雨の邂逅   作:山背としや

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[六滴目:東雲嵐]

 

 雨にずぶ濡れのまま、とりあえず近くの木陰に移動した。

 昂った感情は、平穏を取り戻しつつある。

 押し殺していた自分の感情は、晴彦が諦めてしまいそうだった感情と同じものだったのだろう。

 お互い、育った環境が違うから物事の捉え方や考え方が違うが、根本的な所で抱える苦しみは同じだった。

 ただ普通に生きることが、とてつもなく難しい。

 同じものを共有している事に気付いた時には、溢れ出るものを止められなかった。

 

「……殴って悪かったな。」

「……いや、俺が甘かった……。真犯人……。見つけるしかねぇな……。」

「おうよ!

 にしても…………雨。止まねーな。」

 

 雨足は強まる一方で、都心特有の集中豪雨の真っ只中なのだろう。

 このままでも、埒が明かないので移動することにした。無論、歩いて移動するには雨足が強すぎる。

 

「とりあえず、トリックルームで俺の家まで移動する。シャワーにタオル位は貸せる。」

「おう。頼むわ。」

 

 トリックルームは、何処までも移動出来る万能な能力では無い。

 人の移動であれば、自分を起点として、半径3km圏内の距離で「自分が行ったことがあるか、知っている場所」への移動が可能だ。

 物であると、もっと具体的なイメージが必要な為、半径1km圏内に限っての範囲内である。

 

 今居る自然公園は、どうしても一人になりたい時に来る。自宅とは正反対の市の外れに位置してる為、学校を経由しないと戻れない。

 

 一度、学校の裏門に移動した。

事情を知らない晴彦が訝しげな表情を浮かべたので、簡単に説明してやる。

簡単な言葉を選んでいるつもりだが、相手が理解するまでに多少の差異が生ずる。

少しの差異は、説明を諦めて受け流してしまった。

 

「まどろっこしい能力なんだな。」

「あんまり万能ではないな。」

「オレの電磁'n(ショッカー)は、電極代わりになんぜ!……まぁ、力の原理を覚えた最近の話だけどなぁ。」

 

 能力を持った所で、それをどう使うかが問題だ。

能力者次第であるから能力者の良心に委ねられる。

 

「あんまり人前でホイホイ使うなよ?良いようにつかわれるだけだ。」

「……分かってるよ。そのくらい。」

 

 バカでもその辺は弁えている様でホッとする。

能力の使用を、うっかり見られてしまったことがあった。苦い経験をした為、それからは関わる人間、使用場所には特に注意してきた。

晴彦は、バカだが根はまともだ。信頼出来るにたる返答に、図らずも笑みが零れた。

 トリックルームの到達点は、家の前の急な坂道の下と決めている。上り始めが丁度曲がり角になり、角の家々によく茂った針葉樹が植えられていて見通しが悪いからだ。

 突然現れても、隠れて見えなかった様にカモフラージュ出来る。近辺を歩く住民も少ない為、上手く移動できている。

坂道を滝の様な雨水が流れていく。道路である事を疑ってしまう位の勢いだ。

 

 雨水の流れに逆らって坂を上がって行くと、少しずつだが家の輪郭がハッキリしてきた。

更に近づいてから、人影が見える事に気付いた。

 千架では無いその影が、武智の物だと気付いたのと、相手に自分を確認されたのは同時だった。

 

「……やぁーーっっと、帰ってきやがったな。

 ……なんだ。やっぱり、お前も一緒か、ユメジ ハルヒコ君。」

「ッオメェは!」

「……まぁまぁ、そう噛み付くなよ。」

「……何か用か?」

 

 雨避けの方へ武智は顎をしゃくり、それから不器用に片側の口角を上げて見せた。

 どうやら、武智にとっての”笑み”は今の表情の様だ。

 

「オヤジさんの司法解剖によると、死亡時刻はあの日の通報の直前。死因が極度の栄養失調。……だが、胃の中の残渣物で、揚物やら肉やらが確認されていて、とても栄養失調者が死の直前に食えたもんじゃねぇと専門家は言ってる。

