南極でゴジラを見張ってたらテロリストが来た件 作:よよよーよ・だーだだ
さて、日が暮れて、夜となり、わたしたちは『晩餐会』に招待された。
わたしたちも食糧は数日分ほど持参していたのだが、ビオランテたちの催す晩餐会なるものがどういうものなのか興味があったし、せっかく歓待してくれるというのだから行かぬわけにもいくまい。
再び女王エリカの住まう湖へと案内され、ツタで編んだ
ピンク、赤、紫、黄、朱、緑……デパートで贈答品用の果物としてそのまま売り出しても遜色なさそうな見栄えの、色鮮やかな山盛りの果物たち。
「わあ、美味しそう!」
「チェリー、モモ、ネクタリン、スモモ、アンズ、ビワ、イチゴ、ナシ、リンゴ、プルーン……どれもバラ科だな」
助手が目を輝かせながら歓声を挙げている一方、わたしはいったん立ち止まって思案していた。季節感に統一性は皆無、それもこの熱帯のジャングルに生えているとは到底思えないようなものが数多く含まれているのはどういうわけだろう。
運び終わった給仕係のビオランテたちはわたしたちの前にちょこんと行儀よく座り、ニコニコと笑顔を浮かべながらこちらを見つめている。召し上がれ、ということだろうか。
……それにしてもバラ科、か。ビオランテが植物怪獣であることは先述したとおりだが、わたしはその後の観察から、植物としてのビオランテがバラ科の植物に近い特徴を有していることにわたしは気づいていた。
棘のある茨状のツタや、葉身の別れた複葉、そして女王エリカやビオランテたちの頭部にある八重咲の花々、どれも薔薇の特徴だ。先の研究ファイルの調査から、ビオランテにはゴジラ細胞やヒトだけでなく複数の植物の細胞が組み込まれていることがわかっているが、そのベースとなったのがバラ科の植物であるのは明白に思えた。南洋に薔薇は自生しないとも言われるので、あるいは生みの親のDr.シラガミが持ち込んだものかもしれない。
翻って、つまるところわたしたちをもてなすために出されたこの果物たちは、ビオランテたちから生えてきたものである可能性がある。人間のわたしたちが食べてしまって平気なものなのだろうか。もしビオランテの果実だとすると、この果物にはゴジラ細胞が含まれていることになるのでは……?
「いっただっきまーす」
「あ、こら、勝手に食べるんじゃない!」
とかなんとかわたしが躊躇しているうちに、助手は勝手に皿の果物にかぶりついていた。
わたしの制止も意に介さず、助手は果実をもぐもぐと咀嚼しながら、文字通り頬が落ちそうなほど弛んだ笑顔で声を上げた。
「これ、すっごく美味しい! 先生も是非!」
……やれやれ、まったくなんて軽薄な奴だ、これだから『子供っぽい』というのに。わたしは咎める目つきで助手を見たが、助手は意にも介さず果物を頬張り続けている。
助手は、年頃の成人女性である割にはかなり小柄かつメリハリに乏しい体格で、良く言えば若々しい、悪く言えば子供のような容姿をしている。顔つきも童顔で、しかも牛乳瓶のような分厚い瓶底メガネをかけているのもあって、なかなか年相応に見てもらえず苦労が多いらしい。助手当人もかなり気にしているのか、日頃から敬語口調で喋るのも『大人っぽく見せたいから』らしいと聞かされたことがある。
とはいえ、わたしに言わせれば、助手の場合は見た目よりもむしろ人間性の問題な気がする。たとえば、出されたものなら何でも無警戒にむしゃむしゃ食べてしまうその節操のない食い意地とか。というか『敬語キャラなら大人っぽく見える』なんて、その発想や振る舞い自体が相当に子供っぽいと思う。
……話が脱線した。喫緊の問題は助手の人間性ではない、眼前の果物である。まあ、助手が食べても何ともないのなら、わたしが食べても大丈夫なのだろうとも思える。
……いや、助手の場合、真面目そうに見えて意外とがさつだしな。助手が平気でも、わたしがどうなのかはわからない。
「……なんか失礼なこと考えてませんか?」
「いや、べつに」
胡乱な目線を向ける助手に素知らぬ顔をしながら、わたしも果物を恐る恐る齧ってみた。
