[雨が降り出す:プロローグ]
物心つく前に両親から、すでに嫌悪されていた。
制御できない電流に包まれて、怒りのまま周囲を破壊する。いつだって満たされない想いを抱いていた。
ただ、存在を認めてもらいたいだけだ。
自分が居ていいと、それだけ言ってくれれば良い。
自分の居場所……。それが夢路晴彦には無かった。
自分が欲しくても叶わないもの。それをいつの日か諦めて、思い通りにならない苛立ちや虚しさを全て電流に変えて当たり散らした。
「……ッ、ハルヒコ……! お前は何時だってそうだ! ……なんで父さんたちを困らすんだ!
どうして、人様に迷惑を掛けるなとあれだけ言っても守れないんだ!
どうして、そうやって反発するんだ! お前はどうして……!」
「……ッアーー! ウルセーーよ!
なんだって、テメェの言うこと聞かなくちゃなんねぇんだ!
お前らの価値観で図ンなよ! どうせ、他と比べて世間体気にしてるだけだろ?
出来の悪い息子で良かったな! ざまァみろ!」
「ハルヒコッ! お父さんに向かってなんて口の聞き方なの! 謝りなさい!」
「うるせーよ! クソババア!
テメーも何時もそうだよな? 親父の顔色ばっかり伺いやがって! 何かあると、いっつもそうだ。お父さん、お父さん。テメェの言うことが一番気に入らねぇんだよ!」
「母さんをなんだと思ってるんだ! ハルヒコ……!
母さんに謝りなさい!」
「うるせー、うるせぇっ! 親父も親父だな!
普段っから横暴なのはアンタも同じじゃねーか! 都合のいい時だけ庇ってんじゃねぇよ!」
両親の目に怒りの感情が浮かび出す。
母が怒りを涙に変えた所で、父の怒りは言葉となって放出された。
「……ッ! 親に向かって、何て口の聞き方なんだ!
今度という今度は……許さないぞ!」
「許さないから、なんだって言うんだよ!」
「出ていけっ! 今すぐに……!」
「ハッ! 言われなくても、出てってやるよ!」
力任せに扉を蹴破った。
雨の路地を制御の効かないこの力が発動したまま歩くのは危険だと、そんな事は歩き出してから気が付いた。
幸い、周りに人は居ないので、他人に危害は加わらず、変わりに、通った周囲の地域へ電気を送る電線をショートさせてしまい、辺りは夜の闇と溶け込んでしまった。
晴彦は近隣の公園まで移動していた。そこまで辿り着く頃には、力の暴走も止まっていた。
もう帰らない。
帰れない。と分かった。
あそこには、自分の居場所は無い。
夢路晴彦は、心にそう誓った。
──あぁ。死ぬかもな。
呑気にもそんな事を思っていた。
「お前だ! お前のせいだ! お前がついて行かなかったら……!」
馬乗りになった男の顔が、グニャリと歪み、誰かも判別できない程ぼんやりと輪郭線を失う。自分の顔が腫れて視界が悪くなっているとは直ぐには気付かなかった。
上から振り降ろされる拳に抵抗していた両手に力を込めるのも億劫になった。もう一層の事、このまま無くなってしまえばいいと頭の片隅で思った。
そんな時に男の後ろに視線がパチリと合う。
両手の指先が白くなるまで強く握り締められた拳を胸の前で構えて、男の後ろにそっと立っている小さな存在に気付いた。
騒音で、起きた千架だ。
男の背中に向かって、握りしめた拳を交互に打ち叩く。
「やめてよぉ! お兄ちゃん、叩かないでよぉ!」
千架の目には涙が溜まっていた。
泣きながら、何度も男の背中を叩く。
男が、乱暴に振り払った。
怒りの矛先が千架へと移る瞬間が、嫌という程分かる。
「そもそも、お前がリンゴを食べたいなんて駄々をこねたのが、いけないんだ! コイツ……!」
振り上げられた腕から、千架を守ろうと手を伸ばしたが、その手は無常にも虚空を掴む。
自分が世界を手放したら、誰が妹を守るんだろう……。
ほんの少しの力でいい……。
自分に力があれば……!
ほとんど無意識のうちの
イメージは固まっていた。手が届かないなら、何か障壁が出来れば……と、箱のようなものを連想していた。それが、そのまま具現化する。
突如、何も無い自分の目の前の空間に、半透明の箱が現れた。その箱は、千架を空間の内部に収めて、外部からの衝撃を遮っている。
やった……!
次なる段階を踏むのは、後の事となるが、これが「トリック・ルーム」の発動の機会となった。