どんどん強くなびく雨に、憂鬱さは増すばかりだ。
「ねぇ?今日はやけに大人しいじゃん?どうしたの?」
足元をウロチョロとするガキの姿が視界の端に見える。
相手する気分じゃないので、無視を決め込んだ。
「んねぇぇぇっ!ヒナちゃんを無視するわけぇ?そっちが、その態度なら、こっちも考えがあるわ!」
瞬間、足元で発火が起こり、慌てて身を横に投げ出す。
「あっぶねぇえええ!テメェ!気ィ引くのに爆破は止めろっての!」
「それなら最初から、ヒナちゃんの事を無視しなきゃいいのよ!子分A!」
このガキ……。
「だいたい、オレは犬居の商売から抜けたんだ。オマエがなんでずっとオレに付きまとうんだよ!」
「アンタがなーーんにも分かってないからよ!あの人が簡単に折れると思ってるの?
どうなるか、分かってるの……!?」
「フン。言いがかり付けるようなら、今度はタダじゃ置かねぇ。昨日はランの手前下手な事が出来なかっただけだ!負けは次は無ェ!」
「……。だから……。何にも分かってないんだってば……。やっぱり、ハルヒコはバカだよ……。」
「何だよ、さっきからずっとモジモジしやがって!小便なら勝手に済ましてこいってんだ!」
「ほんっとに、ハルヒコってバカッ!!」
足元で閃光が炸裂する。爆風に揉まれている間にヒナはその場から姿を消していた。
自由に使えと言われてから、犬居に連れられて来たこの廃ビルと、夜の街を適当に行き来する毎日だった。
その間に、
『……。どうなるかなんて……。そんなモン、考えたって仕方ねぇだろ。』
裏社会の人間がどう制裁を下すかなんて、分かりきってる。
下手に立ち回れば、それは死に直結だ。
犬居の話に乗ったのは不味かった。
この先、どうするべきかなどと、普段から後先なんて考えたことも無いオレに考えられる訳もなく……。
『まぁでも。』
あれから数日たったのに、犬居から接触が無いのは、犬居にオレを殺そうとする意志は無いと考えられた。
そうとあれば、まだ何かしら講じる手立てはあるかもしれない。
そちらの問題は、相手が動いてくれねば進展はしない為、時がきたら考えることにして、とにかく今は、ラン達と犬居との関係だ。
犬居と知り合い、少しではあるが、犬居という男がどんな人物か分かってきた事もある。
何かしら仕事をする時には、これでもかと言う位に念を入れて情報を収集する。
仕事をするのに、失敗が無いように入念に計画する。
とても狡猾で、慎重な人間だ。
あれだけランに執着するのは、ランの能力が欲しいって事だ。自分の時の様に。
オレは、犬居から金を取り返そうと集まってきたチンピラetc.を
相手は表向きに訴えられもしない為に、ウヤムヤになって問題は消えていった。
オレは、その突破口になりさえすれば分け前をくれる。
簡単に金が手に入った。
ランも何かの仕事に利用しようとしてるのは間違いない。
だが、ランにはこんな生活合わねぇだろ。
上手く犬居を説得して、別の手段に変えさせるべきか?