……ふむ、なるほど、たしかに美味い。見た目の印象もなかなか良かったが、実際口にしてみると単なる見掛け倒しでは決してないことがわかる。
しゃきしゃきしゃくしゃくと瑞々しく、ぎっしりと身の締まったボリューム感。甘味と酸味のバランスも程好く、味が濃すぎて舌に残ることも無ければ、薄すぎて水っぽいなんてこともない。『デパートの贈答品』と先は評したけれど、そんなものなどまるで比較にならなかった。美味い、美味すぎる。
いつのまにか夢中になって食べていると、給仕係のビオランテの一人が、舌足らずながらも畏まった様子でわたしたちに訊ねた。
「おあじ は いかがですか? おくちにあえば よいのですが……」
うん、美味いよ。美味しいフルーツをありがとう。
助手と声を揃えてそう告げると、ビオランテたちは「よかった!」「やったあ!」と満面の笑顔を咲かせて喜び合っていた。
……悪意など欠片も持っていなさそうな様子で、天真爛漫に喜ぶビオランテたち。その純真無垢な笑顔を見ていたわたしは、『ゴジラ細胞が入ってるから食べたら良くないのでは』なんて考えてしまった不躾な自分自身を内心で恥じた。理屈先行なのも時には考えものだな。
かくして、ビオランテたちとの『晩餐会』は楽しい時間となった。
ビオランテたちによる山盛りフルーツの歓待を受けたあと、わたしたちは研究所の廃墟にキャンプを設置することにした。ここならビオランテたちの棲処とも程近いし、建屋を使えば強烈なスコールもしのぐことができよう。
キャンプ設営にあたってはビオランテたちも手伝ってくれた。ビオランテたちはわたしたちが持ち込んだ研究機材に興味津々で、あれもこれも触りたがるので抑え込むのに少々苦労したが、みな素直な善い子たちばかりであり、ビオランテたちの協力もあってわたしたちの設営も滞りなく完了した。
「じゃあね、せんせい!」
「また あした!」
「ばいばーい!」
ああ、またな。森へ帰ってゆくビオランテたちを、わたしと助手は笑顔で手を振って送り出した。
すっかり日が暮れた夜闇のジャングルへ帰ってゆくビオランテたち。彼女たちを見送ったあと、わたしは助手と共に一服入れることにした。
「……ふう」
助手が満ち足りた表情で、深く息をついた。
「フルーツ美味しかったですね。もうお腹いっぱい、はち切れちゃいそうです」
ああ、そうだな。わたしも、淹れたコーヒーを啜りながら頷く。しかもビオランテたちはお土産のフルーツも置いて行ってくれていた。朝食もフルーツにしようか。
「女王エリカもなかなか博学でしたね。まさか先生がやり込まれるなんて」
「やり込まれてはいないさ、少しは驚かされたがね」
「またまた見栄張っちゃって」
「しかしまさか怪獣と生物学に関して議論ができるとは思わなかったよ。怪獣の知能に関する新しい知見になるかも知れん」
「ビオランテたち、明日も来てくれるんでしょうか」
「『また明日』とも言っていたからな。明日はどんな発見があるか楽しみだ」
「ですね!」
「…………」
「…………」
一息入れたところで、助手が話を切り出した。
「……で、どうします?」
……どうします、とは? そう聞き返したわたしの問いに、助手は苦虫を嚙み潰した表情で答えた。
「ビオランテたちのこと、学会に報告されるんですか?」
……さて、どうしたものかな。
研究者としての立場から言わせてもらえば、ビオランテが学術上における世紀の大発見であるのは間違いのないことだ。『バイオテクノロジーで作り出された新種のゴジラ』、怪獣研究の世界においてはこの上ない貴重な存在だろう。
制御不能とも言われタブー扱いされてきたゴジラ細胞、Dr.シラガミはそれを如何に利用してビオランテを生み出したのか。そんな新種の生物であるビオランテが、如何にしてジャングルの環境に適応できたのか。女王エリカとその子供であるビオランテたちが築き上げた謎めいた生態系……怪獣の専門家として、一人の研究者として調べてみたいことは山ほどある。
