるくらいなのだ、本当に敵意など持ってはいないのかもしれない。

 女王エリカとビオランテたち、その底無しの真意を測りかねつつも、ついでにわたしは本来の目的も果たすことにした。彼女なら何か知っているかもしれない。

 

「シラガミ、という人物を知らないだろうか。わたしたちは、彼を探してここに来たんだ」

 

 わたしがシラガミの名前を出すと、ビオランテの女王エリカは“シラガミ、シラガミ……”と熟考を始めた。エリカには人間のような顔があるわけではないので表情の変化はわからないのだが、こうして見ている限りでは遠い古い記憶を掘り起こそうとしているかのようにも見えた。

 しばらく考え込んでから、女王エリカは答えた。

 

“……シラガミ。遠い昔に会った、ような気もする。だが、思い出せない”

 

 申し訳ない。そう言ってうなだれる女王エリカに、わたしは「知らないなら良いんだ」と告げる。

 

「ただ、ここで彼のことを調べる必要がある。2~3日ほどあなたの領地で野営して調査をさせてもらいたいが、構わないだろうか」

 

 わたしの要請に、女王エリカは即答した。

 

“かまわない。王国始まって以来、初めての客人だ。むしろ、ゆっくり寛いでほしい”

 

 ……ありがたい。心遣い感謝する。わたしたちは再び一礼した。

 

 

 

 

 女王エリカとの謁見を終えた後、ビオランテたちに導かれて研究所の廃墟へ再び戻ったわたしたちは、書庫に保管されていた資料を読み漁った。この資料群を調べてみれば、ここで何が起こったのか突き止められるかも知れない。

 調査は困難を極めた。書面の類はこの熱帯の湿気と風雨に晒されたためか全て駄目になってしまっていた。データ端末の方も長期間の吹き晒しで放置されていて状態が悪く、起動すらままならない。

 だが、そこで諦めるわたしたちではない。助手と協力して数時間奮闘した末に、端末そのものの起動ではなくサルベージ、つまり端末のディスクドライブ上に保存されていたデータだけを取り出すことに成功した。助手がパソコンに明るくて助かった、わたしはこういうのからっきしダメなのである。

 救出したデータにひととおり目を通しながら、助手が言った。

 

「オルガナイザーG1、放射火炎、熱核エネルギー変換生体器官、メタマテリアル非対称性透過シールド、アーキタイプ、紅塵、幻想生物生態学(biologia fantastica)……どうやらこの研究所は“ゴジラ”の研究をしていたようですね」

 

 ……ゴジラか、よりにもよって。その名を聞いた時、わたしは背筋に嫌な汗が流れてゆくのを感じた。

 1954年の初出現以来、人間文明を蹂躙し続けた地上最強の怪獣王:ゴジラ。ゴジラ自体はとある天才科学者が開発した『未知の毒化合物(オキシジェン・デストロイヤー)』によって葬られたが、そのゴジラが遺した細胞、いわゆる〈ゴジラ細胞〉が回収されていた。

 不死身とも言える生命力と、『核の申し子』『水爆大怪獣』と呼ぶに相応しい強大な力を誇った驚異のキングオブモンスター、ゴジラ。そのゴジラから採取された、人間の8倍以上もの情報量が含まれ遺伝子工学の宝庫とも称されるゴジラ細胞。

 その神秘を解き明かさんと各国の研究者たちは辣腕を振るい、一時(いっとき)は各国でゴジラ細胞研究ブームを巻き起こしたのだが、『新種のゴジラを創り出す危険性がある』としてすぐに規制対象となり、ゴジラ細胞の研究は科学界での禁忌(タブー)として永遠に封印されることになった。

 だが、これでエイペックス社が何をしようとしていたのかもわかった。連中の言っていた『資産』とやらの正体はゴジラ細胞のことであり、そしてゴジラ細胞を不届きな用途で用いようとした結果がこの惨状。

 つまり、エイペックス社は、ゴジラ細胞をベースに新種の生物兵器を作ろうとしていたのだ。

 助手が資料を読み進めた。

 

「でも、シラガミ博士には、エイペックス社とは別の思惑があったようですね。エイペックス社から提供されたゴジラ細胞を、『個人的な目的』のために使おうとしていたようです」

「『個人的な目的』?」

 

 わたしが聞き返すと、助手は自身の携帯端末を開き、事前にエイペックス社から渡された資料とは別ルートで調査しておいた、Dr.シラガミの個人的な経歴のファイルを引いた。

 

「今から5年前、ゴジラ細胞を巡るテロに巻き込まれて、シラガミ博士は娘のエリカ=シラガミを亡くしています。その娘をバイオテクノロジーでクローンとして蘇らせる、そんな研究をシラガミ博士は進めていたようです」