悶々と考えること数分。
頭がパンクしそうだ。
上手い手立てなんて考えつかなかった。
「あーーーー!!ダメだ!!性にあわねェ!」
もう考えるのはやめだ。昼メシにしよう。
ビルから出て表通りを目指し歩き出す。
表通りを目指しているはずだった。大きなクラクションの音を聞き、自分が車道まで出ている事に気付いて、既のところでライズを使い歩道に戻る。
こんな芸当が出来る奴をオレは一人しか知らない。
「
「ビル出た所で気付いてたろ?あたしの能力下に入り込んできたのはあんたの方だ。」
「犬居の差し金ってトコだろ?数日も放ったらかして、随分とのんびりした仕事してんな?」
「ヒナがあんたを逃がしてやろうとしてたのに、馬鹿なヤツ。優しいあの子には、こんな事をさせられないんだよ……!」
歩道に居たはずが、一歩前へ進めば陸橋の階段を転げ落ちる所だった。
その後も、点々と危ない場面に直面するが、どれも自然にありふれた事故に解釈されるような物ばかり。意識していれば、直前で回避できる様な盤面ばかり。
こいつ、殺す気あんのか?相手の意図が分らん。
「クソ、面倒な能力だ……。」
「ミラージュを大した事ない、取るに足る能力だと買い被りすぎだ。
東雲ランは、
コイツはそんなにキレイな能力じゃない。」
口先は、オレに敵対しているそぶりを見せていても、能力は最後にオレに逃げ道を与えていて、やっている事がちぐはぐだ。
相手の行動に疑問を感じながら、誘導されるように移動してきていたが…。トランスの波動に気づけずにナオのトランスに引っかかる。
……ランもそういやこういうの上手ぇよな。
『あんたの言う通り。犬居から始末をヒナと一緒に任された……。あたしは、いつだって陽動係だ。この能力だって、上手く使えば適任なのにね……。
あたしもあんたを殺すまでやる気はない。ちょっと痛い目見るくらいの所をあいつに見せつけて、サッサと仕事を終わらせたいんだよ……。』
『犬居の野郎がそれで納得すると思ってんのかよ?』
『思ってない……。思ってないけど、次に殺られるのはあたし達だ……!
他に……どうしろって言うのよ!』
「ナオ……!ナオにばっかり、背負わせない……!」
「…ヒナ!?」
足下から爆風が炸裂する。
勢いでミラージュで作り出された蜃気楼が揺れた。揺れる景色の中で、実際に自分が居る場所を把握する。
どうやら、地元に流れる河川敷に場所は移動している様だ。街中から反対に住宅街へ向け進んで、更に人気の無い河原へ誘導されてきた。
パイロキネシスの熱波が頬を照り焦がす。
普段のヒナが扱うパイロキネシスの威力とは格段に違う火力の熱量を感じた。
ヒナの周りを渦巻くように火炎が舞う。
「ナオは、何時もそう。私には肝心な時に一歩引き下がらせておいて、自分は前に進んで……。私だって、ナオと一緒に戦う覚悟はあるもん!
ナオにばかり、悲しい顔させたりしない!」
ヒナのパイロキネシスの火力にミラージュが負けた。
突風と共に蜃気楼は晴れ渡って、3人が均一に距離を保って河原に対峙していた。
ナオは、一瞬顔を顰めたが……、瞳を閉じてそのまま俯いてしまった。
「ハルヒコっ!私はあんたをこれから倒さなきゃならないの。そうじゃなかったら、私たちは生きていけないから。
だから、その場に屑折れなさいよね。」
「はい。そーですか。って倒れてられっかよ!いくらお前ら相手でも、手加減はしねーぜ?」
火炎を身に纏ったまま、ヒナは距離を一気にライズで詰め寄り、熱が肌を焼く。
ヒナから距離を取ろうと退いたが、再度発動したミラージュにより造られた幻想だった様で、背後からの殺気に気付きライズで横飛びにヒナから回避する。
(やっぱ、ナオの能力が厄介だ。)