またビオランテを怪獣としてだけでなく新種のヒトと捉えるなら、分子生物学だけでなく人類学においても極めて重要な発見であろう。生まれたばかりの新人類であるビオランテ、その有り様や変容を観察続けてゆけば、我々人類は自分自身のことをより深く理解できるようになるかもしれない。
新種のバイオ怪獣、ビオランテが秘める可能性はまさに無限大。わたし自身が研究者であるからこそ、その価値や重要性もひしひしと感じている。
……しかし、こうも思う。
ビオランテは部分的にゴジラであり怪獣であるのかもしれないが、同時に人間であるとも言える。そんな彼女たちを単なる実験材料扱いするのは、果たして正しいことなのだろうか。
これだけの大発見なのだ、各国の研究者たちはきっとこぞってビオランテたちを調べたがるに違いない。そんな研究者たちの、時として冷酷にすら成り得る好奇心の矢面にビオランテたちを立たせてしまうのは、とても残酷な人権蹂躙ではないのか。
「……『見なかったことにする』というのはダメなんでしょうか?」
見なかったことにする、とは? わたしが答えを促すと、助手は逡巡しながら言った。
「ビオランテたちのことを知っているのはわたしと先生の二人だけ、わたしたちが黙っていればビオランテのことは誰にもわかりません。ならばいっそ見なかったことにして、秘密にしているべきだとも思うんです」
「どうして、そう思うのだね?」
わたしが訊ねると助手は「だって可哀想じゃないですか」と答えた。
「ビオランテたち、あんなに善い子たちばかりじゃないですか。たしかに力は有り余ってるかもしれませんけど外の世界へ攻め込もうとしてるわけでもないし、このままそっとしておいてあげた方がお互いにとっても良い気がするんです。何より、このまま世の中へ曝して見世物にされてしまうのかな、と思うと忍びなくて……」
……なるほどな。助手の言うことには人情として理解もできるし、一理ある。
純粋な学術的好奇心、単なる研究目的で調べられるだけならまだマシかもしれない。ビオランテの妖精めいた可憐な容姿、疑うことを知らない純真な心、そんな心身には似つかわしくない強大な力……それらが外の世界の人間の悪意や欲望と結びついたりしたら、それこそ目も当てられない結果になるだろう。
たとえば、漂着した怪獣の卵を見世物にしようとして問題になった『
とにもかくにも、倫理的に繊細な要素を孕んだ存在であるビオランテ。そんな彼女らを何の配慮もせず世紀の大発見扱いして衆目にさらけ出すのはかなり問題があると言わざるを得ない。そこまで扱いが難しい存在だというなら、いっそ見なかったことにして忘れる。これもひとつの選択肢だ。
「たしかに、
「だったら、やっぱり伏せておいた方が……」
結論を急ごうとする助手を、わたしは「だがな、」と遮った。
「それは『わたしたちが怪獣の研究者でなければ』の話だ。我々は研究者、それも怪獣の専門家だ。我々には怪獣を取り扱う職業人としての責任がある。見なかったことには出来んよ」
「しかし……」と抗弁しようとする助手に、わたしは言って聞かせた。
「いいかね、それに、わたしたちが見なかったことにしたところで、いずれ他の誰かが見つけるだけ、問題の先送りにしかならん。次の発見者がビオランテたちに気を遣ってくれる善人である保証はどこにもない」
今回発見したのがわたしたちだったのは、ビオランテたちにとってはかえって幸運だったのかもしれない。これが他の人間だったら、いきなりビオランテたちを捕らえて見世物にしたり、危険な怪獣として駆除してしまった可能性だってある。
わたしの指摘に「やっぱり、そうですよね……」と項垂れる助手。
「じゃあ、どうしたらいいんでしょうか……」
見なかったことには出来ないし、かといって公表することもできない。ジレンマだ。覆しがたいそのジレンマを前に、助手は悩み込んでしまった。
……まったくわかりやすい奴だ。わたしは言った。
「……まあ、だからといって今すぐ知らせる必要もないがな」
「え?」
なんだ、ハトが豆鉄砲喰らったような顔をして。虚を突かれた様子の助手に、わたしは言った。
「これだからキミは子供だというのだ。ビオランテの存在を今すぐ世の中に知らしめなければならない、なんて一言も言ってないだろ」
