久々に授業に出ている。
授業自体には、全く関心が無い。
だが、用のある相手が、全くオレに時間を割こうとしないから、教室に赴いて話すチャンスを伺っていたら、授業が始まってしまった。
覚えたてのトランスを使って窓側前方の東雲嵐に話しかけてみる。
廊下側後方の席からだとよく姿が見えた。
(…お、…どう……の…く…使っ…?)
(…相変わらず、下手くそなトランスだ。聞き取れやしない…。ちょっと待ってろ…。)
コードの様な形の物が前方から額に向かって飛んでくる。そのまま勢い衰えず、額にコードが繋がったような状態だ。
⦅…おいっ!?こんなの他のやつにバレないのかよ?
それに…何だ?コレ?⦆
⦅お前のトランスの波導はノイズが凄くて聞き取れないんだよ。俺のトランスで直接繋がったんだ。トランスの波導は他のやつには見えない。⦆
⦅それを先に言えよっ!⦆
⦅…うるさいヤツだな。で、最初のトランスは何だったんだ?⦆
⦅あぁ?お前はどうやって能力を、使えるようになったんだよ? ⦆
⦅……言いたくない。⦆
⦅…はぁ?⦆
会話が成立しない。
アイツ、オレの事をバカにして話そうともしてねぇのか?
⦅痛い目見てェのかよ?⦆
⦅俺に脅しは効かないぞ?⦆
⦅後天的に能力を得るってーのは、どういう場合何だって聞いてんだよ。⦆
⦅……。人の脳は、通常一定の範囲でしか作用していない。過剰な作用は、心身に大きなダメージを与えるからだ。PSIも特別な能力じゃない。ただ普段は大きな負担になるから通常使わないだけだ。…ただし。ある特別な条件を満たし、脳に超過度のストレスが掛かる事で、脳のリミッターが解除され…⦆
⦅ちょっとちょっと、タンマ!タンマ!お前、日本語喋ってる??訳わかんねぇンだけど?⦆
⦅…。普段は3割位しか脳は働かない。そこに、特別な条件が加わる事で、脳は生命保存の為に普段使わない能力も働かせるようになる。⦆
⦅…どういう事?⦆
⦅……はぁ…。
危険な状況の中で、使わない能力を一時的に解放する…。それがPSIの才能開花だ。これをきっかけに、PSIを使用する者をサイキッカーと言う…。⦆
⦅つまり、脳みそが、やべぇってなったら、めっちゃフル回転して能力が使えるようになるって事か!⦆
⦅…お前と話すのは…疲れるな…。⦆
⦅あん?⦆
予鈴が鳴り、授業が終わる。
授業中、眠らないでいれたのは人生で初めてだ。
昼休みに入った為、一気に教室も賑やかになった。普段メシは屋上に上がって一人気楽に食べているのだが、東雲嵐からはまだ聞きたいことが沢山ある。自然と東雲嵐の姿を探し、窓側前方に視線を寄越すと、相手もこちらに視線を動かしていた。
席を離れ、窓際へ移動する。
「オイ。ちょっとツラ貸せよ。」
「もっとマシな誘い方無いのか?」
誘いには応じてくれる様子だが、この男。一言二言がなんかムカつく。
「昼メシ購買?」
「俺は弁当がある」
「場所は?」
「何時も図書室脇のスペース。」
「うちの学校、図書室あんの?」
「あぁ。申し訳程度にな。」
購買は、学生たちで賑わっている。
人の波を掻き分けるようにして、おばちゃんに焼きそばパンとピザトースト、プリンにパックの牛乳を買う。
おばちゃんが、手際よく商品を袋に入れていく様子を見ていたら、買ってもいない杏仁豆腐を詰めているので、慌てて制止した。
「あ、おばちゃん。杏仁豆腐はオレじゃねェぜ。」
「あんた、嵐ちゃんの友達でしょ?これは、嵐ちゃんにおばちゃんからプレゼントだって言っておいておくれ。」
「………おばちゃん。オレには?」
「あんたにはプリン大きいのにしといたよ。」
「サンキュおばちゃん!」
行きと同様、購買からの帰りも人を掻き分けて離れた場所で待っていた東雲嵐と合流する。
「千葉さんと…何話してたの?」
「チバ?購買のおばちゃん?お前にって杏仁豆腐入れてくれたぜ。プリンも一番でかいヤツにしてくれたし…!今度から、お前も連れてくるかな〜。」
「……。」
購買の方に東雲嵐は視線をやると、おばちゃんも手を動かしながらだが、こちらの様子を気にしていたようで、すぐに顔を上げ手を振っていた。
東雲が一礼深々頭を下げる。
「…行こうぜ。」
「あぁ…。」
うちの高校はコの字型の建物で教室が集中して設置されている棟と、職員室や保健室、特別教室からなる棟とで分かれている。
図書室がある棟へ移動していた。道中は昼休みだと言うのに、学生の数がまばらだった。
それもそのはずで、学校全体の6割強が不良の超底辺学校で、特別教室棟に足を踏み入れる学生の数自体が少ない。
オレ自身も入学して数えるくらいしか出入りしていない教室の並びを抜けて奥ばったところにやっと図書室の札が見えた。