 ……まぁ。これには俺も同感だ。何も前触れなくコロッと栄養失調で死ぬ奴なんか聞いた事ねぇ。

 聞いた事ねぇが、同様の理由で亡くなっている被害者が複数人いる。おかしな事がそうそうあってたまるかよ。なぁ?」

「……。」

「……でだ。藁にも縋るような思いで、ありとあらゆる可能性を検証してみたり、調べてみてたわけだよ。そうしてみたら……」

「……回りくどいことは置いておいて、本題に入ったらどうだ? 武智刑事。」

 

 一瞬だが、目を見開き凄んでいた表情を解いていたが、直ぐに眉間の皺が深まり元の表情に戻った。

 

「前にも言ったな?超能力の話。……お前、……使えるだろ?」

「……。」

 

 武智の唇の端が持ち上がる。

 

「とぼけんなよォ〜……。俺と話し込んでる間に、佐古さんがこんな物をオヤジさんの寝室から見つけ出してくれたんだわ……。

 ……この手帳によると、お前が妙な力で妹さんを守ってる事やら、お前達兄妹への恨み辛みが詳細に書かれてやがる。」

 

 一冊の黒い装丁をヒラヒラ掲げる武智の腕を目線が追った。

 

「……おい、勝手に持ち出すなんて刑事がやる事かよ!」

「細けェ事気にすんなよ。最初こそお前の怨恨の線で袋にしちまおうって思ってたがなぁ。……おもしれぇ事になりそうなんで、協力願いてぇ訳なんだよ。」

「……どういう事だ。」

「日本にも警察の特殊部隊なんかあるのはお前でも分かるだろ?」

「あぁ。」

「……そういうの、フィクションじゃねェんだ?」

 

 晴彦が、話の骨を折る。

 こいつの抜けた所が身体の力を抜けさせる。

 

「……はぁ。コイツはいいや……。

 話を戻すが、特殊部隊だけじゃなくて、この国にゃ政府直属の特殊研究機関ってのも存在してンだよ。

 ……で、だ。今回の件、調べていく内にそこの研究機関の暗い部分が見えてきた訳だ。」

「……暗い部分?」

「あぁ。 政府がこっそりと秘密裏に研究させてたのは、脳神経系の研究だったんだ。……その中でも、超能力について研究していた組織ってのがどうにも臭うんだよなぁ。」

「……あんた。そんな話を、ただの高校生にしてどうするつもりなんだ?機密情報……なんじゃないのか?それを、どうしてあんたみたいな一刑事が知る事が出来たんだ?」

「おい、警察舐めんじゃねェよ。俺にゃ俺の情報網ってのがあるんだよ。……まぁ、最後は危ない橋も渡ったがなぁ。

 それと、お前が普通の高校生だって俺は考えちゃいねぇ。

 取引しないか?東雲嵐。お前に協力願いてぇのは、この手帳にあるアマギミロクって人物についてだ。

 俺は十中八九コイツがこの事件の犯人だって目星つけてるんだが。お前らの力を貸してくれねぇか?」

「……ヤクザみたいな事してるな、あんた。

 ……それと、残念だが。そのアマギミロクって奴には心当たりがない。」

 

 正直、康夫の人間関係になんて想像が及ばない。

 ただ、そいつが康夫が言う「あの方」だろう事は想像がつく。

 

「……ッチ。手がかり0ってか。じゃあ、”W.I.S.E”ってテロ集団は?お前も能力者だったら聞いた事無いのか?」

 

「知らないな……。

 能力者だったとしても、俺はそんな事に力は使わない。」

「……”優しいお兄ちゃん”。チカちゃんは嘘言っちゃ無さそうだなぁ。テロ集団と関わりそうなタマじゃねぇな。」

「……!あんた、チカにまで話聞いたのか!?」

「関係者に話を聞くのが、警察の仕事だ。

 手帳の事、チカちゃんも概ね間違いねぇと証言してる。」

「……っ……!……第一、俺の能力は空間の操作……。それも、かなり限られた範囲でしか有効じゃない。そんなもので、テロ集団に通用すると思わないね。」

「そうか。空間操作……ね。やぁっと証言取れたな。」

「……!(やられた……!チカは、PSIの事までは話してなかったんだな……!)」

 

 ほんの一瞬。

 