正直に白状してしまうが、わたしは当初抱いていた『新種の怪獣を見つけて名を上げてやろう』という目的意識が薄れつつあるのを感じていた。思い返してみればなんと俗っぽい、下卑た野心なのだろうと羞じらいすら覚える。
研究室の経営だの体面だの、世俗にまみれているうちにいつの間にかわたしも研究者としての本分を見失ってしまっていたようだ。そんなことよりもっとビオランテたちのことを知りたい、理解したい、そんな研究者としての原点とも言える感情が沸き起こっていた。
「ここは
わたしの判断も結局は問題の先送りだ。抜本的な解決策にはならないし、これが正しい結果に結び付くのかも予断はできない。戻ってくるまでの間に他の誰かに発見される可能性だってあるし、そもそもここは紛争国のバル・ベルデだ、戦火がこのジャングルまで飛んでこないとも限らない。
ただ、先送りをした分だけの備えはできる。それがどれだけ功を奏するかはわからないが、少なくとも何の用意もしないままビオランテたちを世の中へ晒し者にするより、よほど良いはずだ。
「それにエイペックス社の礼金も入るしな。新しい研究を始める軍資金にはちょうど良いだろう」
「先生……!」
助手はなにやら潤んだ表情でわたしを見ていた。なんだね、その感極まったような目つきは。
「おい、勘違いするな。わたしは研究者としての見地から言っているのであってだな……」
そうやってあれこれ理屈を並べようとするわたしに、助手はふふっと口元から笑いを漏らしていた。
「まったく、先生も素直じゃないんだから」
……痛いところを突かれてしまったな。わたしも口の端を自嘲気味に歪めて笑った。
この際だから正直に認めてしまおう。わたしはビオランテたちのことを『愛する』とまではいかなくとも、多少ながら愛着を抱きつつあった。わたしも助手のことをとやかく言えやしない、わたしもビオランテたちのことが可愛いのだ。
そうと決まれば、とわたしは苔まみれになっている研究施設のコンピュータ端末を指して言った。
「傭兵の連中がここに到着する前に、この研究施設のデータは破棄してしまおう。簡単だ、基盤を開けて中のデータドライブを壊してしまえばいい」
「いいんですか、そんなことしちゃって」
「なあに、これだけ荒れ果ててるんだ、わたしたちがとどめを刺したところでバレやしないだろう。バレたところで、シラガミたちに罪を擦りつけてしまえばよかろう」
エイペックス社からの追及を恐れたシラガミたちは研究所を捨てて逃亡、その際にコンピュータ端末を壊して研究データを隠滅してしまった。そういうことにしてしまえばいい。わたしの説明を受けた助手は「りょーかいです!」と威勢よく答えた。
早速わたしたちは、研究所に残ったデータを処分する作業に取り掛かった。ビオランテたちと暮らせる、素晴らしい未来を夢見ながら。
ところが、事態は思わぬ方向に向かった。
わたしたちがデータをすべて処分した翌朝、思わぬ来訪があった。
「……よお、先生」
傭兵隊長だった。わたしたちから遅れて一日、逸れていたエイペックス社の警備部、もとい傭兵たちもようやくこの研究所に到達できたのだった。
キミたちも到着したのか、無事で良かった。労をねぎらうつもりでそう声を掛けたのだが、傭兵隊長はニコリともせず「無事じゃねえよ」と吐き捨てた。
「頼りになる専門家さんたちが我先に逃げ出してくれやがったからな。苦労もしたさ」
「おいおい……」
痛烈な嫌味をぶつけられて、わたしは面食らってしまった。
たしかに状況としてはそうなってしまった部分もあるが、わたしたちは我先に逃げ出したわけではないし、逆に言えばわたしたちは護衛から逸れてしまったわけで、見方を変えれば充分に武装していた彼ら以上に危険に晒されていたとも言える。そんな無防備なわたしたちが無事ここまで辿り着くことができたのは、一重に幸運の賜物にすぎない。その状況を鑑みずに、わたしたちだけ一方的に皮肉られるのは筋違いだと思う。
……とまあ、言いたいことは無くも無かったが、わたしは吞み込んでおいた。