突き当たりまで廊下を行くと、確かに図書室の奥に5畳半位の空きスペースがあった。
廊下側からは観葉植物とパーテーションで上手く廊下と分断している。
スペースには机とイス、カラーボックスに本が並んでいた。
「コレ…もうカンペキ部屋じゃん。ガッコにこんなん作って良いのかよ?」
「ケンカして騒ぎ回って問題起こしてる奴らに比べたら大した問題じゃないだろ。学生指導の教官にも、不良が騒いでて勉強にならないから。なんて説明したら、コンセントも引いてくれたよ。」
壁を見ると、後付けだとすぐに分かる施行で2口の電気プラグが設置され、一つに延長コードが差され、その先には家庭用のサーキュレーターと、カラーボックスの上に置かれたラジカセの配線が繋がれていた。
もう一つの方は机に付属した電気プラグへと配電する配線が差されている。
廊下とスペースを区切るものが、パーテーションと言うだけで、もう殆ど部屋と言っても過言じゃない。
「図書室は使わねーの?」
「同じような奴が来てるのは良いが、あまりいい環境じゃないな。クラスで抑圧されてる分、あの空間で四散させてる。結局、教室と変わらないよ。」
「ふーん…。」
机に買った物を広げ、杏仁豆腐は東雲に放った。
焼きそばパンにかじりつきながら、弁当箱の中身を覗き見る。
卵焼きに、野菜のソテー、鶏の照り焼き、キャベツのコールスローサラダの上にミニトマト。白米の上にごま塩が振りかかっていた。
「自分で作るの?」
「…今日は妹。」
「いつもは親?」
「…うちに親は居ない。」
「……。能力のせいで、煙たがられてるとか、そんなん?」
東雲は視線を足元に下げて、沈黙する。
何かの拍子で能力に目覚めて、それがもし親に見つかれば、疎ましく思われるに違いない。そう思った。
「……なんか、ワリィな。変なこと聞いて。
オレもさぁ、生まれてからずっとコントロール出来ねぇでバチバチいわせてたからよ。いつも腫れ物に触れるみてぇにしやがるんだ。
世間体だの、そういうのばっか気にしやがるから、グチグチ説教つけてさ。」
「…お前、大変だったんだな。」
「っ!?べっつに、タイヘンじゃあねぇけど…!」
「"居ないもの"として無視する事なく、毎回聞いてるんだろ?俺には無理だね。」
話は終わりと言わんばかりに、そこで言葉を切って、東雲はミニトマトを摘んで口に放った。
そんな様子を横目に、頬張った物を飲み込み、牛乳のパックを不器用にこじ開けて胃袋に液体を流し込む。
しばらく黙々と昼食を口に運んでお互い食べ終わる頃まで、会話は無かった。…そもそも、東雲との共通の話題は能力のこと以外で思いつかない。
「…俺は、ニセモノでも良いから、分かり合えるって思ってたんだ。変わるわけないのに期待して…。」
「…?」
「だから、お前みたいにぶつかり合えるのが羨ましい。」
「…はぁ?」
また、東雲は押し黙った。
休み時間。まだまだ時間はたっぷりと残っている。それをこんなに重い沈黙の中で過ごすのは、拷問にかけられているようだ。
「…俺が”トリックルーム”を発動させたきっかけは…。親の暴力から妹を護る為だった。」
「…!!」
長い沈黙の後。空気に置くみたいに発せられた響きは、どこに感情があるのかも読めない虚無な表情で紡がれた。
「刃向かえるくらいの度胸は無いし、出て行くための生活力も無い…。せめて隔てる壁が欲しいって。あいつとチカを…。俺はどうだっていいけど、チカは…。チカだけは…。そう思って必死で…。
……それに比べて、お前は真っ向から対抗すんだろ?俺には出来ない。」
「……。オレ様は、耐えるなんてのがムリだなぁ。……シノノメも…。あのさぁ。シノノメって言いづれぇし、長ぇし、ランじゃあダメ?」
「……。勝手にしろよ。…ハルヒコ。」
「…っ!へっ!……ランもさぁ、タイヘンだったじゃん。」
めちゃくちゃ態度は悪いが、嵐は、久しぶりに自分の存在価値を認めてくれた存在になった。
翌日。
目が覚めると、太陽が真上に差し掛かるのに少し足りない辺りまで日が昇っている。
もう昼だ。
嵐は、真面目に授業でも受けてるんだろう。
昼飯を食いに、購買に行くか。
いつも通りに、通学路を牛歩を進め自宅から10分の距離を特になにも考える事無く進む。校門に入るか入らないかの辺りで、スーツを着込んだ目付きの悪いオッサンに絡まれた。
「兄ちゃん。”シノノメ ラン”って友達いるか?」
「はぁ? ラン?」
「知らねぇか?」
そこで突如、嵐のトランスが耳に入ってきた。
(おい、ハルヒコ! そいつに何聞かれても答えるな!校門までは俺の有線トランスは届かない…!話は後だ。とにかく、何も答えるな!)