接近に直前まで気付けない為、パイロキネシスの炎が多少肌を焦がす。都度、飛び火した火を手で払いながら消火する。走り回りながら、ナオの位置を探した。
ミラージュも何処までも広く能力の範囲を広げられるものでは無い事をこの数回で理解した。効果範囲の外側に近ければ近い程空間がゆらゆら揺らめく。
裏を返せばナオを中心に能力が広がっていると直感した。
端から端を把握し、中心に向けて移動する。
そこに居るはずのナオに向けて、
「ショットガン・ボルト!」
「っ痛!」
中心から数m範囲に
「ちっとばっかし痛てぇぞ!?」
「っくぅ!」
ナオに向けて攻撃しようとした時に、火の壁がナオとの距離を物理的に阻んだ。
ヒナのパイロキネシスの威力に圧倒され、一度後退する。
「ナオを虐めるなぁァァァッ!!!」
ヒナ自身に纏った炎から分断した炎の壁は強力な威力で天に向けて燃え盛る。
ヒナのパイロキネシスの威力はどんどん大きく、どんどん膨れ上がっていくようだった。
「……おい、ガキンチョ…。もう解除した方が良いんでねーの?」
どんどん大きくなっていく相手の
相手の状況が痛い程よく分かる。
これは
ヒナの
見ると、ナオも顔色が悪くなっている。
急にヒナは動きを止め、身に纏った炎は急にすぼんでいき始めた。
「……マズイ!ハルヒコ!離れろ!」
ナオがヒナから離れながら大声で叫んだ。
叫び終わるのと同時に急な突風が背中を押す。瞬間空気が正面から物凄い熱波と共に吹き荒れ一瞬の閃光と轟音が目の前に広がった。
あまりの発光と熱に反射で目を閉じていた。
衝撃も、熱による痛みも何も感じない。驚く程辺りは静かだった。
そっと目を開け辺りの様子を伺う。
ヒナを覆ったのはトリックルームだった―。
ヒナはトリックルームの中で大量の砂に肩まで埋まっている。砂により、爆発による炎も無く、熱波も寸前に感じたほんの一瞬だけの様だった。
ヒナは砂の中で、ぐったりと項垂れていた。
トリックルームが解除されると、河川敷の土手の上からこちらへランが走り寄って来る。
オレやナオなど目にもくれず、ヒナへ一直線に駆け寄り、砂からヒナを掻き出しながら、ずっと呼びかけ続けていた。
「…しっかり!動けるか?……すごい熱だ…! ―おい、ナオ!……これを川で濡らしてきて欲しい!
ハルヒコ!ぼさっとしてないで手伝え!」
ランは着ていたTシャツを脱ぐと、思い切り破り始め、適当な大きさに引き裂き、ナオへ放り投げた。
オレも慌てて砂にかじりつき、両手で掘り進む。
ヒナがむせ始め、薄らと意識も取り戻し始めた様子だった。
「……ぅ。」
「よかった!気が付いた!待って、動いちゃダメだよ?今砂をどけるから。」
腰の辺りまで掻き出すとランはヒナを抱き抱えて砂から一気に抱き起こした。
ヒナの洋服は所々、熱風か炎で燃え落ちてボロボロになり、剥き出しになった部分の肌は赤く火傷痕になっている。
ナオがすぐ横を流れる川で、Tシャツだったものを濡らして帰ってきた。
「絞ったのと、絞らないのを用意した…。これでいいか?」
「あぁ!ありがとう。……嬢ちゃん、ちょっと痛いけど、ガマンできるかい?」
「…うん。」
「アタシに他に出来ることあるか?」
「ナオはこの子と一緒に居てやって欲しい。知り合いの存在が一番安心するだろう。
ハルヒコ!河川敷降りて住宅街方面の角にバイト先の酒屋がある。店主に俺の名前を通して、タライを借りて来てくれ!」
「わ、分かった!」
一目散に土手を這い上がる。多少ライズも使って一気に駆け上がった。
言われた方向に走ると、昔ながらの酒蔵と、隣合わせに古い酒屋が暖簾を下げている。
思ってた酒屋と違っていた。かなり歴史ある酒屋のようだ。
暖簾をくぐって、引き戸を思い切り引いた為に、大きな音を立て扉が横に滑った。
「いらっしゃい!威勢が良いねぇ。」