「まあ、何はともあれ合流できて良かったよ。どうだね、一服」
労をねぎらおうとするわたしに、傭兵隊長は不愉快そうに鼻を鳴らしながら答えた。
「おれたちを舐めるのも大概にしろよ。本社を出し抜いて大発見を独り占めしたつもりか知らんが、バレてねえとでも思ってるなら大間違いだ」
……何の話だね。内心の動揺を取り繕いつつ、聞き返すと傭兵隊長は言った。
「シラガミがゴジラ細胞を使って新種の怪獣を作ったのは調べがついてるんだ。名前はビオランテ、だろ?」
その言葉で、背筋に冷たいものが流れた。助手が顔を引きつらせている一方、わたしは上辺だけでも取り繕った。
「おいおい、何の話かさっぱりわからんぞ。新種の怪獣、ビオランテ? 何のことだ?」
白を切ろうとするわたしに、傭兵隊長は「とぼけるな」と言った。
「バイオテクノロジーの権威だったマッドサイエンティストとゴジラ細胞、この二つが揃ってたらやることは一つだけだろ。問題は『ビオランテとやらがどんな怪獣なのか』、だが……」
……まずい、まずいぞ。どうやって切り抜けたものかと思考を巡らせていたとき、草むらの方から音がした。
「せんせい、おはよう!」
現れたのはビオランテだった。両腕には山盛りのフルーツを抱えている。
「せんせい、きょうも フルーツいっぱい もってきたよ……せんせい、どうしたの?」
先日までの晴れ渡ったような笑顔で元気よく挨拶したビオランテだったが、わたしたちの様子がおかしいことに気づいたようで、小首をかしげていた。
……よりにもよってこのタイミングか。わたしは頭を抱えそうになる中、傭兵隊長は鼻で笑った。
「こいつが『ビオランテ』か。ねえ、『せんせい』?」
そんな傭兵隊長に、ビオランテは視線を向ける。「……おじさん、だあれ?」、かつてわたしたちと初遭遇したときと同じように問いかけ、同じような無垢な表情で近づいてゆく。
そんなビオランテを、傭兵隊長は蹴りつけた。
一瞬の出来事で、わたしたちは庇う余裕も無かった。ふぎゃっ、という悲鳴と共にビオランテの小さな体が宙へ浮き上がり、抱えていたフルーツが辺り一面に散らばった。
ビオランテは突然蹴飛ばされて、何が起こったのかすぐに理解できなかったようだった。やがて、自分が悪意によって危害を加えられたのだ、という状況を理解し、顔をくしゃくしゃに歪めた。えぐっ、えぐっと嗚咽を漏らしながら、両目には大粒の涙を溢れ出させている。
そんな中で真っ先に動いたのは助手だった。引っ繰り返ったビオランテへ追撃の蹴りを加えようとする傭兵隊長に立ちはだかり、助手は叫んだ。
「なんてことするんですか!?」
「『なんてこと』? そりゃこっちの台詞だ。こんなバケモノに絆されやがって」
傭兵隊長は悪びれもせずに言い放った。
「こいつらはエイペックス社の資産を不正利用して生まれた失敗作だ。どうせ始末するんだ、下手に感情移入するもんじゃねえだろ」
ひどい、なんてことを。
エイペックス社の連中にとってビオランテは、自分たちの不祥事の証拠だ。エイペックス社の連中は、それを根絶やしにする気なのだ。
エイペックス社の連中、いや人間はなんと身勝手なのだろう。最初に始めたのは自分たちだったのを棚に上げ、自分たちの都合に合わなければ殺そうとするなんて。
たまらず、わたしも傭兵隊長に言った。
「ビオランテはこの生態系において特殊な存在だ、計り知れない謎と可能性に満ちている。しかも彼女らに人間への敵意はないじゃないか」
「……なにが言いたい」
凍てついた目つきで威圧してくる傭兵隊長に、負けじとわたしも言った。
「どうか、そっとしておいてやれないか?」
次の瞬間、わたしの体が宙に浮き上がった。
「先生!」と助手が悲鳴を上げる。そのままわたしの背中が壁へと叩きつけられたところで、わたしは自分が傭兵隊長に胸倉を掴まれたことを理解した。
激昂した傭兵隊長が、わたしのことを吊し上げながら怒鳴り散らした。
「わからねえのか、こいつらは正真正銘、れっきとしたゴジラなんだぞ!?」
ゴジラ。その言葉でわたしははっとした。