 微弱にPSIの波動を感じる。

 攻撃的なPSIの波動。

 晴彦のPSIじゃない。

 

 咄嗟に武智を引き寄せ、手元の有効範囲内に二人を移動させる。

 

 瞬間。

 つぶてが間近に飛んできたのも束の間、突然破裂した。

 

 炸裂よりも、”トリックルーム”の発動が数秒早かった。

 

「…………ハァッ……ハァッ……!」

「……!?」

 

 先だって、晴彦とのケンカの中で打撃に合わせストレングスでダメージ量を減らしていた事もあり、PSIをいつも以上に酷使していた。

 

 瞬間的に正確なPSIの発動は、かなり脳へダメージがある。頭が重い……。

 相手のPSI発生源を探る。

 

 グレーのベストに濃紺のポロシャツ、黒のスラックスという出で立ちの、近所で顔を合わせる程度の高齢者がフラフラ現れる。

 

 目に光が無い。虚ろなその目が、康夫の瞳と重なる。

 

「……それ以上、……ギ……ロク……に、……関わるな……!」

「なんだ?……コイツは?」

 

 トリックルーム内から出ようとする武智が壁に衝突して、手を壁に添えた。

 

「武智刑事、動かないでくれ。」

 

 老人の方に、有線トランスの接続を試みる。

 トランスの波動が、破裂の衝撃でたち籠った砂煙に邪魔され、上手く作動しない。

 また、目の前で数回何かが破裂する。トリックルームの壁が衝撃から3人を守った。

 

「……PSIが辺りに散って、トランスが上手く発動しないのか……。」

 

 自身だけトリックルームから出る。

 至近距離からなら、周りに漂うPSIに影響を受けずにトランスを接続出来るかもしれない。

 相手もただ黙って近寄らせるつもりは無い様子で、小石を飛ばし距離を保とうとする。

 

 ライズで一気に後ろに回り込み、そのまま相手にトランスを接続する。

 ……結果は、康夫の時と同じだ。

 

 混濁し、意識と呼べるものは殆ど残っていなかった。

 この人を洗脳した能力者……つまりは、事の犯人と接触出来るかもしれない。

 

「ラン!何やってんだよ!」

 

 強いPSIの動きが無いか全神経を集中する。

 

 遠距離からこちらに向かって強い波動を感じた刹那。

 光のバーストが老人の体を突き抜けた。

 

 的確なPSIの発動に大きな力の差を察する。

 このバースト能力者には自分は敵わない。

 

 力の発動可能域が広すぎる。

 

 ここに居ては危険だ。

 

「この能力者は、かなり遠くからこの爺さんに力を使った!俺達にも同じ事が出来るって事を証明する為に!

 トリックルームで逃げるぞ!」

 

 すぐ様、トリックルームでその場を移動した。

 一度自宅の内部へ移動し千架の姿を探す。

 居間で漫画本を開いてソファに横になって居るのを見つけ、手元のハコの内部へ移動させる。

 

「ちょっと!?……えっ? 何っ!?」

 

 困惑している千架に説明している暇などなかった。

 転々と、自分とゆかりある土地を経由しながら移動し、気付けば数十kmも移動していた。

 

 移動の間に掻い摘んで武智が千架にも状況を説明していた。

 ここまで連続してPSIを使用したのは初めてだった。酷使しすぎた脳は身体を鉛のように重くさせ、意識は保つのがやっとだ。

 頭痛がひどい。

 

「……ここまで来れば……。……ッグ。」

「ラン兄さん!」

「……酷い熱だ……。救急を呼ぶ。待ってろ。」

 武智刑事が直ぐに携帯電話を使い救急隊と連絡を取り合ってくれる。

「オイオイ、どういう事だよ!大丈夫かよ!?オイ!」

「……煩い。少し、黙ってくれハルヒコ。」

「すぐ救急隊が来る。お前たち落ち着け。」

「……チクショウ!」

 

 その場にどっかりと座り込む晴彦からは、焦燥感を感じる。

 どんどんと意識が遠のいていく自覚はあるが、身体が重だるく何も出来ない。

 救急車両のサイレンが聞こえてきた所で、フッと世界を手放した。

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