窓際の嵐の席からは、オッサンとオレの姿が見えているんだろう。
「おぅ、知ってるか?アイツ友達少なくて、オジサン困ってるんだわ。
最近、妙な事言ってたり、悪い噂とか聞いてないか?」
「……オッサン、何?サツの人?」
「あぁ、悪いな、自己紹介がまだだった。オレは捜査一課の武智ってもんだ。」
「ふーん。」
「…で?どうなんだ?」
「シノノメ ランなんてダチ居ねぇなぁ。」
「……なぁ。知ってるんだろ?」
「ダチなら名前ぐらいすぐ分かるっつーの。知らねぇなァ。」
「……ふぅ。
ガキは物分りが悪いから嫌いなんだよ…。
窃盗罪1件、器物損壊罪2件、補導されてる回数数多…。他にも叩きゃ出てきそうだなぁ。ユメジ ハルヒコくん?」
「っ!?なんだテメー!」
鋭い視線で睨めつけられる。下からこちらも応戦するように眼力の力を強くする。
(おい、ハルヒコ。聞いてるのか?下手な事を言うな!そいつは、普通じゃない。)
(うっせーよ!……オ……の方がフツー…………見下……して………気……ねぇ…!)
(早まるな、ハルヒコ!)
ゆっくりした動きで、武智が体を寄せ耳に顔を近づけてくる。
「シノノメの事を話せば、お前のホコリは叩きゃしねぇよ。話せば、な。
……話せるだろ?友達じゃあ無いんだからなぁ。」
「……クソヤロォめ。…ダチになるかもしんねぇヤツをサツに売るかよ。」
「……そうかよ。じゃあ、しょうがねぇな……お前でガマンして……。」
「武智っ!! こんな所で何してる!? また、アコギな事でもしでかしてるんじゃないだろうな!?」
「…ッチ。邪魔が入ったか…。
シノノメに伝えといてくんねぇか?”お前の話が聞きたい”ってな。」
「…はぁ?」
不敵な笑みを口元に浮かべて、武智は去っていった。
そこに、バタバタと慌てた様子の足音が聞こえてくる。
「おい、ハルヒコ!!奴は!?武智って刑事はどうした?」
「もう行っちまったよ。」
「…そうか。お前、なにか言われたのか?」
「べっつにィ。……あのオッサン、”話が聞きたい”とか言ってたけど、何なんだ?」
「アイツ……。」
「つーか、お前。サツとどういう関係だよ?」
チャイムがなり始め、昼休みの開始を告げる。
「昼食いながら説明する。……一緒にどうだ?」
「じゃあ、じっくり頂きましょうかねぇ。」
購買で買った唐揚げ弁当のフタを開けてみると、艶めき立ち上がった白米から空気に湯気が立ちこめる。炊きたての白いご飯を、校内で盛り付けてくれるので、限定30食分しかないが大人気の購買メニューだ。
嵐はというと、弁当のフタを開けると白米の上にシャケが一切れ、コンブと金平ごぼうが申し訳程度に乗っている。昨日の出来とかなり差を感じる。
「今日は、質素だなぁ。」
「……。そこは突っ込むなよ。」
箸を動かしながら、先程の刑事の話をする。
「お前はあの刑事に目付けられる何かしたわけ?」
「……。昨日。妙な能力を使うサイキッカーに上手い話聞かされた義父が、殺られた。」
「妙なサイキッカー?殺し?…穏やかじゃねぇなぁ?」
「……一般人にPSIの種類や、力の違いなんて分からない。あの刑事は、PSIの存在に気付いてる。俺が普通じゃない事も見抜いていた。」
「へぇ。じゃあ、サイキッカーのお前が殺した。って思ってんだ。」
「……いや、そういう事にして決着をつけようって魂胆だ。」
「…じゃぁ、でっち上げてフクロにしようってか。」
「そういう事だ。」
最後の唐揚げを口に放り、嵐の方へ視線を上げる。
「じゃあ、真犯人を見つけるっきゃねぇなぁ!」
「……。そうだな。」
「なんで歯切れわりいンだよ?」
「…父親の事を考えてた。
あんなに、死んで欲しかったのに…。いざ死なれたら、他にどうにだってなったんじゃねぇかって。」
「はぁ?」
「あの人は、俺やチカの人生を滅茶苦茶にした張本人だ。
……でも。
元々腐っちゃ無かった…。俺はどうにかできたはずなのに…。」
「っ!?……オイオイ!いくらオヤジでも、ろくでもねぇヤツだったんだろっ!?血も繋がってもねェんだろ!?なんでそんな奴の為にお前がグズってんだよ…!