「オッサンここの店主?急いでるんだ!タライを借りてぇんだけど?」
「…な、なんだなんだ!急に入ってきて……!」
「東雲ランのお使いなんだよォ!!タライ借りれねェか!?」
「え、ラン君の知り合い?……何かあったのかい?」
「いいから!早く!タライ!」
「分かった分かった!ちょっと待ってくれ……!」
(知ってる誰かがテメェの能力で傷付いたりすんのは見たくねぇンだよ…。)
少しして、大きなタライを抱えてオッサンが戻ってくる。
「ほら、これでいいか?」
「あぁ!サンキューなオッサン!」
タライを受け取ると、店を後にして急いで河川敷へ戻る。後ろで呆気にとられているオッサンを他所に、現場へ急いだ。
簡易タオルで身体を拭いたりしつつ、口に入った砂を湿らしたタオルで拭っていたようだった。
「ハルヒコ、川から水を汲んでくれ。」
命じられ、直ぐに走り出した。川の水を汲み上げてそれをランの元へ一目散に運ぶ。ヒナの様子を伺うと呼吸はまだ苦しそうだが、少しだけ血色が戻ってきた気がしてホッとした。
ランはずっとヒナに声をかけ続けていた。静かな、優しい声で。痛む所は無いか、気分はどうか。声をかけ続けながら、タライの水で布を濯ぐとゆっくりと身体を拭いていく。
「…なぁ、ラン。大丈夫だよな?」
「うん?…まぁ。火傷もそこまで酷くない。ただ、かなり熱が籠ったままだ。もう少し、冷やさないと。」
「タライに居れちまえばよくねぇ?」
「浸けたら、下流の水といえ川の水は冷える。余計な負荷はかけられない。…応急処置はこれぐらいしか出来ない……。後は医者に任せた方がいい…。」
「……いい。」
小さな声でヒナが呟く。うっすらと口を開けて消え入りそうな声で精一杯拒否の意を伝えるとナオとランの手を握り、ぎゅっと目を閉じて荒い呼吸の間から言葉を紡ぐ。
「このまま…。居て欲しい…。熱、…引けば、戻る、…から。」
「ヒナ……。ヒナ…、ごめん。……アタシのせいだ。アタシが、犬居なんて頼ったから…。お金なんかの為に…。」
「ナオの、せい、じゃ…。ない…。お金、…なくても、……とうきょ…じゃ、なくても。…歌、…ナオの、……歌、…聞きたい。」
「……うん。分かった……!」
「お兄さん、水…。足浸けてみる…。」
「ん。ちょっと待ってて…。よし。膝の上に座って浸かれるか?何処も痛まないかい?」
「ん…。気持ちいい。…痛い所は無いけど。ちょっと、頭、くらくらする…。」
少しづつ、ヒナに生気が戻ってきた。タライの中にくるぶしまで足を浸け、ゆっくりと足をばたつかせ始める。さっきよりも意識はしっかりしてきた様子で、みるみる回復しているのが端目でも分かった。
「…よかったなガキンチョ。」
「……フン。お兄さんもハルヒコも…。犬居に関わるとろくな事なんてないんだから……。覚悟しときなさいよね…!」
「悪態つける位なら心配するこたァねぇな。」
「……ナオ。悪い事は言わん。この子と一緒にこの町を離れた方がいい。犬居にしても遠くまで子供を追う程の事はしないだろ。」
「ーー東京で、歌って……。自分の能力で成り上がろうと思ってた。
でも、一番歌を聞いて欲しい人は一番近くにいた…。アタシは、前が見えてなかった…。」
ナオが、ヒナを見つめる。
ヒナもゆっくりと、ナオに頷きかけた。
また、身近で
「アンタ達は、どうするのさ?」
「
「フッ――。やっぱり、アンタはつまらない男だな。……でも、仲間としては最高だよ。」
「……ねェ、お兄さんお名前は?」
「あぁ。俺は東雲ラン。嬢ちゃんは、ヒナちゃんでいいのかな?」
「う、うん。あのね、ヒナが動ける様になるのに一日は掛かるから……。ランお兄さんにも迷惑かけちゃう。」
「あれだけの
「……で、でも。……いいの?」