 

 ……Dr.シラガミの娘はエリカというのか。エリカ、ビオランテたちの母親と同じ名前だ。その情報で、わたしはひとつの結論に至った。いや、()()()()()()()

 

「あるいはゴジラ細胞も、そのための実験材料として使うつもりだったのかもしれんな。いや、()()使()()()()()()()んだろう」

 

 Dr.シラガミはバイオテクノロジーの権威であり、ここはゴジラ細胞を用いたバイオテクノロジーの生体研究所で、彼らが消えて研究所が壊滅した代わりに、これまで確認されていなかった新種の怪獣ビオランテが残されている。

 となれば結論は一つしかない。

 

「ということは……?」

 

 恐る恐る訊ねる助手に、わたしは答えた。

 

「ビオランテはゴジラ細胞をベースに人間や植物の細胞を組み込んだ、バイオ怪獣ってことだ」

 

 ビオランテの正体はシラガミの作品、バイオテクノロジーで生み出された新種のバイオ怪獣なのだ。そしてビオランテの女王、エリカ。あるいはあのビオランテの女王は本来、Dr.シラガミの娘エリカの生まれ変わりとして創り出された存在だったのかもしれない。

 今だ内戦が収まらぬバル・ベルデを実験場に、新種の生物兵器を創り出そうとしたエイペックス社の野望と、そこに付け入って個人的な欲望を満たそうとしたDr.シラガミの暴走。ゴジラ細胞を巡る熾烈な駆け引きの果てに、ビオランテやあのネズミと魚を合成したキメラ怪獣――残された資料によれば、Dr.シラガミはあのネズミの怪物を〈二重の者(デューテリオス)〉と名づけていたようだった――が誕生し、やがて手に負えなくなり研究所が壊滅し現状に至る、というわけなのだろう。

 助手が顎に手を当てて考え込みながら言った。

 

「ゴジラベースのバイオ怪獣……ゴジラの娘というか、兄妹みたいなものでしょうか」

「というよりもビオランテはゴジラのクローン、もはやもう一匹のゴジラ、分身と呼ぶべきだろうな。同じゴジラ細胞を持ち一方が動物、もう一方が植物。違いはそれだけだ」

 

 ……人間の底無しの愚かしさに、わたしは顔を覆いたくなった。

 ビオランテたちの母親にして女王エリカ。彼女の姿を最初に見たとき、そのあまりの威容からわたしは『バベルの塔』を連想した。かつて世界の言葉が一つだった頃、人々は総力を結集して神にまで届く巨大な塔を建設したという。それがバベルの塔だ。言い換えるならば、バベルの塔は言葉の力によって築き上げられたのだとも言える。

 それと同じことが、このジャングルの研究所で引き起こされようとしていた。今にして思えば、わたしがバベルの塔を連想したのもきっと天啓だったのだろう。アデニン、グアニン、シトシン、チニン、四つの塩基という言葉(コード)で綴られたDNA、その力を弄んだ結果生み出されたバイオテクノロジーの超ゴジラにしてバベルの塔、ビオランテ。

 バベルの塔の物語、その結末は神によるしっぺ返しである。神をも畏れぬ人間たちの傲慢さ、怒った神はバベルの塔を破壊し、さらに二度と造れぬように人間たちの言葉を引き裂いた。結果、人々は互いの言葉が通じなくなり、いがみ合うようになってしまったのだという。

 ビオランテも同じだ。ゴジラ細胞からバイオテクノロジーで新種のゴジラを創り出せば、きっとその新しいゴジラはいずれ人間世界に牙を剥いたに違いない。その自滅の引き金を引こうとしていた連中の名前が『エイペックス』というのも皮肉が利いている。名は縁起物(Name is omen)というが、人知を超えた領域に手を伸ばし、バベルの塔を造り上げ、その頂点(Apex)を目指そうとする、なんて傲慢なのだろう。

 そして今回の一件、ここまでくるといよいよ『地獄の黙示録』そのものだ。エイペックス社から横領したゴジラ細胞を使って新種のゴジラを造り出したDr.シラガミと、その作品にして子供とも言えるビオランテ、そしてバル・ベルデの奥地に築き上げられたビオランテの王国。そんなDr.シラガミがカーツ大佐なら、その罪業を暴きに来訪したわたしたちはさしずめウィラード大尉だろうか。

 

「ビオランテたちの出自はわかったとして、シラガミ博士や他の研究員たちはどこに行ってしまったんでしょう? エイペックス社の話ではバル・ベルデを出国していなかったそうですが……」