たしかにそうだ。ゴジラ細胞から創り出されたビオランテ。核エネルギーとバイオテクノロジー、動物と植物、出自が異なるだけで本質的にはビオランテもゴジラと何も変わらない。そもそもわたし自身言っていたじゃないか、『もはやもう一匹のゴジラ、分身と呼ぶべきだろうな。同じゴジラ細胞を持ち一方が動物、もう一方が植物。違いはそれだけだ』と。
そんなことに思い至ったわたしを吊し上げながら、傭兵隊長は「いいか先生」と言った。
「アンタらインテリのお偉いさんたちがそうやって安心快適なラボでイカレた世迷言を並べてたとき、おれたちは何をしてたと思う。親兄弟子供をゴジラに踏み潰され、生まれ育った故郷は焼かれ、そしておれ自身はオペレーション=ロングマーチの前線でゴジラと戦ってたんだ。おれくらいの歳の連中は皆そうさ、ガキの頃から戦場で地獄を観てきてる。そのゴジラがまた息を吹き返そうとしてるってときに、『敵意はない、可哀想だから見逃してやれ』だと? ふざけるな」
そんな無茶苦茶な。わたしは抗弁した。
「しかしビオランテはまだ子供だ、ゴジラのクローンではあってもゴジラそのものじゃない。まだ罪を犯したわけでもないのに始末するだなんて乱暴すぎる」
「そうやって野放しにして手遅れになったら、アンタどうやって責任取る気だ?」
「そ、それは……」
咄嗟に答えられないわたしに、隊長は苛立った様子で「アンタら御偉いさんはいつだってそうだ」と言った。
「昔ゴジラを殺したのはオキシジェンなんとかっていう、どこぞの偉い学者の先生が作った化学兵器らしいな。だが、そんな魔法みたいなもんであっさり解決できるなら、あの戦場で死んでった連中は何だったんだ?」
それは、ゴジラと最前線で戦ってきた人間たちだからこその言葉なのだろう。後方で好き放題言うだけだった“御偉いさん”と最前線で怪獣の被害を被ってきた自分たち、そんな世の中の不条理、そしてゴジラとその類縁であるビオランテへの憎しみと怒りで、傭兵隊長の目つきからは殺意すら滲み出ていた。
掴み上げていたわたしを地面へ抛り捨てると、傭兵隊長は忌々しげに吐き捨てた。
「しかもそのオキシジェンなんとか、開発者が死んじまってもう二度と作れないんだってな。それでまた新しいゴジラが出てきたら、どうやって倒せっていうんだ? そんな奇跡みたいな代物に期待するよりまず『あらかじめ危険の芽を摘む』方がよほど正しいだろうが」
そのために
傭兵隊長が端末にコマンドをいくつか入力すると、コンテナが自動で展開されて開封された。その中身に、わたしは目を見開いた。
「こいつは……!?」
サングラス状のゴーグルに両腕のチェーンソー、胴体に搭載された振動カッター、その他体のあちこちに搭載された鋭利な凶器の数々。うずくまった姿勢ではあったが、その凶悪さは一目見ただけでわかるほどだ。
驚愕するわたしに、傭兵隊長はほくそ笑みながら告げた。
「ああ、そうとも。〈ガイガン〉だ」
サイボーグ怪獣、ガイガン。
かつて『怪獣黙示録』の時代の頃に展開された対ゴジラ誘導ユーラシア横断作戦:オペレーション=ロングマーチで活躍したという逸話を持つ強力な生体兵器である。ゴジラが討伐されて以降は危険な大量破壊兵器として国際条約で運用が規制ないし禁止されていたはずだが、エイペックス社の連中、こんな代物まで持ち込んでいたのか。
ビオランテを見下ろしながら、傭兵隊長は言った。
「ジャングルにガイガンを投下し、このゴジラもどきどもに踏み躙られる側の気持ちを存分に思い知らせてやる。ゴジラだろうがビオランテだろうが、もう怪獣どもの好きにはさせねえ、皆殺しにしてやる」
……正気の沙汰じゃない。戦慄するわたしと助手を鼻で一笑し、傭兵隊長は叫んだ。
「ガイガン=ミレース、起動オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
傭兵隊長の号令に応えるように、ガイガンのサングラスへ残忍な真紅の光が灯った。
次回、最終回。
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