「おい、ガキンチョ。ガキンチョが一丁前に気使ってんじゃねぇぞ!ガキらしく甘えてりゃいいンだよ!」
「はぁっ!?私は、ガキンチョじゃ無いんだからねっ!ハルヒコの方がよっぽどガキよ!」
「あん?ガキはお前だろうよ?」
オレとランとで随分と対応が違うじゃねぇかよ。オレだって心配してやってるってのに……。
ランの意見に賛同し、ランの家に向かって移動する。
ランが、ヒナをおぶろうとヒナの前で屈もうとした時に、名指しでおんぶを指名され渋々ヒナを抱える事になった。
「ハルヒコ。……ありがと。」
聞き取れるかどうかという小さな声で呟くように背後でヒナが言った。
「何が?」
「……ッ!な、何でもない!」
ナオは、町を離れる前に寄りたい所があると別行動となった。
東雲兄妹の新居となるアパートへは初訪問だ。外観はそこそこ古そうな建物だったが、中はそこまで築数を感じさせない雰囲気だった。2LDKの間取りで部屋は狭いが、以前の陰気な空気感は無く、電球色の明かりが柔らかい。
突然の訪問だったものの、道中でランが食料品を買い足してからアパートへ戻っている為か、待っていたチカちゃんも小言は言わずにオレとヒナを部屋へ上げてくれた。
昼飯を食いっぱぐれているオレの腹が、急に主張を強くし始めると、苦笑気味に「カレーにしようか」とチカちゃんはエプロン片手に台所へ入っていく。ランも目配せして台所へ入りかけた所で、チカちゃんから断られていた。代わりと言わんばかりに残っていた家事を言いつけられ、風呂掃除をしにリビングを離れてさっき通った玄関方面に向かう。
ヒナをリビングに置かれたソファの前で背から降ろす。ソファに落ち着くと、ぐるりと辺りを見回していた。
「その子は、ハルヒコさんの妹さん?うさぎちゃんの髪留め可愛いねぇ。私は東雲チカ。よろしくね?」
「ハルヒコは子分なの。……私は……。ヒナ…。」
「コイツ、親が居なくて施設に居るけど絶賛反抗期真っ最中で施設を飛び出してたんだ、そんでオレが悪い事教えてやってるってトコだな。」
「ふぅん。そうなんだ。
……ダメだよ!ハルヒコさんみたいになっちゃ!」
「うん。」
「ち、チカちゃん!?」
二人から笑顔が溢れた。
ヒナがチカちゃんのシャツの裾を引き、手伝いを申し入れている。チカちゃんは快諾して、隣に並んでたちながら雑談も交えて作業をしている。
どこまでの事情を話していいのやら、しり込みしていたのに、ヒナ自身が少しづつチカちゃんに話し始めた。多少の嘘を織り交ぜつつ
自身の事をポツポツと。その中で、ナオについても触れ、どうして知り合ったのかを打ち明けていった。
「私ね、人とちょっと違うから……。その……。ちょ、超能力、
…施設でも、同じだった。みんな私の事を冷たく扱って…。そんな時に、近くの公園から歌が聞こえてくるようになって……。その歌は何時も不満とか不服とかが詰まってて、爆発するような歌い方が印象的だったの。
自分の寂しさとか悲しさも一緒に詰め込まれた気がして、聞いた後は何時もスッキリした。」
能力が、一番近い距離の人間関係を壊していく話を聞いていて身が裂ける思いだった。
目の前のヒナが幼かった自分の姿と重なる。
どこか放っておけないと思わせるヒナの存在は、自身の過去と全く同じ事情を抱えていたからだった。
「声の主を探すようになったの。何時もモヤモヤする気持ちを吹き飛ばすあの人に会いたいって。
……それで、出会ったその人も同じモヤモヤを抱えてて。でも、一つだけ違ったのは、周りと違うだけで除け者みたいに扱われてても、自分の力で道を切り拓く力強さがあった。
この人と一緒に居たら、私にも何か見つかるかもしれないってそう思って、ナオの跡を追って施設を飛び出したんだ。」
「な、ナオって……。あの、ナオさん???