アマったれたこと抜かしてんなよ!
……もう過ぎちまったもん後悔してんじゃねェぞ?……テメェは、滅茶苦茶にされた事忘れちまったのかっ!?テメェの恨みはそんなモンかよ!?腰砕けてんじゃねぇよ!」
「…………。」
「腰抜けにゃァ、根性叩き込んでやらねぇとなァ?」
俯いた目線がゆっくりと上がっていく。捉えた視線には、チラつく覚悟が炎のように燃え盛ってる。
「……おぅ。ヤル気あんなァ?」
「……。場所、変えるぞ?」
トリックルームが発動し、空間に箱が現れる。
オレと嵐を入れた箱は嵐の手元で制御されている。
「"
手元で制御されている箱から、別の場所へと移っていた。
オレには覚えの無い何処かの原っぱの様だが?
「ッハ!喧嘩すんのにオアツラエ向きじゃあねェか。」
「……なんも知らねぇクセに、知ったような口聞くんじゃねぇよ!」
ガムシャラに正面から突っ走ってくる。
この直線的な動きで、オレに喧嘩で勝てると思ってんのか?
ライズを使えば簡単に回り込めるが、嵐は真直線に攻めてくる。能力を使えばオレに有利だが、見据える瞳に熱いものを感じる。
これは、サシでやる必要がある。
当然といえば当然だが、喧嘩なんてものと縁遠そうな男だ。
あっさりとボロボロにしてしまったが、嵐も嵐で意地でも張っているのか、PSIを使う気配がない。
「……ハァ。…ハァ。お前が……!俺の……何が…!」
「…あぁ、分かんねぇよ!お前とオヤジの確執なんてよォ!
全然分かんねぇ!オレはお前と違って、ぬくぬく育っちゃねぇからなァ!」
「……俺には…!」
「オレには無かったモン持ってやがるだろぉ!
……お前には…!……あんだろぉ…。大事なモン…!」
胸ぐらを掴んでいる手に力が入る。
オレに無いもん持ってるのに、オレとは違う生き方のはずなのに…。
「オレは、生まれてからずっと、テメェの人生滅茶苦茶にしてるこの力で、親もダチも全部、滅茶苦茶になった……!
親は、オレを化け物でも見るように扱って、ダチはまともな奴がいねぇ、所詮その場しのぎだ。
キレたら、どうしようもねぇって周りから恐れられて…。…一度力が暴走すれば、どうにもならねぇクズな男だ!」
固めた拳が、嵐の顔面に振り下ろされる。鈍い感触が拳から伝わる。勢いで眼鏡をへし折ってしまった様だった。
もう一発。今度は左頬を張り倒した。歪んだ眼鏡が勢いよく飛ぶ。
もう一発お見舞いしようとして、振り上げた拳を、嵐は顔の前に両腕で防護して防ぐ。
「けどなぁ……。オレぁ、力を憎む事も、親憎む事も……無駄だって分かった!
オレ達がまともなモンを期待すんのは無駄なんだよォ!はみ出しモンは、はみ出しモンらしくしろや!」
「……!誰がはみ出してるって!?俺も、お前も…!普通に生きてるだけだろ……!
……普通に…、同じように生きちゃいけないのかよ……!」
1ミリも当たらない相手の打撃。何も受けてないのに、胸が傷んだ。
日中雲一つなかった空に暗雲がかかるやいなや、突如勢いよく雨が吹き付けてきた。
雨が心の傷に染みる。
嵐が嗚咽を漏らした。
堪らず、鈍色の空に顔を上げ、雨に紛れて感情の流れのままに叫んだ。