「さてな。まぁこの有り様なら、彼らも生きてはいないだろう」

 

 『地獄の黙示録』のカーツ大佐はウィラード大尉によって討たれることになるが、今回のカーツ大佐ことDr.シラガミとその一味は、ウィラード大尉であるわたしたちが手を下すまでもなく、その報いを受けることになったようだった。自分たちで作り出したデューテリオスたちか、あるいはわたしたちがヘリで降下した時に出迎えに現れた野生のガバラたちか、どちらの手に掛かったにせよ無事ではいまい。

 そういえば、と助手は言った。

 

「ビオランテたち、女の子しかいませんね。男の子はいないんでしょうか」

 

 たしかに指摘のとおり、ビオランテたちはどの個体も幼女、つまりメスのように見える。あるいはオスもいるのかもしれないが、少なくとも外見で判別できるような性差は見当たらなかった。

 わたしは答えた。

 

「無性生殖、いや、女性だとすれば単為生殖だろうな」

 

 オスとメス、男と女が揃って初めて子供を作ることができる有性生殖に対し、どちらか片方だけでも子供を作れるのが単為生殖だ。

 単為生殖で殖える怪獣、というので思い出されるのは強脚怪獣:ZILLA(ジラ)である。ゴジラの近縁種と言われるが、三列の背鰭と長い尾という部分的な特徴こそ似ていてもその性質は著しく異なる怪獣だ。

 ゴジラと違って頑強な肉体や放射火炎を吐く超パワーを持たないZILLAであるが、代わりに単為生殖による繁殖能力を持っていた。食欲旺盛で獰猛な捕食者であり、ときには人間の上を行くほどの知能を発揮することもあるZILLA、そんな彼らが単為生殖で野放図に殖えてしまったら、いよいよ人間の手には負えなくなってしまうだろう。その単為生殖の性質が確認されて以降、ZILLAはゴジラに次ぐ脅威として優先的な殲滅対象とされている。

 ビオランテに話は戻る。ビオランテも挿し木のようにクローンで殖えているのか、いや性的な特徴を有していることも鑑みればやはりメスだけの単為生殖と考える方が妥当かもしれない。

 

「女の子だけで殖えて、生まれてくるのも女の子だけ、ってことですか?」

「別に珍しいことじゃない。怪獣でなくとも、メスだけで殖えるトカゲも存在する」

 

 ビオランテのようなヒト型生物による単為生殖、というと何やらひどくグロテスクなもののようにも感じられるが、ビオランテの本質がもし植物のキメラであるならばこれは別におかしいことではない。植物の挿し木なら単為生殖どころか無性生殖だし、脊椎動物でも単為生殖が出来るものは多い。というか、むしろそれが出来ないわたしたち哺乳類の方こそ実は少数派だ。あまり知られていないが、単為生殖自体は魚や爬虫類、鳥類でも見られる現象である。

 

「あるいはビオランテも、そういった爬虫類のDNAが組み込まれているのかもしれん」

「しかし、なぜそのような……」

 

 と、言いかけて、助手は口を噤んだ。きっと助手も()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 わたしは言葉を継いだ。

 

「……蘇らせた娘を、永遠のものにしたかったのだろうな」

 

 娘の代わりとして造られ、娘のまま異性と交わることなく代を重ねられるように造られたキメラ怪獣、ビオランテ。Dr.シラガミが娘の生まれ変わりであるビオランテをわざわざそのようなものとして造ったのは、娘が誰にも汚されず、それでいて永遠の存在になって欲しかったからだろう。

 

「そんな、ひどい……」

 

 助手が口を押えて絶句していた。

 ……なんて浅ましい、そして身勝手な父親のエゴだろう。Dr.シラガミがビオランテに託した欲望、そのどす黒い一端を垣間見たわたしたちは、生理的な嫌悪感を抱かざるを得なかった。

 戦慄しているわたしたち、その袖を不意に引っ張られた。わたしが足元を見ると、案内役のビオランテが眉根を下げた表情でこちらの様子を窺っている。

 

「せんせい、どうしたの?」

 

 上目遣いでそう訊ねるビオランテ。

 ……余計な心配をさせてしまったな。Dr.シラガミがビオランテを作った意図、目的は恐ろしくおぞましいものだったが、だからといって産み出されたビオランテたち当人には何の罪もない。

 わたしは、先ほど助手がやってみせたように腰を落として目線を合わせると、ビオランテの頭を撫でながら言った。

 

「なんでもないよ。心配かけてすまんな」

 

 わたしがそう告げると、ビオランテは「……そう、よかった!」とにっこり笑った。

 




まだ続くよ!

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