駅前でアコギ弾いてお腹の底にジーンってする様なバラード歌ったりガンガンなハイテンポのロック歌ってるあのナオさん???」
「うん。お姉さんもナオの歌好きなの?」
「うん。とっても!」
チカちゃんとナオは知り合いだったのか…。ナオが音楽に精通してるってのも知らなかったが、そのナオの歌をチカちゃんも随分と聞いている様子なのも意外だった。何となく外見から男性アイドルグループとか好きそうだけど。
「悪い人に、
「そっか…。ヒナちゃんも、ナオさんも……凄いなー。いっぱい頑張ったんだね…。頑張って戦ったんだ…。
でも。この先は絶対悪い事ばかりじゃないよ!困ったら、いつでも頼っていいんだよ?私やハルヒコさん、兄さんはヒナちゃんの味方だよ!」
何の躊躇いもなく、理不尽が激流となって押し寄せてくるなんて事がそうそうあってたまるか。まして、ガキの内にとめどなく襲い掛かるもんじゃねぇ。
ランは、手が届くだけの自由を守れればなんて言うが、それでオレ達の様な能力持ちが不自由しない人生を終えられるか?目の前の理不尽を目をつぶって見ないふりしろってのか?
(やっぱり、どうしたってオレはこんな理不尽に甘んじてられっかよ。)
まだ力は到底及ばないが。…それでも、自身が抱える心の渇きは社会に対する不服と不満だ。
擁護されるべき子供でさえ、他と違うと分かれば淘汰されるような社会に対する反感だ。理不尽に立ち向かえる程の力が欲しい。
オレを満たすものはきっと。この理不尽な社会をぶっ潰したその先にある――。
やっぱり、犬居の元でしばらくは力を付けよう。
どんなに利用されていようが、能力を他に気にすることなく使用できる環境は犬居の元以外今は選択肢が無い。
(やってやるさ。新しい価値観を知らしめてやるんだ。)
決意を固めている内にチカちゃんとヒナがテーブルへ皿を運んでいる料理が完成した様だ。フワッと香るスパイスの匂いが、食欲を刺激する。
ランも戻って来て、席に移動していた。
ソファから体を起こし、席へ移動した。皿の上に白米が山の様に盛られ、ルーもたっぷりと掛けられていた。
「ハルヒコさんそれだけあれば足ります?」
「あぁ!いっただっきまーす!」
「ちょっと!何もしてないアンタが先に食べだすってどういう事?」
「うるせぇ!こっちは誰かのせいで、昼メシ食いそこなってんだ!文句言うんじゃねぇよ!」
「何でお前が高圧的なんだよ。どうでもいいから、静かに食事せんか。」
にぎやかに夕食の時間は過ぎていった。
オレは、その後ラン宅を出てぶらりと夜の街を目的地を目指して暗い路地裏を突き進んでいた。
悪趣味な提灯が灯っている。
慣れた足取りで廃ビルへと入っていった。
「…やぁ。来る頃かと思いましたよ。」
「犬居。オレはアンタの話分からないわけじゃねぇ。
それには一人だけの力じゃ無理だ。オレは、力が欲しい。アンタの話に乗るよ。」
「うんうん。そう言うと思ったよ。君は私の理想を理解出来ると…。共に世界を変えようじゃないか。」
もう身の回りで苦渋を迫られる事が無い様に。
目の前の男の不敵な笑みに、口の端を持ち上げて応えた。